姉妹
匠視点(匠の家にて)と琴音視点(朱音の家にて)
朱音を迎えに行って尊の高フラグ回収率に直面し衝撃を受けたが、あの後なんとか落ち着きを取り戻すことに成功。途中で尊を家に送り届けながら朱音と俺の家へ。
元々うちで集まる事になったのはテスト勉強会のためだ。だが、もうすぐ昼食の時間も近いので、それを済ませてから勉強をする予定。そのため、昼の準備が出来るまで俺達は部屋でまったりしゃべることに。
クーラーによって人工的に温度が下げられている室内にて、俺達は一本木で作られたテーブルを囲んでいた。その上にはレースのコースターに乗せられたグラスが。中身は麦茶だ。
「朱音さん、お菓子を作るの凄くお上手ね!」
昼食前だというのに美智は朱音に貰ったクッキーを食べていた。
ちなみに俺も手元にある。もう持っているだけで顔がにやけてくるのが押さえきれない。
――……朱音の手作りクッキーっ!!
俺はテンション上がりまくりの中で、手にしているラッピングされたクッキーを眺めている。まるで春が訪れたような気分だ。
――写真に収めたいが、朱音がいるからどうしようか?
この場で撮影したらきっと彼女は不思議に思うだろう。俺としては初めて貰った手作りの品なので、これは是非記念に残しておきたい。なんせ、朱音が俺のために作ってくれたものだ。
――ここは後でゆっくりとした方がいいのだろうか……今、食べたいのだが……
そんな事をぼんやりと考えていると、美智の斜め後方に控えていた国枝に声をかけられた。
「匠様は召し上がらないのですか?」
それに対して、そちらに顔を向ければ国枝が凄く意外そうな顔をしている。
もしかすると、一向に食べる気配がないため不審がっているのかもしれない。
朱音の手作りならば、俺がすぐにでも食べると思っていたのだろう。
「あら? 国枝ったら! お兄様は後で食べるに決まっているじゃない。ほら、色々と……ふふっ」
と言いながら何故か俺の代わりに美智が答えた。しかも、ニヤニヤとしながら。
それでなんとなく察したのか国枝が目を大きく見開いたかと思えば、「そういうことですかー」と、美智と同じようにニヤニヤし始めてしまう。
――お前ら、俺をいじるな! ……というか、何故わかったんだっ!? もしかして考えている事がだだ漏れなのか!?
朱音にも伝わってしまったのだろうかと、すぐさま彼女の反応を確認するために正面へと顔を向ければ視線がばっちりと絡み合う。すると、朱音は小首を傾げた。実に彼女らしい反応だ。どうやら朱音には知られていないようで一安心。
「本当にクッキー美味しいわ。何枚でも食べられちゃう!」
「ありがとう。美智さんの口に合って嬉しいです」
朱音は頬をわずかに染め嬉しそうにはにかんだ。
彼女の表情が以前よりはっきりと変化して来ているようでいい傾向だと思う。
けれども、家の事は相変わらずのようでそこは頭が痛いところだ。今日も妹の先輩という来客のためにクッキーを焼かせたようだし。
というか、その先輩とやらは朱音の手作りクッキーを食べるということになるのかっ!?
もっと早く気づくべき事を今更気づいていると、「カリカリ」という何かを引っ掻くような音が障子の方から耳に入ってくる。そのため、そちらに意識を奪われてしまう羽目に。爪で引っ掻くような高めのその音は、うちではよく耳にする日常だった。
あいつだなと、左手にある障子へと顔を向ければ、案の定想像通りの人……いや、動物の姿が。
僅かに開かれた障子の隙間から覗くのは、ふわふわの綿毛のような真っ白い毛に浮かぶ漆黒の円らな瞳。
「シロ」
うっすらと障子越しに黒く映し出されているシルエット。それはうちで飼っている犬のシロのものだった。
人見知りが激しく、家族や慣れ親しんだ人以外の前には絶対に現れない。そんな人見知りなシロだが、度々訪れる朱音の事は気になっているらしく、時折こそっと隠れて眺めているのを何度か目撃したことがある。朱音も視線は感じているようで、廊下で立ち止まり辺りをキョロキョロと見回す事が何度かあった。
――……珍しいな。来客中なのに俺の所に来るなんて。
俺は首を傾げると、立ち上がってシロの元へと向かう。
全開ではなく、うっすらと開かれた障子の隙間から覗いているのがシロっぽい。
「おい、どうしたんだ?」
そんな言葉をかけながら障子を開ければ、あいつはあろうことか障子と共に移動してしまう。そのため、朱音達には姿が見えず。
「シロ。朱音が気になったのか?」
廊下に出てしゃがみ込む。そしてふわふわの毛を撫でつけた。
いつも撫でられると、大はしゃぎでじゃれつくのに今日は静かだ。なんだか、そわそわと落ち着きない様子。
チビの頃から人見知り激しかったせいで大人になってからも慣れないものだなぁと思っていると、「……この子だったんだ」という朱音の声が耳朶に届く。
それが思いの外近かったため、俺はその声がした左肩の方へと顔を向ければ、すぐ傍に朱音の顔が。俺が急に振り向いてしまったせいで、吐息すらかかりそうな距離だ。
「あっ、朱音っ!?」
そのため、反射的に廊下の端の方へと飛び上がり、柱に抱き付いてしまう。どうやらシロに気を取られていて気配などに気づかなかったようだ。
「ごめん、驚かせちゃった……?」
「だ、大丈夫だ」
高鳴る心臓を押さえつけるように上着を握り締めれば、視界の端にニヤニヤした美智と国枝の姿が入る。
――おいっ!!
