俺達とは真逆
滝口君と少し話をした後。
私は「早速指輪を選びに行こうか」という匠君に誘われ、一緒にジュエリーショップへと向かうことになった。
春ノ宮家に訪問する約束をしていたから、時間大丈夫かな? と思ったけど、夕食までまだ時間があるし、朋香さんのお父さん達もまだ帰ってきていないのであと三十分くらいなら問題ないらしい。
ちゃんと春ノ宮家に連絡をとって了承も得ている。
春ノ宮家のお祖父さんに電話をかけた時、「えっ、ちゃんと朱音はいるから! 俺の隣にちゃんといるから。幻じゃないから。そうだよ、俺だけつける指輪」と匠君が言っていたのがちょっと気になる……
匠君曰く、「なぜか春ノ宮家に混乱を生じた」と言っていたけど。
私達が向かったジュエリーショップは、駅から車で十分くらいのところだったので比較的近かった。
天井からシャンデリアが明るく照らしてくれている下。
白を基調とした壁とダークブラウンの腰壁に囲まれ、中央にはディスプレイされた指輪などがあり、ガラス越しに眺めているお客さんと接客をしてくれているワイシャツに紺色のスーツを纏った店員さんの姿が。
私達も他のお客さん達と共に、指輪を眺めていた。
……色々あるなぁ。あっ、あそこの指輪可愛い。
私は匠君の隣で、色々なタイプの指輪を見ながら、ちょっとだけ心が躍っていた。
あまりこういう所に来ないから。
「朱音?」
「えっ」
ふと、隣にいる匠君に声をかけられ、私は弾かれたように顔を上げる。
指輪に熱中していたため、匠君が声をかけてくれたのに驚いてしまう。
突然声をかけられて、心臓がちょっとドキドキしてしまった。
匠君が不思議そうな顔をしていたので、「なんでもないよ」と言って首を左右に振る。
「もしかして、何か気になるものでもあった?」
「指輪可愛いなぁって」
「欲しいのあったら言って?」
「ううん。平気。今日は匠君の指輪を選ぶために来たんだから。なにか気になる指輪とかあった?」
「朱音に選んで貰おうかなって。どういうのがいいかな?」
「えっと……」
私は顎に手を添え、思案する。
匠君、大学だけじゃなくて会社にも行くから、あまり目立つタイプは無理そうだよね。
シンプルで肌馴染みの良い指輪の方が良い気がする。
飾りがあまりないタイプがいいかも。
だとしたら……
私は視線を彷徨わせて指輪を探し始めれば、ちょうど良さそうな指輪を見つけたので、匠君へと声をかける。
「こういうのはどうかな?」
私はシンプルなちょっと細めのピンクゴールドのリングへと視線を落とせば、店員さんがケースから出してくれた。
「会社でつけるなら、シンプルな指輪の方がいいとかなって思うの。この指輪だと肌馴染みが良さそうだなぁって」
匠君がさっそくつければ、どうやらサイズがぴったりだったみたい。
「どうかな……? シンプルすぎる?」
「ちょうどいい。このリングにするよ。ありがとう、朱音」
匠君が微笑みながら指輪を眺めていたので、ほっとする。
良かった。
「すみません、指輪って刻印して貰えますか? 日付を刻印して欲しいのですが」
匠君は指輪を返しながら店員さんに尋ねれば、店員さんは頷き微笑む。
「勿論でございます。お時間がかかってしまいますがよろしいですか?」
「構いません。取りに来ますので」
日にちを刻印って自分の誕生日とかかな? と首を傾げた。
+
+
+
指輪は刻印を入れるために三週間ほど時間がかかるらしく、後日連絡をいただいた後に取りにくることになった。
後は春ノ宮家にまっすぐ向かうのみだなぁと思いながら、匠君とお店を出る。
外はすっかり暗くなっていて、歩道には帰宅途中の人々の姿がある。
「指輪も選んで貰ったし、後は春ノ宮家に寄るだけだな」
「うん」
私は頷くと匠君と共に歩き出そうとした瞬間。
私達の間に電子音が鳴り響く。
電話……?
私のスマホはマナーモードにしているので、匠君のみたい。
「ごめん、朱音! ちょっと着信確認してもいい? もしかしたら春ノ宮家からかも」
「勿論」
「ありがとう」
匠君は通行人の妨げにならないように歩道の端に寄り、スーツのポケットからスマホを取り出してディスプレイを見て、首を傾げてしまう。
あれ? もしかして、春ノ宮家からじゃないのかな。
どこからだろう。
「あれ、父さん……?」
「匠君のお父さん?」
「そう。うち。電話出てもいい?」
「うん。それは勿論」
私は頷くと匠君から少し距離を置くことにした。
電話を聞いてしまうのは、なんとなく悪いかなと思って。
ジュエリーショップの隣がブライダルドレスなどを扱うショップのようだったので、私は匠君の電話が終わるまでショーウィンドウにディスプレイされているウェディングドレスを眺めること。
綺麗だなぁ。
自分が着るのはあまり想像出来ないけど、もし着ることになったら隣にはどんな人が立っていてくれるのだろうか。
そんな事をなんとなく思えば、ふと匠君の顔が浮かぶ。
匠君? あれ、なんでだろう……?
