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シロの証拠隠滅能力

匠視点

「豊島。そもそもなんで俺と露木さんをくっつけようと思ったんだよ?」

「最初は読書好きという共通の話題があったから。二人とも気が合うかな? って。でも、二回目はちょっと違うかも。かなりムカついちゃって……その露木さんの妹が……だから、露木さんがイケメンでお金持ちの彼氏作れば、あの妹の鼻っ柱をへし折ることが出来るかなって安易に思っちゃったんだ」

「は? 妹? 琴音のやつまた何かしでかしたのか?」

ここで全く想像もしていなかった朱音の妹・琴音の名が耳に入り、俺は眉を顰めながら朱音へと尋ねる。すると、彼女は肩を落としつつ困惑した表情を浮かべながら頷いた。


「……うん。私はいつもの事だからいいんだけれども……一緒にいた豊島さん達の事まで口出しを……」

「朱音……」

「でも、今は美智さんと匠君のお陰で落ち着てくれているから……大丈夫だよ」

この間、遊園地に行く前に琴音と遭遇。その時にひと騒動があった。

それから琴音は大人しくなったらしい。余程衝撃的だったのだろう。

ただ良い薬にはなったと思うが、あいつがこのままずっと大人しいままで終わるかどうか疑問が残る。


――……このまま静かに過ごして欲しいんだが。


嘆息を零しそうになると、「あっ!」という豊島さんの声が耳に届いた。そのため弾かれたようにそちらを見れば、彼女は隣の椅子に置いていた自分の鞄を取り、テーブルへと置いているところだった。

それを開き中を漁ると、掌より少し大きいサイズの長方形の物体を取り出す。それは若草を思わせる色をした二つ折りの財布だ。

豊島さんは財布を開いて細長い紙を取り出し、そのままそれを俺達へと差し出してきた。


「お詫びになるかわからないけれども二人に。これ、うちに来るお客さんに貰ったんだ」

「いいよ、気を使わないでくれ」

「うん。気にしないで。お弁当はついでだったし……」

「お化け屋敷苦手じゃなければ二人でどうぞ。ホラー映画とリンクした世界で、特設広場でやっているんだ。夏季限定なんだって」

「え? お化け屋敷?」

俺はそう口から零すと、差し出されているチケットへと視線を移す。

確かに黒いチケットには、長い前髪で顔を覆われてしまっている女性が描かれていた。その隣には廃病院からの使者という血文字で描かれたかのような文字が。

それがちょうど二枚。


――お化け屋敷に朱音と二人きり……これは……っ!!


俺の脳内では、すっかりお化け屋敷で起こりそうなフラグが立っていた。

幽霊に驚いた朱音にしがみつかれる。そんなありがちなシチュエーション。


――是非ともフラグを立て、回収せねば!


この絶好の流れに乗りたい俺は、さっそく誘うことに。


「朱音。お化け屋敷が苦手じゃなければ一緒に行かないか?」

「苦手かわからないの。行った事ないから……」

「何事も経験っていうだろ? 行こう。テスト終われば夏休みだし時間はいっぱいある。俺は朱音と二人で行きたい」

「うん。そうだよね。匠君の言う通り、何事も経験かも……一緒に行ってもいい?」

「勿論だっ!」

むしろ、朱音と一緒でなければ行くつもりはない。

お化け屋敷フラグを立てたいのは彼女とだから。


「豊島さん、ありがたく貰うよ」

「ありがとう」

朱音も礼を言いながら、豊島さんから受け取った。


――しかし、この件を美智にバレないようにしないとな。あいつに知られたら、絶対に自分も行くと言い出す。お化け屋敷とか大好きだし。


だが、このままチケットを貰いっぱなしというのもなんだか悪い気がしてきた。そう思った俺は、鞄にしまっていたアレを渡すことに。

朱音と二人で行こうと思っていたが、今回は豊島さんに渡そう。そして、尊と一緒に行ってもらえばいい。

尊も片思い中。なので、協力できることがあれば手を貸したい。


俺はそう判断すると鞄から手帳を取り出し、挟んでいたそれを抜き取った。

それはちょうど朱音と夏休みに行こうと思って、あらかじめ購入しておいた水族館のチケット。この間はペンギンの散歩を見る事が出来なかったので、リベンジしようと思ったのだ。


