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脱兎のごとく逃走

お父さんの台詞に、私は耳を疑いたくなった。何故、そんな反応をしてしまったのだろうか?

それは匠君達も同じだったようで、目を大きく見開いている。

ただ、匠君のお父さんだけはちょっと違う。平然としているんだけれども、なんとなくお父さんの様子を探っているように注視していた。


「……は?」

そう零したのは、この中で一番驚いている当事者の琴音。

目をかっぴらきながらお父さんへと視線を向け、唇を動かして何か告げようとしているのだが、あまりの衝撃に音としてそれを放つ事が出来ず。まるで餌を求める鯉のようだ。


人がこんなにも玄関にいるというのに、まるで人っ子一人いないかのような静寂。

それを作り出したのはいわずもがなお父さん。

けれども、それもすぐに終止符を打たれることに。それを打ち破ったのはお母さんの弾んだ声だった。


「あら、そういう事なのね! さっきはいつもの琴音と違って驚いちゃったわ。本当に琴音は可愛らしいわ」

と、お母さんはお父さんの発言に納得。


私からみても明らかにズレた結論。

どうしてそんな方向に両親が導き出してしまったのか不明確過ぎる。

もしかしたら、琴音と美智さんを仲良くさせたいがために理想が入り混じってしまったのだろうか?

不自然すぎて私は言葉を失ってしまった。


「えっ、待って……ママまで……私、むしろ呪い…じゃなくて、美智様とは……」

「いいのよ、琴音」

「あぁ、父さん達からもちゃんとお願いするからな」

それには、すかさず「この状況でっ!?」という匠君による適格なツッコミが入った。だが、それも私の両親には届かず。穏やかな笑顔を浮かべ琴音を囲んでいる。そして、琴音の肩に手を添えると二人は軽く押して前へと推し進めてしまう。


「きっと美智さんと気が合うと思いますので、是非琴音と仲良くしてあげて下さい」

「あら? 仲良く……どう仲良くしましょうかしら? ふふっ」

美智さんは扇子を口元に当てクスクスと笑いを漏らすと、ブラックダイヤモンドのような輝く瞳で琴音を射抜いた。

その瞳は揺れ動く事無く真っ直ぐ。しっかりとした意志を感じるぐらいに。


それを受けびくりと肩を動かした琴音。

視界に入れないようにさっと視線を逸らすと、ひたすら玄関のたたきを見詰めている。ただひたすら一つのタイルへと注がれ固定させて動かず。

今朝私が磨き上げたそこは誰も気にも止めないと思っていたが、どうやら琴音には見て貰えたようだ。


「朱音からお茶会の予定で来訪出来ないと伺っていたのですが、ご予定はキャンセルに……?」

「いいえ。ちゃんと茶会はありますわ。今回は春ノ宮家で行われるため、祖母が主催者。ですから、問題ありませんの。一度顔出しと挨拶に向かいましたので、その時にちゃんと伝えてあります。勿論、これから途中参加予定ですわ」

「まぁ! でしたら、是非お茶会には琴音も一緒に……――」

「あっ、大変っ!」

お母さんの声を遮るように琴音が急に大声を出した。そのため、全員一斉に妹に視線を向けてしまう。

何事だ? という表情を浮かべる私達に、琴音はスマホを手に持ち凝視。


「私、学校の友達と約束していたんだったわ!」

「その予定キャンセル出来ないのか? 折角、美智さんがいらっしゃってくれているのに……」

「そうよ、琴音」

両親は琴音と美智さんの仲を取り持とうとしているけど絶対に無理。

磁石の同極のように反発する。主に琴音が。


「ごめんね、パパ・ママ。友達との約束はちゃんと守らないと!」

きっとこの場から逃亡するつもりなのだろう。あれこれ理由をつけて……

美智さんにプライド叩き潰された所に、両親が無理やり仲良くさせようとしている。

こんな混沌とした環境では、琴音もまともに対応が出来ないのかも。

いつもはもっと場を繕うはずなのに、わざとらしく綻びが出ていた。


「でもね……」

「友達関係にヒビを入れたくないの。地元じゃなくて六条院の子達。だから、学校でも孤立しないためにも行かなきゃ。パパ・ママ本当にごめんね」

まるで早送りのような口調で言葉を一気に吐き出すと、さっと琴音は足を踏み出した。


「待ちなさい!」

「ちょっと、琴音っ!?」

両親の制止。それを振り切り、琴音は引き攣った笑顔で匠君達へ一礼。かと思えば、すぐにその横を押すようにして駆け足で過ぎていく。そして、道路に出た瞬間全力疾走。

まるでここから一刻も早く立ち去りたいかのように腕と足を大きく動かしていた。


――財布持っていないよね……?


