出張帰りのサプライズ
匠視点です。
「ん? 空港に到着したら空港内のカフェ付近で待っていて下さい……?」
俺は手にしているスマホを眺めながら首を傾げた。
一週間の出張を終え、ついさっき飛行機で屋敷から一番近い空港に到着。
やっと帰ってきたと思うと同時に、俺がやるべきことは決まっている。
朱音へ「帰ってきたよ!」という連絡だ。
――疲れた体を朱音の声で癒やされたい。
と思ってスマホを取り出せば、『空港に到着したら空港内のカフェ付近で待っていて下さい』というメッセージが美智から届いていた。
「誰か迎えに来てくれているのか? カフェ付近だし」
カフェだとちょうど珈琲でも飲んで待つこともできる。
父さんが休みで迎えに来てくれるのだろうか?
タクシーで帰ろうと思っていたんだが……
父さんが迎えに来てくれるなら、朱音の家に立ち寄って貰おうかなぁ。
夕方に朱音と会う約束をしているけど今すぐ会いたい。
声が聞きたい。顔が見たい。
今夜、五王家で俺と朱音の交際をお祝いしてくれる。
五王の家族だけじゃなく、春ノ宮家の祖父母も交えての食事会だ。
そのため、夕方には朱音を迎えに行くから会える予定。
でも、いま会いたい。
元々毎日朱音に会いたい派だったけど、両想いになってその思いがより強くなった。
朱音に会いたいなぁと思いながらカフェの方へ向かって歩いて行けば、指定されたカフェの看板が見えてきた。
店の前に二・三人ほどの人々が立っているけど、見知った顔はない。
誰が迎えに来てくれているんだ?
首を傾げながら近づいていくと、カフェ付近にある観葉植物などが視界に入り、俺は目を見開いてしまう。
そこには女性が立っていたんだけど、彼女は辺りをきょろきょろを見回している。
「……会いたいと強く思い続けていたせいで、幻覚でも見ているのか?」
カフェ付近にある観葉植物の前に朱音が立っていたのだ。
昨日の夜も朱音と電話したし、飛行機に乗る前も今から帰るよってメッセージのやり取りをしたけど朱音が迎えに来るなんて聞いていない。
本物なのか……?
スマホを取り出して電話で確認しようとした時だった。
「匠君!」という朱音の弾んだ声が聞こえてきたのは。
「朱音っ!?」
視線が絡み合うと朱音は小さく手を振った。
本物の朱音だ!
てっきり家族の誰かが迎えに来ると思っていたのに、朱音が迎えに来てくれてびっくり。
こういうサプライズなら嬉しい!
「匠君。お仕事お疲れさま。おかえりなさい」
朱音は俺の前に立つと、微笑みながら言う。
おかえりなさいの破壊力。あこがれのおかえりなさい。
夢みたいだ。これが夢オチじゃないことを願う。
「ただいま。朱音、迎えに来てくれたの? びっくりしたよ」
「うん。その……匠君に会いたかったから……」
そう言って頬を染めながらはにかんだ朱音が可愛い。
空港じゃなかったら絶対に抱きしめていた。
「朱音が迎えに来てくれてすごく嬉しい! せっかくだし、これから二人で遊びに行こう。夕方になったら一緒に屋敷に行けばいいし」
「でも、匠君は帰ってきたばかりで疲れているでしょ? 匠君を五王家までタクシーで送ったら家に帰ろうかなって……」
「えっ、帰っちゃうの」
心の声が漏れてしまった。
朱音は俺の体のことを気遣ってくれているけど、俺としては朱音と一緒にいたい。
たしかにある程度の疲労感はあるが朱音と一緒にいると疲れも飛ぶし。
「全然疲れてないよ」
「でも……」
「朱音と一緒にいる方が癒されるから元気になるんだ。一緒にいて欲しい」
朱音は少し迷った様子をした後、小さく頷いた。
――よし! これからの時間はずっと朱音と過ごせる!
