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記念撮影

匠視点

健斗に馬乗りになっている男性はおそらく健斗の祖父だろう。

その人が右手に握っているバリカンが機械的な音を奏でながら再び健斗の頭部へと向かっていき刈っていく。まるで秋の収穫時期にコンバインで稲を刈っているみたいに綺麗な一直線。

真ん中部分だけが綺麗に二列に剃られているため、左右にはまだ明るめに染めた長い髪が生えているというアンバランスさ。


しかし、意外だった。

健斗の祖父がガチムチの僧侶だとは……


隼斗も健斗も体の線が細めで顔も中性的なタイプ。なので、勝手にその系統で二人の祖父像を描いていたのだが完全に男らしい武闘派。

着物から覗く焼けた肌。手首や首元も太く逞しくかなりの筋肉質だという事が理解出来る。格闘家と言われたら「あぁ、そうだろうな」と即答するだろう。

うちの菩提寺の住職は凄く優しい慈悲深い仏様のような方。そのため、お坊さんという概念が音を立て崩れ落ちた。


――これは健斗では勝てないな。絶対に。


しかも、お坊さんはもう一人いた。

それは健斗の両腕を纏め掴んでいる青年。彼は憐れみを含んだ視線を健斗に送っている。

その人も剃髪済みで黒っぽい法衣を纏っていた。そのため、見た目も恰好もお坊さんだと瞬時に判断する事が容易い。もしかしたら、お弟子さんなのかもしれない。


法円ほうえんさん、手を離してよ。そしてじーちゃんを止めて」

健斗の叫び声が響き渡り、その青年が法円さんという名である事を知ることに。


「健斗さん、色即是空空即是色です」

「それどういう意味っ!? いいから助けて」

「申し訳ありません。師の命ですので」

「酷っ。ねぇ、匠っ! 見てないで助けてっ! 先生も!」

助けて貰えないとわかるや否や今度はこっちに助けを求める声が。

けれども、俺は動こうにも動けず。

なぜなら、もうそこまで剃られたのなら最後まで刈って貰って坊主にした方が良いんじゃないか? という思いが過ぎったからだ。

それは先生も同意のようでゆっくりと口を開き健斗を諭す言葉を発する。


「健斗さん。髪は最後まで刈って貰った方がいいですよ」

「俺もそう思う」

「そんな! 折角来週カラーの予約入れようと思っていたのにっ!」

その声も虚しくバリカンは淡々と仕事をこなしていき、すでに機械音がBGMと化している。まるでぼた雪のように健斗の髪が真紅の絨毯の上にどんどん溜まり始めていた。


だが、そんなバリカンの音に交じりながら、俺の耳朶にカシャッという電子音が届いてきてしまう。それは自分の左隣から。

そのため、自然と顔をそちらに向ければ、物凄く良い笑顔をした美智の姿が。

妹はスマホを構え、ディスプレイをタッチしていた。


「美智。お前……」

「こんな素敵な光景を撮らずにいられるわけありませんわ。孫の髪を祖父が切って下さっているんですよ? これは是非記念に残しておかなければならないと思いませんこと?」

「いや、でも勝手に撮影するのはどうかと思うんだが」

相手に断りもなく撮影するのは盗撮だ。それが問題なしと判断されるなら、俺は朱音のことを撮影しまくっている。


「匠の言う通りだ。今すぐ盗撮は止めなさい、美智。データも消……――」

そんな祖父の声をかき消すように、「その通りだ! 娘さんっ!」という覇気のある声が飛んできたため、俺達は全員一斉に健斗の祖父の方へ顔を向けた。


「思えば孫である健斗の髪を切るのは初めて」

「切ってない! バリカンで刈っているんだよっ!」

「隼斗や他の孫達はチビっ子の頃に切らせてくれたのに、健斗だけは触らせてもくれんかった。昔から色々とこだわりが強くてな。さぁ、今日は記念日だ。是非撮影してくれ!」

「実に麗しき孫への溢れる愛ですわ。では、動画もいかがですか? 勿論、後でデータは全てお渡しいたします」

「ほぅ。動画か。素敵なアイデアだ、娘さん! さぁ、どんな角度からでも構わん」

「じーちゃんっ!?」

「まぁ! では、早速」

美智はスキップするかのように進むと、色々なアングルから撮影を始めてしまう。健斗の祖父からお許しが出たのだ。なんら躊躇う事はない。そのため、先生も何も言えず。


結局、健斗の意思関係なく撮影会は行われた。

健斗の髪が全て残らず剃られるまで――





「酷いよ! もう、どうするの? これから夏休みなのにぃ~。しかも、美智ちゃん動画まで撮って……やっぱ美人は怖い……」

右手で鞄から出した手鏡を持ちそれを覗き込んでいる健斗は、涙目になりながら空いている手で頭を撫でている。お坊さんのようにツルツルではないが、バリカンで刈れるギリギリまで剃っているのでかなり短い。

ちなみに、髪の毛は先生が処分しに行ってくれている。


昂厳こうげんさん――健斗の祖父の話では、いつもはお坊さん専用のバリカンまたはカミソリなどで剃っているらしいが、急遽家電量販店で購入してきたため普通のバリカンになったそうだ。そのためツルツルではない。


