久しぶりだね
翌日。
匠君に告白された余韻からまだちょっと心がふわふわ忙しないけど、私はいつもどおりの生活を送っていた。
午前中の仕事を終えて今はお昼の休憩時間。
お弁当を食べた後。私は社内の窓際にある一人掛けのソファに座りながらスマホを眺めている。
お昼の時間は匠君からメッセージアプリ経由で通知が届いているので確認しているんだけど、今日届いたのは匠君からだけじゃなかった。
「……なんだろう? こんなに通知が来ていること今までなかったのに」
メッセージアプリの通知が見た事ないくらいの数だ。
そのため、私は一瞬スマホが壊れてしまったのかな? とさえ疑ってしまう。
なにかあったのかな? と、急いでアプリを開いて確認してみれば、ほとんどが匠君の関係者からだった。
匠君のいとこ・朋佳さん達、春ノ宮家のお祖父さんや匠君のお母さんからのもあるみたい。
みんな、言葉は違うけど同じ内容だった。
『さっき匠から朱音ちゃんと結婚前提の交際始めたってお知らせのメッセージ来たんだ。ちゃんと本物の朱音ちゃんであっているよね?』という内容だった。
「ん? 本物の私?」
それってどういう意味だろう……?
ドッペルゲンガーとか? 似ている人がいるとか?
なんだかよくわからないけど、私は一人一人に返事をしていく。
すると、すぐに返事が届いた。
見てみればすべてお祝いのメッセージばかり。
お祝いのメッセージに共通しているのは、「おめでとう! これから匠をよろしくお願いします」という言葉。
みんな匠君の事が大好きなんだなぁとほんわかした。
――匠君は春ノ宮家やお母さんとかに報告しているけど、私は親に言った方がいいのかな?
ちょっと悩む。
親に言ったとしても何か言われそうな気がする。
高校の頃、匠君が初めてうちに来て親と対面した時のことが過ぎり、胸がざわつく。
壊されたくない。匠君とのことを。
匠君が出張から戻ってきたら相談してみようかな……
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本日の仕事が終了。
私は会社を出て人々の流れに乗るようにして駅まで向かっていると、ふと視界の端に気になるものが見えたので足を止めてしまう。
白を基調としたお店なんだけど、どうやらブライダルショップみたい。
一部分がガラス張りになっていて、たくさんの花々に囲まれたウエディングを着たマネキンが配置されている。
「綺麗!」
結婚式かぁ……匠君、タキシードとか似合いそう。
あっ、でも和服が似合うから和装も素敵かも!
自然とそんな想像をしてしまっているのに気づき、私は顔が熱くなってしまう。
きっと真っ赤になっている頬をおさえていると、右側にあったお店の扉が開く。
中から女性が出てきたんだけど、その人を見て私は何度も瞬きをしてしまった。
だって、その人は――
「豊島さん!」
「えっ?」
豊島さんは私を視界に入れると、ぱぁっと顔を輝かせる。
そして、「露木さん!」と声を弾ませながら軽く手を上げながらこちらにやって来た。
「豊島さん、久しぶりだね」
「ほんと、久しぶり。露木さんの卒業式前以来じゃない? 私と尊と五王さんと露木さんの四人でごはん食べに行った時だったよね」
「うん。それ以来だよ」
大学の卒業式があと二ヶ月後に控えた頃に四人で食事をした。
その時のことは今でも覚えている。
だって、二人から『付き合うことになった』という報告をされたから――
高校の頃から佐伯さんの片想いを私は知っていたので、付き合うことになって本当に良かったって思う。
匠君も自分のことのようにすごく喜んでいた。
「豊島さん、元気にしていた?」
「もちろん。元気に毎日仕事をしているよ。今日もウエディングケーキの打ち合わせで来たんだ」
そう言いながら屈託なく笑う豊島さんは、高校の頃からの夢を叶えてパティシエとして実家のお店で働いている。
「豊島さんのお店、ウエディングケーキも作っているの?」
「うん、そうなの。露木さんの結婚式のときも良かったらぜひうちの店でっ!」
たぶん何気なく言ってくれたんだと思うけど、私は妙に気恥ずかしくなり顔が熱くなってしまう。
さっきまで自分の結婚式を想像していたせいかもしれない。
きっと顔が真っ赤だろうなぁ……
さすがに私の様子がおかしいことに気づいたらしく、豊島さんは目を大きく見開いている。
「えっ、露木さん。もしかして、彼氏できた!?」
「うん」
「えっ、だ、だっ、誰!?」
豊島さんはなぜか顔を真っ青にさせ、私の両肩を掴んだ。
びっくりするよね。私も豊島さん達から交際のお知らせ聞いた時、すごくびっくりしたもん。
……と思っていたけど、どうやら違うみたい。
「どうしよう!?」
豊島さんは叫ぶようにそう言いながら視線を彷徨わせている。
どうしよう? って、どういう意味だろう?
