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さらっとバラすなっ!

誰かに自分が作って貰ったものを食べて貰うのって凄く気になって仕方がない。

味はどうだろうか? など色々な事が浮かんできてしまうからだ。

そのため、私は全神経を匠君のお父さんに集中している。


うちのリビングのソファに座っている匠君のお父さんは、デザートプレートに乗っているゼリーを眺めていた。その表情はまるでお年玉を貰った子供みたいに輝いている。

その隣には匠君。匠君もまた同じような様子でゼリーを見詰めていた。

二人共やっぱり親子だ。


――……似ているなぁ。


私はその反対側に設置されているソファにて、両親と共に腰を落としていた。

緊張のせいで、自分の膝の上に添えている掌がちょっと汗ばんでいる気が。


「作ってくれてありがとう。早速いただくね」

匠君のお父さんはゼリーをスプーンですくうと、それを口へと運ぶ。

私はじっと咀嚼する様子を見詰めていた。


「うん。とても美味しいよ」

その言葉を聞き、私はやっと安堵する。


「実は匠と美智から朱音ちゃんのクッキーの話を聞いてね、羨ましかったんだ。僕も分けて貰おうと思ったのに、二人共もう食べちゃったって。写真だけは匠に見せて貰ったんだけどね」

「ちょっと待てっ! なんでいきなりそんな発言をぶっ込んできたんだっ!? 危うくゼリー丸のみする所だったじゃないかっ!」

「写真……?」

小首を傾げて匠君を見れば、顔を見ごろの紅葉のように染めていた。


「違うんだ! 頼む。引かないでくれっ!」

「えっと……大丈夫。引いてないよ? ただ、どうして写真撮ったのかなぁって。珍しいものではなかったし……」

「その……嬉しかっただんだ。朱音に初めて手作りの菓子を作って貰えたから。だから、写真に撮って保存を……」

「ありがとう。そんなに喜んで貰えて嬉しいよ」

「凄く美味しかった。また俺に作って欲しい」

「うん!」

良かった。あの時は匠君から感想聞けなかったので、ちょっと気がかりだったから。

美智さんは私の前で食べてくれたので反応がわかったけど。


「色々とうちの朱音がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。夕食などのお誘いを受けているだけでなく、ご子息に勉強の方も見て頂いているようで。もっと早くご挨拶をしなければならなかったのですが……」

「いいえ。朱音ちゃんは迷惑なんてかけていませんよ。むしろ、匠達の方がいつも朱音さんに迷惑をかけてばかり。父や妻も朱音さんの事は可愛がっていますからご心配なく。うちとしては朱音ちゃんでしたら、いつでも大歓迎ですよ」

「気を使って頂かなくても。朱音は琴音と違って何も出来ない子なんです。琴音ならどこに出しても恥ずかしくない自慢の娘なんですが。朱音では不安で……」

溜息交じりでお母さんの言葉に、私は体と心が強張ってしまう。

数えきれない程比べられ数えきれない程傷ついてきたのに、私はまだ反応してしまうようだ。


――あぁ、まただ……何も出来ない烙印を押されてしまった……


どうしたら認めて貰えるのだろう?

唇を噛みしめ、俯きかけた時だった。


「ちょっと待って下さい。朱音は……っ!」

という、声を荒げた台詞が飛んできたのは。

それは匠君の言葉だった。立ち上がった彼は、深く眉間に皺を寄せ両親を見下ろしている。

そんな彼の腕を匠君のお父さんが掴んだ。


「座って」

「けど……っ!!」

「匠」

そう匠君の名を呼んだ匠君のお父さん。

その表情はいつもと変わらないのに、声音が全く違う。

さざ波の様に静かなんだけれども、良く切れる刃物のような鋭さを含んでいる。

こんな風な匠君のお父さんの声を聞いた事がない――


いつものニコニコとした匠君のお父さんから出たとはとても想像が出来ず。

そのため、私は一瞬目を疑ってしまった。


「――っ」

匠君は何か言葉を吐き出したのだろうか? それは音になる前に掻き消えるように室内に広がってしまう。


「今日はご挨拶に来たんだ。座りなさい」

匠君は匠君のお父さんに促されるまま再度腰を落とす。

その後、彼は膝の上で両手を組むようにしているのだが、肌の色が少し変わっているのがこちらからも窺えるぐらいに強く握りしめているのがわかった。

きっと私のために怒ってくれたのだろう。匠君は優しいから。


「今度、朱音だけではなく琴音も是非誘ってやって下さい。きっと匠さんにとっても良きパートナーとなれると思います」

「俺と? ご冗談を」

「琴音と接して下されば、あの子の良さをわかって頂けると思います。あぁ、そうだ。琴音にピアノを弾かせましょう。とても才能があると先生にも褒めて頂いているんですよ。ねぇ、貴方」

