魔よけの力を借りよう
――ちゃんと出来ているかな……?
私はどきどきしながら冷蔵庫を開けて中をのぞき込む。するとそこには食料品などに交じり、ドーナツのような形状をしたアルミ製の型が置かれていた。
ゆっくりと両腕を伸ばして落とさないようにしっかりとそれを取ると、キッチンカウンターへ。そこには数枚重ねられたデザートプレートやグラスが並べられてある。
「良かった。ちゃんと出来ているみたい」
型の中には透明な空間に浮かぶように切り揃えられたフルーツが。
キウイやスイカ、パイナップルなど色も種類も様々だ。
期末テストも無事終わり、私達は一週間前から夏休みに入っている。
お母さんの仕事も落ち着き、毎日のように続いていた残業も今はもう定時で帰宅。
そのため、延期して貰っていた匠君のお父さんとの顔合わせが行われることに。
勿論、匠君も一緒に来て挨拶してくれるそうだ。
美智さんは春ノ宮家で行われるお茶会に参加しなければならないそうで、「私もお邪魔したかったわ」と残念そうだった。なので、また今度改めて招待する予定。
「……後はこれを切って個別に皿に盛りつければ完成」
私はゼリーを型から外す準備をするために型をカウンターへと置けば、「本当に手作りしたんだ~」という声が飛んできた。それはカウンターの向かい……つまりテレビなどが配置されてあるリビングの方からだ。
顔を上げれば、そこにはソファに身を沈めている琴音の姿が。手にはスマホを握り締めている。
今日はどこか特別な場所にでも外出するのか、いつもよりもメイクも服装も違う。上は丸襟のネイビーのパフスリーブタイプのカットソーにピンクゴールドの細めのロングネックレス。下は膝丈のクリーム色のプリーツスカートという恰好。髪も今日は珍しく後ろで一つに結ってリボンのバレッタでとめている。
全体的に控えめというか清楚系。いつもは甘めの可愛らしい恰好をしているのだが……
「匠先輩のお父様が『お茶菓子は手作りが良い』って言ったからって、普通作る? ただの社交辞令じゃん。それなのにそれを本気に受けとってさー。本当にお姉ちゃんは馬鹿だよねー。五王の人間が手作りなんて食べるわけがないっていうのに!」
「でも、前に匠君にクッキーを渡したら喜んでくれたし……それにちゃんとお店で購入したお茶菓子も用意してあるわ……」
「匠先輩がかわっているだけじゃないの? お姉ちゃんの何が良くて一緒にいるのか未だにわかんないー。まぁ、匠先輩もただお姉ちゃんのような人間が珍しいだけだと思うけどね。そのうち飽きられるんじゃないの? 五王の人間の周りにはそれに似合った人が集まっているだろうし」
琴音から吐き出される棘のような言葉によって、顔が自然と俯いてしまう。
確かに琴音の言う通りかもしれない。
私と一緒にいても楽しくもなんともないだろうから。
今は匠君や豊島さん達クラスメイトに良くして貰っているけど、それより以前はずっと一人だった。その一方、琴音の周りにはいつも自然と人が集まる。
そして、私の存在は忘れ去られたものに……
だから、親戚の集まりも正直行きたくない。そのため、年に一回の祖父母の家が苦痛だ。可能ならば行きたくはない。大好きな祖母がもう居ないあの家には――
「それより、あの女は今日来ないんでしょ?」
「え? あの女?」
顔を上げて小首を傾げながら琴音へと視線を向ければ、琴音は表情を歪ませていた。
「あの女って言ったら髪の伸びる呪いの日本人形の事に決まっているでしょうが」
「やめて。美智さんの事をそんな風に言うのは。失礼よ」
「何それー。実の妹よりもあの女の肩を持つ気? まさか、あの女と対等な関係になっていると思っているわけ?」
「そんな事は……」
「しかしあの女本当に目障りだわ。六条院の女王なんて呼ばれていい気になって! どうして男女問わず人気なのか理由が全くわからない。私の方が断然良いじゃん。可愛いし。どうせ家柄目当てでしょ。みんな。あの女、性格最悪だもの」
「美智さんはとても素敵な人よ」
「冗談でしょ? あんな女。まぁ、でも今日は邪魔なあの女が来ないから落ち着けるわ」
「え? 琴音、匠君のお父さんとお会いするつもりなの?」
てっきり外出すると思っていたので、ついそのまま疑問を声に出してしまう。
「家にいるわよ。五王のトップと知り合いになれるチャンスだもの」
琴音はそう言うと、立ち上がってこちらに足を進める。
そして、カウンター越しに佇んで私の正面に。かと思えば、そのままじっとテーブルの上にあるゼリーへ。
もしかして食べたいのかな? と思っていると、グラス類を端に寄せたりしだしてしまう。
「何しているの……?」
「はぁ? 見てわかんないの? グラス退かしているの」
「うん。それは見て理解出来るけれども……」
私が知りたいのはどうして退かしたのか? なのだが……
また何か言ってイラつかせ機嫌が悪くなるのも嫌なので、私はその言葉を飲み込んだ。けれども、すぐにその理由が判明することに。
「んー。やっぱり型のままの方が手作りっぽいよね? 切り分けて皿に乗せるよりも」
琴音はそう言うと、ゼリーを少し斜めにずらしたりして微調整。
やがてちょうどいい角度になったのか、手を離すと頷いた。