なんかすごく慌てているし。
「ご、ごっ、五王さんは知っているの?」
「知っているよ」
「そうだよね……露木さんの話なら絶対に五王さんの耳に入るもんなぁ……きっとショック受けているよね……」
「ん?」
なんだろう。豊島さんと私の間でちょっとボタンの掛け違いのようなものがある気がする。
「耳に入るというか、その……匠君と付き合っているの」
「ええっ!?」
豊島さんは今まで聞いた中で一番の大声を上げたため、周りの人々が一斉にこちらを見た。
けれども、豊島さんはびっくりの方が上回っているらしく気づいていない。
「ほんと!?」
「うん」
「焦った! ほんと、焦ったわ!」
豊島さんは胸に手を当てると、ほっと息を吐く。
「でも、良かった、本当に良かった。五王さん、やっと両想いになって。高校からずっと露木さんの事が大好きだったもんね」
「えっ!? 豊島さんは知っていたの?」
「うちのクラスは全員知っていたよ。五王さん、露木さんの事大好きオーラ出していたから」
全く気づかなかった……
「いつから付き合っているの?」
「昨日、告白してもらったの」
「昨日!? すごい! おめでとう!」
「ありがとう」
「五王さん、露木さんと付き合えてすごく喜んでいるでしょ? 今日、会うの?」
「ううん。匠君、今日から一週間出張だから。それに、大学の頃と違ってなかなか会う時間が……」
「告白翌日から一週間の出張かぁ。あいかわらず忙しそうだね」
「……うん」
私は眉を下げて頷く。
匠君がすごく多忙なのは私でもわかる。
彼は仕事の他に五王家関係の付き合いもこなしていた。その上、休日は仕事の勉強。
私と会うよりも体を休めて欲しいって言ったことがあったんだけど、「朱音と会うと元気出るんだ」と言われた。
「いやー。ここ最近で一番びっくりしたけど、おめでたいよね。尊のやつ、私に教えてくれないと! さっき、すごくびっくりしたんだから! 五王さん振られちゃったのかって」
「佐伯さん知らないのかも。昨日のことだから……」
「いや、五王さんから聞いていると思う。尊も忙しいから言うのを忘れているのかも。なんか、社会人生活慣れないみたい。私もあんまり会ってないし。まぁ、生活リズムが落ち着くのを待つしかないよね」
たしかに新しい生活環境になるとなかなか生活リズムって安定しない。
すごくわかる。
私も慣れるまで時間がかかるタイプだから。
「きっと露木さんと五王さんの結婚はすぐだよ」
「昨日お付き合い始めたばかりだから……」
「いや、五王さんなら絶対に早いと思う。私、五王さんって告白越えてプロポーズするタイプだと思っているし。新居購入済みって言われても驚かないわ」
新居購入はさすがにしていないと思う。
戻って来たら物件巡りしようって言っていたからどの辺に住むかとかもまだ白紙状態のはず。
「露木さん、これから時間ある? せっかくだしうちでお茶していかない?」
「うん、大丈夫」
今日はお母さんが残業無しで帰宅するから、夕食作らなくても大丈夫だし。
「でも、豊島さんお仕事平気?」
「今日はもうこれであがれるから平気。お祝いに美味しいもの食べようよ! いろいろ話したいこともあるし」
「うん。私も久しぶりに豊島さんとお話したい」
豊島さんの台詞に私は頷き、了承した。