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朱音と匠母の秘密の約束

「つ、作ってみたくて……」

 匠君のお母さんの弱々しい返事が聞こえたので、私は匠君達にだなぁと思った。

 匠君、きっと喜ぶなぁ。

 あれ? でも、それなら頬を赤くしたのは?

 なんでだろうなぁと疑問に思って首を傾げれば、匠君のお母さんが唇を開く。


「朱音ちゃん、お願い。光貴さんには内緒にして貰えないかしら?」

「えっ、匠君達にではなくてですか?」

「えっ、匠達?」

「「えっ?」」

 私と匠君のお母さんはほぼ同時に首を傾げてしまう。


 もしかして、話がかみ合っていないのかも。

 私はてっきり匠君達にかなって思っていたけど、どうやら匠君達じゃないみたい。


「お弁当作る相手は匠君達じゃなくて、匠君のお父さんにですか……?」

 匠君のお母さんが両手で顔を覆ったので正解みたいだ。

 手の隙間から赤くなっている頬が窺える。


 匠君のお母さん、とても綺麗な人なので仕草が全て絵になるなぁ。


「こ、光貴さんの部下の一人に新婚の子がいて、愛妻弁当を嬉しそうに食べていたのが初々しかったよって光貴さんから聞いたの……私、一度も光貴さんにお弁当を作ったことがなくて。だから、その……今回作ったら喜んでくれるかなと思ったの……」

「きっと喜んでくれますよ!」

 匠君のお父さんが喜んでいる映像が脳内に浮かんだ。

 美味しいって言いながらにこにこ食べてくれると思う。


 やっぱり理想の夫婦だなぁ。匠君のお父さん達は。

 微笑ましくなり、私は自然と笑みがこぼれる。


「でも、やっぱり無理よね……この年でいまさら料理なんて……包丁すら握ったことがないのに……」

 しゅんと肩を落とす匠君のお母さんに対して、私は首を左右に振る。


「大丈夫です。みんなやったことがない場所からのスタートですし。私、お弁当作りならお手伝いできます。家庭料理レベルですが……」

「まぁ! 本当!? 朱音ちゃん!」

 匠君のお母さんは顔をぱぁっと輝かせながら私の手を握ったので、私は大きく頷く。


 匠君のお母さんに失礼かもしれないけど、可愛いなぁ。

 笑った時の笑顔が、美智さんを思い出す。


「もちろんです。私でお役に立てれば」

「ありがとう。朱音ちゃんの手が空いている時で構わないから、無理しないでね」

「大丈夫です」

「そうだわ! 朱音ちゃん。せっかくだからゆっくりお茶でもと思うんだけど、お友達とご一緒かしら?」

「いいえ、一人です。上のカルチャースクールのパンフレットを貰いに来たんですよ。茶道を習いたくて」

「まぁ! 朱音ちゃん、茶道に興味があったのね!」

 その質問に私はドキッとして頬に血液が溜まるのを感じる。


 挙動不審に思われないだろうかと思いながら、私は「そ、そうです」と言うのがやっとだった。

 まさか、匠君と一緒にいて恥をかかせないようにとは言えない……


 私の心配をよそに匠君のお母さんは気に留めていないようだったので、私はほっと胸をなで下ろす。


「茶道なら私と母が力になれるわ。母の家・間宮家が代々茶道を生業にしているの。だから茶道は私も母も嗜んでいるのよ。母は若い頃、生徒を受け持っていたこともあったし。朱音ちゃんさえよければ、教えあいしましょう! 朱音ちゃんはお弁当で私が茶道を」

「でも、匠君のお母さんもお祖母さんもお忙しいですし……」

「問題ないわ。朱音ちゃんと一緒にお茶のお稽古が出来るんですもの」 

「あ、あの! 匠君には内緒にして貰ってもいいですか?」

「えぇ、わかったわ。二人の秘密ね」

 匠君のお母さんが微笑みながら頷いた。




 +

 +

 +


(匠母視点)


「朱音ちゃん、この辺りでお茶できるお店あるかしら?」

 本屋を出てエスカレーターの方に向いながら言えば、隣を歩いている朱音ちゃんが口を開く。

 二人でお茶をしようと誘ったんだけど、この辺りのお店関係は詳しくはない。

 そのため、情報がまったくなかった。


 この辺りは朱音ちゃんの方が詳しいかもしれないわね。


「そうですね……通りを挟んだ先に落ち着いたカフェがあります」

「あら、じゃあ一階に降りて外に行きましょうか」

 まさか、ここで朱音ちゃんと出会えるなんて思ってもいなかったから嬉しいわ!


