姉妹仲良かったっけ…?
社会人編です。
この春、私は大学を無事卒業。
今は社会人として建築デザイン会社の事務職として働いている。
入社してもう一週間くらい経っているかな。
いろいろ覚えることも多くて、やっぱり学生の時とは違う。
まだ生活のリズムに慣れていないみたいで、家に帰る頃には大きな疲労を感じている。
大学時代に私はやりたい仕事を見つけられなかった。
焼き鳥屋の店長さんも人それぞれって言っていたけど、私のタイミングは大学生活中ではなかったみたい。
就職先どうしよう……? って迷ったけど、私は匠君から受けたアドバイスの「どんな会社に入りたいか」で探してみることに。
色々調べたりした結果が今お世話になっているこの会社。
従業員が五十人くらいの規模の会社で創業十年未満の新しい建築デザイン会社。
会社見学の時の社員さんの対応や社内の雰囲気など会社全体を見て、いいなぁと思って希望。
もちろん、両親には口を出された。
なぜ大企業を受けないんだって。
勿論、会社を調べる時に大手企業数社についても調べてみた。
けど、求人内容などを見て受けるのを見送り、今の会社や他の会社を選んだ。
会社のことは両親に未だに言われる……
言われるたび、気分はあまりよくないけど……
ただ、いまのところ私は働いている会社に不満はない。
――仕事も少しずつ覚えてきたなぁ。
私はデスクトップに映し出されている文字や数字を見ながら頭の片隅で思った。
今、先輩に教えて貰って見積書作成中。
他にもいろいろ教えて貰って仕事を覚えているんだけど、初めてのことばかりで覚えることが多い。
社内は私がイメージするオフィスって感じがせず、一階のオフィス部分は仕切りが一切なく広々としている。
木のぬくもり感じる木目調の壁にクリーム色の床板に囲まれ、壁にはアンティーク調のスカーフや食器などを組み合わせて作った独創的なインテリアが飾られていた。
ソファやテーブルなどもあって社員がくつろげる空間や図書館のように棚が複数並んでいる箇所もある。
窓際にはシルバーのオフィスデスクに深紅の椅子のセットが向い合わせになるように十数台並べられ、そこには社員が座って仕事をしている。
ここにいるのは事務系の職員ばかり。
営業などの他の社員は上の階にいる。
――今日中に終わらせたかったんだけどなぁ。
カタカタとキーボードを叩きながら思っていると、室内にクラシックのオルゴール音が流れ出した。
音の発生源は壁に飾られている時計で十八時を指している。
うちの会社は十八時が終業時間なので、今日の仕事はこれで終了らしい。
私はキーボードから手を離すと、データを保存した。
周りにいた人々も手を止め両手を天井にぐっと伸ばしたり、肩を回したりしてキーボードから手を離している。
うちの会社はあまり残業を推奨していないんだよね。
なんでも、社長が若い頃に働いていた会社がブラックだったらしく、自分が独立して起業する時は絶対に真逆の会社にしてやる! って、強い信念があるかららしい。
なので、ここの会社は労働環境がすごくいいって先輩達も言っている。
……勿論、急な仕事や繁栄期などは普通に残業があるけど。
「露木さん、入力作業どう?」
声をかけられたので隣を見れば、髪を後ろで一つに纏めている女性がいた。
女性は白のボウタイブラウスに黒の灰色のレース柄のスカート姿だ。
彼女の名前は道場さん。
新人担当をしてくれている先輩。
営業などは毎年新人がいるけど事務職は私が数年ぶりの新人らしく、道場さんだけじゃなく他の先輩達も「わからないことない?」ってすごく気に掛けてくれる。
「すみません、時間内に終わりませんでした」
「全然問題ないよ。締め切り明日までだから大丈夫。さぁ、終業時間になったからパソコンの電源消して帰宅準備初めていいよ」
「はい」
会話している私達の傍では、他の人達が帰宅準備をしていた。
「露木さん。私の説明がわかりにくかったら言ってね。新人が入ってくるのがかなり久しぶりなの……」
「すごくわかりやすいです」
「ほんと? 良かった」
道場さんは胸に手を当てると、大きく息を吐き出した。
ほんとうに良い先輩に巡り会えてよかったなぁ。
入社する時はドキドキだったけど。
他の先輩も優しいし、他の部署の同期の子達も気が合う子達ばかりだし。
両親に言われた企業ではなく、自分で決めた会社で良かったって本当に思った。
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「ただいま……あれ?」
電車に揺られて家に帰ると、玄関に見知らぬ男性の靴があった。
しっかり手入れされた革靴でぴかぴか。
琴音の靴もあるから、もしかしたら琴音の知り合いなのかもしれない。
――琴音の友達でも来ているのかな?