あいかわらずブレない美智達に心の中でつっこんでいると、ぐいぐいと肩を押されてしまう。一体なんだ? と思ってそちらを見ればシロが俺を頭で押していた。
「どうした? 朱音が近づいて恥ずかしいのか?」
「さっきのお兄様の反応がおもしろかったのでは? だからもう一度朱音さんに近づけという意味だと思います」
立ち上がりこちらに足を進めながら、美智がそう告げた。それに俺は頭を抱えてしまう。
シロ、待て。あんなに二年前は可愛らしい子犬だったのに、もうすっかり俺をいじるという五王家色に染まっていたのか!
「あの……匠君。触ってもいい?」
おずおずと口にした朱音の言葉に、俺は息を飲んだ。
朱音が俺に触れるっ!?
「シロちゃん、逃げちゃうかな……?」
「あっ、シロの方か! そ、そうだよな」
「え?」
「なんでもない! いいよ、触っても」
「ありがとう」
朱音がシロの方へと近づけば、一瞬シロは体を固めたが、やがて彼女を観察するかのように眺め匂いを嗅ぎ始める。そして害が無いと判断したのか、朱音の傍にしゃがみ込んだ。
――しかし、珍しいな。朱音の方から何かしたいって言うのは。
朱音からどこかに行きたい、何かやりたいなど、自主的な発言を耳にしたことがない。そのため、ある程度目的を持って遊ぶようになっている。図書館なら勉強とか。
でも、今日は「シロに触りたい」とやりたい事を伝えてくれた。もしかしたら、動物が好きなのだろうか……?
「シロちゃん、よろしくね」
そう言いながら朱音はゆっくりと優しくシロを撫でる。
すると、シロは俺の方へと視線を向けてきた。もしかしたら少し不安があるのかもしれない。なので、俺も触れながら声をかけることに。
「朱音って言うんだ。俺も美智も仲良くさせて貰っている。だから、お前も仲良くなってくれたら嬉しい。朱音にも遊んで貰え」
「いいの? 私もシロちゃんと遊びたい」
遊びという単語に反応したのか、シロは「ワン!」と大きく鳴くと尻尾をパタパタと動かしながら目を輝かせていた。
「シロちゃん、可愛い。ふわふわで雪のように綺麗な白だね」
「あぁ、だからシロって名前を付けたんだ」
シロの兄弟犬も白かったが。
「何歳?」
「正確な年齢はわからないんだ。子犬の時に捨てられたのを保護されたから。それで縁があって保護施設からうちに。シロの他に兄弟犬が一緒に保護されたけど、みんなそれぞれ里親が見つかって大切に育てられているよ。年に数回うちに集まるんだけど、すげぇそっくり」
「そうなの? 見てみたいなぁ。きっと可愛いんだろうね!」
「今度集まる時に知らせるよ。だから正確な年齢はわからないけど、二歳半から三歳ぐらいかな。うちに来て二年だから二歳にしているよ。誕生日もうちに来た日だし。朱音は動物が好きなのか? 結構、シロのこと気になるようだが……」
「うん。うちでも飼いたいんだけれども、琴音が嫌いだから無理なの。だから、こうして触れられるのが嬉しい」
「そっか」
少しずつでいいからシロと朱音が仲良くなってくれればいい。
きっとそれは朱音にとっても人見知りのシロにとっても、もっと世界を広げる事になると思うだろうから――
+
+
+
(朱音の家にて・琴音視点)
「凄く美味しいよ~。さくほろって感じで。僕、アーモンドとかドライフルーツとか色々入っているのよりも、こういうシンプルなクッキーが好きなんだ。ココアも好きだし」
リビングのテーブル越しに座っている健斗先輩は、顔を綻ばせながらクッキーを咀嚼している。それに対して私は、ほっと胸を撫で下ろした。
最初、籠に入ったクッキーを見て、「なんでこんなに地味なのを作ったわけ!? アイシングクッキーとかにしてよ!」と思ったけれども、どうやら健斗先輩はこういう方が好きらしい。
「本当ですか? 健斗先輩のために作ったから嬉しいです」
