佐伯尊
匠視点です。
長いので分けました。
生徒会室の俺の執務机の上には、スマホが置かれていた。
カバーも付けられておらず、実に味気ないそれ。パソコンの右隣という定位置にあり、いつもなら普段見る珍しくもなんともない風景と化しているだろう。
でも、今日はいつもと違う。
それは付けられているイヤホンジャックのせい。流氷の上に白クマが座り込んでいるのだが、その白クマはTというイニシャルタグを持っている。もうこれがあるだけで、スマホに湧いて出る愛着。それもそうだろう。朱音から貰ったものだから当然だ。
これは水族館の帰りに朱音から美智への土産と共に渡された。
三人一緒とのことだが、俺としては脳内で勝手に朱音とだけお揃いに変換。美智は一先ず脇に置いておくことにしている。
恐らく美智もそうだろう。「お兄様、私がお茶会の時をわざわざ狙いましたわね! 朱音さんと水族館行きたかったのに!」と眉を吊り上げキレ気味だったのに、朱音からだとイヤホンジャックを渡せば、「まぁ!可愛らしい」と気分を一転。顔を綻ばせ「朱音さんと私のお揃いね!」と口にしていたから。
それから、俺が手にしている父に出張土産として貰ったクマも三人一緒。
父がクマの件を美智に告げれば、あいつは了承し早速鞄に付けて登校。きっとこれで琴音は朱音がクマを持っていると知っても欲しがらないだろう。だから父も朱音に学校で付けてと助言。
なぜなら六条院の女子の間では、『女王、姫君、王子と持ち物がダブることは禁止』という誰が決めたのかわからないルールがあるから――
女子・男子どちらの人気も持つ『六条院の麗しき女王』と呼ばれている美智。
男子人気断トツな『六条院の可憐な姫君』と呼ばれている三年・神崎梨留。
女子の人気が多い『六条院の凛々しい王子』と呼ばれている、美智の親友である一年・才賀棗。
女子の派閥としてはこの三つが主となっている。家柄や能力・容姿などがこの六条院でも群を抜いているのだ。俺としては妹だからか、そんなカリスマ性なんて全く思わないのだが……
美智は持ち物なんてかぶっても、全く気にも止めない。けれども、そんなルールが定着しているのが現実。おそらく、三人の熱狂的な信奉者が勝手に取り決めたのだろう。
ただ、俺としては生徒の防衛としての面もあると感じている。
六条院は家柄によってランク分けされているという雰囲気があるからだ。基本的には平等だが、やはり親会社と子会社の社長子息や令嬢などが通っていることもあり、どうしても家や環境により上下関係が出てしまうようだ。
それにこの学校では寄付金の額によって特別に使用出来るスペースも存在しているので、そういうのも多少は影響があるのではないかとも思う。
――しかし、クマを鞄に付けたかったが、俺には難易度が高かったな。
そう思いながら、手に持っているふわふわの物体をパソコンの隣に置いた。
朱音も鞄に付けているから俺もと思ったが、やはりちょっと抵抗が。勿論、男でも付けている奴はいる。健斗がそうだ。かと言って教室の机の上というのもあれなので、よく仕事をしている生徒会室へと置くことに。
――水族館、楽しかったなぁ。朱音が凄く可愛かった。また一緒に行きたい。今度は約束したペンギンの散歩を。
パソコンの隣に、ちょこんと座り込んでいる白いふわふわとした毛を持つクマ。
俺がそれをそっと撫でていると、正面から「匠」と名を呼ばれた。
「ん?」
クマから手を離すと、そちらへとゆっくり顔を向ける。するとそこには、会計の二年・佐伯尊の姿があった。
耳が完全に見えるぐらいまでに短く切ったこげ茶色の髪は爽やかな印象を受け、猫のような瞳は輝いて生命感溢れている。小・中とサッカーをやっていたらしく、今も時々友人達と組んでいるフットサルチームで楽しんでいるようでそれが体にも現れていた。しっかりと引き締まった筋肉が夏服からも良く窺え、女子生徒からも人気があるのはよくわかる。
尊は生徒会唯一の外部出身。高校から六条院に通学。それは両親からの強い勧めがあったからだと聞いている。
