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初めての朱音の部屋なのに

――……もしかしたら父さんは朱音がこれ以上あの両親に傷つけられないように、俺に部屋を見せてやってと頼んで席を外させたのだろうか? それとも何か俺達に聞かれたくない事を話すのだろうか? 


俺はそんなことを考えながら静かに嘆息を零した。

あの人が何を考えているのかなんて、元々わからなかった。

あんな軽い感じなのに、祖父の代よりも事業拡大し業績も上げているやり手。

そのため、あのチャラさと暴走が演技ではないのか? と思う事も多々。

だが、祖父曰くあれは地らしい。

確かに、あれが演技なら学生時代に学校から呼び出しなんて受けてないはずだ。


まるで雲のような人。それが父のイメージ。

視界に入れることが出来るのに高すぎて手が届かず、刻一刻と形を変え周りを翻弄する。

それなのに人を惹きつける存在。


――まったく読めない。あの人が何を考えているかなんて。


またため息を吐きそうになった瞬間、「匠君……?」という可愛らしい声が耳朶に届く。

そのため、弾かれたように顔を上げれば、眉を下げた朱音の姿が。彼女の後方では開け放たれた窓から吹き込む風がレースカーテンを揺らし室内へと新鮮な空気を注ぎ込んでくれていた。


あぁ、そうだった。朱音の部屋だったんだ。

朱音の部屋は以前より気になっていたが、まさかこんな形で立ち入る事になるなんて。


「悪い。ぼーっとしていた」

「暑い? クーラー付ける?」

「いや、大丈夫。それより、やっぱり朱音の部屋って感じがするな」

俺はそう言いながら、周囲を見回す。

室内は六~七畳ぐらいだろうか。

あまり物が置かれておらず、ベッド、学習机、チェストしか家具は設置されていない。

もしかしたら、他のこまごまとしたものはクローゼットにでも収納されているのだろうか?


「あまり物がなくて女の子らしくないでしょ? 琴音の部屋なら雑誌に掲載されているみたいに可愛いんだけど……」

「いや、俺はこっちの方が好きだよ。すっきりして」

机の上なども綺麗に整理整頓され、どこに何が置かれているかわかりやすそうだ。

こういうシンプルな部屋は実に彼女らしい。


ただ、一つ気になったのは部屋ではなく――


「あのさ、朱音。少しずつでいいから琴音の事を切り離してみないか? 朱音は朱音だ。今すぐは無理かもしれないけど、比べる必要なんてないんだよ」

比べられて育ったせいで、無意識に朱音は時々琴音と自分を自然と比べてしまう事がある。

そして自分の存在を琴音より下に見て扱っていた。

人の両親を悪く言うのは良くないのかもしれないが、あの両親では朱音がそうなってしまっても仕方ない。そして琴音もまたなかなかの壊滅的な性格の持ち主だし。


「ごめんね……」

「朱音が謝る必要なんてない。俺は朱音が大切なんだ。だから、例え朱音にでも自分の事を卑下にして傷ついて欲しくないんだよ。朱音の両親が琴音の事を俺達に押していたけど、悪いが琴音には興味がない。俺は朱音と仲良くしたいんだ。朱音は?」

「私も……美智さんと匠君とこれからも……でも、お父さん達の言う通り……」

「朱音の両親は今関係ないよ。朱音の気持ちが一番優先される事だから。絶対に大丈夫。朱音は前よりも少しずつ変わって来ているから自分の事を大切に出来るよ。きっとさ」

「それは匠君達のお蔭だよ。私、駄目だね……前にもね、佐伯さんにも言われたの。『妹の件は切り離そう。一歩そこから踏み出そう』って」

「尊に?」

「うん。私にもいるって言ってくれたんだ。私の事をちゃんと見てくれる人がいるって。シンデレラや白雪姫にそれぞれぴったりの王子がいるように、私には私の王子様がいるから……そう佐伯さんが言ってくれたの。嬉しかった」

「あぁ、尊の言う通りだ。言う通りなんだけど……」

曲がり角を曲がったら殴りかかられたかのように、無防備状態だった俺に投げつけられた尊の存在。

頭に衝撃が走り、俺は体感温度が下がった。

室内に流れる風は、不快感を感じるぐらい蒸し暑かったはずなのに。今はそれを感じず。


――ちょっと待てっ! そんな話を尊と朱音はいつしたんだっ!? 俺、どっちからも聞いないんだけどっ!?


