偶然の出会い
本と私は結構密接な関係がある。
学校でクラスメイトとあまり会話をしない私は、時間を持て余しているためよく読むから。
だから学校の図書館だけではなく、市立図書館などにもよく通っていた。
勿論、本屋にも行くけれども……
今日は天気も良いし、時間もたっぷりとある。
そのため、私は少しだけ遠出することに。
でも今日は地元の市立図書館ではなく、一日時間もあるため遠出して電車で五駅先にある私立図書館へ。
ここは広大な敷地の中に人々がゆったりと過ごせるようにと、噴水や広場がある。
その一番奥には、煉瓦造りの城のような豪華な角ばった建物が。
ここは五王財閥のグループが運営していて、入館料は地元や学生ならば無料で良心的。
ただし、個室やミーティングルーム等は別料金。
けれども相場よりは格安に借りる事が出来るため、学生が友達同士で割り勘し使用している子達も多い。
ここの維持費や人件費を考えれば完全に赤字だろう。けれども、利益を出すという目的ではなく学生や地元の人々のために役立つようにという信念で運営しているそうだ。
それもありあまる資産によって出来るものだろう。
五王の名はこの国だけじゃなく、他国の経済界にも浸透しているぐらいだから――
私は指紋や汚れ一つない綺麗な自動ドアを潜り、そのまま左手に設置されている受付へ。
そこにはホテルのコンシェルジュのように、髪を綺麗にまとめ皺ひとつない紺の制服に身を纏っているお姉さんの姿があった。彼女はフロント前に佇んだ私に対して、穏やかに微笑んだ。
「こんにちは。学生さんでしょうか? 学生証の提示をお願いします」
「はい」
私は肩から掛けていた鞄から取り出すと、それをフロントの上へと置いた。
榊西高等学校二年・露木朱音と書かれた文字の隣には、至って平凡な自分の顔写真。
佇む私の顔を一瞥し、それを確認すると受付のお姉さんは手帳のカバーを畳んでこちらへと戻してくれた。
それを受け取ると、お姉さんは笑顔のまま中へと促してくれる。
私はそれに軽く会釈をし、そのまま奥へ。
――今日はここでゆっくり過ごそうって思ったけれども、結構多いなぁ。
ここは学校が近いので、いつもは帰りに立ち寄る。なので、休日の人の多さに驚いた。
テーブル席が、ほとんど埋め尽くされている。
平日は学生が多いけれども、今日は年齢不問で賑わっていた。
そのため席を確保してからにしようか迷ったあげく、結局検索機の元へと向かう。
まだ一人用席が空いている可能性もあるからだ。
「えっと……あれ借りようかな」
前回訪れた時、読みたかった本があったのだが貸し出し中だった。
その時に予約も考えたけれども、学校の図書館にあるかもしれないと申請せず。
タッチパネルの画面を操作していけば、蔵書検索画面が表示。
そこへ借りたかった本の名前を入力しようとしたが、ふいにあの絵本が頭を過ぎった。
おばあちゃんに貰ったあの本だ。夢で見た時のように、琴音に奪われた本。
何故ここで急に? と思ったが、きっと夢で見たせいだろう。
「ここならあるかな?」
元々自費出版だから、部数が少なめ。
本屋にも問い合わせたけれども、絶版となり手に入らないと言われた。
古本屋や図書館も探し回ったけれども見つからず。
期待もせず流れ的に検索していくと、ヒット一と出た。
「あった……」
+
+
+
絵本のある児童スペースには、子供連れが多かった。
そこはテーブルセットだけではなく、厚めのカラフルなマットのようなものもある。
その上に座って読めるようになっていて、月一で読み聞かせをしているそうだ。
何人かの子供連れが利用している中で、母親に本を読んで貰っている姉妹が目に入った。
3・4歳ぐらいだろうか? 二人共お母さんの膝に頭を乗せ寝転がるようにしながら、目を輝かせ楽しそうに本の世界へ集中している。
――……本、読んで貰った事。一度も無かったなぁ。
いつも私の読んでほしいものではなく、琴音の読みたい本。
そこでも「お姉ちゃんなんだから」というルールが発動して、私は肩を落とすばかり。
キラキラしたお姫様の出る本ではなく、冒険物が読みたかったのに。
そんな事を思いだしてしまったせいか、胸がざわりと重くなった。
珈琲のような苦みが広がり、私はあの親子から自然と視線を外す。
――どうして、私だけなんだろう? どうしてなのかな? ちゃんと子供に愛情を注いでくれる親もいるのに、うちの両親はどうして? 私が駄目なの……?
深く底の見えない世界へと引きずり込まれ始めた時だった。
「おい、大丈夫か?」
と、すぐ傍で声をかけられたのは。
「え……?」
弾かれたようにそちらへと顔を向ければ、そこには見ず知らずの少年が佇んでいた。
目を見張るような容姿を持つ彼は、妹の通う高校・六条院の校章が入ったブレザーを纏っている。
名門の進学校という先入観のためか、無造作にセットされた明るめの髪から覗く耳に輝くシルバーピアスや、着崩した制服が胡散臭い。
友人に制服を借りて着ましたと言われても納得できる。
そんな怪しげな彼は、アーモンドのような瞳を細めこちらを怪訝そうに見ていた。
「ぼけっとしていたようだったから。勉強スペースはあっちだぞ?」
「いえ……絵本探しにきたので、こっちであっているよ。ぼうっとしていたのは、考え事していたせいで……」
「そうか。なら、いい」
「気をつかってもらってごめんなさ……あっ!」
腰を折りかければ、彼の右手が視界に入り私は声を上げた。
それは私が探していた本・ウサギの冒険だったから。
「あぁ、この本か? なんか急に読みたくなったんだ。もしかして、お前も読みたかったのか?」
そう言って彼は本を掲げるように上げてみせた。
「うん。それ、子供の頃おばあちゃんに買って貰った事があって」
「なら、読み終わるまで待っているか? 十分もあれば余裕で読み終わるだろうし」
「でも……」
「時間ないのか?」
「あるけど……」
「なら、お茶飲んでいればすぐだろ。来い」
「え?」
がしっと腕を掴まれ、私はそのまま引きずるように連れて行かれてしまう。
見ず知らずの人に対して警戒心を剥き出しにするべきだけれども、頭の中が真っ白になってしまっているため、抵抗する事が出来なかった。