まりあさんと対面
私は迎えに来てくれた匠君と共に、滝口君たちのもとに向っている。
ふとしたことがきっかけで匠君のことを好きだと自覚しちゃったため、隣を歩いている匠君の存在が気になって仕方がない。
今までは普通に隣を歩いていたのに、鼓動が高まって仕方がなかった。
――佐伯さんは気にしなくてもいいって言ってくれたけど、どうしても気になっちゃうよ……変に思われていないかな?
ちらりと隣の匠君を探るように見れば、彼は変らずに前を見て普通に歩いている。
そうだよね。この鼓動の音が聞こえてしまうほどの距離ではないし。
ほっと安堵の息を漏らす。
良かった。いつも通りだわ。
と思っていると、ふと匠君がこっちを見たので視線が交わってしまう。
そのため、私の鼓動は大きく飛び跳ねたため、胸を押えながら戸惑った。
な、なんでこっち見たの!? もしかして何か危ないものでも?
辺りを見回すがなにも問題ない。お店が連なっている通りの歩道を歩いているだけだ。
些細なことでどきどきする。
みんな好きな人の隣でどう過ごしているのだろうか。
困った。どう対処していいのかわからない……
視線をおろおろと彷徨わせれば、匠君が何か言いたそうな表情を浮かべたけれど何も言わないでいてくれた。
きっと佐伯さんが言ってくれたお陰かも……匠君に気を遣わせてしまっているなぁ。
「ごめんね、匠君」
私の謝罪の言葉に彼は目を大きく見開くと、微笑んだ。
右手を私の方へ伸ばすと「気にするな」と言って私の頭を軽く撫でたので、顔に血液が集中してしまう。
彼のしぐさや態度一つでここまで感情が大きく動かされるなんて。
これから先、また挙動不審になっちゃうよ!
そんなことを悶々と考えているとジュエリーショップに到着。
どうやらここに滝口君達はいるみたい。
お店は木目調の壁が印象的なところ。
一部ガラス張りの窓になっていて、お店の中の様子が窺える。
中には滝口君と女性がディスプレイを眺めながら和気あいあいと話をしていた。
大学生活を送ってまだ数ヶ月のため、滝口君と過ごした時間はそう多くないんだけど、あんなに心から沸いているような感情が滲んだ彼の表情を初めてみた。
滝口君の彼の気持ちがわかるなぁ。ずっと好きだった人に再会出来たから。本当に良かった――
「朱音、中に入ろうか」
「うん」
匠君に促されて、私達は自動ドアを通って中へ。
滝口君達以外誰もお客さんの姿はない。もしかして、貸し切りかな?
「あーっ、よかった。露木さん見つかったんだね」
二人は私達に気づくと微笑みながらこちらにやって来たので、私は二人に謝罪した。
私の勘違いのせいで迷惑をかけてしまって……
「ごめんなさい」
「いいよ、僕もあの光景を見て勘違いしちゃったし」
滝口君が屈託なく笑った後、まりあさんの方を見た。
「紹介するよ。僕が探していた幼なじみのまりあちゃん」
滝口君に紹介されたまりあさんはふふっと笑うと、優しい眼差しで滝口君を見る。
目尻を下げて懐かしげな瞳を向けているので、まりあさんも滝口君との再会を喜んでいるのだろう。
「ほんとに大きくなったわ。昔はこんなにちいさかったのに」
まりあさんが手で腰下くらいをしめせば、滝口君は「あれから何年経っていると思っているの?」と唇を尖らせて言う。
口調は膨れているけど、滝口君の表情は嬉しそうだ。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。初めまして朱音様。ハルくんからお話は伺いました」
「あの……様付けされるような身分ではないので……普通に呼んでいただければ……」
「では、朱音さんとお呼びしても?」
「はい」
「私のことはまりあと呼んで下さい」
「では、まりあさんとお呼びしますね。せっかくの誕生日だったのに水をさすような真似をしてしまって……」
「いいえ。私にとって今年の誕生日はとても思い出に残る良い日を迎えられました。あのとき、朱音さんがハルくんと一緒に現れなかったらこうして再会できませんでしたから。ハルくんから伺ったのですが、朱音さんが気になっているお店がこちら側にあったから偶然訪れたそうですね。朱音さんが誘って下さらなかったら出会えませんでした」
まりあさんがにっこりと微笑みながら滝口君を見れば、滝口君は照れくさそうに笑っている。
迷惑をかけたのに、そんな風に言ってくれるなんて。
滝口君が好きになった女性はとても素敵な方だなぁ。
「そうだわ! せっかくなので、朱音さんもお店を見てくださいね。今日は母が貸し切りにしてくれているのでゆっくりできます。このお店のジュエリーはどれも良質なものばかりなんですよ」
「まりあちゃん、まだ選べてないんだよね。どれもかわいいって」
「えぇ、そうなの。お店の商品全部欲しいくらいに」
まりあさんは辺りを見回しながら困惑気味に言う。
値段見てないけど、きっと私のバイト代で買えるものってなさそうな気がするなあ。
でも、ちょっと見てみたい気持ちもある。
「まりあちゃんのエスコートなら僕に任せて。五王さんと一緒にお店の中見て見たら? 五王さん、僕達のことは気にしないでいいから朱音ちゃんのエスコートしてあげて」
「では、言葉に甘えようかな。朱音、見てみようか」
「うん」
私は頷くと匠君と一緒に店内を見回ることに。
ディスプレイされているジュエリーにはタグがあったけど、やっぱり私が購入できる値段ではなかった。
さらっと順番に見て回っていると、ジュエリーケースなどの小物を扱っているスペースが気になった。
ゴールドの猫型ケースやハート型のポーチなど……様々なタイプのジュエリーケースに目を奪われてしまう。
どれも可愛い! そういえば、まりあさんの誕生日だったよね。ご迷惑をかけたし何かプレゼントをしたいなぁ。
ジュエリーケースはどうかな? 旅行やパーティーでも使えそうだし。
あっ、このシルバーのハートとかまりあさんに似合いそう!
