琴音達と遭遇
ペアリングを選び終えた私と匠君は、ジュエリーショップの二階にいる。
二階は複数の個室になっているんだけど、ここには手続きのために通された。
室内は一階と同じように清楚感溢れる造り。
天井からはシャンデリアが吊され、室内を暖色の光で照らしてくれている。
落ち着いたクリーム色の壁には、風景画や工房の写真が飾られていた。
私と匠君はソファに座りながら、用意して貰ったお茶やケーキを堪能中だ。
――匠君達の行きつけのお店に来ると必ず個室通されるんだけど、こういう個室ってVIPルームなのかな?
ぼんやりとそんなことを思いながらティーカップに手を伸ばせば、ちょうど隣に座っている匠君から「朱音」と声を掛けられた。
ゆっくりと彼の方を見ると、満面の笑みを浮かべている匠君と目が合う。
「食事の時間までまだ時間あるけど、次はどこに行こうか?」
確かにまだ時間はあるんだけど、私は一度家に帰りたかった。
匠君を迎えに行って五王家まで送ったら一旦家に戻るつもりだったので、匠君の家にご挨拶に行く格好をしていない。
お付き合いしてから初めて行く五王家。
だから、ちゃんとした格好で行こうと思っていたのだ。
それに、手土産も買ってないし……
「匠君。一度家に帰ってもいい?」
「えっ、帰っちゃうの!?」
「その……着替えたいなぁって。お付き合いして初めて行く五王家だからちゃんとご挨拶したいの」
「うちはいつも通りだと思うけど、そうだよな……俺も朱音の家に行くならそうするし……」
匠君は少し肩を落としたかと思えば、何か閃いたのか「あっ!」と声を上げた。
「そうだ! このあと服を買いに行こう。俺、朱音の服を選びたい。朱音の服ってあんまり選ぶことってないからさ」
そういえば、匠君と服を買いに行くってあんまりないかも。
美智さん達とは買いに行くけど……
「服、お互いのを選びあおうよ。朱音が俺の服を選んで、俺が朱音の服を選ぶ。ちょうど朱音に似合いそうな服が揃っているお店があるんだ」
洋服は家に用意してあるので、新しく買う必要はない。
でも、匠君がすごく楽しそうに言っているので、私は一緒に買いに行こうと思った。
――家に準備している洋服は、別の機会に着ていこう。社会人になったし、ある程度TPOを考えた洋服も揃えておきたいし。
「うん、わかった。一緒に買いに行こう」
「ほんと!? 嬉しいよ。朱音の服選びができるなんて。ペアリングの手続きが終わったら、さっそく行こう。お店、このすぐ近くなんだ」
匠君は私の手に触れて微笑んだ。
+
+
+
私と匠君はジュエリーショップを出ると、洋服を買うためにお店にやって来た。
お店は私でも知っているハイブランドショップ。
お店の外観はシルバーのフレームとダークブラウンの木材を組み合わせて作られている。歩道側はガラス張りになっていてブランドのアイコンとなっているバッグなどがディスプレイされていた。
そういえば、国内最大規模ってオープンした時にニュースになっていたような……
ここって洋服も販売しているの? 私、バッグや財布は知っていたけど。
洋服の値段はわからない。
でも、バッグや財布の値段はなんとなく知っているけど、気軽に購入できる額ではないから洋服も同じだと思う。
「匠君。私、このお店では予算が……」
私は隣にいる匠君に伝えれば、匠君が口を開く。
「大丈夫。支払いは俺がするよ」
「でも、ペアリングの代金も匠君が払ってくれたし……」
「気にしないで。俺が朱音の服を選びたいんだ。いつも朱音は美智達と洋服選んだりしているから、ちょっと焼きもちやくんだよね。俺も選びたいって」
「今度何かあったら、私が支払うね」
「その時はお願いするよ。さぁ、さっそく行こうか」
匠君は私を先に促すように背中に手を添えてくれたので、お店の扉に近づく。
すると、白い手袋をはめた店員さんと思われる男性が扉を開けてくれた。
お礼を言いながら中に入れば、店内は広々。
外から見ても大きな建物って思っていたけど、実際中に入ると大きさに驚く。
窓から自然の光が入っているようで中はすごく明るい。
店内には鞄や財布などの他にスカーフや洋服もディスプレイされている。
「一階部分はウィメンズで二階がメンズ。三階がジュェリーだよ。まずは朱音の服から選ぼ――」
「かわいい、この鞄! でも、困っちゃったなぁ。限定色が二色あるんだけど、どっちも欲しくて……迷っちゃいます」
突然、耳に届いてきた声に、匠君の嬉々とした声が消えていく。
その声に聞き覚えがあるのは、私だけじゃなくて匠君も。
声を聞いた瞬間、私と一緒に彼も動きを止めた。
「「この声って……」」
私と匠君はそう呟くとお互い顔を見合わせた。
――まさか、ここで買い物をしているなんて!
