久しぶりの匠との時間
私は大学近くの駅前にいた。
一般車乗降場があるロータリー付近にて、匠君が来るのを待っている。
私一人だけではない。隣には友達の滝口君の姿が。
空はオレンジ色に染め上げられ、もう少し時間が経過すれば天は黒で覆われるだろう。
――久しぶりだなぁ。匠くんと会えるの。
つい数時間前。匠君にSNSアプリで「匠君の時間が合う時で構わないから、会いたいなぁって思ったの」とメッセージを送れば、すぐに返信が届いた。
匠君は仕事が終わった後に春ノ宮家に立ち寄る予定だったらしく、「朱音さえよければ一緒に行かないか?」という返事が。
私は匠君と会えるのも嬉しいし、春ノ宮家の人々と会えるのも嬉しいから二つ返事で了承。
匠君のお仕事が終わってから合流することになり、それまでの時間私は時間を潰して過ごすことに。
本屋さんやカフェに行こうかな? と駅前を当てもなく歩いていると、偶然にも滝口君とばったり遭遇。
何しているの? という会話になり、私が事情を説明すれば、彼は待ち合わせ時間まで付き合ってくれると申し出てくれた。
なので、今まで一緒に今までカフェでおしゃべりをしたり、雑貨屋を巡ったりして付き合って貰っていたのだ。
「滝口君。待ち合わせ時間まで付き合ってくれてありがとう」
「全然っ! 僕も暇だったしさ。それに、露木さんの彼氏を一目見て見たかったし」
隣に立っている滝口君が微笑みながら言う。
「彼氏ではなく、友達だよ」
「そうなの? 露木さんすごく嬉しそうだよ? 友達と会えるのも確かに嬉しいけど、それとは違うように感じるけどなぁ」
「久しぶりに会えるからかも……」
私の言葉を聞き、彼は「僕の勘違いかなぁ?」と首を傾げてしまう。
「露木さんがつけている腕時計、その匠君から貰ったんだよね? おそろいのペアウォッチ」
「うん」
「んー。僕は異性の友達からおそろいのものをプレゼントされないけどなぁ。しかも、ハイブランドの時計。ますます特別感が……」
「匠君とはおそろいの物を結構持っているかも。スマホケースもだし」
匠君からの誕生日のお祝いなどのプレゼントは、今までおそろいのものもあったから特に気にしたこともなかった。
ちなみに腕時計は入学のお祝い。
匠君もおそろいのものを持っていて、匠君のはメンズラインだからちょっと大きめ。
「あー、じゃあおそろいのものをプレゼントしたいタイプなのかも。まぁ、でも良かったね。会えるようになって」
「うん。会いたいけど、疲れているかなとか忙しいかなとか考えちゃってなかなか誘えなかったの。でも、滝口君を見て会えるうちに会いたいって言おうって思ったんだ」
「僕?」
「うん。滝口君、まりあさんに話したいことがあるのに離ればなれになっちゃったって言っていたから。だから、私も匠君にちゃんと会いたいって言おうって伝えようって」
「いいじゃん、露木さん! そうだよ。会いたいって思ったら、ちゃんと伝えなきゃ。本当に無理なら相手が断るよ。断られるとか迷惑とかうじうじ考えるんじゃなくてまずは動いてみなきゃね!」
「うん」
私は強く頷いた。
匠君にメッセージを送るだけなのに「迷惑かな? 忙しいかな?」って十五分くらい悩んだけれども、送って良かったと今は思う。
そんなことをしゃべっていると、駅のロータリーに一台の車が停車する。
落ち着いた黒と紺の中間色の国産車で、匠君が乗っている車だ。
匠君が乗るのはなんとなく外車かなぁと思っていたけど、国産にしたみたい。
匠君のお父さんは車を複数台持っているから、匠君もこれから外国産の車を持つかもしれないけど……
「もしかして来た?」
「うん」
「じゃあ、挨拶だけして僕もそろそろ帰ろうかな」
と、滝口君と共に車の方へと足を進めれば、運転席のドアが開き、匠君が姿を見せた。
仕事帰りのため、スーツ姿だ。
何度も見てきた彼のスーツ姿なんだけれども、久しぶりに会ったせいか、大人になったって感じがする。
ついこの前までは高校生だったのに、今はもう大人な匠君みたい。
それがほんの少しどこかで寂しかった。
「あ、朱音! その男性は友達!? 友達だよね!?」
「え?」
慌てている素振りの匠君は車から降りると私の隣にいる滝口君へと視線を向ける。
匠君に見られている滝口君は、「あっ、やっぱり僕の予想大当たりだね!」と私の方に向かって言う。
とまどう私をよそに、滝口君はにこやかな笑みを浮かべると、匠君に向かって軽くお辞儀をして「はじめまして」と挨拶をし出す。
それを受け、匠君は視線を彷徨わせ、私と滝口君の顔を見比べたりとますます慌て出してしまった。
――どうしたんだろう?
