バイト先にて
五王家の食堂には、匠君をはじめとした五王家の人達や棗さんが集まっていた。
テーブルには料理人の人達が丹精込めて作ってくれた夕食が並んでいる。
匠君の家で食事を頂くたびに思うけど、料亭で出されているかのような料理ばかりで美味しそう。
匠君と美智さんの間が私の指定席。
匠君の家で食事をするのにも馴染んでしまっているため、この席がしっくりとくるように。
美智さんの隣には、泊まりに来た棗さんが座っていた。
数時間前に棗さんから「露木さんと一緒に遊びたい。六時頃に美智の所に行くから、一緒に美智の家に泊まろう!」と誘われて急遽お泊まりに。
家には匠君のお母さんが電話してくれ、許可を得ている。
「朱音ちゃん、バイト採用おめでとう」
「あとでお兄様が買って来て下さったケーキを食べましょうね!」
「ありがとうございます」
私はバイト採用のお祝いの言葉に対してお礼を言う。
面接を受けたファミレスからバイト採用の電話があった。
大学からも駅からも近いから立地が良かったため、受かるといいなぁと思っていたのでほっと一安心。
美智さんにバイトに採用された事を伝えたら、五王家の人達や合流した棗さんが夕食時にサプライズでお祝いをしてくれたのだ。
「朱音ちゃんのバイト先に行くよ。ねぇ、秋香」
「えぇ」
「俺も! 俺も行くから! 遅くなったら迎えに行くし」
「お兄様のアピール力……私も行きますわ。ねぇ、棗」
「もちろん。ファミレスって、露木さんが通っている大学近くだよね? 僕、ファミレス初めてだから楽しみだなぁ」
棗さんと美智さんが微笑んでいる。
「あら、棗。ファミレス初めてなの?」
「六条院に通っている子でファミレスに行った事がある人って少ないよ。美智達がレアケース」
「私達はお父様が連れて行ってくれたので」
「五王家の教育方針は色々見て経験する! だからね。バイトも許可しているし。僕もそんな感じで過ごしてきたからさ」
「お父様、色々な所に連れて行ってくれましたものね」
言われてみれば、六条院の人達はファミレスとか行かなそう。
匠君達がファミレスで食事を摂ったり電車にも躊躇なく乗れたりするのは、きっと五王家の教育方針の影響というのはわかる。
そういえば、最初驚いたもんなぁ。ファミレス行くんだと思って……
「ねぇ、匠兄さん。まったく話が変わるけど聞いてもいい?」
「いいぞ」
「その指輪の件って触れても良いものなの? 触れたらやばいものなの?」
棗さんが腕を上げて自分の人差し指を軽くトントンと叩きながら匠君に尋ねれば、彼は複雑そうな表情を浮かべた。
「なに、その微妙なニュアンス。俺、別にやばい事一切していないんだけど」
「こじらせすぎて自分で買ったって可能性もあるし」
「春ノ宮のお祖父様といい棗といい、俺の事を普段どう思っているんだ? 会社で女性に誘われる機会が多いから指輪を付けているんだよ。俺には朱音がいるからな。ちゃんと朱音に選んで貰った指輪だから安心しろ。本番は大切にしたいから反対側の指に付けているけど」
「女性避けで指輪付けている人を初めてみたよ。時々、忘れちゃうけど匠兄さんってモテるもんね。指輪の効果はあったの?」
「あった。全く声をかけられなくなったわけじゃないが割合はかなり減った」
「へー。すごいね!」
匠君がモテる理由はすごくわかる。
だから、いつ彼女が出来ても不思議ではない。
その事を考えると胸がモヤモヤしちゃうんだよね……
「刻印とか入れて貰ったでしょ?」
「よくわかったな」
「匠兄さん、そういうの好きそうだから」
「あら、その指輪に刻印が入っているんですか? 存じ上げませんでしたわ。朱音さん、ご存じ?」
美智さんの問いに対して、私は首を左右に振った。
指輪にどんな刻印を入れて貰ったのか? については、私は全く知らない。
匠君が手続きを済ませている間は、ディスプレイされている商品を眺めていたから……
誕生日とかかな?