「これ、ちょうど二枚あるんだ。チケット貰ったお礼。尊と行って来てくれ」

俺はそう言いながらそれを豊島さんと尊へ差し出した。


「いいよ。そういうつもりで渡したんじゃないし」

「いや、いいんだ。今度美智と朱音と三人で行こうと思っていたんだけど、二枚しかないからさ」

「でも……」

眉をハの字にしている豊島さん。そんな彼女の肩を尊は叩くと、口を開いた。


「行こう。豊島」

「え? でもさ……」

「せっかくだから。もしかしてもう行った?」

「いや、まだ」

「じゃあ、行こう。匠、貰ってもいいか?」

「あぁ、楽しんで来てくれ」

「色々ありがとう」

そう含みながら尊はお礼の言葉を口にしたが、それに俺は微笑みながら首を左右に振った。






「は?」

風呂上がりに自室へと通じる障子を開け、俺はすぐに部屋の異変に気付いた。

……といっても、主に畳の上に置いておいた鞄が被害を受けているだけだが。

まるで鞄をひっくり返したかのように、無造作に散らばる教科書や財布など。それと共に、俺の私物ではない赤いボールも転がっている。

それを見て、俺はすぐに犯人を特定。


「またシロのやつ……!」

俺は頭を抱え、そう呟いた。

シロ――うちで飼っている犬のシロは、遊んでほしい時にこうして俺の部屋を荒らす。しかも自分が犯人だと示すために、わざわざお気に入りのボールを残して。

普段はこんなことをしないのに、甘えたくなるとこうなるらしい。要するに構って欲しいのだ。片付けるのが面倒なので、もっとアピール方法を選んで欲しいのだが……


ちなみに何故か俺以外の部屋は荒らさない。何故だ……


「あーあ。こんなに散らかして。全くあいつは」

そう愚痴を零しつつ、室内へと足を踏み入れる。


あいつは一応ちゃんと考えて荒らしているらしく、教科書やノートを破ったり噛んだりは絶対にしない。ただ荒らすだけ。


――……そういえば最近、忙しかったもんなぁ。


シロとあまり遊んでやれなかったことを反省しながら片付けていると、ふと気づいてしまった。とある物が無いことに。


「手帳が……嘘だろ……」

無くしてもいいように一応スマホでも管理し、クラウドサービスを利用している。なので、スケジュール関係は問題ない。

何が問題かと問われれば、お化け屋敷のチケット。俺は手帳に挟んでいたのだ。


――アレを美智にでも見られてみろ。朱音と行くと怪しまれ、「朱音さんが行くなら自分も!」って言い出すに決まっているじゃないかっ! 冗談じゃない。俺と朱音の距離を縮めたいのに、妹がいたらフラグが立たないっ……!


頭の痛くなるような現状に、俺は血の気が引いていた。その時だった。「ワンっ」という鳴き声が耳朶に届いたのは。


俺はすぐさまそれが聞こえた廊下へと飛び出す。すると、やはり想像通りシロがいた。

ふわふわの綿毛のような真っ白な雄犬。

保護されたのを俺が知人に譲り受けたので、犬種はよくわかっていない。だが、顔立ちや体格から秋田犬が混じっているような気がする。譲り受けた時は小さかったが、今ではその面影は残っておらず。