私はゆっくりと声のした方に顔を向ければ、やっぱり琴音がいた。
その傍には南谷さんの姿も。
琴音は二つのバッグを手に持ち南谷さんへ見せている。
「やっぱり琴音か。南谷さんとデート中のようだな」
「うん、そうみたい。挨拶だけしてきてもいいかな?」
琴音と南谷さんが結婚前提で付き合っているということもあるけど、一応顔見知りにあったので挨拶だけしておきたいと思ったのだ。
「俺も一緒に行くよ。南谷さんとは軽く面識あるし」
「うん。ありがとう」
私達は挨拶をするために二人に近づくと、琴音と南谷さんがこちらを見た。
二人も予想外だったらしく、大きく目を見開く。
「奇遇ですね! こんにちは、五王さんにお姉さん」
南谷さんは微笑みながら挨拶してくれたので、私と匠君も挨拶をする。
「こんにちは」
「こんにちは、南谷さん。見かけたので朱音と挨拶を」
「わざわざありがとうございます。五王さん達もデート中ですか?」
「えぇ」
匠君は頬を緩めて私の方を見た。
「お姉さんに五王さん。良かったらご一緒に買い物いかがですか? 琴音ちゃんもお姉さんと一緒に買い物したいと思いますし」
「「……」」
にっこりと微笑みながら言われたけど、私と匠君は何も言えなかった。
絶対に琴音はそんなことを微塵も思わないと思う。
姉妹で買い物なんてそもそも行かない。
……というか、二人だけで買い物って一度も行ったことがないかも。
「琴音ちゃん。僕と五王さんはVIPルームにいるから、お姉さんと一緒に選んできていいよ。二人の会計は僕が持つから。最近、忙しいって言っていたから二人でゆっくり買い物をしたことなんてなかっただろう?」
「さすが南谷さんだわ! そうなの。最近、お姉ちゃんと買い物にも行けなくて……」
琴音は笑みを浮かべると、南谷さんの腕にしがみつく。
待って。このままだと二人で買い物になってしまう。
せっかく匠君との時間ができたのに……
やんわり断る台詞を考えていると、ポンと肩に手を添えられた。
弾かれたように顔を隣へ向ければ、匠君が南谷さん達を見据えて口を開く。
「大変申し訳ないがお断りさせていただきたい。出張から戻ってきたばかりなので、朱音との時間が大切なので」
匠君が断ってくれたので、私はほっとした。
琴音と二人で買い物はちょっと厳しい……
「そうですか、残念です。でしたら、夕食はご一緒にどうですか? 美味しいお店予約しているんですよ。せっかくお会いしたのも縁ですし」
「残念ですが先約が入っているんです。夕方から五王家で俺と朱音のお祝いを家族がしてくれるんですよ。春ノ宮家の祖父母も集まりますし」
「春ノ宮家と五王家が集まってお二人のお祝いですか?」
南谷さんは含みを持った視線を私達に向けた。
何か引っかかるようなところでもあったのかな?
とくに何もないと思うんだけど……
「えぇ、お祝いです。ですので、今回は申し訳ありませんが食事をご一緒することは叶いません。お二人で楽しんで下さい。では、俺達はこれで失礼します。朱音、行こう」
匠君が私の肩に手を触れると先に進むように促してくれたので、私は南谷さんと琴音に軽く会釈をすると足を踏み出した。