「じゃあ、さっそく行こうか。ねぇ、朱音。どっか行きたいところある?」
「匠君と一緒ならどこでもいいよ。匠君は行きたいところある?」
「んー、指輪を見に行きたい」
「指輪……?」
「そう、指輪。ペアリングを買おうよ」
今つけている女性避けの指輪は大学生の頃に朱音に選んで貰ったもの。
朱音と両思いになったのでペアリングを二人で選びたい。
ついでにブライダルリングのカタログも欲しいし。
朱音は一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに首を縦に動かした。
「じゃあ、さっそくタクシー乗り場に行こうか」
俺が手を差し出す。
すると、朱音が「えっ」と声を漏らした後、じっと俺が差し出した手を見た。
やや間が空いたけど、朱音は俺が手を差し出した理由がわかったらしい。
顔を真っ赤にさせつつも俺の手に触れた。
「……な、なんか緊張するね」
朱音は俺と手を繋ぐと、ちょっと震える声で言った。
「大丈夫。俺もだから」
普通に見えるかもしれないけど、俺も緊張している。
ただ、こういう緊張は大感激だ。
――あぁ、幸せだなぁ。恋人と過ごせる時間って。
俺は幸せを噛みしめながら朱音と歩き出した。
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俺と朱音はタクシーでジュエリーショップへ。
到着したのは、五王家と付き合いがあるジュエリーショップの一つだ。
タクシーの中でどんなペアリングにしようか話せたのが楽しかった。
今までは一人でカタログを見ているだけだったし。
ジュエリーショップの内装は白を基調としていて、天井からはアンティークのシャンデリアが吊されている。
店内には落ち着いたBGMが流れ、俺と朱音は二人でディスプレイされた指輪を眺めていた。
俺達の傍には耳下までの長さで髪を切りそろえているスーツを着た女性の姿が。
彼女は五王家を担当してくれている店員・園谷さん。
今回も俺と朱音の接客をして貰っている。
――朱音と一緒にペアリング選び。幸せすぎて顔がゆるむのが抑えられない!
「朱音。どういう指輪にしようか?」
俺は隣に立っている朱音へ尋ねれば、彼女がこちらを見た。
「お仕事中にも着けられるシンプルなデザインのものがいいかなって……匠君は?」
「俺も朱音と一緒。その分ってわけじゃないけど、結婚指輪は華やかなものにしたいって思っているよ」
「け、結婚指輪……」
朱音はそう小さく呟くと顔を真っ赤にさせて少し俯く。
窺える表情が嬉しそうだったので俺も嬉しくなる。
――このままの幸せがずっと続いて欲しい。
「まぁ! 五王様、露木様。ご結婚のご予定が? おめでとうございます」
園谷さんが微笑みながら言ったので、俺は照れてしまう。
「ありがとう」
結婚前提だけど、プロポーズはまだ。
ただ、プロポーズの場所などは決めている。
やっぱり俺と朱音の思い出の場所だろう。
問題はどうプロポーズをするかなんだよなぁ……
サプライズ感を出した方が思い出に残るのだろうか? とか、今あれこれ考えている。
「もしよろしければ、ブライダルジュエリーのカタログをご用意いたしましょうか? 当店のブライダルジュエリーは大変デザインも品質もよく好評なんですよ。帰りにお渡しいたしますのでぜひご覧になって下さい」
「ありがとう。じゃあ、帰りに貰っていきます」
俺は園谷さんにそう告げた。
帰りに貰っていこうと思っていたところなのでタイミングがいい。
ブライダルリングもいろいろなブランドやデザインがあるから、いろいろ見てみたいし。
でも、今はペアリング選びが優先か。
俺は朱音の方を見て口を開く。
「朱音。気になったデザインの指輪があったら着けてみようか。実際着けてみるとまた違うだろうし」
「うん。そうだね。私、ペアリング初めてなの。だから、ちょっと嬉しい……匠君とお揃いつけられる」
朱音が小さく笑ったんだけど、それがすごく可愛い。
美智達に自慢したい。朱音、可愛いだろうって。
いや、でも俺だけの中で留めておきたいって気持ちもある。この可愛さは。
その後、俺と朱音は二人でゆっくり選びながら無事ペアリングを決定することができた。