五王家でのお食事会
匠視点
家族が主催してくれた食事会のために俺と朱音は五王家へ向かった。
車を停めてそのまま玄関に向かい、お手伝いさんに案内され食堂に向かって廊下を歩いて行く。
隣を歩く朱音をちらっと見れば、彼女はちょっと緊張した面持ち。
朱音が緊張している理由は、初めてお付き合いして行く五王家だから緊張しているから。
ここまで来る途中で話してくれた。
電話やメッセージアプリでは五王家や春ノ宮家と連絡を取っていたけど、実際に会うのは今日が初めて。
だから、ちょっと緊張しているみたいだ。
――そんな朱音も可愛い!
「匠様、朱音様。どうぞこちらです」
先導してくれていたお手伝いさんが食堂の扉で立ち止まったので、俺は首を傾げる。
いつもは開けてくれるんだけど、今日は何かあるのだろうか?
お祖父様達、何を……?
いつもと違う雰囲気にちょっとした不安が走る。
どうか、普通に出迎えてくれますように! と、願いながら扉を開けた瞬間。
パンッという複数の音が鳴った。
突然の出来事に俺と朱音は固まってしまう。
「えっ……?」
「「「朱音ちゃん、匠。おめでとう!」」」
呆気にとられる俺達の前では、五王家の家族と春ノ宮家の祖父母がクラッカーを持って立っていた。
みんな穏やかな笑みを浮かべながら俺と朱音を祝ってくれている。
どうやらさっきの音はクラッカーの音だったらしい。
あぁ、そういうことか。クラッカーのために扉を自分で開けてくれってことか。
良かった。クラッカーで。一瞬、なんだろう? って思ったからさ。
音の正体がクラッカーだったことを受け、俺と朱音は二人で顔を見合わせて笑い合う。
自分達の幸せをこんなに喜んで貰えることが素直に嬉しい。
「ありがとうございます。あの……つまらないものですがみなさんでどうぞ」
朱音は手にしていた紙袋をお祖父様に渡しながら言う。
紙袋の中身は家族が好きな和菓子屋のもので朱音がいろいろ悩んで買った手土産だ。
「朱音さん、そんなに気を遣わないでくれ」
「そうだよ、朱音ちゃん。もうすぐ家族になるんだからさ」
お祖父様と父さんがそう言えば、朱音が「はい」と返事をした。
プロポーズがまだなんだけど、家族の中では朱音と俺の結婚は決まっているのかも。
個人的には嬉しい。
「朱音さん、おめでとうございます。今日の服とても似合っていますわ。新作ですよね、そのジャケット」
「えぇ、かわいいわ。なんだか匠が好きそうな服……――」
美智と母さんが嬉々と朱音に話しかけている途中に朱音が着ている服を俺が選んだのに気づいたらしく二人して俺の方を見た。
「匠が選んだんでしょ?」
「そう、俺が選んだの」
「でしょうね。匠の好みだもの。こういう服。さっそく彼氏面かしら?」
彼氏面……? 母さんは朱音の何? どのポジションに立っての発言? って首を傾げる。
「彼氏面って、俺は朱音の彼氏だし。ねっ、朱音」
と、朱音の方を見れば、朱音が頬を染めて小さく頷く。
ドヤ顔で母さん達の方を見れば、二人はすぐに朱音を挟むようにして口を開く。
「朱音ちゃん、私ともお買い物に行きましょう。お洋服選びましょう。匠と結婚したら朱音ちゃん、私達の娘になるんですもの。これで遠慮せずにいろいろお誘いできるわ」
「お母様ばかりずるいですわ。私も朱音さんと参ります。妹ですので」
えっ、今まで遠慮していたの? 嘘でしょ? という台詞が喉まで出かかる。
母さん、春ノ宮の従姉妹達と一緒に朱音と買い物とか旅行とか行っていたのに……
俺と朱音が結婚したらどうなるんだろうか。
……まぁ、仕方ないか。みんな朱音が好きだもんな。俺が一番朱音のこと大好きだけど。
心の中でそんな事を思っていると、視界に春ノ宮の祖父の姿がちらりと入った。
「ん?」
さっきまで気づかなかったけど、もしかしてお祖父様は結婚式の帰りなのだろうか。
みんな、いつも通りの格好をしているんだけど、春ノ宮のお祖父様だけ違った。
結婚式帰りのようなかっちりとした格好をしている。
というか、朱音以上に緊張した面持ちでいるんだけど。
「お祖父様。もしかして、結婚式帰りですか? わざわざ忙しいのにありがとうございます」
お祖父様にそう言えば、隣に立ってにこにこしていたお祖母様が吹き出して笑い始めてしまう。
――なんだ?
