大事な話
「……ねぇ、琴音。どうなっているの?」
琴音の彼氏の南谷さんを玄関前まで見送った後、私は隣に立っている琴音に聞いてみた。
どうして姉妹仲が良い設定になっているのだろうか?
そもそも、仲が良かった時期なんて一度もない。
なのに、急に仲が良いなんて嘘をついて一体何を考えているのかな。
「はぁ? なにが?」
「姉妹仲が良いって南谷さんに嘘をついてること」
私がそう言えば、琴音は罰が悪そうな顔をした。
「仕方ないでしょ? だって、『琴音ちゃんってお姉さんいたよね? 仲が良さそうだよね』って言われたんだから」
「姉がいること言ったの?」
琴音が私の事を言うなんて珍しいのでつい聞き返してしまう。
「言ってない。なんでわざわざお姉ちゃんがいること言わなきゃいけないのよ? お姉ちゃんが大企業に働いているとか美人とかそういうメリットないじゃない」
そうだよね。
琴音がわざわざ姉がいるなんて言うわけがないもの。
だったら、南谷さんは姉がいるって知っているのかな?
どこかで会ったこともないし……謎だわ……
「とにかく、浩介さんの前では仲がよいことにしておいてよね! 結婚の話も出ているんだから。浩介さん、私のことが大好きでお願いしたこと全部叶えてくれるのよ。今度、世界的ピアニスト紹介して貰うし、結婚後に住むマンションも見に行くの」
「えっ、結婚後に住むマンション!? お父さん達は知っているの?」
「知っているに決まっているじゃん。今度の日曜にうちに挨拶に来てくれるわ」
知らなかったのは私だけか。
今度の日曜日って特に両親から何も言われていないから、別に私はいなくてもいいよね……?
匠君と約束があるし。
「あっ! お姉ちゃん、どうせ暇でしょ? 残業もない会社から真っ直ぐ帰ってくるくらいだからさ」
「夕食作りがあるわ。さっき、お母さんから連絡来て残業だからって」
「それくらいでしょ? だったら、リビング片付けておいて。テイクアウトした飲み物とかあるから。私、忙しいし」
琴音はそう言うと、二階にある自分の部屋に向く。
階段を昇っていく琴音の足音を聞きながら、私はため息を吐き出した。
夕食作りってそれくらいって認識なのかぁ。
結構大変なんだけど。
冷蔵庫の中にあるものでメニュー考えたりするし。
私は琴音達が飲んだり食べたりしたものを片付けるためにリビングへ向った。
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外はすっかり真っ暗になり、いつも匠君と電話している時間になった――
匠君からの電話はほとんど決まった時間にかかってくるから、彼との電話は私にとって夜のルーティンと化していた。
それは社会人になってからも続いている。
いま、ちょうど匠君と電話中だ。
ついさっき、匠君に今日起こった琴音とのことを話したばかり。
「えっ、あの琴音が結婚前提のお付き合い!?」
耳に当てていたスマホから聞こえてきたのは匠君の驚いた声だった。
余程びっくりしているのか、彼はしばし無言のまま。
ただ、シロちゃんの楽しそうな鳴き声だけが聞こえてくる。
「ほんと? 琴音が勝手に思っているとか?」
「本当なの。結婚後に住むマンションも一緒に見に行くって」
「内覧行くの!? えっ、いろんな意味で相手が気になる。相手誰?」
「えっと……南谷浩介さん。有名な実業家みたいだけど、匠君は知っている?」
「何度かパーティーで会ったことがあるよ。まさか、琴音と付き合っているなんて。世の中、わからないなぁ」
「すごく人当たりがよくて優しそうな人だよね」
「俺は強い野心家って印象だったな」
「野心家……?」
私は首を傾げる。
そんな風には見えなかったから。
私のイメージする野心家とイメージ違うからかな?
「深く話したことはないけど、そんな感じがした。短期間であんなに会社を大きくしたり、あそこまで昇りつめたのは時代の流れに乗った事や運が良かっただけじゃないと思う。強い野心があったはずだ」
「たしかにそうかも」
あの後、私は南谷さんについてスマホで検索してみた。
匠君の言うとおりに短期間で会社を大きくした結果、時代の異端児と言われてテレビや雑誌でも特集されているみたい。
「野心を持つことは悪いことじゃない。原動力になるし。しかし、琴音と結婚かぁ。ねぇ、本当に結婚するの?」
匠君、まだ信じられないみたいでまた確認しはじめる。
「今度の日曜日に両親に紹介するって言っていたよ」
「今度の日曜日!?」
「うん。でも、私は特に何も言われてないから参加しなくてもいいと思う。参加しなきゃいけないなら事前に言われるだろうし。だから、匠君との約束は大丈夫」
「そっか、良かった……あのさ、今度の日曜日って俺と朱音が初めて出会った日だろ? いわば記念日」
「月日が経つのって早いよね」
高校二年生の頃に初めてあったんだよね。
五王の図書館で。
懐かしいなぁ……
「それでなんだけど、その……当日に大切な話があるんだ」
「大切な話?」
「あぁ。当日話すよ」
なんだろう?
今まで匠君に大切な話があるって言われた事がなかったから気になる。
ここで聞きたいけど、当日というから聞いちゃだめなのかも。
「うん。当日聞くよ。でも、匠君。あまり無理しないでね。お仕事忙しいみたいだから……」
匠君は仕事や残業の他に家の仕事もあり、大学時代よりも多忙に過ごしている。
美智さんも「あまりお兄様と顔を合わせなくなりましたわ」って言っていたし。
私との電話よりも寝て欲しいし、休日も体を休めて欲しいんだよね……
「確かに忙しいけど、朱音と会うと元気になるから平気! むしろ、会わないと無理。一日の終わりに朱音の声が聞けるってだけで疲れがとれるし幸せ」
匠君はそうきっぱり断言した。
「私も匠君の声が聞けて嬉しいよ」
「ほんと? 嬉しい。早く朱音に会いたい」
それは私も一緒。
電話で匠君の声が聞けるのは嬉しいけど、実際に会うのとは違う。
早く日曜日にならないかなと思った。