表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/194

今日はお父さんみたいだね

水族館のショップで買い物を終えた私は、ショップの出入り口付近に設置されているソファに座っていた。

買い物を終えて外へと出ると、匠君の姿はまだ無かったので少し休むことに。


「匠君達、使ってくれるといいなぁ……」

今し方買い物をしてきたばかりの袋の中を覗き込み、私はそう呟きを漏らす。

その中身は家用と学校用のお菓子が二つと、お土産用の小分け袋が数枚。それから、スマホのイヤホンジャックが三つ。

イヤホンジャックはデフォルメされた白クマが流氷の上座り込んで、イニシャルタグを持っている。これは、美智さんと匠くんへ渡すつもりで購入。私もちょうどイヤホンジャックが欲しかったので自分の分も買ったため、三人お揃いという形になっている。

匠君達にはいつもお世話になっているので、お返し代わりというか、気持ちというか……

喜んでくれたら嬉しいって思う。


「ごめん、朱音っ!」

そんな思いを馳せていると、ふと名を呼ばれたので顔を上げ左手へと視線を向ける。すると、匠君がこちらに足早にやってくる所だった。彼の手にはビニール製のショップ袋が。

それが動きに合わせてガサガサと大きな音を奏でている。


「ううん。私もいま終わったばかりだから待ってないよ。匠君いっぱい買ったんだね」

私はそう言うと、立ち上がった。


匠君が持っている袋はかなり大きめ。枕が余裕で入りそうなぐらいのサイズだ。

白地に水色で水族館名とイラストが描かれている。

きっと色々買ったのかも。可愛い物や珍しい物も多かったから。


「いや、中身はそんなに多くないんだ。美智と家用の菓子が二つだけで、後はヌイグルミ。一体が結構デカくてさ。Mサイズ二体購入したから、袋が大きめになっただけだよ」

そう言えば、ラッコのヌイグルミ見ていたっけと、私はぼんやりと思いだした。


「ヌイグルミって、もしかしてラッコ?」

「あぁ。あれを買ったんだ。その……願掛け用に……」

頬を染めながら、匠君はぽつりと呟く。


「願掛け……? 六条院って受験あったっけ? エスカレーターだった気がするけど……」

「え? 受験っ!? 確かにエスカレーターだから受験は無いに等しいな。一応試験はあるけど。でも、少数だけれども他大学に行く奴もいるから受験生もいる。俺は、そのまま六条院の大学に行く予定だけど」


――なら、その試験に受かる願掛けかな。


私はそう納得。


「そろそろ昼だよな。外、出ようか。何処かに食べに行こう」

「うん」

匠君の言葉に私は頷くと、何か左手を大きくて温かいものが包み込んだ。

そちらへ顔を向ければ、それは匠君の手だった。そのため、驚きのあまり私の足がぴたりと止まってしまう。


「えっと…外も……?」

てっきり、館内でばかりだと勝手に思っていた。子供の頃の水族館の思い出の件で、匠君が手を繋いでくれていると考えていたから。そのため、そんな呟きが口からこぼれ落ちてしまう。


「ごめん!! さっきまで繋いでいたから、つい!」

裏返った匠君の声に、私は首を左右に振る。

「そのさ、今日は休日だろ? 水族館もリニューアルしたばかりだし。きっと臨海公園内は人が多くて混雑していると思うんだ。だから、その…はぐれてしまうと大変だから…あのさ…手を……繋いでないか?」

その匠君の言葉に、私はクリオネが展示されている所で起こった出来事を思い出した。

勿論、あの可愛い女の子の事を――


女の子が勝手に走って迷子になったり、人にぶつからないようにあの子のお父さんは手を繋いだ。

なんだか、ふとそんな事が頭に過ぎったせいで、クスクスと笑いが零れる。


「わかった。なら繋いで行こう? 匠君。今日はお父さんみたいだね」

「え、お父さん!?」

と、彼は目を大きく見開いたかと思えば、「いや、でも待てよ。若返ったし異性になったし……」と漏らしている。


「……でも父さんがこの場に居なくて良かった。きっと煩くなっていたからさ。『朱音ちゃんのお父さんの座は譲らないからっ!』って宣言する。きっと」

「そうかな? でもそれなら、ちょっと嬉しいなぁ。憧れるから」

私は再び足を進めながら、そう言葉にした。


匠君のお父さんは、匠くん達の事を本当に愛してくれているって、ちゃんと私にまで伝わるぐらいに愛情を注いでくれている。だから、そういうのに憧れる。理想のお父さんって感じがして。


「待って、朱音。どういう事っ!? それは父さんみたいな男が好きなのかっ!?」

「え? うん。匠君のお父さんは、私にとって理想のお父さんというか……その…あぁいう風に愛情を伝えて注いでくれるのに憧れるの」

「あっ、そういう意味か。焦った……まさか、朱音の好きな男のタイプが父さんみたいなタイプなのかって思ったよ」

「タイプ……? そう言えば、この間クラスの友達からどういうのが好み? って、聞かれたっけ」

豊島さんに彼氏のありなしを聞かれ、「いない」と答えたらそんな事を尋ねられた。

どうやら、私に紹介したい人がいるみたい。

彼女の中学時代のクラスメイトで、今は六条院に通っている男子高校生。本好きらしく、家にも書庫のような部屋があるという話。だから、きっと私とその子の相性が合うと思ったそうだ。


