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まず自立の一歩を。

 私は大学の帰りにカフェに立ち寄っていた。

 ここで匠君と待ち合わせをしているので、それまで本を読んでいる。


 ゆったりとしたBGMがかかっている店内では、ノートパソコンを開き作業をしている人やテキストとノートを出して勉強している人などそれぞれがカフェの時間を楽しんでいるみたい。

 大学付近のカフェなので、客層は私とあまり変わらない人達が多い。


 ――んー。やっぱり、これだ! っていうものがないなぁ。


 私は読んでいた本を閉じるとテーブルの端に置いた。

 本の内容は職種や業界に関することが書かれているもので普段ならあまり読まない種類の本。

 今、ちょっと調べ物をしているので読んでいる。


 先日、匠君のお母さんとお話をして、少しずつ自分のことを決めていこうと思ったんだけど、まずはどんなところに就職したいのか? について探すことに。


 このままだと両親に言われた就職先を選んでしまうため、自分で選択肢を作っていこうって思ったのだ。

 なので、どんな業種があるのか? 色々見ている。


 みんなどうやって探しているんだろう? 

 私、子供の頃から特になりたい職業とかなかったんだよね……


 私は短い息を吐き出すとテーブルの上にあるアイスミルクティーへと手を伸ばせば、ちょうど入り口付近で来店を告げる電子音が鳴った。

 なにげなくそちらの方へ顔を向ければ、扉の前に匠君が立っている。

 彼はきょろきょろと辺りを見回しているようなので、もしかしたら私を探しているのかもしれない。


「匠君」

 私は控えめな声を発し軽く手を上げれば、匠君とばっちり視線が合った。

 目が合うと彼は「朱音」と小さく私の名を呼んで微笑んだんだけど、こういう瞬間が好きだなぁって思う。


「待たせてごめん」

 こちらにやって来た匠君がそう言いながら席に座ったので、私は首を左右に振った。


「ううん。私が早く来すぎちゃったから……匠君、なに飲む?」

 私がメニュー表を渡せば、匠君が受け取って眺め出す。


「アイスコーヒーにするよ」

 ちょうど店員さんが近くを通ったので、匠君が声をかけてオーダーをした。

 そのあと、彼はテーブルに置かれている本を見ると口を開く。


「本を読んでいたの?」

「うん。就職先について考えていて……でも、どんな仕事がしたいのかわからないの」

「それでその本を読んでいたのか」

「友達にも聞いてみたんだけど、昔からの夢の職業だったからとかその会社の製品が好きだからとかだったの。匠君はどうやって決めたの?」

「俺は昔から父さんの仕事を見ていてかな」

「そっか……私、ピンと来るものがなくて……みんな好きな仕事どうやって探しているのかな?」

「好きな仕事をできれば最良だけど、全員これがやりたい! って、仕事があるって人ばかりでもないかも。会社選びも人それぞれだし。この間、ちょっと話した別部署の人は、福利厚生で決めたって言っていたよ。うちの会社は福利厚生充実しているから。有給取りやすいから趣味活できやすいって」

「趣味かぁ……特にこれといってないかも……」

「やりたいこと探しと一緒に会社の方も探してみたらどうかな? 社風とか会社によっても違うし」

「会社かぁ」

 目から鱗だった。

 たしかにやりたい仕事が見つかったとしても、会社が合わない時もあるかも。

 やりたいことと平行して会社も色々調べてみようかな。

 業種によっても違うと思うし。


「ありがとう。参考になったよ」

「それなら良かった。あっ! そういえば、今日夕食を食べる予定のお店なんだけど、その店長が朱音と同じように大学時代にやりたい仕事を探していた人だったよ」

「それって匠君のお父さんの知り合いの人?」

「そうだよ」

 夕食はちょっと早めに匠君のおすすめの焼き鳥屋さんで食べることになっている。

 元々、匠君のお父さんの知人みたいで、匠君のお父さんに連れて行って貰ったのが縁でたまに行くんだって。

 やりたい仕事探していた人……行った時に話を聞けるといいなぁ。






 +

 +

 +



 カフェを後にした私と匠君は、夕食を食べるために焼鳥屋さんの前にいた。

 歴史を感じる赤いのれんには、廉という文字が書かれている。


 ――漂ってくる甘いタレの香りが美味しそう! 焼き鳥、久しぶりに食べるかも。


「もう匂いだけで美味しそうだよな」

「うん」

「じゃあ、さっそく入ろうか」

 二人でのれんをくぐり中へ入れば、「いらっしゃいませ」という元気な男性の声が届く。

 店内は右手がカウンター席で左手がテーブル席になっている。

 奥には階段があるから、もしかしたら二階もあるのかも。


 まだ夕食を食べるには早い時間帯のため、店内のお客さんはまばらだ。

 匠君の話では、社会人の帰宅時間になると外に待ちができるくらいに混む人気店みたい。


「おっ、匠。来たな!」

 カウンターの中から声をかけてきたのは、三十代くらいの男性だった。

 男性はねじりはちまきをし、紺色のエプロン姿。

 人懐っこそうな笑みを浮かべて入り口に立っている私達を見ている。


「こんにちは、鉄也さん。朱音と食べにきました」

 匠君が私の方をみたので、私は会釈をする。


「おー! 君が噂の朱音ちゃんかぁ!」

 ん? 噂……?

