小春からの電話と臣からの知らせ
仕事が終わった後、私は匠君が働く会社の最寄り駅に来ていた。
いつもはまっすぐ家に帰宅するんだけど、今日は匠君とのデートなのでこっちに来ている。
――匠君の仕事が終わるまでまだ時間があるから、カフェにでもいこうかな?
鞄からスマホを取り出してどこのカフェにいこうかなと探していると、急に手中のスマホが振動し着信画面に切り替わった。
あれ? 電話だ。
ディスプレイには「小春ちゃん」と書かれている。
小春ちゃんだ! 電話なんて珍しいなぁ。
いつもはメッセージアプリ使うんだけど、今日は電話みたい。
小春ちゃんももう中学生なので、月日が経つのって早いなぁって思う。
「もしもし小春ちゃん?」
『あっ、朱音お姉ちゃん? 今、時間大丈夫? お仕事終わっている?』
「うん。もう終わっているから大丈夫。どうしたの? 珍しいね、電話って」
『……うん。あのね、朱音お姉ちゃん。実はさ……』
小春ちゃんは何か言いにくいのか、口ごもっているみたい。
何か相談ごとでもあるのかな? と首を傾げながら言葉がでるのを待った。
やや間をあき、小春ちゃんがゆっくりと話し始めたので私は話を聞くことに。
『言うか言わないか迷っていたの。特に意味のない問いかけだったのかもしれないし』
「うん」
『琴音お姉ちゃんの彼氏いるでしょ? その人と一昨日ばったり会ったんだ。部活の帰りに。なんか、琴音お姉ちゃんのことを送った帰りみたい』
「南谷さん?」
『そう! たしかそんな名前。その人がさ、朱音お姉ちゃんと琴音お姉ちゃんの仲について聞いてきたんだ。なんか、探られているみたいで気持ち悪くて……一応、朱音お姉ちゃんには言った方がいいかなって思ったの』
私と琴音の仲なんて……なんでそんなことをわざわざ?
私と琴音が仲がよいか悪いかなんて、二人の結婚に関係ないと思うんだけどなぁ。
「小春ちゃん、教えてくれてありがとう」
『ううん。ごめんね、なんか微妙な話をしちゃって。引っ越し前で忙しいのに』
「大丈夫だよ。ありがとう」
『朱音お姉ちゃん、本当に引っ越しちゃうんだよね? 朱音お姉ちゃんは、私から見てもあの家から引っ越した方がいいってわかっているんだけど寂しい……』
「小春ちゃん……」
小春ちゃんの消え入りそうな声を聞き、私もぐっときてしまう。
匠君と一緒に暮らせるのは嬉しいけど、小春ちゃんと離れてしまうのは寂しい。
小春ちゃんが小さい頃から知っているし、小春ちゃんのご両親に急用が入った時などはうちで預かっていたから。
私にとっては、妹みたいな可愛い存在なんだよね。
「私も寂しいよ。都内だからいつでも遊びに来てね」
『行ってもいいの? 行きたい!』
「勿論。匠君も小春ちゃんに会いたいって言っていたよ」
『あー……匠お兄ちゃんと全然会えてないもんなぁ。朱音お姉ちゃんと結婚が決まってテンション高くなってそう。私も匠お兄ちゃんに会いたいなぁ。どんな様子なのか気になる』
「うん。今から匠君と会うから言っておくね」
『えっ!? ごめんね、匠お兄ちゃんとデートだったのに」
「大丈夫だよ」
『匠お兄ちゃんによろしく言っていて。匠お兄ちゃん待たせると悪いから、電話切るね。朱音、お姉ちゃんまたね!』
「うん。またね」
私は小春ちゃんとの通話を切った。
とんとん拍子に進んでいるけど、時々不穏なことが起こるのが気がかりだわ。
んー……モヤモヤするなぁ。
小春ちゃんから聞いたこと、匠君に相談しよう。
私は匠君を待つために近くのカフェに向かった。
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「えっ? 南谷さんが小春ちゃんに朱音と琴音の仲を探っていた?」
「うん。そうなの」
