匠君のこと好きなの…?
「に、逃げて来ちゃった……」
私は立ち止まると後方を振り返った。
歩道には溢れんばかりの人の姿があるだけで匠君達の姿はもう見えない。
つい数分前。滝口君と一緒に映画を見に行く途中で匠君と遭遇。
彼の隣には可愛らしい女性が立っていて、匠君は顔を輝かせながら彼女の両肩に手を添え弾んだ声を上げていた。
そんな匠君を見るのが初めてだったから胸がざわめき直視出来ず逃げて来てしまったのだ。
少し落ち着いてから、滝口君に連絡を入れなきゃ。置いてきちゃったから……
私は迷惑をかけてしまったと自己嫌悪に陥り、深いため息を零すと周辺を見回した。
走って逃げてしまったので、息が上がっているから少し休憩したい。
それに、滝口君にも連絡したいし。
「あそこで休もうかな」
ちょうどすぐ傍に商業施設前広場があった。
所々に木々が植えられて、等間隔にベンチが設置されている。
座ろう……ちょうど空いているし……
足を踏み出して進めば、「えっ、それくらいで喧嘩したの!?」という声が届く。
何気なく視線を向ければ、女子高生が二人立っていた。
「それくらいじゃないよ。普通嫌でしょ?」
「いや、でもまだ付き合ってないじゃんか」
「わかっている。でも、すっごく好きなんだもん。好きな人が自分以外の女の子と仲よさそうにしていたら嫉妬するよ。そんな光景見たくないし。それでイラッとして喧嘩しちゃったんだよねー」
……え?
偶然聞こえてきた会話の内容が今の自分と似たような話だったので、私はつい足を止めてしまう。
――好きな人。他の女の子と仲良くしていると嫉妬する。そんな光景見たくない。
ぐるぐると頭の中に回り、やがて一つの答えにたどり着いた。
「わ、私……匠君のことが好きだったの……?」
口にしてしまえば、腑に落ちる。
よくよく考えてみれば、多々思う事はあった気がする。本当に今更だけれども。
ど、どうしよう!
匠君に会う時に、どんな顔して会えばいいのかわからない。
絶対に意識しちゃうよ。
みんな普通に好きな人と接しているのかな?
今まで恋愛なんてしたことがないからどうしていいのかがわからない。
む、難しいよ……
どうしたらいいのだろうか? と悶々と悩んでいると、「露木さん」と背に声を掛けられた。
聞き覚えがある声だったんだけど、かなり会うのが久しぶりだったため驚いてしまう。
ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは佐伯さんだった。
彼とは匠君の卒業式以来会っていないので、数ヶ月ぶり。
久しぶりに会ったためか、なんか佐伯さんが大人になっている気がした。
匠君もそうだけど、あどけなさが消えたというか……
「佐伯さん。お久しぶりです」
「久しぶりだね。どうしたの? こんなところで立ったままで。あっ、もしかして何か落としちゃった?」
「えっ……あの……落とし物では……」
まさか、匠君の事を好きだと気づいて悩んでいましたとは言いにくい。
あれ? そういえば、佐伯さんって豊島さんのことが好きなんだよね?
佐伯さんに聞いてみたら解決策がみつかるかな……?
「佐伯さん。今からお時間ありますか? 少し伺いたいことがあるんです」
「もちろん、全然いいよ! 授業が終わったから、参考書を買って帰るだけだったから暇なんだ。立ち話もなんだからそこのカフェに入ろうか? 露木さんと会えたのも久しぶりだし。あっ、匠には電話しておいた方がいいかな?」
「匠君……!?」
突然、彼の名前が出たので、私は顔に血液が集中してしまう。
名前を聞いただけでこの反応だから会うのはやっぱり難しいかも……
「どうして赤くなったの!? なにか進展あったの!?」
「進展?」
「えっ、違うの?」
佐伯さんが首を傾げたので、私も首を傾げた。
+
+
+
(尊視点)
俺と露木さんはすぐそこのカフェへと向った。
久しぶりに会った露木さんは、ちょっと様子がおかしい……
匠の名前を聞いただけで顔が真っ赤になったし。
なにかあったのかな?