「うん! ここなら良いかも……って、ちょっとなんでそんな所に立っているわけ? 邪魔。影が出来るし、お姉ちゃんが写る」
「写る……? もしかして写真撮るの?」
「当たり前でしょ。SNSアプリに掲載するに決まっているじゃん」
そう言いながら琴音はスマホを構え始める。
――……あぁ、やっとわかったわ。また自分で作った事にするのね。
おそらく、琴音の手作りアピールに使われるのだろう。
お菓子どころか料理すら一度も家でしたことがないのに。
どうして自分で作らないのだろうか? 本当に謎だ。未だによくわからない。
お母さんに頼まれなければ、私も琴音のために作りたくないのだけれども……
私は深い嘆息を零すとそのままスライドするように場を離れる。
「それも邪魔」
琴音は忌々しそうに顎でカウンターの上にある私のスマホを差す。
そのため、慌ててそれを手に取った。匠君達から連絡があると思ってそこにずっと置いておいたのだ。
「……っていうか、なにそのスマホカバー。無地ってダサっ」
「ごめん……」
確かにクラスではスイート系やタッキー系のスマホケースを使用している子達も多い。琴音もピアノの鍵盤柄の可愛いケースを使用。
でも、「スマホケース不要!」と言ってそのまま使っている子もいるし、「飽きるから」って私と同じように無地を使っている子もいる。
そのため、今まで気にもとめなかったのだが。
「本当にお姉ちゃんって野暮ったい。よくそれで匠先輩の傍にいれるよね~」
「ごめん……」
――もしかして、私が一緒にいて匠君達に恥をかかせてしまっている事もあるのかな……? きっと琴音なら私と違ってなんでも出来るから匠君達の傍にいても……
泉のように湧いてくる真っ黒い感情に押しつぶされそうになり、私が顔を俯かせかけた時、ちょうどタイミング良く手にしていたスマホが音を奏で始めてしまう。そのため、視線がフローリングから手中の物へ。
――電話……?
着信音が電話用だったので、すぐにディスプレイを見た。すると、そこには匠君という文字が表示されている。もしかしたら、何か急な予定が入ったのだろうか?
私は首を傾げつつ、静かな場所で電話を受け取るために廊下へ向かおうと扉へ。すると、ちょうどドアノブへと手を伸ばした瞬間、勝手に扉が開きお母さんとばったり遭遇。
休日は私服だけれども、今日は匠君のお父さんが来訪する予定のためスーツ姿だ。
「あら? 朱音。その電話は五王さんからかしら?」
「うん。あっ、琴音がゼリーを撮っているから終わったら冷蔵庫に入れて貰えるかな? まだ切り分けてないの」
「そう。なら、切って置くわ」
私は頷くと、そのままお母さんの横をすり抜けていく。
「琴音。お父さんのネクタイとスーツを選んであげて。あの人ったら、まだ迷っているのよ。もうすぐ時間なのに」
「うん、いいよー」
「琴音は良い子ね。お父さんは琴音の事が大好きだから、きっと琴音が選んだのなら嬉しがるわ」
「えー。パパだけ? ママは?」
「あら? ちゃんと大好きよ?」
そんな会話が背中越しに届いてくる中、スマホを操作。通話の表示をタッチし耳に当てながら足を進め廊下を進む。
「もしもし、匠君?」
このまま階段に向かって二階へ行こう。リビングから零れてくる笑い声から遠ざかるために……
『あっ、ごめん朱音。忙しかったか? 今、ちょっといい?』
「うん。平気だよ」
『あのさ、ちょっと聞きたいんだけど和菓子と洋菓子どっち好き? 父さんが手土産の選択絞り切れなくて』
「あのね、本当に気を使わないで」
『どっちも美味しくてオススメで朱音にも食べて欲しいそうなんだ。ただ、あの人やたら張り切ってさ……最初着物で朱音の家に行くつもりだったんだよ。美智に話を聞いた時から決めていたって。今スーツに着替えて貰っている。父さんって着物だと余計チャラく見えるから。第一印象は大事だろうし』
匠君のお父さんの着物姿。凄く似合いそうだ。
「琴音は洋菓子の方が好きなの。だから、お父さん達も洋菓子の方が喜ぶかも」
『俺、朱音の好み聞いているんだけど……え? 待って。あいついるの? 外出するんじゃなかったのか?』
「ピアノの関係で用事入ってなければ殆ど遊びに行っているんだけど……今回は匠君のお父さんにお会いしたいそうなの……」
『隙あらば、五王とお近づきに?』
電話越しの匠君の声が厳しくなった。
『琴音は浅はかな上に狡猾だな。考えるまでもなく父さんの方が俺や美智よりも人を見る目が数倍あるぞ? それなのに猫を被れると思っている自信は一体どこから……』
呆れ切った匠君の声音。
『しかし、あいつが居ると話が面倒になりそうだから退場して貰いたいんだよなぁ。わかった。魔よけの力を借りよう。時間少し遅れて貰うが大丈夫だ。俺もあっちに話通しておくし。少し立ち寄って貰うよ』
「魔よけ……?」
魔よけと言われて、私はクマの存在を思い出す。
ちょっと前まで琴音は匠君のお父さんに頂いたお土産のクマのヌイグルミを怖がっていた。それは美智さんの事が頭に過ぎるかららしい。
それを匠君がまるで厄除けだなと以前言っていたのだ。
『そう、魔よけ。本体』
匠君はそう返事をすると喉で笑った。




