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手作りクッキー

どこか近くの電柱で止まって鳴いているのか、セミの声がする。

それが締め切られた空間――人工的な涼しさに包まれているリビングにまで届いてきていた。もしかしたら、近くの電柱にでもとまっているのかもしれない。

なんでだろう? セミの鳴き声を聞くと、余計に体感温度が上がってしまう気がするのは。


「朱音。聞いているの?」

セミの声に意識を奪われていると、そんな声が正面からかけられてしまう。そのため、私はゆっくりと顔を上げ目の前にいる人へと意識と視線を向ける。

そこの佇んでいるのは、スーツ姿のお母さん。手にはA4サイズが余裕で入りそうな鴉色の鞄を持っていた。キッチンカウンターをバックにし、訝しげにこちらを見ている。


今日は土曜日なので、本来ならば仕事がお休み。けれども、社を上げての大きなプロジェクトがあるらしく、休日出勤しなければならないそうだ。

そのため、ここ最近は残業も多く、夕食作りも私が担当となる事が多い日々が続いている。もう少ししたら、落ち着くようだけれども。


「……うん、大丈夫。ちゃんと聞いているよ。琴音の学校の先輩が来るから、何かお菓子を作ればいいんだよね?」

匠君達の一件以来大人しくなったのだが、時々こうしてお母さん達を通して要求してくるようになった。


「えぇ。琴音の話では既製品ではなく、手作り希望なんですって」

「わかった」

「朱音、お願いね」

お母さんはそう言うと、左手を上げて腕時計を確認した。


「あぁもう七時半……じゃあ、そろそろ行くわ。あぁ、そうそう朱音。貴方、今日は五王さんのお宅に伺うのよね?」

「うん」

私の学校は木曜から期末テスト。

六条院は少し早くちょうど月曜日から。

なので、今日は匠君の家で勉強会。美智さんも一緒に。

お昼ちょっと前に五王家を訪れ、昼食を頂いたその後にテスト勉強。そのため、匠君が十一時にうちに迎えに来てくれる事になっていた。


「朱音からも言っておいてね。この間五王さんにも電話でお伝えしたけれども」

「うん。仕事が落ち着いてからだよね? わかった」

琴音と匠くん達が遭遇した後。美智さんが心配して匠君のお父さんにメールをしてくれた。それでうちに挨拶にきて下さる事に。けれども、お母さんの仕事が忙しく、落ち着いてからになったのだ。


「しかし、琴音ではなく貴方が五王さんの御子息と友人になっていたなんてね。本当に驚いたわ」

「……図書館で出会ったの」

「図書館なんて琴音も行っているでしょ? それに琴音の方が学校も一緒。未だに信じられないわ。あの五王家のご子息となんて」

「お母さん、電車時間大丈夫……?」

「あぁ、そうね。じゃあ、後は頼むわ」

こちらに背を向けたお母さんに、私は「いってらっしゃい」と告げた。


「どうしよう。お菓子何を作ればいいのかな……」

バタンと閉められた扉を見詰めながら私は考え始める。匠君と約束があるし、家の掃除もしなければならない。そのため、時間は限られていた。なので、あまり凝ったものは作れず。


お菓子作りは比較的慣れている方だと思う。それは趣味などではなく、時々琴音に頼まれていたので。

バレンタインの時なんかは、凄く大変。まず数が多い。それに、全部同じ種類ではなく、何種類かを作らなければならないので骨が折れる作業。

「みんな同じで駄目なの? そっちの方が楽なんだけれども」と尋ねた時があったけれども、「ランクがあるから無理」と言われてその案は却下。そもそも、ランクって何のランクだろうか? 