「露木さん。俺に聞きたいことってなに?」
注文したアイスティーやケーキなどがテーブルに置かれたのを見届けると、俺はテーブル越しに座っている露木さんに尋ねた。
すると、露木さんは視線を揺らすとゆっくりと口を開く。
本当に何があったんだ? 匠に連絡していないけど、連絡をした方がいいのだろうか。
迷ったけど、露木さんの話を聞いてからにすることにした。
「佐伯さんは豊島さんのことが好きなんですよね……? その……豊島さんと一緒にいる時って過剰に意識しちゃいませんか?」
もしかして、露木さん好きな人出来ちゃったの!? と、つい条件反射で尋ねたくなってしまう。
露木さんに好きな人が出来たら匠が! ……ん? でも匠の名前で赤くなったってことは匠のことを自覚したってことなのかな? どっち!? 露木さん!!
脳内がパニック寸前だけど、俺は露木さんの質問に答えることにした。
「えっと……その……あまり気にしたことはないよ。もちろん、意識はするけどね。そんなに難しく考えなくてもいいと思う。難しく考えるよりも一緒にいる時間を大切にした方がいいよ。好きな人とは一緒にいられるだけで嬉しいでしょ? そっちの方が有意義だし」
「たしかにそうですよね。あの……でも、相手に変に思われないかって気になっちゃうんです。過剰に反応してしまったら……」
頬を染めて俯いてしまった露木さんを見て、相手って匠? それとも違う人?と、喉元まで出てしまう。
今すぐ匠に電話して聞きたい。露木さんと何か進展あった? って。
――露木さんに聞いてもいいだろうか? 好きな人が匠かどうかを。
「露木さん。答えたくなかったら答えなくてもいいんだけど、好きな人って匠?」
おそるおそる聞いてみれば、彼女は今以上に顔を真っ赤にさせる。
羞恥心のためか、瞳には涙が滲んでいる。
言葉にはしていないけど、答えは明確だった。
「良かった。匠だ!」
つい、心からの声が漏れてしまう。
ここで匠以外の名前がでたら、どうしていいかわからなかったよ。
ほんと、よかった!
「わ、わかりやすいですか……?」
「匠なら問題ないよ。俺が保証する」
両想いだから別にバレたとしても問題はないんだけど、それは俺の口からは言えない。
なので、彼女を安心させる台詞はこれが限界だ。
良かったなぁ、匠。露木さん自覚して。
きっと、露木さんと会った時、匠も気づくだろう。
そう思った時だった。
隣の椅子に置いていた鞄から、電子音が鳴り出したのは。
「ごめん! 授業が終わったから、マナーモードを解除していたんだ」
「いえ、大丈夫です」
再びマナーモードにしておこうと鞄からスマホを取り出せば、メッセージが届いていたのに気づく。しかも、匠から。
すごい! なんて偶然。タイミングがいいなぁ。
と、最初は思ったが匠からのメッセージを見て俺は目を見開いた。
「ん? どういうこと?」
メッセージ内容は、『朱音を見たら至急連絡して欲しい』という内容だった。
見かけるも何も一緒にいるんだけど……!?
「露木さん。匠から連絡来ていない? なんか探しているみたいなんだけど」
「匠君からですか?」
露木さんは首を傾げつつ、鞄からスマホを取り出して操作した。
すると、数秒前の俺のように目を大きく見開く。
「着信とメッセージがいっぱいきています。あっ、滝口君からもきている」
「ほんと?」
「はい」
露木さんが差し出してくれたディスプレイには、ちょっと恐怖を感じるくらいの着信とメッセージの量だった。