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似ているようで違う彼

私達が店員さんに通されたのは、十五と書かれた部屋。

分厚いクリーム色の壁は三分の一が赤と白の市松模様で塗られ、奥にはカラオケの機材が設置されている。

けれどもその機材は未だに使われないまま。マイクもテーブルの上で出番を待っていた。


――歌いに来たんだよね……?


そんな事を思いながらソファに座っている私は、オレンジジュースの入ったグラスを両手に持ち周りを眺め始めた。L字型の黄緑色のソファには、秋野君達と受付で出会った人々が座っている。

どうやらカウンターで出会った彼らは、豊島さん達と同じ中学の子だったらしい。そのため、私以外は全員旧知の仲。その流れで、豊島さんが「折角だから一緒に歌おう!」と声をかけたのだ。

そしてあちらが同意する前に、彼女はさっさとカウンターで手続きを。

そのため、いま私達はこのような状況に。


そのせいなのか秋野君達は二人して頭を抱えているようで、深い嘆息が時折こちらまで届く始末。

しかも、豊島さんもいつもと様子が違う……――


私はちらりと右隣にいる豊島さんへと視線を向けた。すると彼女は身振り手振りで、私の左隣にいる六条院の生徒である佐伯さんに私の事を熱心に紹介してくれている最中だった。

そしてそれを何故か佐伯さんの友人である男子校の生徒達が哀れんだ視線で見ているという不思議な構図。


「露木さんね、毎日お弁当を自分で作ってくる家庭的な子なの! そうだ。佐伯お弁当作って貰ったら? この間、素朴な家庭の味が恋しいって言っていたじゃん。佐伯のお母さん、今仕事の修羅場中で忙しいから料理は当分無理だからって言ってたよね」

「……」

「佐伯と露木さん、絶対に合うと思うよ」

押しまくる豊島さんと違い、一方の佐伯さんはあまり機嫌がよろしくない。

当初は豊島さんの隣へと座るつもりだったようで、一度腰を落としたのを無理やり豊島さんに立たされ、私の隣へと強制的に座らせてしまったのだ。そのせいで彼の表情が……

口は真一文字に結ばれているし、ぐっと眉間には深い皺が寄っている。腕と足を組んだまま、ただ正面奧にある壁をひたすら見ているのみ。


その圧迫感ある彼に対して、私はちょっとだけ気まずい。私の隣よりも、仲の良い人の隣の方が遙かに居心地が良いだろうという事も理解しているし、いきなりの紹介話で困惑しているだろうから。


――しかし、どうして豊島さんは急に私の事を? 


そんな事をぼんやりと考えれば、ふと一月前ぐらいの出来事を思いだしてしまう。それは豊島さんが、『私に紹介したい人がいる』と告げた時のこと。

確か同じ中学で、高校から六条院に通っている少年。それがもしかしたら、佐伯さんなのかもしれない。


「あのさ、豊島」

突然、ずっと聞き役に徹していた佐伯さんの声が響く。

けれどもそれはやはり、感情を無理やり殺しコントロールしているみたいだ。


「何? 何? 露木さんの事ならなんでも聞いて?」

「もしかして、この子が以前言っていた紹介したい子?」

「そうなの! よくわかったね。あの時、誰を紹介したいかなんて言っていなかったのに」

「これだけゴリ押しされれば気づくって。その件は断っただろ。もう二度と紹介とかやめてくれって。豊島の口からそういうの聞きたくないんだ」

明らかに苛立ちを含んだまま、佐伯君はそう口にした。

それに、男子校生達は「うん、うん」と首を縦に動かしている。


「いいじゃん。今、彼女いないんでしょ? 絶対に合うって! それに露木さんも佐伯と同じで本が好きなの。湊川先生の本も好きで、今日発売の新刊も購入するつもりで本屋に行く途中だったのよ。それを偶然ばったり遭遇した私達がカラオケに誘ったってわけ」

「あぁ、確か今日発売だったな。新刊……」

佐伯君は、ふと思いだしたかのように呟いた。かと思えば、今度はこちらへと顔を向けた。


「ありがとう」

そんな温かな言葉と共に、やっと初めて彼と柔らかな視線が絡んだ。

もしかして、彼もファンで新刊を楽しみにしていたのだろうか? 

