シロ
朝食を食べ終え、身支度を済ませると私達は家を出た。
私はいつものように電車で出社しようとしたんだけど、匠君が車で送ってくれることになった。
「方向が違うから大丈夫だよ?」って言ったら、警備会社から護衛の人がつくまでは、しばらく車で移動して欲しいって。
私にも護衛? と思ったけど、五王家の人達は一応念のために全員に警備の人がついてくれているそう。
そのため、今は車で移動中なんだ。
「一緒に通勤ってうれしいね」
私は運転してくれている匠君に言えば、匠君が目尻を下げて頷く。
「嬉しいよな! 帰りも朱音を迎えに行って一緒に帰宅したいんだけど……」
「終業時間違うから……帰りは佐藤さんがうちの会社近くに迎えに来てくれるんだったよね……?」
「そう。遅くなりそうな時とか電話して」
「うん」
佐藤さんは五王家の運転手さんの一人。
高校から何度か匠君と一緒に送迎して貰っているので顔なじみなんだよね。
私と匠君がお付き合いすることになった時も、「坊ちゃん、念願叶ってよかったですね」ってすごく喜んでくれた。
「あっ、朱音。シロを連れて来てもいいかな? 今日か明日にでも実家から連れて来ようかなって思ったんだ」
「もちろんだよ。何か用意しておくものあるかな? シロちゃんに必要なものあるなら帰りに買ってくるよ」
「実家から持ってくるから大丈夫」
「あっ、夕食はおうちで食べる? 帰りにスーパーに立ち寄るつもりなの」
「うちで食べるよ」
「なにか食べたいものあるかな? あと、匠君は会社でお弁当派だっけ? それとも社食? もしよかったらお弁当作るよ?」
「大変じゃない?」
「私もお弁当だから大丈夫。それに私がやりたいことだから」
実家で料理や家事は半ば強制だった。
でも、今は違う。
私が匠君にお弁当や料理を作りたいって思ったことだ。
「お願いしようかな。俺も朱音と同じお弁当持って行きたい!」
「うん。明日から作るね」
「ありがとう」
明日のお弁当なにを作ろうかな? なんか、妙に緊張しちゃう。
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匠君に送って貰って、私は会社に到着。
ロッカーに荷物を入れて自分の席に向かえば、「露木」と声を掛けられた。
振り返ると、社長と一緒に一人のスーツ姿の女性が立っている。
髪は耳下まで切りそろえ、眼鏡を掛けている。
高倉さん?
彼女は社長の右腕の高倉さん。
うちの営業のトップで営業の人達を纏めている。
「おはようございます、社長。高倉さん」
「おはよう、露木。急で悪いけど、しばらく高倉のところで仕事をしてくれ」
「営業の方に……?」
私は目を大きく見開き、驚いてしまう。
もしかして、人事異動かな。
でも、ずっと事務職って聞いていたような……?
「社長。言い方がざっくりしすぎ。露木さんがびっくりしているじゃないですか」
高倉さんが呆れた声で言った。
「別に営業に配置換えとかじゃないの。営業やデザインの仕事がどんな仕事をしているかを少しかじって欲しいってことなんだ。意外と他の部署が何をしているかってわかんないからね~」
なるほど、そういうことか。
私は、高倉さんの説明を聞いて納得。
「営業やデザインの方に電話がかかって来てもとらなくていいからね」
「はい」
なんで電話に出なくてもいいのかな? という疑問が浮かんだけど、今は二階にある営業とデザイン部がある二階で仕事をすることの方が気になった。
入社した時に一通りご挨拶はしているけど、あまり接点がない場所なので緊張するし。
「露木。住民票の変更とか、まだしていないんだろ? 有給必要なら遠慮せず申請しろよ?」
「はい」
反射的に返事をしたけど、ふとここで違和感を覚える。
――あれ? 私、社長に引っ越した事を言ったっけ?
