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露木家へ結婚の挨拶

 とある休日。

 私は自宅のリビングにあるソファに座っていた。


 緊張で全身がこわばる中、私はちらりと隣に座っている匠君へ顔を向ける。

 すると、彼は真剣な眼差しでテーブル越しに座っている人達――私の両親を見つめていた。


 今日は匠君がうちに来てくれ、両親に結婚の挨拶をしてくれる日。

 本来ならばドキドキが上回るかもしれないけど、私は不安の方が大きい。

 だって、両親に何を言われるかわからないから……


 ――お父さんもお母さんも何かしら言うと思うんだよね。


「本日はお忙しいところ、お時間をとっていただきありがとうございます」

 静寂を破ったのは、そんな匠君の台詞だった。

 彼の声を聞き、私は気を引き締めて背筋を伸ばす。


「いいえ、とんでもございません。わざわざ五王様に来ていただくなんて。朱音から聞いております。結婚すると」

 お父さんが言えば、匠君が大きく頷く。


「はい。結婚させていただきます。本日はそのご挨拶に伺いました」

「本当に朱音でよろしいのですか? うちは一般の家庭です。琴音ならばどこに出しても恥ずかしくないのですが……五王さんと同じ六条院卒業ですし」

 ……やっぱり言われるよね。

 わかってはいたけど、改めて言葉にされると心につき刺さる。


 私はキリキリしてきた胃をおさえながら俯けば、突然私の手を大きくて温かい手が包み込んだ。


 えっ? と、弾かれたように顔を上げて隣を見れば、匠君が微笑んだ。


「俺が世界で一番愛しているのは朱音さんだけです。朱音さんでなければ駄目なんです。朱音さんのことは一生かけて俺が必ず守ります」

「お言葉ですが、五王家ともなると家同士の付き合いも多いでしょう。朱音にできるとは思えません」

 お母さんが言った台詞によって、私の体がビクッと大きく動く。


 たしかに五王家は私が考えられないくらいに家同士の付き合いが多岐に渡るって思う。

 付き合いは国内だけではなく、海外にも広がっているし。

 それも覚悟の上で匠君と一緒にいたいと思っている。


「私、少しずつだけれどもいろいろ勉強しているの。茶道とか英会話とか……今はまだ完璧ではないかもしれない。でも、これからも頑張るから認めて欲しいの」

「朱音。あなた、頑張るって言っても私達は庶民なのよ? 子供の頃からその環境に置かれている人達と同等になれるわけがないわ」

 お母さんがため息交じりに言った。


「俺は家の付き合いをやって貰うために朱音と結婚するわけではありません。家同士の付き合いは俺だけがやればいいですので」

「五王さんがそう言ってもご家族や周りはいかがですか? こちらとしては琴音に迷惑がかかるのを問題視しています」

 お父さんが眉間に皺を寄せながら私の方を見たので、匠君が眉を顰める。


「俺は今、朱音さんの話をしているんですよ? 琴音さんの心配ですか?」

「ご存じかわかりませんが、琴音は南谷さんと結婚の予定があります。朱音が五王家にふさわしくない振る舞いをしてその影響が琴音にくるのを危惧しております」

「身分のことを言ってくる方達は祖母の時代に居ましたが祖父がちゃんと対処していました。俺も同じです。さきほどお伝えしたとおり、朱音さんのことを守ります。朱音さんを傷つけるなら、誰であろうと許しません。たとえ身内であろうと。それに、そもそも琴音さんのことは結婚相手である南谷さんが守ると思うのですが?」

「それは……」

「ですが……」

 両親が口ごもり出したので、私は膝の上に置いている手に力を込めて唇を開く。

 匠君がちゃんと言ってくれているから、私も自分の口で言って認めて貰わないと!


「あの……お父さん、お母さん。匠君との結婚を認めて欲しいの。私、頑張るから」

「俺の方からもお願いします。朱音さんとの結婚は五王家及び春ノ宮家には認めて貰っています」

「……認めるも認めないも五王家の皆さんが了承しているなら私達は何も言えないわ。ねぇ、あなた」

「あぁ。五王家のご家族が認めているならこちら側は反対できない。ましてや、春ノ宮家さえも認めているし」

 それって、認めてくれるってことだよね?