理由は定かではないが、やっと空気が少し良い方向に流れて来はじめたので、ほっと一安心。


「でも、どうして佐伯さんがお礼を言うの?」

と、首を傾げながら素朴な疑問を尋ねれば、彼からは「あの人の一番のファンだから」という返事が。


「露木さんも佐伯も湊川先生のファンだし、ここはどうかな?」

「豊島ーっ! もうやめてやって! お願いだから! 佐伯に女の子紹介とかやめてあげてーっ!」

そんな悲鳴交じり男子高生達の声が豊島さんへと降り注ぐ。

それに援護するように、春里君達も唇を動かした。


「豊島~。もうやめろって。攻めすぎだ。露木さん困らせるなって。そう急がずにゆっくりでいいじゃんか。ほら、まずは共通の趣味がある友達からで。二人とかじゃなく、みんなで遊び行こう。期末終わって夏休みとかさ!」

「そうだよ! みんなで行こう。無理やりはよくないって」

「……まぁ、確かにそうよね。じゃあ、まずはみんなで電話番号とアプリのIDを交換しようか。遊びに行く時に連絡楽だし。それならいいでしょ?」

「……まぁ、それなら」

佐伯さんは頷くと、制服のポケットからスマホを取り出した。そしてこちらへと顔を向ける。


「露木さんは俺と交換しても平気?」

「大丈夫……豊島さん。鞄取って貰ってもいい?」

鞄は豊島さんの隣へと置いて貰っている。

L字のソファの丁度端が豊島さんの席。そのため、邪魔にならないようにそこへ纏めて荷物は置いて貰っているのだ。


「いいよ。ちょっと待っていてね」

と言って、豊島さんは鞄を取ると、「はい」と私へと渡してくれた。

「ありがとう」

それを受け取り膝の上へと乗せれば、「クマ」と、佐伯さんが呟きを零す。それに意識を奪われ彼の方へと顔を向ければ、佐伯さんは私の鞄に付いているクマを凝視している。


「どうかした……?」

「いや、そっちの学校でもクマ流行っているんだなって。俺の周りでもちらほら色々な色のクマを見るよ。今日もその白いのと同じの見たんだ。友達が持っていたから」

「友達?」

もしかして匠君か美智さん?

美智さんと同じものを持ってはいけないという話を匠君から聞いた事がある。

そのため、その友達が美智さんか匠君かなと私は思った。


「あぁ、健斗の鞄に付いていたんだ。その白いクマ」


――健斗さん……? あぁ、あの水族館の…そう言えば、匠君のお父さんが日替わりでデート相手とお揃いにしているって言っていたっけ。今日は白いクマを持つ子とデートなのかな?


かぶるものは禁止と聞いてたけど、もしかしたら一部の生徒はいいのかもしれない。


「六条院では結構付けている人多いかもしれないけど、こっちではあまり見かけないよ」

「うちの学校で流行っているって良く知っているな。もしかして誰か知り合いでもいるのか?」

そう尋ねられたので、「妹と友達が……」と言おうとしたけれども、ふと匠君達の事を言っても大丈夫なのか? という事が浮かんだ。

匠君も美智さんも学校では目立つ人々。私なんかと接点があると知られてマイナスになってしまわないだろうか? 

きっと匠君達は気にしないと言ってくれると思うけれども。

そんな事を迷っていると、「露木さんの妹が六条院生なんだよ」という声が届いてくる。それは秋野君の声だった。それには豊島さんの顔が一瞬曇ってしまったのを見てしまった。

もしかしたら、琴音の事を思い出してしまったのかもしれない……


「へー。妹。ねぇ、その子は名前なんて言うの?」

「琴音だよ。露木琴音」

「一年? それとも中等部?」

「一年生。音楽科なの」

「そうなんだ。今度気にかけておくよ」

にこやかに微笑みながら口にした佐伯君。それに対して、「気にかける必要なんて全くないっ!」という、豊島さんの機嫌の悪い声が飛んできた。それには、そっと春里君達の視線が外れる。


「え? なんで豊島キレてんの?」

「妹の話するからでしょ? 関係ないじゃんか。別に」

「そうだけど……」

「ご、ごめんね! 今、スマホ出すから!」

「大丈夫だよ、露木さん。ゆっくりで」

私に微笑む豊島さんを見詰めながら、佐伯さんは首を傾げている。


「スマホ……あった」

鞄からスマホを取り出せば、今度は「白クマ……」という呟きが届いた。

なんだろう? さっきから反応が気になる。


――もしかしてクマ好きなのかな?


