婚約祝い
(匠視点)
――可愛いなぁ。俺の婚約者は。
休日の青葉電気・本店にて。
俺は隣にいる朱音を見ながら、顔を緩ませて幸せをしみじみ噛みしめていた。
朱音は物珍しそうに辺りを見回しているんだけど、そんな些細な仕草も可愛い。
きっと今の俺は幸せオーラ全開だろう。
朱音の全部が可愛すぎる。
俺の婚約者です! って、この場にいる人に自慢したい!
なぜ俺と朱音が青葉電気に来ているかというと、新居の家電を買うためだ。
六条院時代の友人に青葉君って人がいるんだけど、彼の実家がここ――全国展開をする大型家電量販店・青葉電気を経営している。
本人も家電に詳しく店員として店に勤務中。
なので、家電についてアドバイスを求めたら、「よかったら案内するよ!」と言ってくれたので今回お世話になることになった。
そろそろ時間かな?
腕時計を見れば、青葉君との待ち合わせ時間が近づいていた。
辺りを見回そうとすれば、朱音が「ねぇ、匠君」と声を掛けてきたため、彼女の方を見る。
「このお店、大きいし広いよね。何階まであるのかな?」
「たしか七階だよ」
「七階もあるのかぁ……人も多いからはぐれそう……」
朱音がちょっと不安そうな顔を浮かべながら俺の方を見たので、俺は朱音の手をそっと握った。
「大丈夫だよ。俺がずっと傍にいるから」
そう言うと、朱音が目を細めて小さく頷く。
朱音がはぐれることは絶対にないって断言出来る。
なぜならば、俺がずっと見ているから。
家電を見に来たのに朱音ばかり見ている自信があるくらいだし。
「今日は匠君のお友達が案内してくれるんだよね?」
「そうなんだ。そろそろ来ると思うよ。来たら紹介するね」
青葉君とはエレベーター付近で待ち合わせをしている。
そろそろ約束の時間だから来ると思うんだけど……あっ、来た。
俺の視線の先には、家電量販店の制服姿の青年の姿が。
見るからに好青年という印象を持つ彼は、こちらに気づくと微笑んで小さく手を振った。
彼が青葉君だ。
「久しぶりだね。五王君」
「ひさしぶり、青葉君」
大学では学内で顔を合わせる時があったけど、卒業してからは初めて。
そのせいか、なんだか懐かしい。
「青葉君、紹介するよ。俺の婚約者の露木朱音さん」
婚約者として誰かに紹介するのは、今回が初。
そのせいか、顔がだんだん緩んでいってしまう。
「はじめまして。露木朱音です。今日はよろしくお願いします」
「はじめまして。青葉健です。このたびはご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
朱音がはにかみながらお礼を言った姿がかわいくて、また叫びたくなった。「かわいい!」って。
あー、幸せすぎる。毎日幸せ。
このままこの幸せが永遠に続いて欲しい。
結婚が決まってからあまりにも自分のテンションが高くなっている気がして、美智に「ウエディングハイかな?」って聞いたら、「元からなのでご安心を」って言われた。
改めて言われてみると、たしかに元からかもしれない。
「では、さっそく案内す――」
「おや、匠と朱音さんじゃないか」
「えっ?」
「ん?」
青葉君の言葉を遮るように、突然第三者の声が割って入ってきてしまったので、俺と朱音は弾かれたようにそちらに顔を向けた。
「お祖父様っ!?」
そこに立っていたのは、お祖父様だった。
朱音と青葉君は「こんにちは」とお祖父様に挨拶をしているけど、俺は「え? なんでお祖父様が?」と首を傾げる。
家電を買いに来たのだろうか? と一瞬思ったけど、つい先日の事を思い出す。
プロポーズ成功後の玄関での出来事を。
そういえば、あの時やたら俺が行く家電量販店を聞いてきたっけ。
あー……もしかして、わざわざ鉢合わせするために聞いてきたのかな?
