物件決定
――ここの物件、あいかわらず広いなぁ。
私は新築のタワーマンションの最上階の部屋にいた。
目の前は広々としたリビングが広がっていて、窓からは見晴らしの良い展望が窺える。
私と匠君は新居の物件巡りをしていた。
ここは匠君のお父さんに紹介して貰ったマンションで、あともう一カ所の候補と迷っている。
しかし、広いなぁ。私の知っているリビングの広さじゃないんだよね……
家具などが置かれていないってこともあるかもしれないけど、シロちゃんが駆け回っても狭くない気がする。
うちのリビング何個分……?
ここに内覧に来るのは初めてじゃない。
それなのに、また広い! って思ってしまうくらいに圧倒される。
ほんとすごいなぁと感心している私の傍には、匠君とスーツ姿の男性が立っている。
男性は年齢が四十代くらいの方で、名前は谷柏さん。
このマンションを開発した不動産会社の営業さんで、私と匠君を案内してくれている。
「五王様、露木様。ひととおりご案内させていただきましたが、いかがでしょうか? 先日ご説明したとおり、このマンションの一番の売りはセキュリティの高さです。エントランスは外からは見えずプライバシーも守られていますし、マンションのメインゲートは有人による24時間対応のセキュリティチェックがあります。共有スペースはAIによる防犯カメラも対応。もちろん、警備員とコンシェルジュも24時間対応しています」
谷柏さんがにこやかに説明してくれるのを匠君が手元のパンフレットを見ながら真剣に聞いている。
匠君が一番こだわっているのはセキュリティ。
きっと、五王家だからなのかも。
五王の屋敷も警備すごかったし……
「五王様。何か気になる点などはございますか?」
「二点ほど。まず一点目がマンションのメインゲートなんですけど、たとえ家族といえども許可されていない者は立ち入り不可ですか?」
「えぇ。許可されていない方は敷地内に入ることはできません」
「ありがとうございます。二点目ですけど駐車場が地下だと前回うかがいましたが、セキュリティはどうですか?」
「もちろん、厳重です。前回はお時間の都合上ご案内できませんでしたが本日はご案内できますので、その時にご説明いたしますね」
「お願いします」
「露木様は何かご不明な点などありますか?」
声を掛けられ、私は弾かれたように顔を向けた。
「一つだけ確認が……ゴミ出しなどはどうしているんですか?」
このマンションは、セキュリティが高すぎて他の住人ともあまり会わない。
高層階・中層階・低層階の各エレベーターに分かれているし。
そのため、ゴミ捨てなどの生活に直結する部分がまったく想像できなかった。
セキュリティがしっかりしているせいか、生活感を感じないんだよね……
「各階に24時間対応のゴミステーションがございます。ゴミは契約している清掃業者が定期的に回収いたします」
「各階ですか……すごいですね」
てっきり一階まで降りると思っていたので、ちょっとびっくり。
それならゴミ捨ても楽かな。いっぱいゴミが出た時とか一階から部屋まで往復するのが大変そうだから。
「他に何か質問はございますか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「承知しました。五王様、露木様。お部屋をもう少しご覧になりますか?」
谷柏さんに声を掛けられて匠君の方を見れば視線が交わった。
――ん?
匠君がじっと何かいいたそうな瞳で見ていたので、話があるのかもって思った。
もしかして、このマンションについてかな?
いろいろ熱心に聞いていたし。
そんな事を思っていると、匠君が谷柏さんの方に体を向けて口を開いた。
「谷柏さん。少し朱音と二人で部屋の中を見ても構いませんか?」
「もちろんです。お二人でごゆっくりとなさって下さい。私は一階の方でお待ちしておりますので、終わりましたら連絡をして下さい。お迎えに参りますので」
「すみません」
「とんでもございません。何かありましたらご連絡を。では、失礼したします」
谷柏さんはそう言って一礼すると、リビングの扉から消えていった。
匠君はそれを見届けると、私の方を見る。
「朱音。俺さ、迷っているもう一カ所の物件よりもこっちの方がいいって思ったんだ」
「もしかしてセキュリティの問題?」
私が尋ねれば、匠君が頷いた。
匠君は物件を選ぶ際にはセキュリティを重視している。
迷っているもう一カ所の物件もセキュリティが高めなんだけど、説明を聞くとこっちの方が高めみたい。
あっちには敷地内に入るための有人ゲートはなかったし……
「俺が出張中とかセキュリティが頑丈だと何かと安心なんだ。朱音を一人にしてしまうから……」
「私、一人でも大丈夫だよ。それに匠君のお母さんから匠君が出張の時に一人で不安になったら、その時は五王家にお泊まりに来てねって言ってくれているし」
「えっ……俺の出張中って……もう先手打って来ているの? 怖い……ぐいぐいじゃん。朱音、嫌なら嫌って言っていいからね。言えないなら俺が言うから」
「ううん。大丈夫。匠君のお母さん、本当のお母さんみたいだから」
私は両親との関係はあまり良好でない。
だから余計にそう思うのかも。
理想のお母さんというか……
「あっ、そうだ! 匠君。聞こうと思っていたことがあるの。シロちゃんも一緒に暮らすんだよね?」
「それが迷っているんだ……俺としては連れて来たいけど、ミケがいるから。シロとミケ仲が良いから引き離すみたいでさ……シロだけ連れてくるとミケが寂しがりそうな気がするんだよなぁ」
たしかに匠君の言うように、ミケちゃんとシロちゃんは一緒にいることが多いかも。
私はてっきりシロちゃんも一緒かと思ったんだけど、ミケちゃんのこともあるよね。
「週末だけうちに泊まるとか、それとも週末だけ実家とか……いろいろ考えているんだ。獣医師さんとも相談して、シロにストレスがかからないようにしたい」
「うん、そうだね。ねぇ、どっちのマンションもシロちゃんとは暮らせるんだよね?」
「それは大丈夫。朱音はこの物件どう? もう一カ所の方がいい?」
「私は正直どちらも同じくらいかな。キッチンどっちも使いやすそうだから。それに匠君と一緒に住めればどこでもいいよ」
そう言ったら、匠君が目尻を下げて微笑むと腕を伸ばして私を抱きしめた。
「た、匠君……?」
「俺も朱音と一緒に住めればどこでもいい。ただ、ちょっと心配なこともあるからセキュリティが頑丈なところが安心なんだ。だからちょっと窮屈な思いをさせるかもしれないけど、ごめん」
「ううん。平気」
「朱音。あのさ、『8月10日』空けておいて」
「8月10日って来月? たしか平日だよね?」
私がそう聞き返してしまったのは、匠君の仕事が理由だ。
残業だったり急な出張だったりで、ここ二ヶ月ほど平日の夜に会うことは無かったからだ。
だから会う時は休日だったので平日の誘いが珍しくてちょっとびっくり。
「お仕事は大丈夫?」
「あぁ。仕事の調整はしているから大丈夫。当日、朱音の会社まで迎えに行くよ」
「うん。ありがとう」
予定は来月。まだまだ先だけれども、今から楽しみだ。