お弁当作り
とある休日。
私は匠君のお母さんと一緒にスーパーに買い物に来ていた。
もちろん、理由はお弁当作りのため。
これから食材を購入して春ノ宮家に行き、お弁当作りをする。
匠君のお母さんと一緒なので、スーパーといっても私が普段行く所ではなく、いわゆる高級スーパー。
初めて入店したけど、すごく品揃えが良い!
輸入品やオーガニックの商品も数多くあるからとても新鮮。
――スーパーによく行く私でもこんなに楽しめるから、スーパーでの買い物が初体験の匠君のお母さんはもっと楽しいんだろうなぁ。
私が前方へと視線を向ければ、目を輝かせながらあちこち見ている匠君のお母さんの姿があった。
手にはスーパーのカゴがしっかりと握りしめて。
「朱音ちゃん! あっちにお菓子コーナーがあるわ。行ってもいいかしら?」
「はい、もちろんです」
「ありがとう! 楽しいわね、スーパーって。もっと早く来たかったわ」
匠君のお父さんに見せてあげたいって思った。
こんなにはしゃいでいる匠君のお母さん珍しいから……
「匠や美智はスーパーに来たことがあるのかしら?」
「匠君は何度かあります。私の買い物に付き合って貰いました。荷物まで持って貰って……」
「いいのよ、荷物くらい持たせても。その場にいなかったけど、おそらくあの子はとても喜んでいただろうし」
「当たっています! やっぱり、お母さんですね」
匠君が買い物袋を持ってくれた時、すごく嬉しそうだったのを思い出す。
しかも、タイムサービス中の混んだスーパーだったんだけど、嫌な顔を一切せずつきあってくれた。
「脳内妄想していたのよ、きっと。あぁ、あの子が何を考えていたか手に取るようにわかるわ。ほんと、朱音ちゃんの事に関してはわかりやすいのよね。ねぇ、朱音ちゃん。あの子が迷惑かけたら遠慮せずに言って」
「迷惑なんて全然」
「本当? 迷惑かけてないならいいんだけれども……匠ったら、このあいだファミリー向けの新築マンションのパンフレット見ていたのよ……いろんな意味でハラハラするのよね」
新築マンションって、不動産投資かな?
匠君、投資もしているって言っていたもんなぁ。
私はぼんやりそんな事を考えながら、匠君のお母さんの後に続くように歩いた。
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買い物を終えると、私達は春ノ宮家へ。
匠君のお母さんに調理場に案内して貰いさっそく購入してきたものを調理台の上にのせた。
お弁当の材料の他にお菓子などもあるんだけど、お弁当の材料よりも多いかもしれない。
お菓子売り場に行き、匠君のお母さんがかわいいわ! と購入したものだ。
たしかに、輸入ものってパッケージかわいいもんね。
「朱音さん、すまないね。今日は秋香のわがままに付き合って貰って」
私達のすぐ傍に立っている春ノ宮家のお祖父さんが申し訳なさそうに言ったので、私は首を左右に振った。
お祖父さんは私達の来訪を知り、様子を見に来てくれたのだ。
「いいえ。私も匠君のお母さんと一緒にお弁当を作るのを楽しみにしていました」
「何か手伝えることがあったら――ん? 朋佳は一体なにを?」
お祖父さんは話の途中で視線を端へと向けて首を傾げる。
そこにいたのは、朋佳さん。
彼女は手にしている一眼レフカメラを構えていた。
すごい! 本格的なカメラだなぁ。
私はスマホでしか写真撮らないので、本格的なカメラで写真を撮るのってすごくかっこいいって思う。
「秋香おばさまの初めてのお弁当作り。記念に残しておかねば損ですわ」
「朋香がやると何か裏を感じる」
「いやですわ。お祖父様ったら! 孫を信頼して下さってもよろしいのに」
「信頼だと? この間、昼寝中のわしに猫耳カチューシャをはめて激写したじゃないかっ!」
「あら、そんなことありましたっけ?」
ふふっと朋佳さんは頬に手を当てて笑っている。
「ご安心を。邪魔しないように撮影いたしますわ! 朱音さんとおばさまには、後日お写真をお届けいたしますね」
「ありがとうございます」
「さぁ、どうぞ続けて下さい」
「では、さっそく……」
私と匠君のお母さんは持参してきたエプロンを身につけると手を洗う。
匠君のお父さんはいまお仕事中。
前から匠君や美智さんに聞いていたとおり、休日や祝日があまり関係ないみたい。
すごくお忙しいもんね。
一応、匠君のお母さんが会社の方に訪問することを告げているそう。
もちろん、お弁当の件は内緒にして。
約束の時間までまだまだあるので、ゆっくりと作れるだろう。
お弁当作りから二時間半後。
私と匠君のお母さんは手を取り合って喜んでいた。
「できたわ、朱音ちゃん!」