「匠君のお祖父様もお買い物ですか?」
「いや、私は所用があって偶然通りかかっただけなんだよ」
「「通りかかった?」」
お祖父様のちょっと無理がある台詞に朱音と青葉君が首を傾げてしまう。
「そうそう。朱音さん、匠に聞いたよ。おめでとう。ここで会ったのも縁だ。家電は私に買わせてくれないか? 婚約祝いとして」
突然のお祖父様の申し出に朱音が目を大きく見開く。
あぁ、なるほど。こういうことかぁ。
お祖父様がここに現れた理由がわかったので、俺は納得。
前に家族で食事会をした時に、新居などの生活用品は自分達で揃えるって言ったので気を遣ってくれたのかもしれない。
「そんな……申し訳ないです。新居も匠君に買って貰いましたし……せめて家電は私が……」
「いやいや、朱音さん。気にしないでくれ。ここで偶然出会ってのも縁だ。二人にお祝いしたいんだよ。これから結婚式や新婚旅行で何かと物入りになってくるだろう。お金は取っておいた方がいい」
「た、匠君っ」
朱音が瞳を揺らしながら俺の方を見たので、俺は朱音の肩に手を添えた。
「今回は甘えようか。お祖父様がわざわざ来てくださったし」
新生活の費用は二人でと考えていたし、そうするつもりだった。
でも、お祖父様の気持ちも大切にしたい。
わざわざ来てくれたのだから。
「本当によろしいんでしょうか……?」
「もちろん。受け取ってくれると嬉しい」
「ありがとうございます」
「お祖父様、ありがとう」
二人でお礼を言えば、お祖父様が微笑んだ。
「青葉君、後は匠達に任せて私はおいとましようと思う。匠達が選んだものは、私が支払いをするから後で連絡を入れて貰ってかまわないかな?」
「はい、承りました。ですが、会長。せっかくですので、もしお時間あるのでしたらカメラなどをご覧になりませんか?」
「カメラ?」
「えぇ。今のカメラは性能が良いので綺麗な写真が撮れますよ。五王君と朱音さんの結婚式など記念写真を撮る機会がこれから増えると思います。ご覧になるだけでもいかがですか」
「たしかにこれから必要となるだろうなぁ。どれ、ちょっと見ていくか」
「是非、ご覧になって下さい。今、担当者を呼びますね」
青葉君はインカムを使って担当者を呼んだ。
俺もカメラ買おうかな? 朱音との記念写真のために。
後で青葉君におすすめのやつ聞いてみよう。
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(朱音視点)
家電量販店で買い物を終えると、私達は新居へ。
青葉さんにアドバイスしてもらいながら、家電は無事決定。
匠君のお祖父さんに改めてお礼の電話もした。
一応、事前に二人で決めていた家電は購入出来たんだけど、何か他に必要なものがあるかも? ということで新居にやって来たのだ。
「朱音。他に必要なもの何かありそう?」
「他に必要なものかぁ……」
私は手元にある紙と周辺を見比べながら思案する。
紙は事前にリスト化してくれたもので、購入したものにはチェックがされている。
家電は今日購入したため、まだ搬入されていない。
家具は来週見に行く予定なので、部屋には何もない状態だ。
んー……やっぱり何もない部屋では何が不足しているのかわかんないかも。
私達の分は今のところリスト化したもの以外は必要ない気がするけど、シロちゃんの分はどうだろうか。
匠君が五王家から持ってくるって言っていたけど……
「あれ?」
私達共働きだよね? 日中のシロちゃんは?
五王家なら誰か人がいるけど、日中はうちには誰もいない。
シロちゃんの様子を見られるようにしていた方がいいかも!
そういえば、会社の先輩が猫のためにペットカメラ買ったって言っていたっけ。
「匠君。シロちゃん用のペットカメラがあった方がいいかなって思うの。私と匠君、日中いないから」
「あぁ、なるほど。たしかに。五王家では誰かしらいるから気づかなかった。いいアイデアだよ、朱音」
「会社の先輩が使っているから、ちょっと使いやすさとかおすすめとか聞いてみるね」
「俺も周りで使っている人がいるか聞いてみるよ」
「うん」
カメラがあったらシロちゃんのことも見守れるから安心出来るわ。
楽しみだなぁ。シロちゃんと一緒に暮らせるなんて。
自然と顔が緩んでクスクスと笑いが零れれば、匠君が「朱音?」と不思議そうな声で言う。
「シロちゃんと一緒に暮らせるのが嬉しくて」
「えっ、シロだけ? 俺は入ってない……?」
「もちろん入っているよ」
「ほんと?」
匠君はそう言うと、私のことを抱きしめた。
突然のできごとに、ちょっとびっくりしてしまう。
「朱音、うちで大人気だから。やきもち焼いてしまう」
「シロちゃんだよ?」
「シロは俺にはないもふもふを持っている」
「もふもふ……」
たしかにシロちゃんのふわふわとした綿毛のような毛は撫でると気持ちがいい。
「シロちゃんも匠君も大好きだよ」
私がそう言えば、匠君は顔を真っ赤にさせた。
きっと私も匠君と同じくらい赤いと思う。
これからは恥ずかしいけど、ちゃんと少しずつ大好きとか言葉にしたいなぁ。
「俺も大好き。愛している」
匠君はそう言うと私を強く抱きしめたので、私も匠君の背に手を回す。
幸せだなぁ。
両親への挨拶する日も決まったし、匠君の家にご挨拶に行く日も決まった。
あともう少しで一緒に暮らせる。
「あのさ、朱音……その……キスしてもいい?」
突然聞かれて私はパニックになり、鼓動が早くなってしまう。
こんなに鼓動が早くなってしまって匠君に聞こえないだろうか?
急に体感温度が上昇してしまったかのように暑い。
「は、はい」
私が返事をすれば、匠君が私を抱きしめている手を緩めて離した。
真っ直ぐ私を見つめている匠君の視線に熱がこもっている気がして更に鼓動が高鳴る。
匠君の手が私の頬に触れたので、私はゆっくりと瞳を閉じて匠君からのキスを受け入れた。