 私が匠君の方を見れば、瞳があって頷いた。


 ――良かった! これで一安心。


 ほっと安堵の息を吐き出せば、「ただいまー」という声が玄関先からリビングに届く。

 どうやら琴音が帰ってきたみたい。

 琴音は昨日南谷さんの家に泊まったので、今日は比較的早い時間に戻ったのかも。


「琴音の他に誰か来たのかしら……?」

 リビングに近づいてくる足音が一つじゃない。二つあるみたい。

 誰だろう? と思っているとリビングの扉が開き、琴音が入ってきた。


「お姉ちゃんの結婚の挨拶終わったー?」

 リビングに入ってきた琴音は、ブランド品の紙袋を複数持っている。

 そんな彼女の後方には穏やかな笑みを浮かべた南谷さんの姿が。

 彼は私達の方を見て会釈をしたので、私と匠君も立ち上がって会釈をした。


「えぇ。今、ちょうど終わったところよ」

 お母さんがそう言えば、琴音が南谷さんの方へ顔を向けて腕を絡める。


「挨拶ちょうど終わったみたい! タイミング良かったわ。家族みんなでお食事行けるね!」

「「食事……?」」

 私と匠君の声が綺麗に重なった。

 食事ってなに? 何も聞いていないんだけど。


「今日、ご挨拶に五王さんがいらっしゃると琴音ちゃんに聞いてお店の予約をしておいたんです。これから家族になりますので、親交を深めるためにお食事をと思いまして」

「「予約……」」

 私と匠君の声がまた綺麗に重なってしまう。


 この場に南谷さんが来たのにも驚いたし、その上お店の予約までしてくれていたのにも動揺してしまった。


「まぁ! 南谷さん、お店まで予約してくれたなんて。わざわざ気をつかっていただきてすみません」

 お母さんが立ち上がり南谷さんに言えば、彼は穏やかに微笑んだ。


「いえいえ、たいしたことありませんよ。まだ予約の時間まで余裕があるので、お茶でもしませんか? 五王さんと朱音さんともゆっくり話す機会がなかったので……」

「えぇ、勿論です」

 大歓迎の両親の傍で私と匠君はお互い顔を見合わせた。





 +

 +

 +



 お茶をした後、私達は南谷さんが予約してくれた料亭に到着。

 ここは春ノ宮家の人達がよく行くお店の一つで、私も何度か連れてきて貰ったことがある。

 料亭の玄関先にはずらりと女将さんや仲居さん達に出迎えてくれていた。


 こうして家族と一緒に外食をするのはいつ以来だろう?

 家族で食事なんて数年ぶりかも。

 琴音と両親は、三人で行っているけど。


 ちょっと思ったけど両親と食事に行く回数より、五王家の人たちと食事に行く回数の方が遙かに多い気がするわ。


 ――でも、どうして食事に誘ってくれたのかしら? 南谷さん。ただ純粋にお祝いなのかな。話したのは今までで数回だからちょっとわからないわ。


「南谷様。本日は五王様と露木様もご一緒なんですね」

 女将さんが言えば、南谷さんが微笑んだ。


「えぇ。五王さんと朱音さんの婚約のお祝いに来たんです。琴音ちゃんと朱音さんはとても仲の良い姉妹なので。僕も五王さんとの親交を深めて琴音ちゃん達のようになりたいなぁと思ったんですよ」

「まぁ! 素敵ですわね」

 女将さんが微笑んでいる傍で、私は姉妹仲がよくないんだけどなぁと思った。


 南谷さんとお会いした当初からだけど、彼は私たちの仲が良いと思っている。

 琴音が南谷さんに姉妹仲が良いって言っているせいでもあるんだけど。


 正直に言った方がいいのかな……?


 いつかは絶対に姉妹仲が微妙だとバレてしまうだろうし。

 でも、琴音には余計なこと言うなって言われそう。


「五王様、露木様。おめでとうございます。このたびのご婚約、春ノ宮家のご当主様もさぞお喜びでしょう」

「えぇ。春ノ宮家だけではなく、五王家も大喜びです。両家でも朱音は人気なので、俺が少し焼きもちをやいてしまいますよ」

「まぁ、五王様ったら」

 匠君が顔を緩めながら言えば、女将さんがクスクスと笑ったんだけど、その時「あら? 朱音さんだわ!」という弾んだ声が後ろから聞こえてきた。


 この声って……!