私はちらりと匠君の方を見れば、少し離れたところに彼がいる。
真剣な表情で話をしているから、もしかして真面目な話なのかもしれない。
今日、匠君に会えて良かったなぁ。
毎日電話で声を聞いているけど、やっぱり直接会うのは違う。
とても嬉しいし、なんだか落ち着く。
またすぐに会えるようになるといいなぁと思っていると、「露木さん?」と背に声をかけられる。
聞き慣れない声だったため、首を傾げながら振り返って、私は目を大きく見開いてしまう。
そこに立っていたのは、ついこの前食堂で会った斎賀さんだった。
手にはショップのロゴが入った袋を持っているので、買い物中なのかもしれない。
「こんにちは」
「こんにちは。何をしているの? こんなところで」
「人を待っていて……今、電話中なんです」
私はそう言って匠君に視線を向ければ、彼はまだ電話中だった。
さっきは真面目な雰囲気だったけれども、今は砕けている表情を浮かべながら電話している。
斎賀君はそんな匠君を見ると、顔を歪めた。
――え?
なんで匠君を見て顔を歪めるのかわからず、私は戸惑う。
「あの……」
「あれ、露木さんの彼氏?」
「えっ、あ、友達です」
「だよな。だって、彼は君のことをわからないだろうから」
「え……」
斎賀君はまっすぐ私を見据えたため、私は心臓がぎゅっと掴まれたかのような感覚に陥ったと同時に、血の気が引いていく。
なんでそんな事を言われたのだろうか。
全く心当たりがない。
「きっと暖かい家庭で過ごしているだろう。とても両親に大切にされて愛情を受けている人間だから」
確かに斎賀さんのいうとおりだと思う。
五王家は私が見ても暖かいし、仲が良い。
「どうしてわかるの……?」
「見たまま。親の愛情をたっぷり受けて育ったのがわかるさ。『俺達』とは真逆。きっとあっちの世界にいるやつらはわからない。俺達の気持ちが」
「俺達……?」
「君も俺と同じでそうなんだろ? 親の愛情を受けていない」
ビクッと大きく体が動く。
「だから彼のような人間とは合わない。絶対に交わらないから。比べてしまうし。自分の両親と」
「……」
思い当たる点はある。
私の両親も匠君のお父さんとお母さんみたいなら良かったのに。
そう何度か思った時があったからだ。
どうしてこの人はわかるの?
そういえば、さっき僕達って言っていた気がする。
もしかして、斎賀さんも……
怖い。自分の心を読まれているようで。
深く沈んでいく気持ちだったけど、「朱音!」という匠君の声が私を包んだ。
彼の声を聞いただけですっとさっきの黒い気持ちが消えていく。
「匠君」
弾かれたように顔を向ければ、そこには斎賀さんを見て訝しげに首を傾げている匠君の姿があった。
斎賀さんもその視線を受け、眉間に皺を寄せて目を細め匠君を見た。
まるで睨んでいるかのような敵意を感じる視線に対して、匠君の纏っている空気も変わる。
私と斎賀さんの間に立ち、私をその高い背に隠す。
匠君の背が高くてよく見えない中で、斎賀さんが鼻で笑ったのを感じる。
「何かおかしいことでも?」
「さぁ?」
二人の間の空気がどんどんと冷え冷えとしていく。
たぶん、ほんの数秒の出来事だったんだろうけど、私には長く感じる。
やがて斎賀さんが「じゃあ、また。露木さん」と言ったので、私は匠君の影から顔を出して斎賀さんを見る。すると、彼はもうすでに立ち去っていくところだった。
だんだんと遠ざかる斎賀さんの背。
それを匠君は腕を組んで無言で見ている。
「朱音。さっきの人、またって言っていたけど知り合い?」
「うん。同じ大学。違う学科なんだけど、食堂で偶然会ったの。話をしたのはこれで三回目かな」
一回目は受験、二回目は食堂。
まさか、今回声をかけられるなんて思ってもいなかった。
「そう……同じ大学の。滝口君も知っている人?」
「うん、知っているよ。匠君、ごめんね……なんか、嫌な思いをさせちゃって……」
「朱音のせいじゃないよ! 俺が悪いんだ。ごめん。電話が長くなってしまって。朱音はあいつに何か言われた? なんか様子が変だったから」
「それは大丈夫。ただ――」
私は斎賀さんに言われた台詞が蘇ってしまい、匠君のスーツの袖を掴む。
今、匠君に傍にいて欲しい。
またあの黒い感情が湧いて出てしまいそうで怖いから。
「朱音。俺、朱音の味方だから。あいつに何か言われたらすぐに言って。すぐに駆けつけるから」
匠君はそう言ってなだめるように私の頭を撫でてくれた。