「あぁ。きっと美智さんとも良き友人になれると思いますし。五王家にもすぐに馴染んで可愛がって貰えるでしょう。匠さんの隣に立ってもお似合いだ」

「ありえません。ない。絶対に」

どうやら両親は、今度は匠君と琴音の仲を取り持とうとしているようだ。

それははっきり匠君にも伝わっているようで、彼は顔を歪ませている。


「ご両親にとってはとても自慢できる娘さんのようですね。琴音さんは」

匠君のお父さんは、そよ風のように安定した声音で告げた。

「えぇ」

「鳶が鷹を生む。琴音は私達のような平凡な人間には出来過ぎた自慢の娘です」

胸を張ってそう告げたお母さんの言葉が痛い。

私の事は……? 

自慢に思わなくてもいい。ただ、同じように想っていて欲しい。

けれども、私の想いは伝わらないだろう。


「そんなに素敵な娘さんなら、うちなんかではなくどっかの良家と釣り合うと思いますよ。五王は匠の意思の通り、琴音さんではなく朱音ちゃんを望みます」

「どうして朱音なんですか? 琴音の方が……」

「僕は子供達の心を縛るつもりはありませんから。それに、琴音さんに匠を動かす事はできませんよ。これは断言できます。無論、僕だけではない。これは五王の当主――父の意向もある。うちとしては名瀬ホテルを365日、朱音さんが了承してくれるまで全館貸し切る勢いですので。申し訳ないですが、琴音さんのためにはその金も時間も使用できません」

「名瀬……」

名瀬ホテルというのは老舗の大きなホテルだ。

海外の政財界の方や芸能人も顧客として多く、日本に滞在する時はよく利用しているそう。

老舗のホテルだけれどもブライダルの面でも明るく、政財界や芸能人がよく結婚式で利用していて、この間もとある俳優さんと女優さんの挙式・披露宴が行われ大々的に芸能ニュースで流れたのだ。


「だから、朱音ちゃん。了承してくれたら嬉しいんだけどなぁ」

「了承ですか……? 宿泊という事ですか?」

「違うよー。貸し切りにしておいて、いつでもたく……――」

匠君のお父さんの言葉に覆いかぶさるように、「父さんっ!」という匠君の声が。

そのため、言葉は途中で遮られてしまう。


「朱音、いいから! 本当にいいから! 取り合わないでくれっ! 父さんの話は流して」

「でも……」

「名瀬ホテルは創業からの付き合いで、五王家の結婚式はここで行われているんだよ。勿論、僕もお父さんも」

「そうなんですか。では、匠君や美智さんも?」

「本人達の意向に任せるけど、できれば名瀬がいいなぁって思っているよ。六月にね、年に一回ウェディングドレスショーが開催され色々なドレスが見れるんだ。毎年招待状送られてくるんだけど、来年は朱音ちゃんもどう? 今年は匠も参加して僕と一緒に観覧したんだよ。真剣にメモいっぱい取っていた。それを他の来賓客も見ていて、『匠さんの代にはブライダル業の方へ?』なんて言われちゃったんだ~」

「さらっとバラすなっ!!」

「ドレスのデザインは毎年変わるのにね! しかも、個人の好みがあるから、ちゃんと聞かなきゃいけないのに」

「あっ……」

「え? 嘘っ。もしかして、今気づいたの? そういうちょっと抜けているところもかわいいー」

そう言いながら匠君の頭を撫でまくっている匠君のお父さん。

本当にこの二人は仲が良いなぁ。なんか、良いコンビだって思う。

ただ、匠君が本当に疲れ切った顔をしているけど……


「琴音がかわいそうだわ。あの子こそふさわしいのに」

和んでいた時に、間隣から零れた堅い声。

それに、息が苦しくなった。

そちらに顔を向けてみると、お母さんの険しい顔が飛び込んできた。

お父さんの様子も窺うが、同じような状況だ。


「……朱音ちゃん、お願いがあるんだけどいい?」

「え? あっ、はい」

両親の様子を気にかけていたが、匠君のお父さんに声をかけられてしまった。

そのため、塞ぎこんで自分の世界に入りかけてしまったが、弾かれたようにすぐに切り替えそちらへと顔を向ける。


「匠に朱音ちゃんの部屋を見せてくれない?」



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