バイト先のバーベキュー大会
とある昼下がり。
私はバイト仲間と共に河原を訪れていた。
バーベキュー可能の河原なので、バーベキューをしに来たのだ。
まだ夏じゃないからそんなに人がいないかな? と思っていたけど、意外と周りではバーベキューをしている人達の姿がある。
家族連れだったり、サークルの集まりっぽい人だったり……
休日だからかな?
つい数日前。
匠君や滝口君と一緒にいた時に若狭さんから私のスマホにメッセージアプリで連絡がきたんだけど、それは今回のバーベキューの件だった。
どうやら毎年バイトの子達同士で親睦会を兼ねてバーベキュー大会を開催しているそう。
今年もやるようで、幹事の一人が若狭さんだった。
彼女は出欠席を兼ねて連絡くれたみたい。
今は幹事達が焼いてくれているお肉を食べながら、それぞれ少人数ずつ固まっておしゃべり中。
私はシフトでよく一緒になる田中さんと高梨さんと一緒に話をしながらお肉を食べていた。
田中さんはゆるくウェーブ掛った髪を一つに纏め、ふんわりとしたタイプの女性。
もう一人の高梨さんは黒髪をハーフアップにし、眼鏡をかけている知的なタイプの女性だ。
二人とも私と同じ年で、うちのバイト先付近にある女子大に在学中。
「そういえば、露木さんの彼氏って同じ年? 年上?」
「私? 私、彼氏いないよ」
「――えっ、露木さんって彼氏いないの!? あの噂のイケメンは!?」
「噂……?」
田中さんの裏返った声を聞き、私はお肉を食べる手を止めた。
彼氏いるかどうかではなく、いる前提になっているのはなぜだろう……?
不思議に思った私は、首を傾げてしまう。
「ほら、ときどき露木さんを迎えに来てくれる終始デレデレのイケメンっ!」
迎え……あっ、たぶん、匠君のことかな?
匠君以外でバイト先に迎えに来て貰った人はいない。
――た、匠君が彼氏!? な、なんでそんな風に思われたのかな。
私は動揺のため、自然と顔が熱くなるのを感じでいく。
「あっ、私も見た! 昨日でしょ! 五王の御曹司。露木さんに会ったら絶対聞こうと思ってたんだ」
「ん? なに、五王って?」
「ちょっと皿を持っていて。今、見せるから」
高梨さんはお肉と割り箸の乗った皿を田中さんに渡すと、カーディガンのポケットからスマホを取り出して操作をする。
そして、ディスプレイを田中さんへと見せれば、彼女は目を大きく見開く。
「えっ、五王ってあの五王!?」
「そう。田中がこの前五王の本社の前を通って、東京ってすごい。こんなビル見た事が無いよ! って、言っていたあの五王」
「確かに言った。でも、自分が言った台詞だけど、なんか田舎から出てきた人の台詞っぽい。いや、実際に田舎から進学のために都会に引っ越して来たけどさ。というか、露木さんの彼氏ってすごい人じゃん。どこで出会ったの?」
「彼氏じゃなくて仲の良い友達なの」
「でも、露木さん顔が真っ赤だよ?」
「そ、それは……」
そこをつつかれてしまうとちょっと困る。
自覚してしまったから、顔に出てしまうのかも。
なんとかしたいなぁ。じゃないと、匠君の前でもこうなっちゃうかもしれない。
「田中。ダメだって。詮索しちゃ。言いにくいこともあるじゃん。御曹司との恋愛だもん。ほら、変な噂立てられる可能性もあるし。私も黙っているよ。もし、御曹司と付き合ったら」
「ごめん。そうだよね」
田中さんがしゅんと肩を落として言ったので、私は慌てて首を左右に振った。
「違うの。本当に友達なの。匠君の彼女になれるのは、きっと家柄も釣り合う人だと思うから……私では無理かな」
声がだんだんと弱々しくなっていく。
自分で言っている台詞にダメージを受けてしまうなんて。
「あーでも、なんとなくわかるな。露木さんの気持ちも。だって、食事する時もマナーとか気になるし。私、料亭とか行っても食べ方わかんないもん」
「そんな事? 気になるなら勉強すればいいじゃん」
「「勉強する?」」
私と田中さんの声が綺麗に重なった。
「いま、令和だよ? 大昔の身分違いなら教養とか埋めることが難しかったかもしれない。時代背景があるから。でも、今は違うでしょ? 学べる場所があるもん。茶道習いたかったら茶道教室だってある」
確かにそうかも。
大学のサークルで茶道部もあるみたいだし。
今のところ食事のマナーで困ったことはない。
料亭での食事も五王家や春ノ宮家の人達ばかりだったから。
勿論、最初は緊張したけど匠君達が身内ばかりだから気にしなくて良いよって言ってくれたのも大きい。
でも、いろいろ勉強しておいて損はないかも。
匠君と一緒にいて迷惑をかけてしまうことにならないように。
いつまでも匠君に甘えてばかりではだめだもんね――
茶道とか着付けとか一度習ってみようかな。
駅前のビルにカルチャーセンターが入っていたよね?
