11月22日とかどうかなって
――なんか、まだ気持ちがふわふわするなぁ。
高層ビルから広がる夜景を見ながら、私はぼんやり思った。
図書館でのプロポーズからまだ2時間しか経っていないから余計にそう思うのかも。
図書館で匠君がプロポーズしてくれた後、中庭に出てイルミネーション前で写真を撮ったり、動画を撮ったり楽しかったなぁ。
その後、私達はここ――和食のお店へ。
お店は高層ビル内にあるから、とても見晴らしがいい。
個室なので私と匠君しかいないからゆっくり夜景を見ることができるし。
「なんか、まだ気持ちがふわふわするの」
私はそう言いながら、テーブル越しに座っている匠君の方をみる。
すると匠君は目を見開くと、目尻を下げて微笑んだ。
「俺も。まだ夢心地でふわふわしている」
「一緒だね」
「あのさ、入籍日なんだけど朱音はいつがいい?」
「匠君は?」
「11月22日とかどうかなって」
「11月22日?」
日付を聞いた私は首を傾げる。
出会った日は春だし、おつきあいした日でもないよね。何かの記念日だったっけ……?
「いい夫婦の日なんだ」
「あっ、なるほど語呂かぁ!」
匠君の話を聞き、私は納得。
たしかに言われてみれば、11月22日でいい夫婦の日だわ。
もしかして、今日も何かの日かな?
今日は8月10日。はと……? 鳩の日?
ちょっとわからないので、あとで調べてみようかな。
「11月22日で大丈夫だよ」
「婚姻届の準備もあるし、あとでいろいろ決めよう!」
「婚姻届の準備?」
「あぁ、市販のものを使用するか、それとも役所のものを使用するかとか」
「市販でも売っているの? 匠君、詳しいね。うん、あとで決めよう。必要な書類とかもありそうだし。あっ、匠君のご両親にご挨拶に行かないと……」
「朱音の家の方が先かな。朱音のご両親の都合の良い日に合わせて出向くよ。引っ越しの前に挨拶しておきたい」
「うちの両親……
聞いて連絡するね」
「お願いするよ。朱音から連絡が来たら、俺の方から改めて朱音のご両親に連絡入れるから」
「うん」
なんか、ちょっとくすぐったい。
でも、こうして二人で決めて一つの形になっていくのが嬉しい。
「あのさ、朱音。今日、指輪を用意していないんだ。二人で選ぼうと思って。何か欲しいブランドとかデザインとかある?」
指輪かぁ。このデザインが欲しい! って、指輪はないかな。
ペアリングの時もそうだったけど、匠君とお揃いの指輪なら嬉しいんだよね。
ペアリングを購入したお店でカタログは貰ったから、それは見たけど……
他にどんなデザインがあるかわからないから、ブライダル雑誌とか買ってみようかな。
「特には……」
「それなら今度の日曜に家具と家電を見に行った後、二人でカタログとブライダル雑誌を見よう。うちに色々あるから持って行くよ」
「うん、ありがとう。なんか、いろいろ決まっていくのが楽しいね」
「あぁ」
私と匠君は目を合わせて微笑みあった。
今日は本当に幸せすぎる日だ。
一生分の運を使ったって言われても納得してしまうくらいに――
+
+
+
(匠視点)
――今日は眠れそうにないなぁ。プロポーズが成功してほんと良かった!
五王家の駐車場に車を止めた後、俺は玄関に向かった。
ついさっき朱音を家まで送ってきたばかり。
本当はもっと一緒にいたいけど、朱音も明日仕事があるから……
早く一緒に暮らしたいなぁ。
本日・8月10日。ハートの日。
俺は朱音にプロポーズし、無事大成功。
どんなプロポーズをしたら喜んで貰えるか? すごく悩んだ。
悩んだ末に出来たのがあの絵本の世界のイルミネーション。
朱音が喜んでくれたのが嬉しい。
あのあと外に出て二人で写真と動画をいっぱい撮ったし。
花束も悩んだんだよなぁ。やっぱり薔薇の花束? って。
色々迷った結果、朱音に対する想いを花言葉に込めることにし、花屋で向日葵やガーベラなどの複数の花で花束をつくってもらった。
「あー、もう幸せすぎる!」
そう呟きながら玄関の扉を開けた俺だったが、視界に広がった光景を目にし、「えっ」と声を漏らして反射的に玄関の扉をしめてしまう。
「……ちょっとしたホラーなんだけど?」
幻覚か? 幻覚だよな。
ゆっくり深呼吸をした後、俺はもう一度玄関の扉を開けたんだけど幻覚じゃなかった。
つい数秒前にこの目でみたままの光景だった。
「怖い、怖い、怖いって!」
俺がそう叫ぶのも無理はない。
だって、廊下に家族全員が正座待機していたんだから。
しかも、真剣な表情でこっちを見たままだし。
「おかえり、匠。ごめんね、秋香達がどうしてもって。止めたんだけど……」
父さんが苦笑いを浮かべながら言った。
「なんかあったの?」
「みんな匠のプロポーズの結果が気になって仕方がないみたい」
「あぁ、なるほど」
それでここで待っていたのか。納得。
どうやら家族は俺のプロポーズの結末が気になっていたようだ。
家族にもちゃんと報告する予定だった。
なので、結果を伝えるのは問題ない。
あとでリビングに行く予定だったし。
ただ、ちょっと怖かった……
いつから待っていたんだろう?
「しかし、よくわかったね。俺が今日、朱音にプロポーズするって」
「わかるわよ。匠、朝からそわそわしていたんだもの。今までそんなこと一度もなかったじゃない。匠のそわそわがこっちにまで移って今日一日そわそわしっぱなしだったわ」
母さんの台詞にお祖父様達も「本当に」と言いながら大きく頷く。
たしかに数日前からそわそわしていたなぁ。
仕方ないよな。だって、一世一代のプロポーズを計画していたんだから。
「それでどうだったの……?」
「成功したよ」
「まぁ!」
俺の返事を聞き、家族全員がやっと表情を明るくした。
美智と母さんはハイタッチをしているし、お祖父様と父さんは安堵の表情を浮かべた。
「おめでとう、匠」
「おめでとう、お兄様」
「ありがとう」
こうして家族にお祝いをして貰うのは嬉しい。
ただ、玄関を開けた時はびっくりしたけど。
「入籍日は11月22日を予定しているんだ。引っ越しの準備もあるから、当分バタバタするかも。家具と家電を今度の日曜に朱音と一緒に買いに行くし」
「家電を買いに行くのは今度の日曜なのか?」
お祖父様が眉をぴくりと動かしながら聞いてきたので、俺はちょっと引っかかった。
「もしかして俺に用事でもありましたか?」
「いや、特には。どこに買いに行くんだ?」
「えっ、青葉君のところに行きます」
青葉君というのは、六条院時代に同じクラスだった人だ。
実家が青葉電気という全国展開する大型家電量販店を経営しているんだけど、本人も家電大好きなので詳しい。
大学卒業後の現在は店員として本店に勤務中なので、今回案内してくれることに。
「ほぅ、青葉電気か。何時頃に?」
「10時約束です」
「そうか、わかった」
「えっ、それはどういう――」
「さて匠のプロポーズの件、仏壇に報告しに行こう」
わかったってどういう意味ですか? という聞く暇もなく、お祖父様は軽い足取りで真っ直ぐ仏壇の部屋へ向かってしまった。