「臨海の水族館行ってきた?」

「え? うん。この間行ってきたよ。佐伯さんも?」

「いや。俺の友達が同じやつスマホに付けていたんだ。貰ったって。それで、そいつの事が浮かんだんだ。もしかしたら知りあいなのかなっなってさ。まぁ、こんなに世間は狭くないよな」

「そうなんだ。今、臨海リニューアルして人気みたいだから行く人多いのかも。その子も行った子にもらったんじゃないかな? チケット一時販売停止になっているみたいだよ」

「そんなにか」

「そうみたい」

「なら、行くならもう少し後かな」

と言いながら、佐伯さんは豊島さんへと視線を向ける。それに気づいた豊島さんは、「ん? 何?」と声を掛ければ佐伯さんが「いや」と首を左右に振った。









あの後、私と佐伯さん達は番号とIDを交換。

それからみんなでカラオケを楽しんだ。豊島さん達のお蔭もあり、浮く事はなかった。

時間の限り歌い、豊島さん達とカラオケ前でお別れ。

私は彼女達と同じ駅方向ではなく反対方向へ。本屋さんを訪れる目的のために。


アーケード内にある本屋さんには、五分ぐらい歩いてすぐに到着。

本の看板が掲げられた店へと足を踏み入れ、私は店内に入ってすぐ正面にある新刊が積まれている平台の前へ。するとそこに見覚えのある六条院の制服を纏った人物の姿が目に入り、私は条件反射的に足を止めてしまう。

それは、先日水族館で出会った匠君の友達。健斗と匠君に呼ばれていた人だった。


――……あれ? 髪型変えたのかな?


以前は軽めな雰囲気で話しかけやすそうな雰囲気だったのに、今はちょっと変わっている。もしかしたら、前回は髪を明るめに染めていたけれども、今は黒系のトーン。それに緩めのパーマもかかってないようだ。

そのせいだろうか? なんだか、落ち着いた印象を受ける。

鞄にも先ほど佐伯さんが言っていたようなクマが付いていない。


このまま素通りするのもあれだし、声をかけ一言挨拶だけでもした方がいいのだろうか……? と、そんな事を迷いながら見詰めていたら、彼がこちらを振り返ってしまう羽目に。どうやら見過ぎてしまったらしい。

慌てて会釈をすれば、彼も同様に会釈をしてくれた。


「……あっ。こ、こんにちは。先日水族館でお会いした者です」

「水族館……」

「匠君と一緒にいたのですが……」

「匠君……? あぁ」

彼は思い出してくれたのか、声を静かに零した。


「匠くんって、五王匠君の事ですよね?」

「はい」

「でしたら、それは僕の兄の方ですね。双子なんです」

「えっ!? すみません…っ!」

間違えてしまった事に急に恥ずかしくなり、私の顔に血液が集中していく。そのため、それを見られないよう顔を俯かせた。

穴があったら入りたい……なんて間違いを……


「いいえ。気にしないで下さい。一卵性なのでよく間違われるんです。声も似ているらしく、電話でも間違えられますから」

彼は慣れているのか、肩を竦めて表情を一切動かさずにそう口にした。


「すみません…髪型も色も違っていたけれども、変えたのかと思って…よくよく考えてみれば、雰囲気も違っているのに……」

「よく言われます。でも、兄とは性格が真逆でして。あのふわふわとした空気が羨ましくなる時がありますよ。あの人、あんな空気よりも軽いけれども、接客は凄く上手なんです。相手の良さを引き立たせる着物や小物を選んだりするのが得意で……ただ、その才能を発揮できるのが可愛い子限定なのが傷」

「可愛い子限定……」

そう言えば、水族館にいた子達も可愛い子達ばかりだった。

きっと、健斗さんが近づきやすい空気を醸し出しているのだろう。


「それで今日は何かお探しですか?」

「はい。湊川先生の本を。今回は学校をテーマにしたミステリーなので、楽しみだったんです。湊川先生の作品で主人公が学生というのは珍しいので」

いつも社会人だったりするのに、今回は初の学生。しかも高校生。

お金持ちの学校で起こるとある事件に、外部生として入学した主人公が巻き込まれ解決するというあらすじだそうだ。


「奇遇ですね。僕もです。発売日が楽しみで仕方なかったんですよ。湊川先生の作品では何が好きなんですか?」

「黄昏の国という話です」

「えっ!?」

彼は目を大きく見開いた。


「それ、湊川先生の初期作品ですよね? 僕も一番好きなんです。今度、続編が出るのを楽しみにしているんですよ。すごい偶然だなぁ。黄昏の国って、結構意見が分かれるのに」

黄昏の国は、十数年ぶりに続編が出る事が決定したばかり。そのため、最近また読み直している。古さなどは全く感じない作品。今と違って文体が独自で癖が強いため、好き嫌いが強く分かれる。私は心理描写が丁寧なため気にならないけれども。


「貴方とは気があいそうですね。もしお時間よろしかったら少しお話しませんか? ちゃんと後で匠君には連絡を入れますので」




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