匠のお守り
(ミケ視点)
――なんだ?
アタシは廊下から部屋にいる匠を見た。
妙に匠がそわそわしている。
休日なのにスーツを着ているし、何度も鏡を見てネクタイを直したり髪型を直したり……
今朝からずっとこうだ。
今日は休みだと思っていたけど、もしかして仕事が入ったのか?
重要な仕事が入ったとか。
あー、でもあいつどんな仕事でもあんな風にそわそわしたことなんてなかったよなぁ。
不思議に思ったので、匠の部屋に入りおもちゃをガシガシと噛んでいるシロに聞いてみることに。
「なぁ、シロ。匠の奴、様子がおかしくないか? 休日なのにスーツ着ているし。朱音とデートだったはずだよな」
声をかければ、シロがおもちゃから口を離すとこっちを見た。
「うん、そうだよー。朱音ちゃんと会うみたい。この間、朱音ちゃんとの電話で大事な話をするって言っていたよー」
「大事な話だと!? それ、早く言えって!」
シロはさらっと言ったけど、その重要性をわかっていないようだ。
匠が朱音に大事な話があるというのは、つまりはそういうことだろう。
だから、匠がそわそわしているのか。
理由に納得し頷く。
これは赤飯で祝いだな。
猫だから赤飯が炊けないけど。
「ねぇ、ミケおばあちゃん。今日って何かあるのー?」
「匠が朱音に好きだよって言うんだよ。告白だ。告白」
「朱音ちゃんのこと大好きなのにまだ言ってなかったの? どうして? 僕は好きなものは好きって言っているよー」
「誰もが思っていることを……人間は複雑なんだよ」
いや、匠だけか? よくわからん。
とにもかくにも、匠と朱音が上手くいくといいよな。
朱音は匠のことが好きだから断らないと思うけど……ん?
視界の端に匠が持っていく鞄と共にパンフレットが置かれているのに気づく。
新築分譲マンションのパンフレットだ。
まさか、持って行かないよな!?
匠のことだから持って行きそうでちょっと怖い。
なので、さりげなくパンフレットの上に乗って阻止することにした。
さすがに告白されて新築分譲マンションのパンフレット出されたら困惑する。
プロポーズならまだわかるけどな。
告白の段階でマンションの話はなぁ……ちょっと重い……
そう思ったアタシが甘かった。
匠のスーツの胸ポケットに入っている『お守り』に気づかなかったからだ。
+
+
+
(朱音視点)
今日は匠君と会う約束をしている。
待ち合わせ時間が近づいているので家の外で彼を待っていると一台の車が止まった。
匠君の車だ。
ほんの少し経つと、運転席から匠君が降りてきた。
いつも休日に会うと私服なんだけど、今日はスーツ姿みたい。
――もしかして、お仕事だったのかな?
「朱音、おはよう」
「おはよう、匠君。もしかして、仕事だった?」
休日にスーツが珍しかったので、私は匠君に聞いてみた。
すると、匠君は首を左右に振りながら口を開く。
「いや、今日は休みだよ」
「そうなの? 休日にスーツって珍しいって思ったから」
「こ、これは……その……今日は特別な日だから」
匠君は頬を染めながら言ったので、私は首を傾げる。
電話で大事な話があるって言っていたけど、もしかしてその件と何か関係があるのかな?
「じゃあ、さっそく行こうか」
「うん」
私が頷けば、匠君は助手席のドアを開けてくれた。
お礼を言って車内に乗ると、私は顔の右側にある自宅を見る。
今日は南谷さんが来る日なので、家がバタバタ。
琴音は朝からいろいろ服を着替えているし、両親はお茶菓子などの確認をしていた。
もしかしたら、私が「いってきます」と言ったことすら気づいていないのかもしれない。
「朱音?」
ぼーっと車内から窓ガラス越しに家を見ていると匠君に声を掛けられたので、弾かれたように隣の彼の方へ顔を向ける。
すると、心配そうに眉を下げた匠君の姿があった。
「家になにかあるのか?」
「ううん。今日、琴音の彼氏さんが挨拶に来る日だったから……」
「あー、南谷さんか。この間、会ったよ。偶然、仕事先で。琴音と付き合っているって挨拶された」
「匠君に言ったの? 琴音と付き合っている事を?」
わざわざ匠君に言う理由がわからない。
なんだろう……胸がざわつく……
琴音達のことに私は関係ないよね……?
「俺も思った。なんで俺に言うんだろう? って。俺も急いでいたから、そうですかと軽く流して立ち去ったけど。もしかして、付き合った事を言いたいだけとか? 俺も付き合えたら周りに言うと思うし」
そうなのかな……
んー。気になるけど、今はあまり気にしない方がいいかも。
匠君と一緒にいる時間を楽しむ方が大事だし。
私は首を左右に振った雑念を振り払った。
楽しい時間はあっという間。
匠君といろいろなところを回ったり、お茶をしたりして過ごせば空は真っ暗に。
私達は夕食を食べるために匠君が予約した和食のお店に向かった。
お店はビルの高層階にあるため、窓からは綺麗な夜景が見える。
キラキラと宝石のように輝くビルの明かりに高速を走る車のライト……夜景を見ながら食事ができるなんてちょっと贅沢だ。
個室なのでゆったり過ごすことができるし。
「すごく綺麗だね」
私が窓を眺めたあと、テーブル越しに座っている匠君を見た。
彼は私の言葉に反応せず、じっと真剣な表情でテーブルの上にある料理を見つめている。
どうしたのかな?
そういえば、お店に入った時から様子がおかしかったような……
テーブル上には美味しそうな料理が並べられているけど、匠君は全く手をつけていない。
もしかして、体調が悪くなったのだろうか?
「匠君!」
心配になったので、ちょっと大きい声で匠君に声を掛ければ、彼は弾かれたようにこちらを見た。
「もしかして、具合悪い?」
「あっ、違う違う! ちょっと緊張していて……」
「緊張?」
首を傾げれば、匠君がグラスに入った水に手を伸ばして一気に飲み干す。
それを見て匠君がすごく緊張しているのが伝わってきて、私もきゅっと胃が痛くなってしまう。
――大事な話があるって言っていたけど、もしかしていま教えてくれるのかな?
「朱音。今から大事な話があるんだ。聞いて欲しい」
「うん」
自然と姿勢を正しながら彼の話に耳を傾けた。
「その……六年前の今日、俺達が初めて出会ったのを覚えているか?」
「覚えているよ。五王の図書館だったよね。私が好きな絵本がきっかけで……六年間あっという間で楽しかった」
いろいろあったけど、楽しい時間の方が多かった。
それは匠君のお陰だ。
いつも私を守って傍にいてくれたから――
「俺もそう思う。楽しかった。俺は朱音とこれからもずっと一緒に過ごしていきたい。だから、その……そろそろ良いタイミングだと思うんだ」
匠君はそう言うと、スーツの胸ポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
そしてそれを広げるとテーブルへと置く。
なんだろう?
私は紙をじっと見て目を大きく見開いてしまう。
だってそれは婚姻届だったから――
「ずっと朱音のことが好きなんだ。俺と結婚を前提に付き合って下さい」