 しかも、朱音ちゃんと茶道とお弁当の教えあいできるなんて。

 匠に自慢したいけど、どちらも内緒なので自慢はできない。


 なんだか、朱音ちゃんが本当の娘になったみたい。

 ……まぁ、本当の娘になるのは匠次第だけど。


 今日の反応を見ると、近いのかもしれないのよね。

 朱音ちゃん、匠に茶道の件内緒にしているし、顔真っ赤にさせていたし。


「朱音ちゃん。せっかくだから、夕食も一緒に食べましょう。親御さんには連絡しておくわ。いつも匠ばかり朱音ちゃんを独占しているから、今日は私が独――」

 隣にいる朱音ちゃんに声をかければ、鞄に入れているスマホが振動する。

 ずいぶんタイミングよく鳴るスマホにちょっと警戒をしてしまう。


 まさか、匠じゃないでしょうね……?


 私は辺りを見回したが、息子の姿はない。

 そうよね。いくら匠とはいえ、こんなタイミングよく鉢合わせするわけがないわ。


「朱音ちゃん、ごめんなさいね。電話ちょっと出てもいいかしら?」

「もちろんです」

「ありがとう」

 朱音ちゃんに断って鞄からスマホを取り出してディスプレイを見れば、匠からだった。


 え……――


 あの子のタイミングが怖い。このタイミングで電話をかけるの?

 もし朱音ちゃんと私が一緒にいることがわかったら絶対に来る。


 邪魔はされたくない。

 普段は匠が独占しているのだから、今日くらいは譲って欲しいもの。


 私は朱音ちゃんと一緒にいることを内緒にすることにした。


「朱音ちゃん。匠からの電話みたい」

「あっ、私は大丈夫ですので出て下さい。そこで待っていますね」

 朱音ちゃんが視線でさしたのは、エスカレーター付近にあるソファだった。

 観葉植物が置かれ、休めるようになっている。


「ありがとう」

 私はスマホを操作して耳に当てると、朱音ちゃんから少し離れて「もしもし匠?」と言う。


『あっ、母さん? 今いい?』

「手短なら問題ないわ。どうしたの?」

『春ノ宮家の法事について聞きたいんだ。今朝、再来月の第三日曜って言ったんだよね? 手帳とスマホアプリに入力しておこうと思って。今、暇だからさ』

「えぇ、そうよ。合ってい――」

「あっ、露木さんだーっ!」

 明るい女の子の大きな声にビクッと私の体が大きく跳ねてしまう。

「あっ!」と出かけた声を押し殺してとっさにスマホの受話口を塞ぐ。


 ちらりと朱音ちゃんの方を見れば、彼女の傍に二人組の女の子の姿が。

 匠や朱音ちゃんと同じくらいの年頃みたいなので、お友達かもしれない。


「露木さん、久しぶりだねー。一人?」

「ううん。友達のお母さんと一緒なの」

 朱音ちゃんがちらりとこちらを見れば、女の子たちもこちらに視線を向ける。

 彼女たちは私に気づくと会釈をしてくれたので、私も微笑んで会釈を交わす。


 匠に聞こえていないわよね。

 館内には音楽もかかっているし、距離もあるもの。

 とりあえず、ぼろが出る前に用件を終えて切った方がいいわね。


「匠、法事は合っているわ」

『……ねぇ、母さん。今どこ? 何しているの?』

「一人でデパートにいるの。ちょっと欲しいものがあって」

『どこのデパート?』

 やけに今日は聞いてくるのね。もしかして、さっきの「露木さん」って声聞こえたのかしら? 

 でも、露木というのは珍しい名字でもないし。

 さすがに距離的に朱音ちゃんの声は聞こえないはず。


 私は念のためにまったく別方向にあるデパート名を告げることに。


『やっぱりそうだ。母さん、朱音と一緒でしょ! 俺も行く。場所どこ?』

「いやだわ、匠ったら。一人って言ったじゃないの」

『嘘だ。聞こえてくるBGMはそのデパートで流れている音楽の系統じゃない。俺に嘘をついたということは朱音と一緒の可能性が高い。それに露木さんって呼ぶ女性の声も聞こえた。あの声は朱音の高校のクラスメイトだし』

「匠。あなた、まさか朱音ちゃんの交友関係を全て把握しているの……?」

『してないよ。高校のクラスメイトは学祭で知ったんだ。ねぇ、それよりどこ? 俺も行く。朱音に会いたいし』

「あら、やだ。匠の声に雑音が混じって……電波があまりよくないわ。切るわね」

『えっ!? 電波悪くないけど!?』

「後でね、匠」

 私は通話を切った。


 やっぱり、朱音ちゃんと一緒と聞いたら来るのね。あの子。

 しかし、BGMに注目するなんて思ってもいなかった。

 匠には悪いけど朱音ちゃんを今日くらいは独占させてもらうわ。


 ――それにお弁当の件が匠にバレてしまうのも恥ずかしいもの。








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― 新着の感想 ―
[良い点] 秋香さんが、ラブリー。(笑) [気になる点] 匠の朱音センサーが、超感覚になっている件(笑) [一言] 秋香さんは、キリッとしたイメージの女性だったけど、ふにゃり、とした可愛らしい面もある…
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