「おつかれさまです」
「ありがとう。朱音ちゃんのおかげよ。時間がかかり過ぎちゃってごめんなさい」
「まだ時間に余裕があるので大丈夫です。きっと匠君のお父さん喜んでくれますよ」
「良かったわ。無事できて」
匠君のお母さんはそう言うと、お弁当を眺めた。
お弁当箱には卵焼きや里芋煮などのおかずが入っていて、その隣には海苔に包まれたおにぎりが置かれていた。
「残ったものは匠のお弁当にしましょう。今日、一緒にいるはずだから」
そう言って匠君のお母さんは、調理台の上にある銀色のトレイへと視線を向ける。
そこには、ちょっと焦げた部分や形が崩れたおかずがあった。
お弁当に詰めたのは形や色のよい部分のみでこっちは残ったものだ。
「今日、匠君もいるんですか?」
「えぇ、午前中の取引に同席しているのよ」
匠君のお母さんはもう一つのお弁当箱に残りのおかずを詰めながら言う。
そっかー。匠君いるんだ。昨日の電話では仕事って言っていたけど、まさか匠君のお父さんと一緒だったなんて。
会えるのが嬉しいなぁ……
「さぁ! 朱音ちゃん。さっそく届けに行きましょう」
「はい」
私は大きく頷いた。
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私達は車で匠君のお父さんが働いている会社へ向った。
高層ビルが建ち並ぶいかにもなオフィス街なんだけど、今日は休日のためかあまり人の通りは多くないみたい。
――しかし、いつ見ても大きいなぁ。
私はそびえ立つ五王の本社を眺めながら思った。
今日は休みだけれども、普段なら数多くの社員がここで仕事をしている。
五王の本社だけじゃなくて各支店や系列会社などを含めると社員は数え切れないほど。
そのトップに立つとなると、私が想像する以上の重圧と責任だろう。
考えただけでもちょっと緊張しちゃう。
でも、私よりももっと緊張している人が隣にいた。
――だ、大丈夫かな?
私はちらりと隣に立っている匠君のお母さんを見れば、完全に血の気が引いていた。
お弁当を持っていない方の手で胃を押え、大きく息を吐いている。
すごく緊張しているなぁ。でも、気持ちはわかる。
いざ渡すとなると喜んでくれるかな? とかいろいろ考えちゃうんだよね。
「朱音ちゃん……やっぱり帰りましょう……」
「えっ!? 大丈夫ですよ。匠君のお父さんは絶対に喜んでくれますから。それに匠君のお母さん頑張ってお弁当作ったじゃないですか」
「数十年ぶりにこんなに緊張しているわ……胃がやられそう……」
数十年ぶりって、かなりの緊張レベル。
どうしよう……無理矢理引っ張ってでも連れて行くわけにもいかないし。
せっかくここまで来たんだから、匠君のお父さんに食べて欲しいんだよね。
いろいろ考えた結果、私はお弁当を届けようと思った。
「あの……私、お弁当を渡して来ますよ」
「いいの……?」
「せっかく作ったのに帰るのは勿体ないです」
「ごめんなさいね、朱音ちゃん。お願いしてもいい?」
「もちろんです。あっ、でもどうやって入ればいんでしょうか……?」
会社は今日休み。
そのため、正面入り口から自動ドアを潜ってというルートは使えない。
「休日は裏口にある扉から入れるの」
「わかりました。ちょっと行ってきますね」
「お願いするわ」
私は匠君のお母さんからお弁当袋を受け取ると、教えて貰ったビルの裏口へ。
「……こんなに大きいんだもん。セキュリティ緩くはないよね」
裏口には迷うことなく到着出来たんだけど、ちょっと困ったことがおこってしまった。
守衛室があってそこで受付をするのかな? と思ったけど、予想と違って入り口付近にカードリーダーが設置されていたのだ。
どうやらICカードを持っている人のみが入ることができるらしい。
「匠君のお母さんだったらICカード持っているかな? あっ、でもここまで来ちゃったら匠君に電話した方が早いかも」
私は鞄からスマホを取り出すとさっそく匠君に電話をかける。
すると、数回ほどコール音が鳴り、匠君が電話に出てくれた。
『もしもし、朱音?』
「匠君? いま、大丈夫?」
『平気。今、父さんと一緒に社長室でお茶飲んでいるだけだから。なんか、母さんが来るみたいで待っているんだ。朱音はなにしているの?』
「あのね、実はいま下まで来ているの」
『下?』
「うん。五王の本社ビルの下。裏口にいるの」
『えっ、まさかここの!? 俺が会いたいって思ったから朱音来てくれたの!? 待っていて。今行くから!』
私が返事をする前に、匠君との通話が切れてしまった。
ツーツーという音のみが聞こえてくる。
――やっぱり驚くよね。急に来ちゃったから。とにかく、匠君が来るまでここで待っていよう。