食事会のあと
五王家での食事会は楽しく終わり、私は匠君の車で自宅前まで送って貰った。
さっき家の前に到着したばかりなので車は家の前に停車している。
人の往来もなく静か。
今日はほんとうに楽しかったなぁ。
みんなにお祝いして貰ってとても嬉しかったし。
無事、挨拶が終わってほっとしている。
残るはうちの両親。
匠君と一緒に住む物件が決まってから匠君が挨拶に来てくれることになったけど、何か言われるかな?
ほんの少しだけ不安になったので、私は運転席に座っている匠君を見た。
すると、匠君が首を傾げながら口を開く。
「朱音?」
「ううん。なんでもないの」
もし両親に何か言われたとしても、私は匠君と一緒に暮らしたい。
それは変わらない。
だから、不安になったとしても一緒にいたいっていう想いは変わらない。
「匠君。今日は送ってくれてありがとう。疲れているのにごめんね」
「いや、全然。朱音を送っている間も一緒にいる時間が増えるから俺が嬉しいし。ただ、やっぱり離れてしまうのは寂しいな」
匠君が眉を下げながら言ったので、私は頷く。
私もその気持ちわかる。
楽しい時間だったから余計にそう思うから……
匠君と離れるのが寂しいなぁって。
「一緒に暮らすまでの我慢だよな。早く一緒に暮らしたい。そしたら、一緒に帰れるし。まぁ、まずは物件探しから始めないと。朱音、どういう家がいい?」
「キッチンが使いやすいところがいいかな。匠君は?」
「俺は朱音と一緒に住めるならどこでも! ただ、セキュリティが強固なところが安心かな。俺、出張とかあるから留守のとき心配だから。いろいろ内覧に行ってみよう。パンフレットで見るのと実際に見るのでは違うから」
「うん」
二人で休日などを利用して物件を巡る予定だ。
さっそく来週に匠君のお父さんが紹介してくれたマンションの内覧に行くことになっている。
物件決まったら家具や家電とかも決めないとなぁ。
引っ越すとなると住民票の移動とか手続きもいっぱいあるだろうし。
でも、不思議と大変とは思わない。
むしろ、楽しい。きっとそれは匠君と一緒に暮らせるからだ。
「匠君は明日仕事? 今日、出張から戻ってきたばかりだけど……」
「仕事だよ」
「ごめんね。疲れているのに。私、そろそろ家に帰るね。このままだと朝までずっと話してしまいそうだから……」
私がそう言えば、匠君がクスクスと笑った。
「たしかに。このまま朝までしゃべってそう」
「今日は送ってくれてありがとう。食事会も楽しかったよ。そろそろ行くね」
私は車を降りると匠君を見送るために運転席側に移動すれば、匠君が窓を開けた。
彼は私を見ると口を開く。
「朱音、送らなくていいから家に入って。暗くて危ないから。心配で帰れなくなる」
「ここ、治安悪くないと思うよ?」
「世の中物騒な時があるからさ。朱音が家に入ったのを見届けてから帰るよ」
家まであと数メートルだから、大丈夫だとは思う。
でも、匠君に心配をかけてしまうのなら、家に帰った方がいいだろう。
「わかった。じゃあ、後で連絡するね。バイバイ」
「俺も家に着いたら連絡するよ。バイバイ」
匠君が手を振りながら見送ってくれたので、私は背を向けて玄関に向かった。
玄関の扉の前に立ち、振り返るともう一度手を振れば匠君が微笑んだ。
ほんとうに別れるのが寂しい……
そう思いながら扉を開けて「ただいま」と言いながら中に入った。
すると、「あれ? お姉ちゃん。今帰ってきたの?」という琴音の声が聞こえたので顔をあげればパジャマ姿の琴音が立っている。
洗面所から出てきたので、お風呂上がりなのかも。
「うん。今、匠君に送っ――」
「えっ、それかわいい!」
私の返事は琴音の言葉でかき消されてしまう。
な、なんだろう?
突然かわいいと言われて、私は目を大きく見開く。
「その服とバッグかわいいじゃん。お姉ちゃんにしては選ぶ趣味良すぎる! ちょうだい! 私が着た方がかわいいし」
たしかに琴音の方が着こなせそうだけど、これは匠君に買って貰ったものだからあげられない。
「匠君に買って貰ったの。だから、悪いけど……」
「えー。まぁ、いいや。南谷さんに買って貰えばいいし。南谷さん、平社員の匠先輩と違って社長だし。ねぇ、どうして匠先輩って五王家なのになんで社長や副社長じゃないの? 南谷さんと年齢あまり変わらないのに。もしかして、社長になるの断られたの?」
「琴音。その言い方は良くないわ」
匠君が頑張っているのを知っているし、会社によってそれぞれ事情がある。
だから、比較するべきではない。
私が琴音のことを窘めれば、彼女は盛大に顔を歪める。
「はぁ? 本当の事じゃん。匠先輩が出世できないからって私に当らないでよ」
そう言って立ち去ろうとした琴音だけど、足を踏み出すのをやめてこちらを振り返った。
「あー、そうだ。面倒だけど聞いておかなきゃならなかったんだわ。お姉ちゃんさ、匠先輩と結婚するの? 結婚するならいつ?」
「え?」
突然、なんでそんなことを聞いてきたのだろうか。
脈絡がなかったため、私は首を傾げてしまう。
「そこはっきりさせて欲しいんだよね。匠先輩と結婚するのかって」
結婚のお話は出ているけど、具体的には決まっていない。
まずは引っ越しの方が先だ。
匠君も物件決まってからうちに挨拶に来てくれるし……
「お話は出ているけど、具体的には決まっていないよ。急にどうしたの?」
「南谷さんが気にしていたから」
「南谷さんが?」
琴音の台詞を聞き、私は眉を顰める。
どうして南谷さんが私達の結婚を気にしているのだろうか。
初めて会った時から、少しずつ南谷さんに対して違和感を抱いている。
言い知れぬ不安というか……
「琴音。南谷さんが気にしている理由ってわかる?」
「私達の挙式のスケジュールの都合とかじゃないの? お姉ちゃん達と挙式の時季とか被るといろいろ大変とか。招待客とか被ってそうだし」
たしかに琴音の言っている事は、理由としては納得できる。
ただ、すとんと腑に落ちたとは心の底から思えないけど。
なんだか、もやもやするなぁ。
「そういえば、琴音達は入籍日とか決まっているの?」
「まだ決まっていないわ。でも、結婚前提のお付き合いだし、私の両親にも挨拶に来たし。南谷さんの両親にはまだなのよね。ご両親、忙しいみたい」
「ご両親、お仕事忙しいの?」
「さぁ? 何をしているか知らないし興味ないわ。大事なのは南谷さんよ」
大事なのは南谷さんという台詞を聞き、私は大きく瞬きをする。
琴音の口からそんな言葉が聞けるなんて思ってもいなかったからだ。
なんだか、意外だわ。
琴音、南谷さんのことが好きなのね。
ちょっと感心した。
「今、話題の大企業でやり手社長。それにお金もいっぱい私に使ってくれるもの。資産と地位は大事だわ。顔も私に釣り合うし」
そう言ってにっこりと笑う琴音を見て、私はいつもの琴音だったと思った。