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幼女の追及

私達が訪れた臨海公園内にある水族館。

そこは子供の頃からあるこの辺りでは比較的古い水族館だ。

そのため他の水族館と差別化を図るべく、去年から建物や内部をリニューアル工事していて、つい先日再オープン。

外観もペンキが綺麗に塗り直されていたり、海洋動物をデフォルメしたゆるキャラの看板などが設置され、以前とは様変わりしている。受付で貰ったパンフレットには人工の海なども作ったと書かれ、目で見て触って楽しめる水族館になったそうだ。


「あっ……中も変わった気がする。前は熱帯のお魚だったよね……?」

「そうだな。リニューアルっていうより、違う水族館に来たみたいだ」

私と匠くんが入口を潜り水族館内へと進んで行けば、記憶の中にあった配置と全く違った。

外もそうだったけれども、中も人で賑わっている。祖父母から孫と三世代の家族連れから、友人達と複数で訪れている学生まで様々な客層だ。

みんな、それぞれ水槽越しの青い世界を楽しんでいる。


「海の小さな生き物コーナー? あぁ、だから小さな水槽ばかりなのか」

受付で貰ったパンフレットを眺めながら、匠君はそう口にした。

左右に水槽があるのだけれども、デフォルメされたキャラが書かれた説明パネルなどが設置されているため、間隔があるのでゆったりと観賞できるようになっている。


一つ一つ眺めて行けば、ふと覚えのある生物を発見。

それに私は惹かれた。


「あっ、匠くん。見て。クリオネがいるよ。可愛い」

私が気になったもの。それはクリオネ。

黒い壁に嵌め込まれた水槽には、数匹一生懸命体を動かし泳いでいた。その下部にはパネルが設置されており、流氷の天使と書かれている。確かに泳ぐ姿が天使みたい。小さくて可愛い。


「ほんとだ。思っていたよりも小さいな」

二人して水槽を覗き込んでいると、女の子のはしゃぐ声が耳朶に届いてきた。

水族館は子供も多いので気にとめてなかったら、右足に衝撃が走り私の身体がぐらりと大きく揺れてしまう。

クリオネに気を取られていたため、咄嗟に反応が出来なかったのだ。

そのため、逆らう事無くバランスを崩してしまった。


気付いた時には、匠くんの方へ傾いている瞬間。けれども、彼を巻き込んで床に倒れる事はならずにすんだ。それは、匠君がしっかりと受け止めてくれたお蔭。


「大丈夫か?」

「ご、ごめんね。匠君が抱き留めてくれたお蔭で大丈夫だよ。ありがとう」

「抱き…え、あっ……!!」

「こらっ! 麻里香っ! だから走らないでと言ったのに!」

「え?」


――麻里香……? もしかしてさっきの……


飛んできた女性のその怒号に足元へと視線を向ければ、案の定幼稚園の年長ぐらいの子が私の足元に座る様にお尻を付いていた。

二つに髪を結った、ふっくらとした子供らしい丸みを帯びた輪郭の女の子。

可愛らしい桃色のワンピースに、イルカのポシェットを肩から下げている。

どうやら現状から推測するに、この女の子が走ってきてぶつかったみたい。

女の子が立ち上がるのを手伝おうとしようとしたら、ちょうどその子の両親らしい人が到着。

けれども女の子は誰の手を借りるまでもなく、ちゃんと自分の力で立ち上がった。


「ごめんね。大丈夫? 怪我とかしてない?」

「へいきっ!」

屈み込んで尋ねれば、女の子は満面の笑みを私へと向けた。


「すみません。うちの子がご迷惑を掛けてしまって……」

女の子のお母さんが頭を下げたので、それに私も匠君も首を左右に振る。


「いいえ、大丈夫ですよ。私も早く気づけばよかったのですが……でも、お子さん怪我もなくて良かったですね」

「いつもこんな感じなので、慣れているんですよ。本当に忙しない子で。でも、今日は特別なんです。ずっと水族館楽しみにしていて、館内に入るとこの調子で……お騒がせして本当にすみません」