しかも、メッセージや名前を彫って貰えるみたいだし。
プレゼント、ジュエリーケースにしよう。
と、意気揚々と値段を見れば、私が気軽に購入できる値段ではなかった。
それもそうだよね。お店がお店だし。
ATMで下ろして来ないとないや……別のお店でちょっと探してみる?
でも、まりあさんの家はお店を貸しきりにできるくらいだから、あまり安いのをプレゼントできないかも。
ど、どうしよう……
じっとハートのジュエリーケースを見ていると、匠君に声を掛けられた。
「朱音、もしかして気に入った?」
「私ではなく、まりあさんにどうかなって。ほら、今日お誕生日でしょ? ご迷惑をかけちゃったしプレゼントにと思ったんだけど、お値段が……」
「なら、俺と朱音からのプレゼントにしようか。俺が支払うから」
「わ、私も払うよ」
「気にしないでいいよ。だって、朱音は相手のことを考えて選んでくれただろ? 大事なのは気持ちだし。それに、もともと何か誕生日プレゼントを渡したいって考えていたんだ。父の仕事関係者だから。朱音が選んでくれたら助かる。俺だと何をプレゼントしていいかわからないからさ」
「ありがとう」
「いいよ。時間もまだあるし、もう少し見てまわろうか」
「うん」
私と匠君は他の商品を見てまわることにした。
+
+
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お買い物が終わった私達は、駅前まで来ていた。
匠君が車を止めた駐車場が近くにあるし、駅のロータリーにまりあさんのお母さんが迎えにくるので待っている。
「――今日は本当にありがとうございました。母の代わりに付き合っていただいて。その上、お二人からプレゼントまで」
微笑んでいるまりあさんが視線を向けているのは、右手に持っている二つの紙袋だった。
一つはまりあさんが滝口君に選んで貰ったプレゼント。
そして、もう一つは私と匠君が贈ったプレゼントだ。
「気に入っていただけると嬉しいです」
「お二人が選んで下さったものですもの。絶対に気に入りますわ」
そう言ってくれてよかった。
ほっと胸をなで下ろしていると、ロータリーに一台の車が停車し、後部座席からスーツ姿の女性が降りてきた。
彼女はこちらに視線を向けると、「まりあ!」と声を上げて手を振る。
どうやらまりあさんのお母さんみたい。
まりあさんは顔を輝かせながら片手を上げれば、まりあさんのお母さんが彼女を抱きしめた。
「仕事とはいえ、約束破ってごめんなさい。五王様も申し訳ありません。まりあに付き合っていただ……あら?」
まりあさんのお母さんはまりあさんの隣にいる滝口君を見ると、首を傾げる。
顎に手を添え、何か考えているようだ。
「どこかで見た事があるような……」
「お母さん、ハルくんよ。大きくなったの」
「まぁ! ハルくん!? やだ、こんなに大きくなって! 久しぶりね!」
まりあさんのお母さんが滝口君を抱きしめれば、滝口君が「ぐぇ」と弱々しい声を上げた。
だ、大丈夫だろうか……と焦っていると、まりあさんのお母さんが体を離しながら、「あら、ごめんね。懐かしすぎてつい」と言う。
「そうだわ! ハルくん、これから時間ある? せっかくだから夕食一緒に食べない? まりあの誕生日でこれから食事をするの」
「でも、予約とか……」
「大丈夫。電話入れておくから」
「おばさん、また今度誘って。絶対に行くから。今日はまりあちゃんの誕生日だからおばさん二人きりで過ごした方がいいと思うからさ」
「やだ、ハルくん、いい男になったわね。どう? うちのまりあは。彼氏いないからフリーよ」
まりあさんのお母さんの台詞に滝口君は真っ赤になり、まりあさんは微笑んでいる。
脈があるのかな? どうなんだろう?
想いが叶ってくれるといいなぁと思っていると、その場に電子音が鳴り響く。
音は聞き覚えがあるもので、私の鞄から聞こえてきた。
あっ、マナーモード解除していたんだったわ。
匠君のメッセージに気づかなかったので、私はカフェでマナーモードを解除していたのだった。
「ごめんなさい。私のスマホです」
「気にせず出て下さい」
「メールかメッセージだと思うので大丈夫です」
マナーモードにするために鞄からスマホを取り出せば、メッセージが届いていた。
――あれ? 若狭さんからだ。