絵本が繋ぐ不思議な縁
「あの! ここって……」
彼に連れて行かれた先は、エレベーターを降りた図書館の三階。
――ここって、関係者以外入ってもいいの?
自習室やミーティングルームなどの個室があるのは、二階。
だから、一般の人はここには足を踏み込まないはずだ。
少なくても私は初めて。
それなのに彼はそのまま慣れた足取りで先へと進んでいく。
そして、廊下の一番奥にある重厚な扉を開けると中へと私を促した。
「入れ」
「お邪魔します」
促されるまま室内へと足を踏み入れれば、そこはL字型にソファとガラステーブルが配置されているのが目に飛び込んできた。
角部屋のためか、右手と奥が窓。そこからは新鮮な風が白いレースのカーテンを舞い踊らせていた。
十五畳から二十畳ほどだろうか。毛並みの整えられた真紅の絨毯が敷かれ、いかにも値が張りそうなアンティーク家なども飾られていた。
まるでどこかの洋館の一室。そう言われても全く違和感がない。
「ここは?」
「五王のプライベート室。屋敷にも書庫があるけど、ここよりは遥かに少ないからな。時々、家族が本を読みに来るのに使っている」
「五王……え……?」
私は目を大きく見開きながら彼を見た。
「あぁ、言ってなかったか。五王匠だ。高二」
「嘘……ここを作った五王財閥の?」
「嘘言ってどうするんだよ? 俺だって、本ぐらい読むさ。むしろ、好きなんだが」
「え」
見えない。そう喉まで出たけれども、呑み込んだ。
明らかに見た目がコンビニ前でたむろしている高校生タイプなのに……
どうやらそれが顔に出ていたらしく、彼は肩を竦めて見せた。
「この見た目だしな。それより、座れよ。何か飲むか? 下の喫茶店から配達もしてくれるんだ」
「なんだか、家みたいだね」
私はそう唇に言葉をのせると、彼が促してくれたソファへと腰を下ろした。
「あぁ、だからよく来るんだ。落ち着いて本が読める上に、珈琲はうまいし」
「珈琲、好きなの?」
炭酸とかのイメージなのに、意外。
見た目が完全に軽そうだけれども、中身はもしかしたらちゃんとしているのかもしれない。
人は見た目じゃないっていうけど、どうしても先入観を持ってしまう。
現に琴音がいうには、「お姉ちゃんは本当に見た目通りだよね。暗すぎ。地味すぎ」と、言われているぐらいだ。
「今、炭酸とか飲んでそうとか思っただろ? 意外と顔に出やすいな、お前」
「そうかな? 結構喜怒哀楽出にくいって言われるけど……」
「出ているとおもうけどな。それより、名前は? 俺と年近そうだけど?」
「露木朱音。榊西高の二年」
「榊西って、すぐそこだな」
「うん。だから帰りに立ち寄るんだ。五王さんは、六条院だから遠いよね」
「さんづけやめろ。呼び捨てで構わない。同じ歳なんだし」
「でも……」
「匠でいい」
「なら、匠くん」
「あー、まぁいいか。それより、飲み物頼むけど何がいい? 珈琲大丈夫か?」
「うん。お砂糖とミルク入れれば」
「よし、なら頼むか」
匠くんは立ち上がると、端にあった電話へ。
受話器を上げたかと思えば、ピッという音が三回程聞こえた。
内線が繋がったらしく、何か話している。
どうやら注文してくれているようだ。
「しかし、珍しいな。この絵本を持っていたなんて」
匠くんはこちらにやってくると、私の隣へと腰を落としながら尋ねてきた。
「え?」
「それ、自費出版の上、あまり売り上げが良くなく返品になったんだよ。しかも、冒険もの。それにどっちかと言えば、女の子ってお姫様とかそういうの読みそうだけどな」
「これ、好きなの」
そう口にすれば、匠くんが目を大きく見開いた。
そしてゆっくりと顔を綻ばせていく。
まるで自分が褒められているかのように、瞳には照れが窺える。
「絵、変じゃないか? 下手で。線もガタガタだし」
「確かにそうだけど、それがまた味わいがあると思うよ」
絵は児童向けにしては可愛さが皆無。線も歪んでいるし、色鉛筆塗りも微妙な箇所もある。それでも、作者の作品に対する愛情が伝わってくる。
「作者が楽しんで書いているのが伝わってくるから好き。それに、琴音と違って元々冒険物の方が好きだから、こういうの読みたいの」
「琴音?」
「妹。私と違ってなんでも出来て……もしかしたら、知っているかな? 匠くんと同じ六条院に通っているの。露木琴音」
「あぁ! ピアノのか。たしか、六条院の講堂でピアノ発表会があったはず」
やはり知っているようだ。
琴音はどこに行っても目立つし、人気者だから不思議ではない。
また卑屈になり、私の手に力が入り勝手に拳を握ってしまう。
「お前、行かなくていいのか?」
「誘われていないから……それに、知ったのが今朝だし。両親が応援に行っているから大丈夫よ。夕食も食べてくるみたいだから、今日はゆっくりできるの」
お母さんの言いつけで家事を手伝ったりとしているけれども、琴音は手伝わない。それは「手伝わなくてもいい」と言われているから。
ピアノをやる綺麗な手が荒れてしまったり、傷ついてしまうと大変だ。それが、両親の言葉。
だから琴音は自分の部屋すらも掃除しない。私の仕事になっている。
「お姉ちゃんなんだから、琴音を――妹を助けてあげなければ駄目よ」と言われているし。
「……なら、夕食うちで摂るか?」
「どうして?」
私が疑問の声を出したのは失礼でもないはず。
だって会って間もなく、お互い知らない者同士に等しい。
それなのに、何故? もしかして、可哀想な人と同情されたのだろうか。
「絵本、好きだって言ってくれたからだ。その礼。作者、俺の知り合いなんだよ。それにその本ならいっぱいあるぞ。うちにあるのでよければ一冊やるよ」