私は微笑むとトレイからテーブルの上にグラスを置いた。ゆらゆらと揺れる氷の入ったオレンジ色の液体。本当はアイスティーの方が健斗先輩っぽいけれども、お姉ちゃんが用意していかなかったので仕方なく冷蔵庫にあったオレンジジュースに。普通、クッキーのような甘い物には珈琲か紅茶なのに……
本当にあの人は気が利かない人だ。
「流石、お菓子作りが趣味なだけあるね! また何か作って欲しいなぁ」
「趣味の範囲なので、あまりこだわったものは作れませんけど……」
「十分だよ~」
「あっ、そうだ。ガーデンのアイスがあるんです。健斗先輩、そこのアイス好きでしたよね?」
「え? 覚えていてくれたの?」
「勿論ですよ」
冷凍庫にたまたま入っていたのを見つけたのだが、別に構わないだろう。食べるなとは誰にも言われていないし。それにパパ達は怒らないもん。
「今日はお姉さん居ないの? もしかして、匠と?」
「はい。匠先輩の所でテスト勉強をするようです。昨日、ママと話していましたから」
「へー、そうなんだ。結構頻繁に会っているようだもんね。美智ちゃんも一緒に。そう言えば、琴音ちゃんも仲いいの?」
「いいえ、私は……匠先輩にも美智様にも嫌われているみたいで……特に美智様には……この間も……」
あの髪の伸びる呪いの日本人形。
六条院の女王様と言われて調子乗っていて、大嫌い。
ちょっと家柄と容姿が良いからって本当にムカつく。しかも、この間私にあんなに恥をかかせて!
匠先輩も匠先輩だ。私よりもあんなお姉ちゃんを選ぶなんて。
でも、そのうち私の方が良いって気づくかもしれないから今は構わない。きっと何か切っ掛けがあれば、私の方へ傾くだろうし。
それに今は、健斗先輩を落とす方が優先。
――クマを貰えるような関係にならなきゃ!
一応彼氏もキープしている子も複数いるけど、よりランクが上を選ぶべき。だって、そっちの方が私に相応しい。
だから、家柄も顔も全て完璧な匠先輩を狙っていたのに、あの人は見る目ない残念な人だから……
「もしかして何か言われた?」
「……私が悪いんです」
「美智ちゃん美人系じゃん? きっと性格キツイよ。僕、美人系ってそういうイメージがあるんだよね。僕の従姉がそうだからさー。いつも僕と顔を合わせるなり、『しっかりしろ! 跡取り!』ってブチ切れるんだよー。本当に怖いんだよね、あの人。だから、美人な美智ちゃんもちょっと苦手。怖くて。絶対キレると根に持つタイプだよ。琴音ちゃんも怖かったでしょ? 美智ちゃん」
その健斗先輩の発言に対して、私は目を大きく見開く。だって、凄く意外だったから。てっきり匠先輩と同じように仲が良いと思っていたのに。
「僕さ、実は匠から琴音ちゃんとあまり関わるなって言われていたんだ。色々聞いたけど、僕は基本的には自分で見た事以外信じないし」
「匠先輩、私の事何か言っていたんですか……? 凄くショックです。きっと何か誤解されているのかもしれません……お姉ちゃんと私、少しだけ関係がこじれてしまっているんです…パパ達がピアノの発表会にいつも来てくれるんですが、お姉ちゃんは一度も……きっと、私にパパ達を独占されていると思っているのかも。私は、お姉ちゃんの事を慕っていて、ピアノを聞いて欲しいのに……匠先輩はお姉ちゃんとの方が親しいから…」
「そっか……それはつらいね……お姉さん、きっと嫉妬しているんだよ。でも、琴音ちゃんの優しさでお互い誤解が解けると思う。ちゃんと話あえばわかり合えるって」
「はい、私もそう願っています。それで、匠先輩達の誤解も解ければ嬉しいのですが……」
「僕も協力するよー。匠とは友達だからねー」
「健斗先輩が一緒なら心強いです」
私はそう告げると微笑んだ。
やっぱり、あの生徒会室で匠先輩からターゲットを健斗先輩にしておいて良かった。匠先輩は警戒心が強かったから。それに、あの呪いの日本人形と健斗先輩はあまり接点がなさそうで楽だし。