尊の父親は新鋭の建築デザイナー。一昨年にデザインしたものが海外のホテルに採用され注目を浴び、それが好評のため世界中から仕事のオファーが殺到しているそうだ。
そして母親がミステリー作家。原作を担当した映画やドラマが数本大ヒットの売れっ子。
ペンネームが、湊川尊。湊は尊の父親の名前。そして尊は息子から取ったそうだ。川は母親の旧姓・瀬川から。性別も年齢も何もかも非公開のため、その事実は極秘。これを知っているのは限られた人だけで、俺も尊に聞いて知った。だが、公言して欲しくないそうなので口を閉ざしている。
朱音がよく読んでいて、今度の新刊も早く読みたいと言っていた。
「尊か。どうしたんだ?」
「書類出来たから見て貰おうって思ったんだよ」
そう言って尊は手にしていた用紙を俺へと差し出したので、それを受け取る。
「そんな可愛らしいやつ、匠の持ち物にしては珍しいよな。なんか顔を緩ませて撫でていたし。もしかして彼女でも出来たわけ?」
「……まだ付き合ってはない」
そう自分で言葉にしてしまえば、なんだか急に現実を突きつけられた気がした。
「これは父さんの土産。その……好きな子とお揃いなんだ。こっちがその子に貰ったもの」
そう言ってスマホを視線でさせば、イヤホンジャックの白クマと瞳が絡んだ。
すると、朱音は何をしているだろうか? クマの件は大丈夫だっただろうか? などと、色々と浮かんできてしまう。
「白クマのイヤホンジャック? 可愛いじゃん。もしかして水族館行ったの?」
「あぁ。先日一緒に行ったんだ。臨海の方に」
「知っている。リニューアルしたんだよな、確か。どんな所? 俺も誘おうかなって思っていたんだ」
「尊。お前、彼女いたのか?」
全く聞いてなったので、寝耳に水。そのため、俺は素直にそう言葉が出てしまった。
「……いや。俺も片思いなんだ。小中と同じクラスだったんだけど、豊島は俺の事を友達にしか思ってないらしくてさ。ちょっと前に豊島から、佐伯に紹介したい女の子がいるって言い出したんだぜ?」
「それはキツイな。好きな相手にそう言われると」
俺ならまた体感温度下がる。水族館で朱音に紹介話があったのを知り、頭が真っ暗になったぐらいだ。
――しかし誰だったんだ!? 朱音に紹介話を持ってきた人は!! クラスの子って言っていたけど、名前を聞いておけばよかった……
あの時はそんな子細を聞く余裕はなかったため、詳しい経緯などは聞いてない。けれども、朱音もクラスに馴染み始め世界が外へと向かってきているので、そういう事も覚悟しなければならないだろう。
そのため、クラスメイトの事を朱音に聞いておかねばならない。誰と仲が良いのかとか、まったく聞いていないのでわかっていないのだ。
ただ、クラスの子達と話をするようになったとか、昼を一緒に食べるようになったとか、そういうことだけ聞いている。
「あぁ、結構キツかった。なんで好きな相手から紹介話を受けなきゃならないんだよって思ったよ……でもまぁ、頑張るしかないんだよな。友達じゃなくて男として見て貰えるように」
そう言って苦笑いした尊に、俺は同意し頷く。
「あぁ、確かにそうだ。少しずつ距離を縮めて……取りあえずお父さんみたいまできたんだから、今度はお兄ちゃんみたいを目指す。そして最後は彼氏に!」
「お父さんって……匠って恋愛関係、全く苦労した事なさそうな見た目だけど違うんだな。なんか親近感湧いたよ。見た目遊び慣れていそうなのにさ」
「今まで付き合ってきた元カノ達は、ちゃんと好きになって付き合ってきたぞ……遊んだことなんて一度もないが……」
「悪い。なんか、見た目で判断しちまった」
「いや。いい。見たまんまの奴もいるから」
「あぁ、健斗とかな……って、あれ? そう言えば健斗どこに行ったんだ?」
「は?」
言われて健斗の席へと視線を向ければ、そこは空席。俺が来た時にはもうここにいたはず。
――……一体、どこへ行ったんだ?