今すぐ尊に電話をかけて問いただしたい。

どうやら高フラグ建築士は、朱音の家にあがり手作り菓子を喰うなどのフラグを立てるだけではなく、恋愛関係の話を朱音としていたようだ。

心底羨ましいんだが……

何故だ……俺の方が朱音と付き合い長いのに……


「い、いつそんな話を尊としたんだ?」

動揺のせいか、言葉が勝手にどもる。


「匠君達が迎えに来てくれた時に佐伯さんと遭遇したでしょ? その時だよ」

「……あの時っ!? なんでそんな流れに?」

「えっと……色々あって。佐伯さんの好きな人知っている?」

「あぁ、豊島さん」

「うん。なら話しても大丈夫かな……? 豊島さんと誰か仲が良い男子がいるか聞かれて、それで佐伯さんが豊島さんに好意を寄せているのを知ったの。それに私が気づいた事を佐伯さんが知って。どうやらそういう系鈍いと思われていたみたいで、そこから私の話になったの……自分に恋愛とか関係ないって思っているから……その話をしたんだ」

尊はあれだな。天性の才能の持ち主だ。本人の知らぬ間に自然とフラグを立てまくっている。

俺もその才が欲しい。だが、尊としては豊島さんが好きだから複雑だろうなぁと思う。


――もうここは攻めの姿勢でいくべきか?


尊に先を越されたままというのは、俺としては嫌だ。

そのため、口を開く。


「朱音。俺とも恋愛観の事とか――……ん?」

俺の言葉は途中で止まってしまう。

それは朱音の後方にあった、とある物体を視界の端に捉えてしまったせい。


それは学習机の上にあったゴマアザラシのヌイグルミと写真。

写真はちょっと距離がありぼんやりとしか見えないが、輪郭や雰囲気から感じ取れるのは見覚えのある連中のようだった。


――おい、まさか違うよな? あのヌイグルミ、最近美智の部屋で似たようなのを見た気がするぞ。


このあいだ、俺以外の五王家の連中が水族館に行った。

なんでも美智が棗と約束していたのだが棗に予定が入ってキャンセルになったらしく、急遽家族で水族館に遊びに行く事になったそうだ。

その時に俺はちょうど臣達と旅行の計画中で、隼斗の家に。

なので、一応「行く?」という父の確認電話がきたが断ったという経緯がある。


「マジかよ、五王家っ!!」

俺が視線を釘付けにしながらそう叫ぶと、朱音が振り返り、「あっ! うん。この間のだよ」と声を弾ませ告げた。

そして机の方へ行き、写真を取るとこちらへ。


「え? この間の?」

「うん。そうだよ。はい!」

そう言いながら、朱音が俺へと差し出してくれたのでそれを受け取る。

写真のフレームは貝殻や海の生き物のイラストが描かれた紙製。それに、B5ぐらいの写真が収められていた。

どうやら水族館のゆるキャラ・アザラシの王様と一緒に撮影されたらしく、俺以外の五王家連中と朱音が。

朱音は、ゆるキャラの隣ではにかんで嬉しそうにしている。その周りで朱音を囲むように五王家がいるのだが、全員眩いばかりの笑顔。


「え? どういう事? 俺達いつ水族館行ったっけ? あぁ、そうか。俺が撮影したから俺は写ってないんだな。ごめんな、すっかり忘れていて」

「ううん。それは水族館のスタッフさんが撮影してくれたの。これオプションのやつだから。それに、匠君は一緒に行ってないよ。確か、緑南さん達と約束があるから行けないって、匠君のお父さんに聞いたけど……美智さん達、匠君にお菓子をお土産に買っていったはずだよ。もしかして貰っていない……?」

