プロポーズ
今日は匠君と約束していた8月10日。
仕事が終わった後。私は会社近くの駅まで迎えに来てくれた匠君と合流し、彼が運転する車で移動している。
平日にこうやってデートするのってあまりないから匠君と会えて嬉しい。
ただ、ちょっと匠君がいつもと違うのが気になる。
なんだか、緊張しているみたい……
匠君が運転してくれているんだけど、その横顔がちょっと硬いしいつもと違って口数が少ない。
それが私にも伝わって私の方も緊張しちゃっている。
――今日、どこに行くのかな?
いつもは二人で目的地を決めたりしている。
でも、今日はそういうのがなかったので目的地がわからないのでちょっとドキドキ。
もしかして、食事に行くのかな? と思いながら車内の窓を眺めていると、だんだん見覚えのある風景が窺えた。
あれ? ここって……
「匠君。もしかして、五王の図書館に行くの?」
「当たり」
匠君はそう言うと微笑んだ。
社会人になってからは数えるほどしか訪れていないけど、高校や大学の頃はよく通っていたから覚えている。
私が初めて匠君と出会った大切な場所・五王の図書館。
久しぶりだなぁ。館内変わっているかな?
そんなことを思っていると図書館の駐車場に到着。
あたりを見回せば駐車場には車が一台も止っていないから、私はちょっと首を傾げる。
あれ? いつもなら平日の夜でも車が止っているはずなんだけど……
今日は駐車場がガラガラだわ。
「朱音、行こうか」
「うん」
匠君に促され、車外へ。
そしてそのまま図書館へ向かったんだけど、入口に『本日休館』という看板が立っていた。
でも、館内の電気はついているので、もしかしたら職員さん達はいるのかも。
「匠君。今日、図書館休館みたいだよ」
「あぁ、臨時休館日なんだ。大丈夫、ちゃんと館長達には話を通してあるから。入り口も開いているよ」
「そうなの……?」
「あぁ。さぁ、行こう」
匠君に背中を軽く触れられ、中へ入るように促されたので足を進める。
彼の言うとおり私達が近づけば自動ドアが開き、中へ入ることが出来た。
なんだか不思議な感じがするなぁ。
休館日のせいか、誰もいないのでひっそりと静か。
厚手の絨毯を踏みしめて本棚の横を通って窓際へ。
窓際には横一列に並べられているソファが数脚あった。
日中は窓から噴水や手入れの行き届いた中庭が窺えるんだけど、今は厚手のカーテンで覆われて見えない。
「朱音。少し暗くなるから、ちょっとここに座っていて」
匠君がソファに軽く触れながら言ったので、私は大きく頷き座った。
一体何が始まるのかな……?
「ちょっと席外すよ。すぐ戻ってくるから待っていて」
「うん」
匠君がそう言うと私から離れていく。
振り返りながら匠君の背を見ていれば、だんだんと匠君が小さくなって見えなくなってしまう。
それがちょっと寂しい。
さっき、匠君が暗くなるって言っていたよね? ということは、電気が消えるってことかな。
首を傾げながら周りの様子を探っていると、匠君が言ったとおりに電気が消え、視界が一気に暗くなった。
わかっていたけど、ちょっとびっくり。
ゆっくりとあたりを見回せば、非常灯などはついているみたい。
「……あれ?」
窓際に視線を向けた時に、カーテンの隙間に興味を惹かれる。
カーテンの隙間から光が漏れているわ。
最初は月明かりかな? って思ったけど、オレンジやピンクなどの様々な色だったから月明かりではない。
「見ていいのかな?」
私がそう呟いた瞬間。
カーテンがゆっくりと自動で開いていき、中庭が目の前に広がっていく。
けれども、それはいつもの図書館の中庭ではない。
私がまったく想像もしていなかった世界だったため、目を大きく見開き口元に手を当てた。
「ウサギの冒険……?」
そこは中庭ではなく、イルミネーションで作られたウサギの冒険の世界だった。
私が子供の頃から大好きだったウサギの冒険の世界。
匠君と私を繋いでくれた絵本の世界。
どうやら明かりはイルミネーションの光だったみたい。
匠君が言っていたのは、この事だったのかも。
これを見せてくれたかったのかな。
「かわいい。写真撮りたいなぁ」
イルミネーションに見惚れていると、「朱音」と後方から名前を呼ぶ声が聞こえてきたので振り返る。
すると、そこには匠君が。
手にはひまわりやスズラン、ブルースターなどの数種類の花で作られた花束を持っている。
匠君は緊張した面持ちで私の方へやってくると、正面に立って真っ直ぐ私の方を見た。
匠君があまりにも真剣な瞳だったので、緊張が走って自然と姿勢を正してしまう。
「露木朱音さん」
「は、はい」
「俺と結婚して下さい」
匠君はそう言いながら手にしている花束を私に差し出してくれたんだけど、私は最初自分がプロポーズされていることに気づかなかった。
結婚という言葉に頭が真っ白になってしまったから。
結婚って言ったんだよね? 聞き間違いじゃないよね?
ゆっくり心が落ち着いていき、「あっ、プロポーズ……!」と自分で理解した瞬間、すごく嬉しくなって視界が滲んでいく。
返事をしなきゃいけないのに、泣いてしまって言葉として伝えられない。
それがすごくもどかしい……
ゆっくりと深呼吸して、私は消え入りそうな声で「はい」と返事をして花束を受け取る。
すると、匠君が安堵の表情を浮かべながら、腕を伸ばして花束ごと私を抱きしめた。
「月並みな言葉かもしれないけど、あたたかい家庭をつくろう。朱音の事は俺が守るから」
家庭や家族。私にとってその言葉は重かった。
でも、今はとても温かく優しい言葉だ。
匠君と家族になれる――
「匠君、私と出会ってくれてありがとう」
そう言ったら、匠君が目を大きく見開き微笑んだ。
「俺の方こそ。出会ってくれてありがとう」
「ウサギの冒険のイルミネーション、準備してくれたの?」
「あぁ。俺と朱音が出会うきっかけだったから」
「うん」
私達は微笑みあうと中庭に視線を移す。
すごく不思議。
あの時に図書館に行かなければ匠君と出会えなかった。
人生ってどうなるか本当にわからない。
あの頃と全く違う自分になっているから……
今、すごく幸せだ。