匠君がコーヒーの入ったカップに手を伸ばす手を止めて、テーブル越しに座っている私を見た。
あれから十分後かな? カフェで待っている私と匠君は合流。
匠君と合流した私は、ついさっき小春ちゃんと話したことを匠君に話したのだ。
「南谷さんのことを少し調べてみるよ。俺の方でもちょっと気がかりなことがあるから」
「気がかりなこと……?」
「あぁ。俺の周りも探られているらしい。今朝、臣から連絡が来て知ったんだ。臣の友人が南谷さんに六条院時代の事を聞かれたらしい。俺と朱音の事や美智と琴音との事などみたいだ」
「どうして?」
「わからない。でも、俺の周りだけじゃなくて、小春ちゃんまで聞かれているのはさすがに気持ち悪いから少し調べて貰うよ。朱音、また何かあったら俺に言って。ちょっと南谷さんの思惑がわからなくて心配だから」
「うん」
たしかに匠君の言うとおり、南谷さんの思惑がわからなかった。
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カフェの後。私達は食事に行ったり、買い物をしたりしてデートを楽しんだ。
明日もお互いに仕事なので、私達はちょっと早めに帰宅することに。
匠君が家まで車で送ってくれた。
「匠君、送ってくれてありがとう」
私は匠君が運転してくれた車を降りれば、匠君も一緒に降りて私の傍に来た。
このまま離れてしまうのが寂しい。
あともう少しで引っ越しだから、もう少ししたら一緒にいられる時間が増える。
それまでの辛抱なんだけど……
「離れるのが寂しいな」
匠君が私の手に触れながらぽつりと言ったので、私は大きく頷いた。
「私も寂しい……でも、もうすぐで引っ越しだから……今度は一緒に同じ家に帰れるよ」
「今すぐ新居に帰りたいかも。家具も家電も揃っているし、電気なども通っているから生活できるしさ」
「確かに住めるよね」
週末に引っ越し先の準備などで新居に行くときがあるので、電気などはちょっと早いけど匠君が手続きをしてくれてもう使えるようになっている。
シロちゃんも匠君が新居に連れてきてくれる時があるんだけど、少しずつ慣れてくれているみたい。
「朱音。明日、朝早いんだったよな?」
「うん。ちょっと会議が朝一で入るから準備あるの」
「名残惜しいけど、そろそろか……」
匠君が腕時計を見ながら言う。
「家に着いたら連絡する」
「うん。気をつけて帰ってね」
「あぁ」
匠君は私の事を最後に抱きしめると、名残惜しそうに離れ車に乗る。
匠君を見送ろうと車の傍に行けば、匠君が窓を開けた。
「朱音。家の中に入って。危ないから」
「大丈夫だよ。家の前だから……それにまだそんな遅くない時間だし。匠君を見送ってから家に入るよ。気をつけてね」
「あぁ。朱音もすぐに家に入って」
「うん」
私は匠君に手を振れば、匠君も手を振り車の運転をした。
少しずつ遠ざかる車を見ながら、私は寂しさに包まれてしまう。
――もう少し。もう少しの我慢なんだから。
早く引っ越し当日にならないかなと思いながら家に向かって歩き、「ただいま」と言いながら玄関の扉を開けた。
本来ならば、靴を脱いで家の中にすぐに入るのが普通なんだけど、私は家の中の異変に気づき目を大きく見開き動きを止める。
「……えっ」
廊下に鞄や大量のブランド品の紙袋などが乱雑に置かれていてびっくりした。
いや、置かれているっていうより、これ放り投げられているっていう感じだよね?
鞄とかは琴音のものだから、琴音が帰ってきたのは確実だと思う。
もしかして、機嫌悪いのかな? って一瞬思ったけど、鞄から飛び出すように廊下に散らばる札束が気になる。
しかも、奥のリビングからは琴音が泣き叫んでいるのも聞こえるし。
私は言い知れぬ不安に襲われながら、廊下を進んでリビングに向かった。