追いかけようかと考えたが、琴音が肌身離さずスマホを所持している事を思い出す。なので、いざとなれば友達に連絡し助けて貰う事は可能。琴音は交際関係が広いから誰かしら掴まるはずだ。

そのため、私はその流れのままに。


「すみません、うちの琴音が」

眉を下げている両親に対し、美智さんが眩しいぐらいの笑顔を向けた。


「いいえ。お気になさらないで下さい。では、私も失礼致します。今日は朱音さんの顔が見たくて立ち寄らせて頂いただけですので。また、改めてお邪魔させて頂きますわ」

「美智さん、もしかして……」

やっぱり匠君に頼まれたのだろうか? 

それならば、本当に申し訳ない。だって、お茶会もあって忙しいのに……

それが顔に出てしまって伝わったのだろうか、美智さんは私の手を取ると首を左右に振った。


「私が朱音さんとお会いしたくて勝手に来てしまっただけ」

「でも……」

「気になさらないで。春ノ宮のお祖母様にもちゃんと話は通っているのよ? 応援して貰ったわ。その時に偶然通り過ぎたお祖父様にも聞かれ、『友人のためか! そうか、それでこそ戦国武将の血を引く春ノ宮家。出陣するが良い』と快く送り出されたの」

「出陣……」

「ちょっと待て! お祖父様に聞かれたのかっ!?」

美智さん達のお祖父様ってどんな人なのかな? と頭の片隅で思っていると、そんな匠君の妙に焦った声音が飛んできた。そのため、私は首を傾げてしまう。


「男女交際禁止なのにバレたら大変なんだぞっ!!」

「ご安心を。余計な事は一切しゃべっておりません。ただ、お祖母様はご存じのようでしたわ。きっとお母様から伺ったのね」

「なら、構わない。しかし、男女交際禁止を廃止にしてくれないかなぁ。俺、困るんだけど」

「男女交際禁止なの……?」

そこに引っかかったため、私は首を傾げ匠君達に尋ねた。

だって、水族館で健斗さんに匠君の元カノの話を伺ったのだから。


――もしかして、隠れて付き合っていたのかな? でも、名のある家同士ならバレそうな気がする。噂とかで……


「えぇ。春ノ宮のお祖父様は古風なんです。ですから、私達や従兄妹達もちょっと困惑しておりますの。今の時代には少々制約が多すぎてしまいますから。学生は色恋関係ではなく学問に集中しろということらしいですわ。確かにごもっとも。ですが、私は恋愛も友人関係も大切だと思っております。本当に、どっかの誰かさんが箱入りに手を出したせいで……」

「えー、僕? でも、あの頃より厳しくないよ。美智は共学に通えているし、護衛は張り付いてないで隠れている。秋香しゅうかの時は常に護衛が五人いて男子との接触禁止だったからね! 大学までずっと女子校だったし」

「匠君のお父さん、どうやってお付き合いしたんですか? そんな厳戒な中で……」

「朱音ちゃん聞いてくれるの!? 嬉しいなぁ。朱音ちゃんだけだよ。僕の青春の日々を聞いてくれるのって。匠達興味ないみたいでさー。懐かしいなぁ。あの頃……五王家じゃなければ通報されまくっていたって、よくお母さんに言われていたよ! 春ノ宮のお父さんにお前は粗塩では払いきれないって小石のような岩塩投げられたし。でも、大丈夫。お父さんが壁になってくれていたから」

