変身セット=琴音
こんばんは。いつもお読みいただきありがとうございます(*'▽')
これにて挨拶編終了です。
次話よりお化け屋敷編となります。
朱音の家にて挨拶を終え、俺達は家路についていた。
父の運転する車の助手席に乗り、ただ窓の外を眺めている。
車内から見る風景が何故こんなにもうす暗く感じてしまうのだろうか。
外は晴れ渡っているというのに……
――……話で聞くのと実際に対面するのでは全く違ったな。
朱音の両親に対して元々好印象ではなかったが、今回で余計に印象が悪くなってしまっていた。
歪んでいる。今回はあの琴音に同情を覚えるレベルで。
それは父も感じたのだろう。朱音と別れる時は笑顔だったのに、ハンドルを握っている今は難しそうな表情を浮かべている。しかも、無言。
いつもは煩いぐらいにしゃべりまくっているのに。
「……なぁ。俺達がいない間、何を話したんだ?」
俺はずっと疑問に思っていた事をぶつけてみた。
朱音の部屋を見た後、リビングへ戻ってすぐにお暇することになったのだ。
そのため、朱音も俺も父達が話した内容を知らない。
「ん? 別に普通の話だよ」
その問いに、やっと父の表情が少し崩れる。
「普通?」
「そう。朱音ちゃんはうちの息子の嫁候補。だから、彼女に何かあったら五王も介入するよー。と、一応釘さしておいただけ。だから、早く朱音ちゃんと結婚しなよ。学生結婚でもうちは大丈夫だし」
「……あのさ、そういう大事な事をさくっと言うなって。しかもまだ結婚出来ない年齢だし」
相変わらずの父のチャラい口調。
それに対して俺は嘆息を零しかけたが、間を置かずに続けられた言葉によりそれが止められてしまう。
「結構本気。親権者は朱音ちゃんの両親なんだよ? うちが釘さしておいたって、どうしようもないんだってば。ただ、観察してブランド力に弱そうだと気づいたんだ。六条院や美智にやたらとくいついていたからね。だから、五王の名が抑止力になるかもしれないと思って言っておいたの。使える手札は使うべきが僕のモットー」
「使える手札……」
そう言えば、祖父も言っていた。使えるものは使えと。
「そう。いい? 君が朱音ちゃんとの結婚を本気で考えているなら、あの両親と対峙しなければならない時がくる。絶対に。気づいたでしょ? 実際に朱音ちゃんの両親を見て」
「あぁ。あの両親はどちらも見ていない。朱音の事も琴音のことも――」
俺は重苦しい気分と共に、そう言葉にして吐き出した。
「……俺には朱音の両親が何を考えているかさっぱりわからない。ただ、やたらと朱音を下げ、琴音を上げようとしているのは感じた。初対面の俺が異常だと思うレベル。まるで琴音に理想の娘像を押し付けているかのように」
俺は朱音の家での出来事を思い返しながら唇を動かしていた。
あの両親は朱音が自分達の言葉で傷ついている事すら気づかない。
あんなにつらそうな顔をして俯いていたのに。
「あの両親は琴音の存在を引き立たせるために、朱音に対してわざと何もできない姉というレッテルを貼っている気がする」
「……そうだね。僕もそう感じだよ」
父は俺の言葉に、そう疲れた声で同意。
「ここからは僕の推測だけれども、彼らにとって最も大事なものは自分達。だから、子供達は二の次なのかもしれない。勿論、無意識だけれども。ねぇ、『柿の木事件』覚えている? 匠は覚えてないかもなぁ……君が四~五歳ぐらいの時の出来事だから」
「覚えているよ。某戦隊ヒーローの真似して庭師の隙をついて柿の木に昇って降りられなくなった事だろ……やめろよ、人の闇歴史引っ張り出すの。それはいま関係ないだろうが……」
俺の闇歴史の一つである柿の木事件。
あれは俺の幼かった純粋な心が引き起こしたものだ。
事の発端はおもちゃ。某戦隊ヒーローの変身セット。
あの時の俺は、戦隊ヒーローに心酔していた。特にレッド。憧れだった。
当時ピュアな子供だったため、俺は変身セットを身につけ完全にヒーローの仲間入りをしていた。