「あら、露木さん。引っ越すの?」
疑問には思ったけど、高倉さんに話しかけられたので飛んでしまった。
「はい。実は昨日から新居に住んでいるんです」
私がそう言えば、少しだけ社長の顔が曇ったように感じた。
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仕事が終わった後。
私は迎えに来てくれた五王家の運転手・佐藤さんに送って貰って帰宅。
途中でスーパーに寄って貰って食材も購入済みだ。
通勤鞄とスーパーの袋を持ちながら、「ただいま」と言いながら玄関の扉を開けた。すると、もうすでに玄関に匠君の靴が揃えられていることに気づく。
「あれ?」
匠君が帰宅するにはまだ早い。
もしかして、何かあったのかな? と不安になって立ち止まった。
その瞬間。ガタガタガタと大きな物音が聞こえ、私は体が固まってしまう。
「えっ、何?」
ゆっくり呼吸をして落ち着かせていると、ダダダダッという足音が聞こえた。
あれ? この足音って……
何度も聞いたことがあるけど、この家では聞いたことはない。
もしかしてと思って真っ直ぐ正面を見ていると、足音と共に白くてふわふわしたものが近づいてきた。
「シロちゃん!!」
「わふっ!」
シロちゃんは私の前で元気に吠えながら、しっぽをパタパタと大きく振っている。予定ではもっと後だと思っていたけど、早めの再会で嬉しい。
「シロちゃん、ただいま」
私はかがみ込むとシロちゃんを撫でた。すると、シロちゃんは気持ちよさそうに目を細める。
かわいいなぁ。なんか、あまりの可愛さに疲れが全部飛んでいきそう。
そんなシロちゃんの後を追うように匠君がやって来た。
「おかえり。びっくりした?」
「うん!」
「仕事で外回りだったんだけど、直帰していいよって言われたんだ。だから、そのまま実家に。俺達も今ちょうど帰ってきたばかりなんだ。なぁ、シロ」
「わふっ」
「シロ、俺がいないとき朱音の事をよろしくな」
匠君がシロちゃんを撫でながら言えば、キリッとした表情になった。
「頼もしいじゃん、シロ。あっ、朱音。後でシロの病院の電話番号を教えるから登録しておいてくれると助かる」
「もちろん。病院って大事だもんね。シロちゃんの病院ってどこに……――あれ?」
ここでふと気づいた。
さっきまで凜々しかったシロちゃんだけど、今は真顔になっていることに。
しかも、一歩も動きませんから! というように体も伏せているし、尻尾も下がっていてテンションが低い。
「シロちゃん、どうしたの?」
「あー。シロ、病院苦手なんだ。だから、いつもこうなる」
匠君が苦笑いしながら言ったのを聞き、納得。
――なるほど、病院っていうフレーズに反応したのかぁ。
「だから、おやつで釣って病院に連れて行くんだ」
「あっ」
今度はおやつという言葉に反応したのか、立ち上がって匠君の前に立った。
目をキラキラと輝かせ、「早くおやつ!」というような雰囲気を漂わせている。
シロちゃん、かわいい。
犬と生活したことがないから、ちゃんと匠君に教えて貰って覚えないと。
犬が食べちゃ駄目なものとかあるし。
明日、帰りに本を買ってこようかな。
「朱音。俺、二十時ちょっと前に外出するから、シロの事をお願いしてもいい? 警備会社と下で打ち合わせが入ったんだ」
「うん、シロちゃんのことは任せて。でも、下ってロビー? 家に上がって貰った方が……?」
「ロビーじゃなくて、下の階。警備のために部屋を購入してあるんだ。急な外出とかもあるから、同じマンション内に待機場所あった方がいいし。今日は今後の警備に関しての話をするだけだから、本決まりになったら顔合わせも兼ねてお世話になっている警備会社の人を紹介するよ」
「うん、ありがとう」
まだお会いしたことないけど、どんな人達なのかな?