お祖母様が笑っている理由がわからず俺は首を傾げる。
「違うのよ、匠。この人ったら、気合いが入っちゃっただけなの。結果、誰よりも気合いが入った格好になって浮いちゃっているのよ。そんなに堅苦しくすると朱音ちゃんが緊張しちゃうからって言ったんだけどね。この調子だと結婚式の時、どんな格好をするのかしら?」
「べ、別に良いじゃないか。朱音さんが結婚の了承してくれて朱音さんと匠の門出だ」
「お祖父様。俺、まだ朱音にプロポーズしてないんです」
「「「えっ、してないの?」」」
なぜか朱音と俺以外の全員から声が上がり、視線が降り注ぐ。
あれ? 俺、朱音にプロポーズしたって言った?
結婚前提で付き合うことになったとは報告したけど……
「てっきり匠の事だからしていると思った。告白通り越してプロポーズ」
「私も」
俺はみんなにどう思われているのだろうか。
よくわからない……
「プロポーズはしてないけど近々するよ。朱音にもちゃんと予告しているし。それより、そろそろ食事をしながらにしない?」
料理長達も時間を合わせて料理作ってくれている。
なので、俺は食事をしながら話をすることを提案した。
「そうだな」
「そうね」
あっさりとみんなが了承したので、それぞれ席に着くことに。
もちろん、朱音の隣は俺だ。
お手伝いさん達の手によって湯気立つ料理がテーブルに運ばれたので、俺達は料理が冷めないうちにさっそく乾杯をして食事を楽しむことになった。
「では、改めて朱音さんと匠のお付き合いを祝して乾杯!」
お祖父様の声を皮切りにみんなで乾杯をした。
こうして家族がお祝いをしてくれるのはとても嬉しい。
隣に座っている朱音も同じらしく、笑みを零している。
「そういえば、朱音ちゃん。匠から朱音ちゃんと一緒に住むって聞いたけど、物件決まった? まだならちょうど良い物件あるんだ。良かったら紹介するよ。セキュリティがしっかりしている場所だから安心だし」
「まだ決まってないです。物件もまだ探していなくて……ねっ、匠君」
朱音に告白する前に色々物件探したから、複数の物件なら候補がある。
もちろん、決めるのは朱音と二人で。
だから、後で朱音に話して見に行こうと思っていた。
二人で住むから、俺が良くても朱音が気に入らなかったら意味がないし。
物件なら複数候補がもうあるよと口を開こうと思えば、急にお祖父様達が声を上げる。
「あ、朱音さん! この料理美味しいから是非食べて欲しい!」
「こっちのも美味しいので是非食べて!」
皆、焦りながら朱音に必死に語りかけ始めたので、朱音が目を見開いてびっくりしているし、俺も物件のことを言うタイミングを逃してしまう。
――みんな、急にどうしたんだろうか?
「物件は一から二人で選んだ方がいいと思う。一から」
「そうですわ。一から選びましょう」
「匠もまだ選んでいないものね!」
みんなの気迫に押され、俺は頷く以外の道はなかった。
「匠が出張の時があるからセキュリティが強化された家の方が朱音ちゃんも安心よね」
「ちゃんとそれは考えるよ」
母さんの台詞に俺は同意する。
俺が留守の間とか心配だし。
家のセキュリティもだけど、朱音の方の護衛もそろそろ護衛を担当してくれている会社に相談しないとなぁ。
五王家は全員護衛付き。
代々、うちの護衛をしてくれている世津家という家があるんだけど、彼らが経営する会社が警護をしてくれている。
密かに身を隠して護衛をしてくれている時もあれば、表に立って護衛をしてくれることもある。
結婚したら朱音に近づく妙な奴らもいるだろう。
朱音に危害を加えられる前に、ちゃんと対策はしておくべきだ。
誰かに恨まれる生活はしていないけど、狙われる時がある。
朱音には護衛のことを黙っていた方がいいだろうか?
周りを護衛で囲まれると気になると思うし。
その件も世津さんに相談しよう。
「父さん。さっき言っていたマンションの資料を俺の方に送ってくれる? 後で朱音と一緒に見るから」
「もちろん。もし、気に入った物件があったら教えてね。僕がプレゼントするよ」
「気持ちだけ貰っておくよ。二人の生活のことはできる限り自分達でやろうって俺と朱音で話をしていたんだ。ねっ、朱音」
「はい。あまり大きな額は出せないですが、家電などは私が出せればなぁと思っています。大学の頃から一人暮らしのためにお金貯めていたので……」
屋敷に向かう途中、二人暮らしの話になったんだけど、なるべく二人でやっていこうと話をした。
もし二人で解決できない問題が出てきたら、その時は周りに相談しようって。
「そっか。もし、何か困った事や手伝いって欲しいことがあったら遠慮せず言ってね」
俺と朱音は「はい」と返事をすれば、父さんが目尻を下げて微笑んだ。