「案ずるな。夏休みで少し伸びるだろう。それに、これからお前は寺で兄弟子達と生活するんだ。お前の方が皆より髪が少し長いから何も問題ない」

「兄弟子って僕は出家しないよ!?」

「お前はこんな事が起きない限りわしの所にはさっぱり寄りつかん。隼斗達は長期休暇のたびに訪ねてくれるというのに。じーちゃん、寂しかったんだぞ?」

「……それはごめん。だって、じーちゃんの所って山の中なんだもん。コンビニどころか自販機すらない。それに可愛い女の子どころか年齢が近い子が全くいないし。その上、やたらデカい虫が多い……」

「山だからな。しかし、健斗と長期間ずっと一緒に暮らせるなんて嬉しいのぅ」

そう言うと健斗の祖父は顔を緩めながら健斗の肩を抱き、まるで山賊のように豪快に笑う。

だが、すぐに顔を引き締めるとこちらを見た。


「匠君だったかな……?」

「はい」

「話は学校と隼斗から聞いた。うちの孫が本当に申し訳ない。本来なら終業式後だったが、この後すぐにわしが責任持って四国の寺まで連れて行くつもりだ」

「あら? では、健斗様はこのまま向かわれるのですか?」

「あぁ。会合参加の予定だったが先方に話をし代わりに法円に向かって貰う」

その言葉に「では、新学期の健斗様の様子次第かしら?」と、美智がぽつりと零したのを俺は拾った。

もしかしたら、さっき相談室で少し口にしていた件だろう。

はっきり言って妹が何を考えているかわからないが、かなり腹を立てているのは十分理解していた。


「だが、正直夏休み期間中のみでは厳しいと思う。長い年月をかけて性格や思考は形成されているからな。だから、どこまで精神の鍛錬が出来るかわからん。すまん」

「いえ……俺も悪かった所がありますから。感情に任せて健斗を殴ろうとしました」

そう口にすると俺は健斗の方へ体を向けた。


「健斗。殴ろうとしてごめん。でも、今もまだ一方的に知りもしないで朱音の事を悪く言ったのは許せないでいる。ちゃんと知って欲しい。琴音に聞いた朱音の像ではなく、露木朱音を。それでも朱音に対するイメージが変わらず、彼女の事を傷つけたり悪く言ったりするなら健斗との付き合いを考えるよ。俺は朱音の事が大切だから――」

「……僕もごめんね。琴音ちゃんのお姉さんの事を悪く言うつもりはなかったんだ。結果的にはそうなってしまったけれど。匠が琴音ちゃんのお姉さんの事を信じているのと同じように、琴音ちゃんの事を僕は信じているんだ。でも、隼斗と尊の言葉がずっと胸に引っかかって……僕は匠達とこれからも友達でいたい。正直に言えば結構混乱している」

「ほぅ。健斗は良き友人と弟に恵まれたようだな。それに、今回の件で少しは成長したようだ。昔から嫌な事や面倒な事があるたびに逃げていたのに」

「健斗様はちゃんと逃げましたわ。逃走に失敗しただけです」

「女王様に壁ドンされたからね……ほんと怖かったよ……」

「壁ドン? ほぅ、あの噂の壁ドンか! 良かったな、健斗。こんな美しい娘さんにされて!」

健斗の祖父はそう言うと目を細め健斗の頭を撫でた。

それを「やめてよー。そっちの壁ドンじゃないよー」と言いながら振り払おうとしているけど、健斗の力では完全に敗北。そのため、好き放題やられている。


「いやー。馬鹿な子ほど可愛いというが本当だな。わしは健斗の事が可愛くて可愛くて仕方ない。これは寺に行ったらどうなるかわからん」

目尻を下げデレデレの健斗の祖父。

これは孫可愛さに甘やかすのかな? と一瞬過ぎったが違った。


「え? 甘くしてくれるのっ!?」

「いや、逆だ。厳しくしすぎてしまうかもしれん」

「なんでっ!?」

「精神統一のため般若心経の写経をさせようと思ったが、大般若経の写経でも良いな」

「いや、昂厳殿。それは寝ずにやっても夏休み期間中には絶対に間に合わないと思います。数年単位かかるかと……」

「待って! 年ってどういう事っ!? 僕、仏門入ってない一般の高校生だけどっ!? 本当に修行じゃん!」

「檀家さんで御寄進して下さった方がおるぞ。……だが、そうだな。夏休み期間中は難しいか。まぁ、後で総藍そうらんと相談しながら決めるとしよう」

「えっ!? 総藍さん戻って来ているのっ!? 無理! 無理―っ! あの人僕に対してめっちゃ厳しいじゃん」

健斗は顔を青ざめると自分の体を抱きしめガタガタと震えだしてしまう。

それを見ていた法円さんがポンポンと健斗の肩を叩く。だが、その表情はかなり強張っていた。どうやら総藍さんという方はとても厳しい人らしい。


「あいつはお前を気にいっているからな。今回のお前の教育係に立候補したぐらいだ。あいつはわしと同じで可愛さのあまり厳しくするタイプ。案ずるな。じーちゃんも一緒だ」

「ダブルじゃん……」

がくりと肩を落とした健斗は深い嘆息を零した。





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