朱音、今幸せ?
(匠視点)
朱音の両親とはもう二度と会うことはないだろう。
あの人達と琴音がやり直せるかは、自分達の心持ち次第。
このまま終わるか、それとも更生するか。
俺にはどちらでもいい。
もう二度と関わることはないのだから。
俺がやることは朱音の幸せを考えて守ることだけ――
「はやく家に帰りたい。秒で着かないかな? 上まで」
帰りたいと嘆いても、俺が今いる場所はマンションのエレベーターの中。
エレベーターが到着してそのまま廊下に出れば、うちの玄関まですぐそこだから2~3分もかからないだろう。
でも、1秒でも早く朱音に会いたい。
いつもそう思っている。
けど、今日は朱音の両親と対峙したから余計にそう思うのかもしれないと思う。
明日、休みだから朱音と映画でも見ようかなぁ。
そう思いながら鍵をあけて玄関の扉を開ければ、「わふっ」という鳴き声と共に、前から白い物体が飛びついてきた。
「シロっ!?」
ぐっと足と腰に力を入れて抱き留めれば、シロはキラキラと輝く硝子のような瞳でこちらを見ながらしっぽをぶんぶんと振っている。
俺はシロが外に逃げないように急いで玄関の扉を閉めると、大きく息を吐き出す。
「熱烈歓迎ありがとう、シロ」
そう言えば、シロが「わふっ」と吠える。
シロは俺や朱音が帰宅するとこうして玄関まで迎えに来てくれるんだけど、こうしてハイテンションで迎えるのは俺だけ。
毎回ではなく、出張が多くなったりして寂しかった時や遊んでテンションが高まっている時など、こんな風に熱烈にお出迎えしてくれる。
俺以外には普通に出迎えてくれるから、足音や匂いで判別しているのだろうか?
「匠君、おかえりなさい」
「え、朱音っ!?」
いつもはシロが先で朱音が後からそれを追ってくる。
それなのに、今日は玄関前の廊下に居たため、俺は目を見開いてしまう。
今までこんな事がなかったため、胸がざわりとする。
何かあったのかだろうか? もしかして、朱音の両親達から接触があった? いや、でも朱音のスマホは着信もメッセージもブロックしているし、護衛もがっちり朱音の警護をしてくれているはず。
「何かあったのか?」
「ううん、何もないの。今朝、匠君の様子がちょっと引っかかって……何かあったのかな? って、心配になったの」
「……そっか」
俺としてはいつも通りにしていたつもりだった。
でも、朱音には違っていたらしく俺の違和感に気づいたらしい。
朱音が気づいてくれたのがちょっと嬉しい。
俺のこと、見ていてくれるんだなぁって思ったから。
「ほんとはね、朝に聞こうか迷ったんだけど……お仕事前だったから……」
眉を下げながら朱音が言ったので、俺は濁して言う事にした。
もちろん、朱音の両親に会ったことは絶対に言わない。
これは墓場まで持って行く。
朱音は絶対に気にするからだ。
「実はさ、今日苦手な部類の人達と会わなきゃいけなかったんだ。もう会うこともないだろうし。心配かけてごめん」
俺はそう言うと、朱音のことを抱きしめた。
「やっぱり、家が……朱音の傍が一番だな。ずっと早く帰りたくて仕方が無かったんだ」
「うん、私も」
朱音が俺の背に手を回してぎゅっとすれば、「わふっ?」という小さな鳴き声が聞こえた。
足下を見ると、「僕は?」というようにじっと見ているとシロの姿が。
俺と朱音はそれを見ると、顔を見合わせて笑いあった。
「もちろん、シロちゃんもだよ」
「あぁ」
俺と朱音はかがみ込むとシロを撫でれば、満足そうに目を細める。
俺と朱音に撫でられて満足したのか、シロは俺と朱音を置いて先にリビングの方に向かった。
朱音と出会って毎日幸せだ。
こんな風に些細なことで笑える日々。それがたまらなく愛しい。
朱音に対する想いは日々増していく。
限界ってあるのかな? ってくらいに、どんどん想いが深くなっている。
「なぁ、朱音。今、幸せ?」
唐突な俺の問いに朱音はきょとんとしたけど、すぐに顔をゆるめて頷いた。
「うん、すごく!」
朱音の心の底からの笑顔に俺は泣きそうになった。
ありがちな台詞かもしれないけど、この笑顔をずっと守り続ける。
時々、朱音と出会った頃の写真を見るけど、朱音の表情が今と違う。
今のほうが生き生きしている。
この間、豊島さんとばったり会ったんだけど、豊島さんも同じ事を言っていたから、そう感じるのは俺だけじゃないはずだ。
「匠君は……?」
「俺の答えはいつ聞かれても決まっているよ」
そう言って朱音の頬に手を添えると、朱音が真っ赤になりながら瞳を閉じたので俺は朱音にキスをした。