だが、シロは大型犬の部類に入りそうなのに、メンタルが豆腐。人見知りが激しく来客が来たら即逃走。

朱音にも慣れてないらしく、彼女が来ると隠れる。だが、興味はあるらしく、最近ちらちらと物陰から眺めているようだ。


「シロ、お前! 俺の手帳を……って、美智」

最悪なことにその後方には美智と国枝の姿もあり、俺は自然と顔が引き攣ってしまう。

二人共、俺が急に飛び出してきたので目を大きく見開いている。


「あら、お兄様。そんなに慌てて……もしかしてこれが心配だったのですか?」

そう言って美智が掲げたのは黒い手帳だった。光沢のある革製で、二年ぐらい使い込んでいるため肌に馴染んで使い勝手がいい。


「あぁ、手帳を探していたんだ。やっぱりシロが持っていったのか。悪かったな」

「えぇ。そのようですわ。では、『手帳は』お返しいたします」

やたら手帳の部分を強調しながら告げたその台詞に、俺は眉を寄せながら美智へと顔を向けた。何故、何かを含んだような言い方をするのだろうか。

探るように漆黒の瞳を見詰めたが、全くその意図が読み取れず。


「おい。待て。どういう意味だ? 『手帳は』ってどういうことだよ」

「国枝」

美智はそう言うと左手を後方にいる国枝へと向ける。

その指示に対して国枝は一礼をすると何か美智の掌へとのせた。それがあの黒いチケットだとすぐに理解した俺は、つい叫んでしまう羽目に。


「お化け屋敷のチケットっ!」

「えぇ。シロが手帳を庭に放り投げてしまったのです。その時に拾いました。恐らく、私の姿を見て怒られると思ったのでしょうね。最初はしおりかと思ったのですが……」

「投げるな、シロ! しかも、証拠隠滅にしては遅すぎるし、雑過ぎるだろうがっ!」

と叫べば、シロは素知らぬふり。


「お兄様。こちらのチケットはどなたと? まさか、お一人で?」

手に持っているチケットを眺めている美智。

きっと、一人で行くと言っても絶対に信じないだろう。


「……いや。臣達と。健斗がチケット貰ってきたんだよ。それでみんなで行くことになった」

「まぁ、そうですの。私ったら、てっきり朱音さんと行くかと思いましたわ。またこの間の水族館の時のように、私を仲間外れにして」

「残念だったな。臣達とだ」

そう告げればなぜか美智の口角が上がった。それに対して、俺は自然と眉が中央に寄ってしまう。


――なんだ? その反応は……


「では、電話を一本かけてもよろしいでしょうか?」

「はぁ? 電話? 勝手にかければいいだろ」

「お兄様の了承もいただきましたので、朱音さんにかけさせていただきますわ。お化け屋敷のチケットについてお伺いいたします」

「やめろよ!」

「ほら、やっぱりっ!」

「今回は俺が用意したんじゃない。朱音の友達に貰ったんだよ。朱音と一緒にな。だから二枚しかないから、お前に声をかけなかったんだ」

「まぁ、そうでしたの? 私ったらまたお兄様が水族館の時のように、二枚しかチケットを買わなかったかと思いましたわ。しかもあの時、わざわざ私が用事のある時に外出しましたよね? 完全に私、のけ者状態でしたわ」

「お前、それ朱音に言ってないだろうな」

「当然です。お兄様が朱音さんと二人で水族館に行きたいから、わざわざチケットを購入したなんて」

「ならいい。手帳とチケットを返してくれ」

と俺は手を差し出した。


「えぇ。勿論お返しいたしますわ」

そう言って美智は手帳を俺へと差し出した。

俺が受けとるとそのまま横を通り過ぎようとしてしまったので、俺は慌てて腕を掴んで阻止。

肝心のチケットを返して貰っていない。部屋に戻るのならば、それを返してからにしてもらわないと困る。


「おい」

「チケットは当日お渡しいたします」

「はぁ?」

「私もご一緒いたしますわ。チケットがないのならば、一般料金を支払って入ります。調べたらチケット制というわけでもないようですし」

「なんでだよ!? お化け屋敷だぞ!? 人の恋路を邪魔するなって。お前、ブラコンかっ!」

「まぁ! ご冗談を。私も朱音さんとお化け屋敷に行きたいだけですわ。楽しみですわね」

クスクスと笑う美智の後方で、国枝が俺に対して憐れんだ視線を向けている。

そんな目でみるなら、自分の主の行動をとめろよ……と思っていると、それが伝わったのか、国枝は「無理です!」という表情を浮かべ首を左右に振った。


こうして俺のお化け屋敷フラグは、くしくも行く前に折れてしまう事に。






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