いや、もう完全にリーダーのレッド。
なんでも出来る無敵状態の俺は、「敵を倒す!」と意気込んで屋敷の庭へ。
どうして庭に敵がいると思ったのか、未だにわからないが。
幸か不幸か、ちょうどその時は庭師の人達が剪定してくれていたのだが、その隙をつき脚立を使用し俺は柿の木に登ろうとした。そしてそこから必殺技を繰り出ために。
だが、偶然通りがかった祖父に見つかり、脚立の二段目ぐらいでヒーローは強制的に終了。
その後、怒られたのは言わずもがな。
「朱音ちゃんのご両親にとって琴音さんは変身セットなんだよ」
「は? どういうことだ?」
「鳶が鷹を生む。そう言っていたのを覚えている?」
「あぁ。でも、あんなの別に引っかかる要素なんてないだろ。謙遜している親がよく言う台詞だし。実際、琴音は六条院の外部生に選ばれているぐらいだからな」
俺は肩を竦めてそう告げた。
六条院を外部から受ける生徒は多い。けれども、試験が難しく合格率が極端に低く難関。そのため、合格した琴音は自慢できる。
あいつの性格はかなり悪いが、そこは素直に凄いと思う。
「そうだね。謙遜でよく使われる。でもね、あの纏っている雰囲気がおかしかった。だから、仮説を立てる事が出来たんだ。もしかしたら、ご両親揃って何か強い負のものを抱いていているんじゃないかってね」
「何かって?」
「コンプレックスや自分の弱さのような物。そしてそれを補っている気がする」
「補う……?」
「そう。匠が変身セットを身に着けヒーローになって無敵状態になったように、彼らにとって朱音ちゃんの妹の存在がそうなんだよ。理想の親像を補うためなのか、理想の自分の像を補うためなのか、そこまではわからない。でも、自尊心は確実に満たされる。朱音ちゃんの妹が自分達の理想通りの娘なら。だから、彼らはそのイメージ通りに娘を動かそうとしている。美智を嫌っているのに、無理やり仲良くさせようとしたり」
「それが真実なら歪んでいるし悪質だな。無自覚だろ、あの様子だと」
「確かに」
「そうだね。だから、あの人達は朱音ちゃんには妹よりも出来ない姉でいて貰わないと困るんだよ。バランスが取れなくなって困るから。だから、琴音ちゃんの事は可愛がるんだ。大切な変身セットと同じだからね」
「……なんだよ、それ。じゃあ、朱音はどうなるんだ! あんなに頑張って両親のために家事とか手伝っているじゃないか。勉強だって一生懸命やっているんだぞ。あの人達は親なんだろ? その前に大人なんだろ?」
苛立ちに任せつい怒鳴り声を張り上げてしまう。
車内に響き渡るのは、怒りの感情を含んだ声音。
父に感情をぶつけてもどうにもならないのはわかっている。
でも、抑えきれない。
朱音は今でも両親の愛情を諦めきれず求めているというのに――
「大人でも親でも人間なんだよ。ただ年を重ねたら大人なのかい? 子供が出来たら親になれるのかい?」
「それは……精神年齢という言葉があるとおり……一度カウンセリングは?」
「それも考えたよ。でも、無理だろうね。気づいている部類ならば連れて行きやすい。でも、彼らは無自覚の部類だ。それに、僕達はさっきも言ったけど第三者なんだよ。法的な介入も出来ない。せめて、朱音ちゃんの親戚が現状を理解し説得してくれるなら……誰か心当たりは?」
「朱音の亡くなったお祖母さんだけが味方のようだったから無理だと思う」
唇を噛みしめ、俺は瞼を伏せた。
誰か一人でもまともな親戚が入れば話はまた違った方向に動くかもしれない。
でも、その可能性は断たれている。
「その推測通りならば、朱音ちゃんの妹はかわいそうな子だよ。自分の事をちゃんと見て貰えていないんだからね……愛情も本物かわからない。でも、不思議な事に三人は家族として上手く回っている」
「あぁ」
「僕達が考えるべき問題は朱音ちゃんだよ」
「わかっている」
「家族から引き離したいけど、朱音ちゃんがそれを望んでないと思う。正確には逃れる事を考えていない。朱音ちゃんの志望校って地元の大学でしょ?」