琴音はあまり友達や知人を家に呼ばない。
六条院の友達の家に行くことの方が多いし、彼氏はいるみたいだけど家には連れてこないし。
来たとしても家の前で送り迎えくらいだ。
大学の子かな? 珍しいなぁと思いながら自分の履いていた靴を揃えると、リビングから笑い声が聞こえてきた。
ずいぶん楽しそう。
どうしようかな? 一応、挨拶していおいた方がいいかな?
でも、琴音に文句を言われるかもしれないから、このまま上の自分の部屋に?
ん……とりあえず、手洗いとうがいを先にしよう。
鞄を玄関に置き、私は洗面所に向うと手洗いとうがいをした。
そのあとで廊下に出たんだけど、タイミングよくリビングの扉が開き、琴音が姿を現す。
琴音の傍には見知らぬ男性の姿が。
男性は二十代後半くらいかな?
漆黒の髪を綺麗になでつけ、上質なスーツを纏っている。
仕事ができる人ってこんな人かも! というイメージのままの男性だった。
「あっ、お姉ちゃん。帰っていたの? おかえりなさい」
琴音は私と視線が合うとにこやかな笑みを浮かべた。
「え」
今までそんな風に出迎えられたことがなかったため、私はつい言葉を漏らしてしまう。
いつもは、「あっ、お姉ちゃん。帰ってたんだー」っていうレベルなのに。
――もしかして、来客がいるからかな?
戸惑っていると、男性が私の前にやって来た。
彼は爽やかな笑みを浮かべながら唇を開く。
「お邪魔しています。南谷浩介と申します」
「は、はじめまして。姉の朱音です」
私は慌てて挨拶を返した。
「お姉ちゃん。びっくりしたでしょ? すごく有名な人がうちにいるから」
「有名……?」
琴音に言われて南谷さんを見たんだけど、まったくわからなかった。
もしかして、芸能人とか?
ドラマをたまに見るくらいしかテレビは見ていないので、芸能関係疎いんだよね……
「お姉ちゃん、知らないの!? よくテレビや雑誌にでているんだよ? 今話題の若手起業家!」
「ごめんなさい。私、あまりテレビみないので」
「もー、本当に疎いんだから。ごめんなさい、浩介さん」
「いえいえ。僕はそんなに有名人じゃないから。五王くらいならみんな知っていると思うけど僕なんて全然」
「そんなことないですよ! テレビで見ない日はないですもん」
琴音が南谷さんの腕に触れながら言った。
有名な方だったのかぁ……起業家って言っていたから、匠君に聞いたらわかるかな?
「琴音さんから聞いていますよ。すごく仲が良い姉妹なんですよね」
「……」
その話って私の平行線上にある話なのだろうか。
仲が良いなんて思ったことはないし、琴音も思っていないはず。
なんで急にそんな話に……?
琴音の顔を見れば、さっと視線を逸らされた。
「琴音さんとは真剣にお付き合いさせていただいていますので、朱音さんとも長いお付き合いになると思います。これからよろしくお願いしますね」
「は、はい……こちらこそ、よろしくお願いします」
そう返事はしたけれども、情報量が多すぎて頭がうまく働かない。
真剣交際って結婚も視野ってことだよね?
まったく聞いてないのでびっくり。
姉妹仲が良いって言ったり、一体どうなっているのだろうか。