眩しいぐらいの笑顔を浮かべている匠君のお父さんに、匠君と美智さんが頭を抱えてしまっている。


「……朱音。聞かない方がいい。いや、聞いたら駄目だ。絶対に長いし面倒になる。あと、絶対にぶっ飛んでいる内容だと思う」

「酷いなー。面倒って。僕はそんなにぶっ飛んだ性格してないよ。それは妹――なぎさの方だと思うけど」

「……あぁ、そうだった。叔母さん……二人共似た兄妹だよ……」

「んー、でも僕の青春を話すには時間がかかるのは確かだね。今度ゆっくり朱音ちゃんに話をするよ。その時は聞いてくれると嬉しいなぁ」

「はい! 楽しみにしていますね」

基本的には恋愛は自分とは無縁と思っていたため、あまり恋バナなどは興味がない。でも、匠君のお父さん達の件は気になって仕方がない。

だって、そんな厳戒態勢の中でどうやって出会って恋に落ちたのか?

もしかしたら、奇跡的で運命を感じるような出会いだったのかもしれない。


「でもさ、男女交際禁止って言っても護衛の付いてない男の子達は隠れて付き合っているから、いっそ解禁にした方が良いと思うんだよね。それに春ノ宮と違って五王うちは恋愛や交際禁止じゃないし。むしろ、ニヤニヤと見守りたいし」

「おいーっ!」

匠君は匠君のお父さんの腕を掴むと揺らした。


「男女交際禁止って匠君は隠れてお付き合いしていたの? 確か、竜崎さんだっけ……」

「朱音さん、もしかして佐緖里さんに何か!?」

突如響いた美智さんの声。

それに私は一瞬呼吸を忘れてしまう。

だって、琴音とのバトルでも揺らがなかった彼女の瞳が不安定に揺れていたのだから――


「ううん。何も。お会いした事もないし……名前だけ健斗さんに」

「そうですか……良かったわ。もし何かあったら私におっしゃって」

「佐緖里は別に朱音に手を出そうなんてしないだろ。佐緖里だけでなく他奴らも。全員円満に別れたんだからな。過去だ、過去。俺だけじゃない。それは相手もだ。もう付き合っている相手や、婚約してる相手もいるし」

「えぇ。ですが、油断なさらないで。特に……――」

その言葉は途中で遮られてしまう。

それは、開け放たれている扉。その外側から届いた「美智様。そろそろ」という声によって。

それは国枝さん。彼は腕時計を一瞥すると、美智さんを促した。


「……そうね。今行くわ」

肩を竦めながら美智さんは、息を吐き出した。

まるで自分の感情を整理するかのように、深くゆっくりと。


「あっ、でもその前に! 朱音さんのお父様・お母様にお願いがありますの」

そう言いながらくるりと、美智さんはお父さん達の方へ体を向ける。

彼女の動きに連動するかのように翻された着物の袖が、まるで蝶が飛んでいるかのよう。


「よろしいでしょうか?」

「えぇ。なんでもおっしゃって下さい」

両親は美智さんのお願いに対して、にこやかに応対。


「お泊りの許可をして下さいませんか? 勿論、朱音さんのお勉強の妨げにならないようにですが」

「勿論です」

「まぁ! 良かったわ。朱音さん、色々お話しましょうね!」

美智さんは溢れんばかりの笑顔をこちらに見せてくれた。

「はい!」

二人して手を取り合って喜んでいると、「俺も! 俺も色々話したい!」という匠君の声が。


「その時は是非琴音も一緒に」

「あら? 朱音さんの妹さんも? えぇ、構いませんわ。ただ、朱音さんの妹さんが、家に帰りたいって泣いてしまいそうで心配」

「琴音は甘えんぼですが大丈夫です」

「きっとあまりの嬉しさに泣いてしまいますわ。なんて喜ばしい事なのかしら! 早速琴音が帰宅したらお伝えしますね」

「えぇ、是非いらっしゃって。夜通しでお話出来るのを楽しみにしているとお伝え下さい」

美智さんはそう言ってふふっと笑った。

それを両親が今まで見た事がないぐらいに顔を綻ばせている。今にも飛び跳ねてはしゃぎそうだ。

でも、きっと両親の想いが琴音に伝わる事はない。絶対に――




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