「当たりだ」
確かに父さんの言う通り、朱音の志望校は地元の大学。
しかも、自宅からの通学可の場所。
俺としては進学を機に朱音には家を出て貰って一緒に……と考えていたのだが、朱音の意思があるから無理を言えなかった。
「きっとそれ、あのご両親に言われたんだよ。そして朱音ちゃんはそれを受け入れた」
「なんでわかるんだ?」
「コップに入れられたノミの話は知っているかい?」
「知っている。思い込みの話だろ」
ノミをコップに入れ蓋をして外に出られないようにする。そしてそれを放置。
するとノミは幾度もジャンプして蓋に何度もぶつかってしまう。その結果、ノミは蓋を取っても外へと出る事が出来なくなってしまうという話だ。
「そう思い込み。ねぇ、あの歪んだ家族の中に朱音ちゃんはずっといたんだよ? それで何の影響がないわけがないよね。朱音ちゃんはあの両親や妹に理不尽な事をされて怒ってもいいのに怒らない。それどころか、両親に言われた通り妹の面倒も見ている」
「確かに俺ならブチ切れる……」
「きっと諦めているんだろうね。でも、完全には諦めきれない。僕は朱音ちゃんに怒って欲しいんだ。たぶん、感情のバロメーターが怒りまで達してない。いや、正確には達せないんだ。抑圧されまくっていたから。僕達が理不尽だと感じる事も彼女はそれが普通だと感じる。痛覚の問題だよ。僕はね、感情をもっと表に出して貰いたい。怒りは時として原動力になるから」
父さんの台詞に優しさが含まれている。きっと心の底からそう思っているのだろう。
「彼女はあの環境にいたからまだ世界が家族のままだ。だから、朱音ちゃんはきっと自分が幸せになりたいなんて思いもしていない。もっと世界は明るく広いのに、家族という鎖に繋がれ外に出られずにいる。本当はもっと自由になる権利があるというのに」
「確かに家族に縛られていると思うよ。でもさ、誰だって幸せになりたいだろ。そんな事思わない人間いるのか?」
「いるよ。君のお祖母様……お母さんはそうだった。お父さんと付き合う前だけどね」
そう言った父の横顔は懐かしさと痛さが混ざり合っていた。
春ノ宮の祖父母は健在だが、五王の祖母は俺が中学の頃に病気で亡くなった。
祖父とたいそう仲が良くて、毎朝二人で庭を散歩していたのを幾度も目撃している。
庭の池を泳いでいる錦鯉は祖母から祖父への贈物で、それを見るのが日課だったらしい。
今は祖母のかわりにミケが一緒だ。祖父の後を付いてぐるりと池の周りを散歩。
ミケは美智が飼っている保護されたお婆ちゃん猫だ。
人間嫌いで絶対に美智以外抱っこさせてくれないし触らせてもくれない。
でも、祖母にだけは心を許し触らせてくれていた。それを「同じお婆ちゃんだからかしら?」と笑っていた祖母が遠い記憶となっている。
いつも優しく穏やかな祖母。
その過去を詳しくは知らない。
ただ、貧しい農村で生まれ両親を早くに亡くし中学卒業と同時に就職のために上京。
その後、五王の系列の子会社で働いていたそうだ。
その時に身分を隠して下積みのために働いていた祖父と出会ったと聞いている。
「苦労したからね……身を削って年の離れた妹と弟に仕送りして、生きる事が精一杯だったそうだよ」
「え? お祖母様って妹と弟いたの? そんな話聞いた事ない。てっきり一人っ子だと……」
「いるよ。どこにいるかわからないけど。僕が幼い頃に絶縁したから」
「絶縁……」
「そんな環境だったから、幸せになりたいなんて思わなかったって。お金稼ぐのと生きるのに必死で余裕なかったそうだ」
「でも、お婆様はその苦労のかいあって幸せになったじゃないか」
「『苦労した人間が幸せになれる。それは偽りなの。苦労なんてしなくても人間幸せになれるわ。苦労して幸せになったという人は、苦労しながらも夢や幸せを望んで諦めずにいたからよ。シンデレラがあの環境の中でも強くお城に行きたいと望んだように』。これが君のお婆様が僕に言った言葉だよ。貧しい中で身を粉にして働きづめで亡くなった自分の両親を見てきたからね。限界が近い生活だったから、喧嘩している両親の姿しか見ていなかったそうだよ。苦労した人間が幸せになれるならば、自分の両親は幸せになれるはずだったからって」