「……あれ? 匠くんどうしたの? 顔色悪いよ」

ふと何気なく匠君の方を見れば、彼の表情は強張り、顔色が心なしか良くない気がする。

もしかしたら、冷房で寒くなっているのかも。私は長袖のカーディガンだけれども、匠君は半袖だし。


――もう少しで出口だから、外は気温も高いから温まるはず。私のカーディガンを貸しても、サイズが……


お土産ショップから出口までは近く、もう既にゲートが見えている。水族館内の順路はぐるりと一周を回るため、出口も入口も大きなロビー内に出る仕組みになっている。そのため、ロビーから正面の自動ドアを通ればもう館外だ。


「匠君。寒いの?」

「あぁ、寒い。急激に体感温度が下がった。その子はなんでまたそんな事を……」

「なんか、男友達に本好きの子がいるんだって。だから、私と合いそうって思ったみたい。あっ、もしかしたら相手の男の子の事、匠君知っているかも! 六条院って言っていたから」

「紹介はされたのか……?」

「ううん。私、まだあまり人付き合いが……クラスの子達ともやっと慣れたばかりだし……あっ、匠君。外出たけど、少し日向ぼっこしようか」

自動ドアを通り外へと出れば、肌には生温い風が触れるが。海が近いせいかそれはなんとなく湿っぽく、磯の香りがふわりと鼻を掠めた。


「いや、気温よりもその話の方が俺には重要だ。ちゃんと話が聞きたい。それでどうなったんだ?」

「うん。それでその事をちゃんと豊島さんに伝えたの。そしたら、また今度にしようって言ってくれたんだ」

「そうか。相手は六条院に通っているって言っていたんだよな? 名前わかるか?」

「ごめん。あまり詳しい事は聞いてないの」

「いや、朱音が謝る必要は全くないよ。俺が気になっただけだから。六条院って言っても、あまり素行の良くない人間もいるんだ。勿論、朱音の友達の交友関係を疑っているとかじゃない」

「そうなの……?」

でも、今朝のお母さんの話だと六条院の事を信用しているようだった。

六条院なら身元がちゃんとしているって。だから、琴音の交友関係も……


「あぁ。それに俺が――」

匠君は何か言いかけると、じっとこちらを見つめた。

それに首を傾げれば、彼は一端瞳を閉じるとそのまま首を左右に振る。そしてゆっくりと息を吐き出した。


「……ねぇ、匠君。これからどこへ行くの?」

手を繋いでいるので、そのまま彼に従っていたが、この舗装されたオレンジ色の通路の先に何があるのかわからない。水族館から真っ直ぐ伸びているここをただひたすら話をしながら歩いて来たのだ。

右手には海が広がり、遊覧船乗り場がある。そして左手には芝生とその奥に道路が。

道路に沿って店が並んでいて、イカ焼きなどの旗がたなびいている。


「え? あっ、ごめん。話に夢中で……」

「寒いのどう……? 少し温かくなった? 食事の前に少し休もうか」

「あぁ、大丈夫。朱音が俺の傍にいてくれるなら。昼、混む前に食べに行こう。何か食べたいものあるか?」

「匠君は?」

「そうだな。ちょっとスマホで調べてみよう。どっかに座る所……」

辺りをきょろきょろとすれば、通路に設置されているベンチに空いている箇所を見つけた。どうやら、そのまま座って海を眺められるようになっているらしい。私達はそこへ行くと、腰を落とした。


「ごめん、ちょっと時間かかるかも。電源落としているから」

「えっ!? もしかして、館内電源切らなきゃいけなかったの?」

「いや、違う。俺が勝手に切っただけ。邪魔されると嫌だからさ」

「そうなんだ。あっ、私も調べてみるね」

そう言って鞄を開けてスマホを取り出せば、ランプが点滅していた。


――あれ? 電話?


ロックを外してディスプレイを見れば、そこには『匠君のお父さん』の文字が。


「匠君」

「ん?」

「匠君のお父さんから電話来てるみたい。ほら」

そう言って私は匠君へと画面を見せる。


「は? ……本当だ。というか、明日帰国じゃないのか?」

「え? もしかして、日本にいないの?」

「あぁ。イタリアに行っているんだ。仕事で。明日帰国予定なんだけど、早まったのかな。俺が折り返してみるよ」

そう言って匠君はスマホを操作すると、そのまま耳へとあてる。すると、数コールで出たのか「もしもし、父さん?」

と、匠君が口を開く。


「今、平気? ……はぁ!? なんで俺が父さんの声を聞きたくて電話かけなきゃならないんだ!? 俺はファザコンかっ!! 朱音のスマホに着信あったから折り返したんだよ!! 切るぞ!!」

「……えっ」

彼の口調に、私は驚きのあまり声が音となって放たれてしまう。


「……あぁ、うん。それは反省する。今度からはどっちかのスマホ電源入れて置く……え? 食事? というか、帰国したの? ……あのさ、俺と朱音って今二人きりなんだよ。今、美智いないんだって……いいだろ、別に!! これ以上いじるなら切るぞ!? …は? 土産? …あぁ、そうか。でも、いま俺達臨海方面にいるんだけど? ……その会社こっちだっけ? …わかった。一応聞いてみる。ちょっと待っていてくれ」

匠君は一端通話を区切ると、私の方へと視線を向けた。

「どうやら日程が早まって父さんが今日帰国したらしい。朱音に土産渡したいから、昼を一緒に摂らないかって。ちょうどこっちに来ているようだ」

「私は大丈夫だよ」

お土産かぁ……そんなに気を遣って頂くのは申し訳ない。

匠君と美智さんの分の他に、私の分もなんて……


「そうか。わかった。伝えておく」

匠君はそう言うと、再び通話し始めた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