「やっぱりあの時かよっ! お菓子は貰った。家族が水族館に行った事も知っている。行くか? って、臣達と遊んでいる時に電話も来た。でも、朱音が一緒って聞いてないっ! 俺も朱音と一緒に水族館行きたかった……」

がくりと肩を落とせば、「ごめんね」という朱音の焦った声が。

俺が落ち込んで負のオーラを漂わせているのを、必死に彼女は慰めるように言葉をかけてくれている。

朱音を困らせるつもりなんてなかったのに。


――しかし、なぜ誰も俺に言わないんだっ!? あと、ヌイグルミを俺にも買ってきてくれてもいいだろ! 朱音と一緒に行った時にウェルカムドール用に買ったペアのラッコのヌイグルミ飾っているけど、アザラシが増えたって俺は全然構わないぞ。朱音と一緒なら。


俺だってわかっている。きっと家族は気をつかったのだろう。俺が悔しがると思って。

それは大正解!!

今、凄く一緒に行きたかったと切に思っているからだ。

でも、結局行かなかったはずだ。なぜならば、臣達との方が先約。しかも、旅行の計画中。

そういうのもちゃんと考えてくれて、家族は黙っている事を選択したのも十分理解出来る。

悔しがるなら知らぬ方が幸せだと思ったんだろう。

……まぁ、結局知ってしまったが。


朱音が楽しそうにしているのは正直嬉しい。俺の家族とこうして一緒に出掛けて笑っているのも。


初めて出会った時は深い海の底にいるかのような雰囲気だったけど、今は纏っている空気が少し柔らかくなっている。きっと少しずつ家から外へと意識が向いたおかげだろう。

なので、俺としては大歓迎なのだけれども、それに俺が関与していないのがちょっと悔しいし寂しいのだ。彼女の隣で笑っている姿を一番近くでみたいし共有したいから――


「ごめんは俺が言う方だ。ありがちな言葉だけど、楽しい事や嬉しい事は二人で二倍にして笑いあいたいし、悲しい事や辛い事があったら俺が引き受ける。だから、俺の隣で一緒に沢山話をしたり、色々な事を共有して欲しい」

「匠君……」

「そうだな。まず、夏休み一緒に満喫しよう。勿論、朱音の予定や勉強の邪魔をしないようにしてさ。塾って日中だったよな? 土日以外で」

「ううん。日中ではなく、夕方からの部に変更になったの。夕方からの先生の方が教えるのが上手なんだって。そうお父さんがご近所さんに聞いて、お母さんが塾に相談して変更してくれたの」

「大丈夫なのか?」

俺は自然と眉が寄ってしまう。


朱音からは、塾の夏休みの集中講義は平日の日中と聞いていた。

だから、徒歩でも大丈夫だと思っていたのに。

夕方から始まる講義ならば、帰りは暗くなってしまうのは確実。

朱音の両親が迎えに来てくれるなら安心だが、きっとそれはないような気がする。


「うちから送迎の車を出すよ」

「ううん。平気。駅の近くだから、ここから徒歩で十分もかからないの。それに、終わるのは九時だからまだ遅くないよ」

「でもさ……」

「大丈夫。今も自分で通っているんだ」

「……わかった。迎えが必要ならいつでも言ってくれ」

「ありがとう」

そう言って朱音は俺に微笑む。


そんな朱音を見て複雑な心境。

彼女の事が心配だ。けれども、どこまで踏み込んでいいのかわからない。

朱音に気を使わせてしまって負担となってしまわないように。その加減が難しくて俺は頭を抱えてしまいたくなった。



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