「知らなかった……」
「だろうね。あまり自分の苦労話をしゃべらない人だったし、幸せで満たされているって言っていたから。どうしてお父さんと結婚したの? って聞いたら教えてくれたんだ。『初めて自分で幸せを求めたの。春貴さんと一緒に幸せになりたいって思ったの』って。まぁ、でも朱音ちゃんも匠と美智に影響を受け、少しずついい笑顔するようになったし徐々にかなぁと思う。即結婚と急ぎたいけど、朱音ちゃんの気持ちが追い付かないだろうし。ちゃんと朱音ちゃんが幸せになりたいって自分で思った時に、きっと彼女の人生は大きな転換を迎えるはずだよ」
「俺、頑張る」
「ほどよくね。匠が倒れたら元もこうもないし。それに結婚となると、一人の問題じゃない。相手も同じように想ってこそだしね」
「やっぱそうだよな……」
おそらく、時間がかかるだろう。朱音は長年あの家族の中で自我を抑制されて育ったのだから。
でも、俺は根気よく朱音と付き合っていくつもりだ。
きっと待っている俺と朱音の明るい未来のために――
「とりあえず、まずはお化け屋敷だよな。フラグ立てないと」
尊が友達と行って来たらしく話を聞いたのだが、恐怖度は高めらしい。
しかも、映画とコラボしているためスタンプラリーが開催。そのため、なかなかスタンプを押せない人も多々。全部スタンプを集めると限定クリアファイルが貰えるそうだ。
主演はアイドルグループ・実衣奈、モデルの怜や昴。
人気アイドルとモデルなので、スタンプコンプリートしてクリアファイルを手にするまで何度も通う人がいるという話。
俺としてはスタンプよりも朱音とのフラグが大事。
なので、別に興味はない。
「お化け屋敷? あぁ、美智も行くって言っていたね。そう言えば、国枝も参加なんだって?」
「そりゃあ、国枝も参加だろ。美智の付き人だし」
「え? 知らないの? 国枝って、ホラーや心霊系は駄目なはずだよ。美智がお化け屋敷巡りに嵌った時、付き人チェンジして貰っていたから」
「じゃあ、なんで行くんだ?」
「なんでだろうねー。僕も興味ある」
肩を竦めた父。それを見て、俺は胸に何かくすぶりを感じだ。
そして、何か言い知れぬフラグが立ちそうな予感も。
――……おい。なんだ、この微妙な流れ。
国枝とのフラグは絶対にやめてくれよ、お化け屋敷の神様。
そっちのフラグは美智に任せる。
「それと春ノ宮のお父さんの件だけど、朱音ちゃんの事を話すのはもう少し待ってからの方がいいよ。ちゃんと朱音ちゃんの事を本気だと説得できるなら別だけどさ」
「本気だって示したら、男女交際は許してくれるのか?」
「大丈夫。だって、春ノ宮のお父さんもお母さんも駆け落ち組だから」
「はぁ!?」
「お父さん達は元々政略結婚だったんだって。でも、お父さん達はお互い見合いの席で一目惚れして愛し合っちゃったわけ。けれども、途中で当主……春ノ宮のお爺様にそれを破棄して他の良家のお嬢さんと縁談を命令されたんだ。だから、駆け落ち」
「……」
俺は言葉を失った。
それなのに何故、あんなに恋愛反対みたいな事を?
やっぱり父が原因なのか。
「しばらく農村で農家見習いやっていたみたい」
「だから、時々畑仕事しているのか!」
「名残だろうねぇ……だから、君が本気なら許可してくれるよ。自分達の過去を思い出してさ」
「みんな色々な事があって乗り越えて結婚しているんだな」
「あっ、やっぱり聞きたくなった? 僕達のなれそめ」
「それは本当に遠慮する」
そう言って首を左右に振ると、スーツのポケットからスマホを取り出した。そしてとある言葉を検索する。
俺がいま春ノ宮の祖父に朱音の事が本気だと示せる証拠。それはただ一つだけ。