匠君は人慣れしているというか、常に多くの人と接しているため、初めての人に対しての接し方も慣れているはず。
それなのに、どうしてこんなに動揺しているのだろうか。
「ちょっと待って! 今、車をそこの駐車場に止めてくる。ここ、送迎車の乗降専用だから駐車できないから」
「え……? うん」
匠君は車に戻るとそのまま駅の傍にある駐車場へと向かって行った。
匠君は車を停めに行ってしまったため、私は首を傾げてしまう。
てっきり匠君の車に乗ってそのまま春ノ宮家に行くと思っていたんだけど。
駅前にお店があるから、もしかして春ノ宮家に持って行くお菓子でも買うのだろか?
「ごめん。誤解を解こうとしたんだけどますます誤解させちゃった。しかし、すっごくかっこいいね。噂の匠君。何者なの? 車も着ていたスーツも高そうだよ」
「えっと……」
私は簡単に匠君のことを説明すれば、滝口君は目を極限まで大きく見開き、口をぽかんと開けた。
そうだよね。やっぱり最初は驚くよとぼんやりと思っていると、「朱音!」という匠君の声が届く。
弾かれたように顔を向ければ、肩で大きく息をしている匠君の姿が見えた。
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車を駐車場において戻ってきた匠君と合流し、私達は立ち話もなんだからとカフェへ。
カフェは、学校帰りの人達や買い物帰りの人達などで賑わっている。
席はほどよく埋まっていて、私達は窓際のテーブル席へと座っていた。
私と匠君が並んで座り、滝口君が私達のテーブル越しに座っている。
「いや、本当に良かった。朱音に彼氏出来たって紹介されるかと思ったから。そうか、君が滝口君か。朱音から聞いているよ。友達が出来たって」
匠君はほっと息を吐き出すと手元にあるコーヒーカップへと手を伸ばす。
「あー、やっぱりそう思っちゃった? 五王君、すごく動揺していたからさ」
「思うさ。仲よさそうだったし」
滝口君と匠君は初対面の時とはうって変わって、打ち解けている。
最初は敬語だったけど、同じ年だからとため口で話そうと今は砕けた話し方になっていた。
二人とも人見知りをしないタイプだから、初対面だということを感じさせないくらいに話を進めていく。
私は初対面ではちょっと警戒してしまうので、ちょっと羨ましい。
「朱音に滝口君の話を聞いて、一度会ってみたいと思っていたから良いタイミングだったよ」
「匠君、滝口君に会いたかったの?」
「あぁ」
初耳だった。
あっ、でも滝口君と友達になったって言った時、滝口君ってどんな人!? どのくらいの間隔で会っているの!? とか色々聞かれたかも。
今にして思えば、興味あったんだなぁって思う。
「僕は安全圏だと思うよ? 好きな子――まりあがいるからさ。あ、そうだ! 五王君、色々な人に会うよね? もし、どこかでまりあに会ったら僕に教えてくれるかな? 瀬尾まりあっていうんだ」
「まりあという名の女性は数人知っているけど、瀬尾まりあさんは知り合いにいないな。写真とかある?」
「小学生の頃のしかないんだ。成長して顔も変わっていると思うし……」
滝口君はがくりと肩を大きく落とす。
「滝口君が探している女性に会ったらすぐに連絡するよ。SNSのID教えて」