 なんだろう? 噂って? 


 私は首を傾げた。


「光貴さんと匠に聞いているよ。さぁ、どうぞ。カウンターへ」

「はい」

 二人でカウンターに座ると、匠君がメニュー表を渡してくれた。

 メニュー表をざっと見ると、焼き鳥だけでなく焼きおにぎりなどのごはんものやサラダなどいろいろあるみたい。


「朱音、なに食べたい?」

「焼き鳥のおまかせセットと飲み物はウーロン茶がいいかな」

「ごはんものどうする?」

「食べてから様子みたいかも」

「わかった。じゃあ、さっそく注文しようか。鉄也さん、焼き鳥のおまかせセットとウーロン茶を二つずつお願いします」

「了解。水戸ちゃん、ウーロン茶二杯カウンターにお願い」

 店長さんがテーブルを拭いていた店員さんに声をかければ、「はい!」という元気な声が返ってくる。


「いやー、光貴さんと匠に朱音ちゃんの話を聞いていたんだ。今日会えるのを楽しみにしていたんだよ」

「店長さんは匠君のお父さんのお友達なんですか?」

「友達っていうか、俺は元従業員だよ」

 元ということは、五王の会社で働いていたってことかな?


「実はさ、この店はじめるまで職を転々としていたんだ。大学在学中から将来について迷っていてさ。大学の卒業と同時に海外でバックパッカーして自分探しをしたり……帰国してからはいろんな仕事をやっていたわけ……五王の本社で清掃員をやっていた頃があって、その時に光貴さんと出会ったんだ。最初は社長だって知らなくてさ」

「えっ?」

「いや、ほんとに。会うと話しかけてくる気さくなイケメン社員だと思っていた。あんな大きな会社の社長が普通に話しかけるなんて想像しないよ。しかも、俺はただの清掃員だし。実は社長でしたって少女漫画なら間違いなくときめくシチュエーション」

 確かに。そういうシチュエーションが少女漫画でありそう!


「どうして焼き鳥屋さんになったんですか?」

「光貴さんと雑談しているときに、美味しい焼き鳥屋があるんだけど跡取りがいなくて店畳んじゃうから寂しいんだよねって話になったんだ。光貴さんが美味しいっていうなら、本当に美味いんだろうなって思って食べに来たらほんと美味すぎたんだよー! この味が食べられなくなるのが嫌だって思うくらいにね」

 なんだか、話を聞いてますます焼き鳥が食べたくなった。

 あんまり焼き鳥食べたりしないから余計にそう思うのかも。


「それですぐさま師匠……店主に弟子入り志願。引退延期して貰って数年間修行し現在にいたるわけ」

「いろんな縁が重なったんですね」

「ほんと、そう思う」

 話を聞いているとタイミングなのかもしれないって思った。

 見つかるか見つからないか保証はないけど。


「私、なりたい職業ってないんです。就職先どうしようかって思っていたので、参考になります」

「役に立って良かったよ。俺みたいに意外なところで見つかるかもしれないし。見つかるといいね」

「はい」

「匠はあとを継ぐんだっけ? 大学と平行して会社通っているんだったよな」

「継ぐ予定です。ただ、うちは身内だから入社できるわけではないので、俺も新卒採用試験受けます。従業員の生活守らなきゃならないので」

 身内だからってコネで入社して甘くしても、トラブル起こしたら大変だからかも。従業員の数も多いし……

 改めて匠君ってすごいなぁって思う。

 後を継ぐって覚悟を決めているから。

 私ならプレッシャーで押しつぶされそうだもの。


 じっと匠君のことを見ながらそんなことを思っていると視線が合った。


「ん?」

 匠君が小首を傾げたので、私は口を開く。


「匠君、かっこいいなぁって思ったの」

「えっ、本当!? うれしい!」

 匠君が頬を染めながら照れて笑ったので、私もつい微笑んでしまった。










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― 新着の感想 ―
[良い点] 大学生カップルで焼き鳥屋デートはらしいと言えばらしいですね お互い年齢が少し低い気がするのと社長令息と婚約者(内定済み)で立場もおかしいですが(笑)
[良い点] 就活かぁ…。大学生活の集大成ですね。 ついに、朱音が自らの意思で、人生を切り拓いていく感じが出ていて、とても良いです! [気になる点] 匠と結婚するまで、色々な経験をする期間があるのかな?…
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