 声の主に聞き覚えがあったので私は顔を輝かせて振り返ると、美智さんが立っている。


「美智さん!」

「朱音さん、こんにちは。もしかして、こちらでお食事ですか? 偶然で――あら、お兄様」

「俺に気づくのが遅くないか……?」

「気づいたので問題ないと思いますわ。あら? 珍しいですわね。琴音さんもいらっしゃるなんて」

 美智さんが琴音に気づけば、琴音がすごく焦った顔を浮かべた。

 一瞬、固まってしまったけど、すぐに我に返り南谷さんの腕を掴んで口を開く。


「早く行きましょう! お腹すいちゃった」

「どうしたの、琴音ちゃん? 美智さんへのご挨拶まだしていないよ。琴音ちゃんとは同じ六条院だし同じ年だから面識はあるよね。美智さんは匠さんの妹さんでもあるし。これから五王家とは親戚になるんだから挨拶しないのは失礼にあたるよ」

「「親戚……」」

 美智さんと琴音の声が綺麗に重なった。


 二人の声が重なったのを初めて聞いたかも。


「親戚とはどういうことでしょうか? 朱音さんとお兄様は結婚しますが……」

 首を傾げながら美智さんが尋ねれば、南谷さんが琴音の肩を抱きながら言葉を発した。


「僕と琴音さんも結婚の予定なんですよ。今日は朱音さん達のお祝いに僕がお食事にお誘いしたんです。よかったら、美智さんもご一緒にいかがですか? 琴音さんも喜びますので」

「えっ、絶対に無理!!」

 琴音の心からの絶叫が料亭の玄関に響きわたったので、私たちは一斉に琴音の方を見た。

 視線が集中しちゃったせいで、琴音がばつの悪いそうな顔を浮かべる。


「琴音、どうしたんだい? せっかくの南谷さんの申し出なんだし、ご一緒したらいいんじゃないか」

「そうよ、琴音。美智さんとも親しくなれるチャンスよ?」

 両親が不思議そうに琴音を見れば、琴音は口をぱくぱくとしている。

 断りたいんだけど言葉が出ないんだと思う。


 琴音は六条院祭での一件以来、美智さんのことが苦手だし。

 だから、きっとつい本心が出てしまったのかも。


「ほら。美智様も他の方とお約束があると思うの! だから、さっさと部屋に行きましょう。一刻も早く。ちょっと、仲居! ぼけっとしていないで早く私達を部屋に案内しなさいよ!」

 琴音は近くにいた仲居さんに強い口調で言えば、仲居さんが「は、はい。こちらです」と私たちを促してくれた。


 琴音は安堵の表情を浮かべると南谷さんの腕にしがみつき、そのままひっぱるようにして「行きましょう」と仲居さんの後を追う。

 それを見た両親が慌てて琴音達を追いかけたので、私は美智さんに「また、連絡しますね」と告げようとした。

 でも、ふと視界に南谷さんの姿が目にして固まってしまう。


 なぜなら、南谷さんが感情のこもっていない瞳でこちらを見つめていたから。


 ……なんだろう?


 初対面の時からよくわからなかったけど、ますますわからなくなってしまった。










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― 新着の感想 ―
[気になる点] なぜよりによって琴音を選んだ? 親戚になるなら普通は美智と結婚に持ち込むべきでは?(あるいは春ノ宮家の従姉妹とか) [一言] 五王家と繋がりたいならどうにか頑張って美智と相思相愛になっ…
[一言] 相変わらず朱音ちゃんの両親は自分達の事しか考えてないんですね❓匠くんが五王家や春ノ宮家の名前をだしたらあっさり認めたのもなんだかモヤモヤします(-_-;)琴音の婚約者もなんだか気持ち悪いです…
[一言] ここまで五王家との繋がりに拘るということは南谷さんにとって琴音は五王家と繋がりを持つための道具なんでしょうね。正直琴音を愛してるというより朱音とある程度仲良くなっておきたい、匠に近寄りたいと…
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