「ありがとう」
匠君と滝口君はスマホを取り出して連絡先を交換し始めた。
匠君なら顔が広いから見つかるといいなぁ。
滝口君のためにも……
「滝口君。朱音になんかあったら俺に連絡して。こっちプライベートの連絡先だから」
「わかった。なんかの範囲はなんとなくわかるし」
「よろしく頼む」
「もちろん! お互い頑張ろうね」
二人は初対面同士なんだけれども、共通の何かを持っているのか、それとも気が合ったのか、急速に親しくなっている気がする。
「でもさ、五王君すごいよね。大学通いながら会社で働いているって」
「その事なんだけれども、今日ちょっと……」
匠君は口ごもりながら、ちらりと私の方へと視線を向けた。
なんだろう?
私に関することなのかな?
「会社の人達から大学生の時間も大切にした方が良いって」
「僕もそうだと思うよー」
「父にも言われたんだが、俺としては早く一人前になりたくてさ」
「一人前になりたい気持ちもわかるよ。でも、大学って結構色々な人達がいるからさ。うちの大学もイケメン多いよ。この間も僕達が学食でランチ食べている時、すっごいイケメンと美女に声かけられたし。ねっ、露木さん」
「え? もしかして、学食で斎賀さん達に席が空いているか聞かれた時のこと?」
突然話をふられ、私は首を傾げてしまう。
確かに声をかけられたけど……
「そう。あの露木さんに意味深視線を送っていたイケメンのこと」
「どういうこと!? 朱音。俺、聞いていないんだけど!?」
「意味深視線というか、何か言いたそうな視線は送られたけど……」
「送られたの!?」
「学食で食べていたら、席空いているか聞かれて世間話をしたくらいだよ。テーブル席だったから、一緒の席になったの。それがね、すごい偶然だったの。受験の時に会った二人だったんだ」
「なに、その運命的な再会」
「運命的かな? 大学が一緒だったら、学食で会うこともあると思うよ? あれから会っていないけど」
「露木さん、結構現実的。でも、確かにそうだよね。大学同じならどっかで会うだろうし。生活圏が被っているからさ。というか、露木さんも大学で人が多いから出会いあるけど五王君もじゃない? 五王君モテそうだし。大学でも会社でも声かけられまくっていると思うけどなぁ。大丈夫なの? その辺りは」
「それも問題なんだ……」
匠君は深いため息を吐き出すと、テーブルに伏せた。
匠君モテるもんなぁ。彼女がいないのが不思議なくらい。
そういえば、匠君って今までどんな人と付き合ってきたのだろう?
元カノさん・佐緒里さんとは会ったことあるけど、他の人の話は聞いたことない。
ぼんやりとそんな事を考えていると、なんか胸がもやもやとしていく。
「てっとりばやく指輪でも着けちゃえば?」
「俺だけつけていても……」
「でも、ベタだけど一番簡単な方法だと思うよ」
「そうなんだよ。でも、本番大事にしたい」
「左手の薬指じゃなくて右手の薬指につければどう? 露木さんに選んで貰ってさ。お店はまだあいているし。ねっ、露木さん!」
「えっと……私は全然大丈夫。でも、今日は春ノ宮家に……」
私はじっと匠君の方を見た。
すると、彼は顎に手を添えじっと考えている素振りをしている。
「右手ならいいのか……?」
匠君はそう言いながら自分の右手を見つめた。