想像ができないので、私は首を傾げて匠君を見た。
「記念日を掘って貰ったんだ」
匠君は指輪を外すと私に渡してくれた。
受け取った指輪を照明に掲げるようにすれば、日付が掘られているようだ。
「なんの日? 匠君の誕生日じゃないよね……?」
「俺と朱音が初めて出会った日だよ」
匠君がそう言えば、「ゴホッ」と数人が咳き込んでしまう。
匠君のお祖父さんや匠君のお母さん、美智さんの三人が咳き込んだんだけど、手には日本酒やお椀などを持っているので、飲み物が気管に入ってしまったのかも。
だ、大丈夫かな?
「「「初めて出会った日を言えるのっ!?」」」
匠君のお祖父さん、お母さん、美智さんの三人の声が綺麗に重なれば、匠君はきょとんとした。
「いや、普通覚えているだろ。なんなら、およその時間も覚えているけど」
「そこまで細かく覚えていませんわ。お母様。お父様と出会った日を覚えていますか?」
「覚えていないわ。そもそも前から顔見知りだったし……結婚記念日は覚えているけど……付き合った日を言えと言われても……」
「僕は言えるよ。初めて秋香を好きになった日や秋香と交際を始めた日、婚約した日、結婚した日全部」
「お父様似なのね。お兄様のマメさって」
美智さんはしみじみ言う。
どうしよう……私、初めて出会った日付を覚えていない。
大体この日あたりかな? とは言えるけど、正確な日付は言えないと思う。
「ごめんなさい。私、日付まで覚えていなくて……4月上旬ということは覚えているけど……」
「いいよ、全然。日付なんかよりも朱音が俺の隣にいてくれる事の方が俺には大事だから」
「匠君、記憶力が良いね。日記つけているの?」
「いや、日記は付けていない。でも、朱音に関することは覚えているよ。毎日が記念日ってたまに聞くけど、俺にとっては本当にそうだから」
匠君はそう言って微笑んだ。
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五王家の人達にバイトのお祝いをして貰ってから一週間後。
私は初出勤のため、ファミレスにいた。
更衣室で制服に着替えて、店長さんに案内されながら休憩室に向っている。
私がファミレスのバイトが初めてなので、バイトのサポートをしてくれる人を紹介してくれるみたい。
「うちで働いてくれているバイトの子達は、ほどんどが露木さんと同じ大学の子達なの。だから、そんなに緊張しないで。パートの人は主婦層が多いかな。今日はシフト入っていないけど、パートの松原さんが一番このお店の勤務歴が長いベテランだから、彼女が来たら紹介するわ。何かあったら、誰でもいいから相談してね!」
先導してくれている店長さんは、振り返って私の方を見ると微笑んだ。
「ありがとうございます」
「露木さんをサポートしてもらうのは、露木さんと同じ年の子達なの。ファミレスでのバイト経験もあるから慣れているし。良い子達だから安心して」
「はい」
店長さんと軽く話をしながら休憩室に到着。
店長さんが扉を開ければ、廊下と中を隔てていたものが消え、室内が窺えるように。
中には大きなテーブルがあるんだけど、そこに男性と女性が座っていた。
「……えっ」
私はその人達を視界に入れると、目を大きく見開き、つい声を漏らしてしまう。
だって、その二人は私が知っている人達だったから。
「あれ? 露木さんじゃん!」
「斎賀さんと若狭さん……?」
首を傾げていると、若狭さんが元気に手を上げて振っている。
彼女の隣には腕を組んで座っている斎賀さんの姿が。
相変わらず美男美女だと思う。
ただ、ジュエリーショップ前での出来事があるため、私は複雑な心境に陥ってしまっている。
斎賀さんが匠君に対してトゲトゲしい態度だったから……
匠君に言った方がいいかもしれないわ。お店に来て鉢合わせした時に、嫌な気分にさせちゃうかもしれないし……
「店長、新しいバイトの子って露木さんだったの?」
「あれ? 若狭の知り合い?」
「私だけじゃなくて斎賀も顔見知りなんです。入試の時に会ったんですよ。あと、学食で一度一緒にお昼を食べました」
「なら、良かった。露木さん、ファミレスでのバイトが初めてだから色々気にかけてあげて」
店長さんの言葉に若狭さんは元気に返事をして、斎賀さんが軽く頷きながら返事をした。