帰り立ち寄って行こうっと。
そんなことを思っていると、「なぁ、みんな!」という大きな声が届く。
なにかな? と声のした方を見れば、幹事の人達がお肉を焼いている傍で沢井君が手を上げていた。
「夏休みも集まってやろうぜ! 運転はまた小崎先輩で」
沢井君が隣で焼きそばを焼いている小崎先輩の肩を叩きながら言う。
「俺かよ」
「いいじゃないですか。また車出して下さいよ。今度は河原でスイカ冷やしてスイカ割りやりましょう。俺、スイカ割りやったことないんですよ」
「あー……」
笑顔の沢井君に対して小崎先輩が難しい顔をしている。
周りの人達もそうで、困惑気味な表情を浮かべていた。
「夏休みは難しいんじゃないか? このメンバー全員が集まるのは厳しいって」
小崎先輩の言葉に周りの人達も大きく頷く。
「えっ、なんで?」
「「「実家帰るから」」」
複数の声に、沢井君が「あっ」という声を漏らす。
「そうだった! 俺、地元だからまったく気づかなかったよ。そうだよな、みんな出身地バラバラだもんあぁ。ならさ、実家から通っている人達で夏休みバーベキューやれる人達はっ!? バーベキューダメならスイカ割りだけでもやりたい!」
その質問に私と高梨さんの他、3~4人が手を上げる。
ほとんどが寮やアパート暮らしなので少ない。
夏休みは無理だけど、夏休み前なら集まるのは可能かも。
「あー、やっぱり少なくなっちゃうか……って、斎賀。お前、なんで手を上げているんだ? 一人暮らしだろ。実家帰んないの?」
沢井君の声に、全員の視線が斎賀さんへと向いた。
バイト先のバーベキュー大会なので、もちろん斎賀さんも参加している。
しかも、幹事。
幹事は立候補なので意外だなぁと思ったけど、若狭さんに強制的に幹事に参加させられたみたい。
「――帰んないよ。実家なんて」
斎賀さんは淡々とした口調で言ったんだけど、それが引っかかった。
たぶん、ジュエリーショップ前での出来事があったから余計に気になるのだろう。
それに、斎賀さんの傍にいる若狭さんが心配そうな眼差しで彼を見ていたから……
私の周りの人達は「なんだ、斎賀。お前、親と喧嘩中なのか?」と言ったり、あまり気にしている人たちはいないみたいだ。
――実家に帰りたくない理由があるのかもしれない。
そう思っていると、田中さんに声を掛けられたので意識をそちらに向けた。
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「じゃあね、またー」
「また!」
バーベキューが終わり、私達はバイト先の最寄り駅前で別れることになった。
すっかりオレンジ色に染まった空の下。それぞれ手を振りながらみんなバラバラに散っていく。
私はそのまま電車には乗らずに、カルチャーセンターが入ったビルへと向う。
ビルに入るとそのままエスカレーターに乗り目的地まで向っていたんだけど、ふと途中の階で視線の端に本屋さんが目に入る。
帰りに立ち寄って行こうかな? とぼんやり思っていると、着物を着た女性の後ろ姿を見て目を大きく見開く。
「――匠君のお母さん?」
後ろ姿なのではっきりとは断言できないけど、匠君のお母さんっぽいよね。
カルチャーセンターに行く前に本屋さんに立ち寄ってみよう!
匠君のお母さんならご挨拶したいし。
私は昇りのエスカレーターから下りのエスカレーターに変え、目的地を本屋さんに。
エスカレーターを降りて店内を探す。
どこかなぁ? と探しているとちょっとざわっとしている場所を通った。
「ねぇ、あの人女優さん?」
「そうかも。綺麗な人だもんね」
ちらりと聞こえてくる声を聞き、もしかしたらと思って覗いてみると、やっぱり匠君のお母さんがいた。
真剣な眼差しで平積みにされている本を眺めているみたい。
――ここって、レシピ本コーナーだよね?
匠君のお母さんがいたのは、お弁当のレシピ本の前だった。
お弁当のレシピ本探しているのかな? 首を傾げながら近づき、私は唇を動かす。
「匠君のお母さん」
私が声を掛ければ、彼女は弾かれたようにこちらを見た。
私を瞳に映すと、「まぁ! 朱音ちゃん!」と言いながら満面の笑みを浮かべ出す。
「嬉しいわ。朱音ちゃんとばったり出会うなんて。匠に自慢出来ちゃう! 朱音ちゃんも本を探しに?」
「いえ、上のカルチャーセンターに用があったんです。匠君のお母さん、お弁当のレシピ本を探しているんですか?」
私は匠君のお母さんが見ていた平積みにされた本を見ながら言えば、匠君のお母さんの顔が真っ赤に。
あ、あれ……?