赤く染まった感情
長いので分けました。
見直し関係で続きは5月2日予定。
(匠視点)
健斗の発言にこの場に居る誰もが美智を注視している。無論、俺もだ。
だが、肝心の美智だけが何のリアクションも示さず。
突然であまりに無責任かつ不躾すぎる発言。
その上、場も悪かった。
ここは昇降口から近い大掲示板前。そのため、各クラスへと向かう人々の流れも大きく速い。
それに生徒会役員や六条院の女王様など目立つ顔ぶれが集まっているため、少し離れた場所で足を止めてこちらを注目している生徒達も数多く見受けられるような状況だ。
そのため、周辺では俺達の空気を察してか小さなざわめきが起こっている。
そんな現状に俺は深く眉を顰める。
健斗の発言の内容も問題だが、こんな所で美智へ苦言を言うなんて配慮が無さ過ぎるだろう。
五王家に対しての振る舞い以前に、人気のないところで注意するなり方法はあるはずだ。
しかも、内容が完全なる濡れ衣。
今まで理解出来ていたと思っていた友人である健斗が理解できず。
それと同時に琴音の何処に惹きつけるのか本気でわからなかった。
付き合いが長い俺達よりもあちらを信じるなんて……
「ねぇ、美智ちゃん聞いている?」
「……えぇ、勿論ですわ。私が琴音さんを責め立てるような真似をしたとおっしゃっているのですわよね?」
確認を取るかのように、ゆっくりと美智は唇を動かす。
「あっ、良かった。聞こえていたんだね! 安心したよ」
「えぇ、勿論ですわ。ただ、あまりにも馬鹿馬鹿しいので反応が遅れてしまっただけです」
「馬鹿馬鹿しいってどういうこと? 僕結構本気なんだけれども」
少し眉を寄せ、健斗は不機嫌そうな声で告げた。
けれども、そんな健斗を目にしても美智は相変わらず。
――……これは怒っていないな。むしろ、呆れているんだろうなぁ。
生まれた時からずっと一緒に過ごしてきた妹。
そのため、感情が顔に出ていなくてもなんとなく察する事が出来てしまった。
「えぇ、そうでしょうね。琴音さんの件ですが、酷い事を彼女に私が言ったということはありません。ひと騒動あった件をおっしゃっているのでしたらそれは認めます。ですが、それは完全にあちらが禍根。朱音さんを馬鹿にしたからですわ。目には目を歯には歯を。しかし、少し大人しくなったかと思えば、まさか健斗様を懐柔しているなんて。まぁ、それに引っかかる人もそれなりのレベルという事かしら……?」
「懐柔って……そういう言い方どうかと思うよ。琴音ちゃんがかわいそうじゃないか」
「かわいそう? ご冗談を。申し訳ありませんが、失礼させて頂きます。このようなくだらない茶番に巻き込まれて朝から疲労するなんてあってはなりません。大事なテスト前だというのに」
美智は健斗の方を見ながら、深い嘆息を零した。
「そうだよ、兄さん。美智ちゃんに絡むのやめてよ。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれども、まさかここまでだったなんて……露木さんの妹にころっと騙されてこんな断罪じみた真似をするなんて恥ずかしいよ。本当にごめんね、美智ちゃん」
申し訳なさそうな表情をしながら美智へ頭を下げている隼斗。
それを目にしても健斗は変わらず。それどころか、ぐっと眉間の皺を深くさせ顔を険しくさせている。
どうやら、何を言ってもこちらの言い分を信じてはくれないようだ。
おそらく、一度大丈夫だと自分のテリトリーに入れた人間は絶対に信じるタイプなのだろう。
確固たる想いで――
だが、このまま健斗に誤解を抱かせたままではいけない。だが、きっとそれを解くには時間がかかるだろう。そのため、話をするならばゆっくりと時間をかけられる放課後の方が適しているだろうと思った。
けれども、その前に美智を教室に戻す方が先。これ以上巻き込む必要はないからだ。
俺はそう決断すると、美智の方へ顔を向ける。
「美智。教室に行け」
「……ですが」
「いいから。健斗には俺から話す」
その言葉に美智は一瞬瞳を揺れ動かしたが、ゆっくりと頷く。
それから、「では、御機嫌よう」と俺達へ一礼し健斗の横をすり抜け――……られなかった。
それは、美智の腕を健斗が掴んだせいで。
「待って。まだ話は終わってないから」
「健斗! 美智は関係ないだろ? 俺も琴音に関して話があるから、放課後時間を取って欲しい。今、この短時間での話は無理だ」
「あのさ、匠にも言いたいんだけれども誤解しているよ。匠と美智ちゃんの琴音ちゃんの印象はお姉さんから訊いた一方的な話だろ? 二人共そっちとは仲がいいから」
「おい、ちょっと待ってくれ。どういう事だ……?」
健斗の言っている事が全く理解出来ず。
それは美智も同じらしく、訝しげな顔をしている。
「琴音ちゃんに聞いたよ。姉妹関係がこじれていることを。ご両親が琴音ちゃんのピアノ関係で色々と応援してくれているから、お姉さんは琴音ちゃんに両親を独占されていると思って嫉妬しているんだと思う。でも、寂しいからって彼女の事を歪んだ目でみるのはますますこじ――」
その台詞が全て音となる前に、頭が真っ赤に染め上げられ俺の体が動いてしまう。
左手を伸ばし健斗の胸元を掴みかかり右手を振り上げた。
辺りに響き渡る悲鳴が耳をすり抜ける中、その、あげた腕は健斗に届く事は出来ず。それは、俺の体に巻き付くように拘束している腕によって――
「匠、殴っちゃ駄目だ!」
「落ち着いて下さい。健斗のせいで貴方が処分を受けなければならなくなってしまいます!」
臣と尊が俺にしがみつくようにして動きを止めているせいで、俺の意志に沿わず体は前に進めず。
唯一思い通りに動くのは、健斗の胸倉を掴んでいる左手だけ。やり場のない怒りにより、その手にぐっと力が込められた。
「お前に何がわかるんだよ! 朱音が今までどんな思いでいたのか。あの家でどんな扱いを受けているのかを! それを知らずに嫉妬? 寂しいから? ふざけるな。そんな簡単な言葉で済まされるような問題じゃない!」
どうして朱音のことを知りもしないのに勝手な事を言えるのだろうか。
その神経が信じられない――
それと同時に悲しくなった。
健斗とは生徒会の仲間としてそれなりに長い時間を一緒に過ごしてきたというのに……
どこかで大丈夫だと思っていた。健斗は友人だからと。
それがこの様だ。完全に俺が甘かった。