「すみません。うちの娘がご迷惑を……」

お父さんも頭を下げている中、女の子は匠くんを注視。

それをお母さんが気づき、「麻里香っ! お姉ちゃん達にごめんなさいをしなさい!」と眉を吊り上げれば、女の子はそれを気にする様子もなく匠君を指さして口を開く。


「おうじさまーっ!」

「え? 俺?」

王子様と呼ばれた匠くんは、きょとんとしている。


「まりかのおうじさま!」

と、女の子は顔を輝かせた。

それがとても可愛くて、私はつい笑みが零れていく。確かに、匠くんは王子様のようにかっこよくて優しい。だから、王子様って思っちゃう女の子の気持ちは理解出来る。


「お兄ちゃんは、お姉ちゃんの王子様なの。だから、麻里香は麻里香で探しなさい」

女の子のお母さんはそう言うと、女の子の手を取り手を繋ぐ。


「本当にすみませんでした」

「いいえ、気になさらないで下さい」

「ねぇ、ママ! おねえちゃんたちはちゅーしたの?」

「え」

突拍子もないその質問に、全員固まってしまう。


「おひめさまはおうじさまのキスでおきるんでしょ? ママがえほんよんでくれたじゃんっ!」

「絵本? あっ、白雪姫っ! ……って、すみません。その……」

「大丈夫ですよ」

そうかぁ。白雪姫の絵本読んで貰っているのか。

この年頃って、お姫様とかに憧れる時期だもんなぁと、微笑ましく見ていると、女の子はその質問に答えてくれなかった大人達に頬を膨らませた。

そしてその小さな唇で言葉を紡ぎ、ストレートに匠君へと尋ねる。


「ねぇ、おにいちゃんはおねえちゃんにキスしたの?」

「え?」

「してないの? おねえちゃんのおうじさまなのに?」

「いや…その…」

「したの? してないの?」

「俺達は…その…まだ……あの……」

いきなりそんな質問をされたので、匠くんが戸惑っている。視線を彷徨わせ、受付で貰った水族館のパンフレットで顔を扇ぎ始めてしまう。その頬は紅葉時期の紅葉のように染まっている。


「おにいちゃん、たこさんみたい! まっかーっ!」

「こら! 麻里香!!」

「すみません。本当にすみません。デリケートな問題なのに」

「いえ、その…大丈夫です…本当に大丈夫ですから。気にしないで下さい」

天真爛漫な女の子と違い、両親は大慌て。そして、一方の匠君はパンフレットで扇いでいるスピードをアップさせている。


「ほら、麻里香。パパと手を繋ぎなさい。お兄ちゃん達、お魚さん見に来ているからこれ以上邪魔したら駄目だよ」

「えー」

「また麻里香が走って今度は迷子になったらどうするんだい? パパ達と離れて一人ぼっちになってしまう。それに良い子にしてないと、今年サンタさん麻里香の所に来ないよ。いいのかな?」

「だめーっ!」

「なら、ほら」

「わかった。おててつなぐ」

女の子はお父さんの手を小さな自分の手で握った。


「本当にご迷惑をお掛けしました」

「いいえ」

「ばいばい、おにいちゃんたち!」

女の子は輝く笑顔をこちらに見せて、そしてご両親は会釈をして私達を過ぎて行った。

親子三人仲良く手を繋いで。


「可愛かったね」

「あぁ。でも、まさかあんな小さな女の子に翻弄されるなんて思いもしなかった……」

こちらに背を向けている女の子を見ながら、匠くんはしみじみと呟く。


「きっとあの子は今日の事良い思い出になるよね。お父さんとお母さんと三人で手を繋いで水族館」

「確かにそうかも。親はハラハラしただろうけどな」

「私もね、家族で来た事あるんだ。小学校低学年ぐらいの時に、ここに。私も手を繋いだのかな……? 曖昧な記憶過ぎてわからないの」

その温もりも、館内イベントを楽しんだ事も。

もしかしたら、小さすぎて覚えてないのかもしれないけれども――


ただ、強く鮮明に覚えているのは、ショップで買って貰った白クマのヌイグルミ。

琴音はペンギンのヌイグルミを買って貰ったけれども、どうやら後で私の白クマが気に入ったらしく帰宅後泣かれてしまって交換。

だから、あの白クマのヌイグルミを抱きしめられたのは一回だけ。


――ふわふわとして触り心地良かったなぁ……あれ、まだ売っているかな?


そんな事をぼんやりと考えていると、「朱音」と匠くんに声を掛けられた。

そのため、彼の方へと視線を向ければ、酷く緊張した様子の彼の姿が目に映る。


「あのさ、手を繋ごうか?」

その言葉に、私は小首を傾げた。

「……手?」

「違う! やましい気持ちはないんだ!」

あぁ。もしかしたら、彼は気を使ってくれているのかもしれない。

私が手を繋いだのかな……? なんて言ってしまったから――


「じゃあ、お願いしようかな」

私は匠君に手をさし出せば、彼は一瞬目を大きく見開く。けれども、すぐに顔を緩め、私の手を握ってくれた。

まるで繋いでいる箇所から、匠くんの優しさが伝わってくるみたい。

暖かさを通り越して熱いぐらいに。

そんな人の温もりの心地よさに、私はなんだか少し照れてしまう。


「匠君って、体温高めなんだね」

「ごめん! 今、俺の血液の流れがっ!!」

「ううん。丁度いいの。気を遣ってくれたんだよね……? ごめんね。ありがとう」

私は首を左右に振ると、匠くんへとお礼の言葉を口にした。





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