ラッピング時間も入れると、かなり拘束時間が長い。

そういう理由があるため、うちには常に数種類のラッピンググッズが置いてある。


――……アイスボックスクッキーにしようかな。


型を抜く手間も省けるし、材料も家にあるものばかり。

夏なので爽やかにレモンパイでもいいかな? と、ちらっと思ったけれども、買い出しに行く時間と手間を考えてやっぱりクッキーにすることに。


部屋にあるレシピ本を取りに行こうとしたら、部屋に機械的な音が鳴り響く。それは、テーブル上に置いておいたスマホが発生源。


「あれ? 電話……?」

そのため、私は扉へと近づくのをやめ反対に部屋の奥へと足を進める。スマホを手に取り、ディスプレイに映し出された名を見て小首を傾げてしまう。

それは佐伯さんからだったからだ。

何かあったのかな? と思いながら、通話と赤く表示された部分をタップし、スマホを耳へとあてる。


「もしもし……?」

『あっ、露木さん? ごめん、いま電話大丈夫?』

「うん」

『あのさ、露木さんってアイスって好んで食べる?』

「え?」

突拍子もないその質問に、私は一瞬言葉に詰まってしまう。


「うん。ちょうど季節だから……」

『なら、良かった。俺、これからアイスを買いに行くんだ。そこの店、旨いからどうかなって。ほら、この間の弁当作ってくれただろ? あのお礼まだだったし』

「……ううん。その……気にしないで……」

自分の分のついでに作った上に、お弁当もいたって普通の中身だった。しかも、わざわざ家まで来て貰うなんて申し訳ない……

佐伯君と豊島さんは中学まで同じ学区。豊島さんの家からうちまで結構距離があるはずだ。電車も乗り換えなければならない。しかもテスト前。


『うち、父さんが建築デザイナーなんだ。それで、『ガーデン』っていう海外のアイスショップも担当していて……それが日本に直営店を持ったんだ。だから、その店の宣伝も兼ねてっていう至極個人的な事もあるから気にしないでくれ』

そう告げた佐伯さんの言葉。それにはこちら側を気遣う優しさが感じられる。


「そっか……なら、アイス貰ってもいいかな?」

『ほんと? 良かった。あっ! 露木さんの住所わからないから、通話終わったら送信して貰ってもいいかな。母さんに車出して貰えるから、たぶん十時半までには着くと思う』

「うん。じゃあ、待っているね」

『あぁ、また!』

そう言って私達は通話を終えた。




――……もう冷めたかな?


私が見つめる先には、キッチンカウンターに乗せられた長方形のケーキクーラーが。それには四角いアイスボックスクッキーが並べられている。プレーンとココアの市松模様。


二段のケーキクーラーを使用し、ちょっと多めに作ってみた。匠君と美智さんに持って行こうと思ったから。いつもお世話になっているので……

私が作ったのよりも購入した物を渡した方が? とも思ったけれども、図書館で手作りを食べたいって言ってくれたから大丈夫かもって思ったのだ。


「どうだろう……?」

一つ摘んで口元へと持っていく。食べてみれば、さくほろっとした食感が。どうやら、もうすっかり熱も取れ良い感じになっているようだ。

そのため、私はもうラッピング可能だと判断。食器棚へと向かうと、そこの一番左手の引き出しを開ける。するとそこにはラッピンググッズが。


そこからダマスク柄の淡いブルーのペーパーナプキンなど必要な物を取り出すと引き出しを閉めた。それをケーキクーラーの隣に置き、私は再び食器棚へ。

そしてグラスやサラダ皿などが窺えるガラス張りの両開きの扉を開き、数個重ねられている籠を取り出す。そして、その中から細長い籠を取り出した時だった。オルゴールの緩やかな旋律が室内に鳴り響いたのは。


「……あっ」

それは玄関チャイム音。

もうそんな時間なのか? と思いながら、キッチンカウンターに身を乗り出しリビングの壁へと視線を向ければ約束の時間。

どうやら家の事と並行してやっていたので、時間の経過を早く感じてしまっていたようだ。


待たせてしまっては駄目だと駆け足気味に扉付近にあるドアフォンの前へ。モニターに映し出されているのはやはり佐伯さん。今日の彼はTシャツ姿というラフな格好だ。


私は扉を開け真っ直ぐ進み玄関へ。

そして玄関の施錠を開けて扉を開けば、ちょっと困惑気味に微笑んでいる佐伯さんの姿が目に飛び込んで来た。


「ごめん休日に。出かける予定とか大丈夫だった?」

「うん。匠君と約束があるけど、迎えに来てくれるのが十一時だから平気だよ。準備も出来ているし」

「匠と予定があったのか? ほんとごめん、急に押しかけて。あっ、これ言っていたアイス。どうぞ」

そう言って佐伯さんが渡してくれたのは、手にしていた紙袋。英文字や動物のイラストがカラフルに描かれていて、なんだか海外っぽい気がする。


「暑い中、わざわざありがとう。よかったら、お茶でも……あっ、お母さんに乗せて来て貰ったんだっけ……?」

「あぁ、でも先に帰って貰った。ドライアイス入っているけど、溶けるのが心配だったから。帰りは電車で帰れるから問題ないよ。知らない町の散策とかも楽しそうだし」

「お茶でも飲んで行って? ちょうどクッキーが焼けているんだ。匠君も、もう少ししたら迎えに来てくれるし」

「そうだな。匠の顔を見てからでもいいかも! ……あ、でも今って家に露木さんだけ? それだとちょっとマズい」

「ううん。妹が。たぶん、部屋にいると思う。学校の先輩が遊びに来るんだって」

「そっか……なら、少しお邪魔しようかな」


そんな彼の台詞に、私は「どうぞ」と家の中へと招き入れた。




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