大学生活と寂しい気持ち
この春。
私は無事志望校に合格し、大学生になった。
大学の入学式では人の多さや校舎の広さに圧倒されていたけど、一ヶ月を少し過ぎた今は慣れ始めている。
入学式で声をかけてくれた人達とも友達になれたし……
高校と違って時間もできたので、そのうちバイトをしようかなって思っている。
順調に進んでいる大学生活だけれども、私にはちょっと悩みがあった。
それは匠君のこと。
私と同じように匠君も大学に進学。
匠君は臣さん達と一緒に六条院の大学に通っている。
免許を取ったから車で通っているみたい。
受験が終わったから匠君と会う時間が増えるかな? と思っていたけど、時間は増えず。
受験の時は受験が終わってからと思っていたけど、終わってからも会える時間が少なくなって……
自分でもびっくりするくらいに寂しい。
理由は匠君が多忙のため。
匠君は大学に通いながら、将来後を継ぐために五王の系列会社で働いているのだ。
――匠君に会いたいよ。電話は毎日しているけど、やっぱり会うのとは違うし。でも、将来のために勉強しているから、寂しいって言えない。
ぼんやりとそんな事を考えていると、「朱音?」と声を掛けられてしまう。
弾かれたように顔をあげれば、椅子に座っている女性の姿が。
黒と赤のボーダーのカットソーを着ている女性で、髪は金に近いボブカット。
黒のアイラインを濃いめに入れ、唇は真っ赤なリップで塗られている。
彼女は私を見つめながら心配そうな表情を浮かべていた。
その隣には女子アナ風の清楚な女性が座っているんだけど、その子も同様の仕草をしている。
二人の前のテーブルには、ラーメンと野菜炒め定食が乗ったプレートが置かれていた。
あっ、学食を食べに来ていたんだった……
ぼーっとしていて、私は自分が一瞬どこにいるのかわからなくなってしまっていたようだ。
友達と一緒に学食にやってきていたのを思い出す。
目の前にいる二人は、私が大学で出会った友人。
パンクロックな服を着ている方が灰沢カレンさん。
清楚な印象を受ける服を着ている方が宮崎世里奈さん。
私と同じ国文科で入学式の時に声をかけてくれ、仲良くなった。
私たちの周りはちょうどお昼時のため、食堂内は大勢の生徒達で賑わっている。
広々とした食堂には等間隔に長方形のテーブルや丸テーブルが設置され、生徒達がお昼中だ。
大学では基本的にお弁当だけれども、一度は学食を食べたいということで今日は学食を食べに二人と来ている。
「ごめんね、ちょっとぼーっとしちゃった」
「あー、あるよね。私もさっきの講義でぼーっとしていたし」
「世里奈。あんた、ただ寝ていただけじゃん。見た目清楚系美女なのに、寝方めっちゃ残念な寝方だったよ」
「残念ってなに!?」
「半分目を開けて寝ていた」
「……マジか。せっかく大学では元ヤン封印して男受けする清楚系でデビューしたのに」
カレンさんの台詞を受け、「あー」と絶望の声を上げ世里奈さんが両手で顔を覆ってしまう。
「え、世里奈。あんた元ヤンだったの? まぁ、どうでもいいや」
「どうでもいいって酷っ。朱音も酷いって思うよね!?」
「いいよ、朱音。世里奈のことは置いておいておこう。それより、朱音。初めての学食どう?」
「うん、おいしいよ。学食って値段が安いんだね」
私はテーブルの上に置いてあるワンプレートのランチを食べながら言う。
今日の定食はハンバーグがメインのA定食。
ワンプレートにごはんやハンバーグ、サラダ、フルーツなどがのっている。
「安いよねー。うちの高校学食なかったから最初安さにびっくりしたわ。朝もやってくれると楽なんだけどね」
「あー、世里奈は一人暮らしだっけ。私と朱音は実家から通いだけどさ」
「そうだよ。一人暮らし。今度泊りに来て!」
「――僕も泊まりに行ってあげてもいいけど、女子三人に男は僕一人って危なそうー。僕の身が」
突然、世里奈さんの声に否定的な声が割って入る。
私達は弾かれたように顔を声のした方へ向ければ、そこには一人の青年が立っていた。
耳下までの茶色の髪にゆるくパーマをかけ、白のパーカーに黒のジャケット、黒のデニムという格好をしている。
彼は一言で言えば、誰もがかわいいと思ってしまうだろうという容姿。
男性!? と驚いてしまったレベルで可愛い。
「滝口君」
私が名を呼べば、彼はにっこりと微笑む。
彼の名は滝口春君。
私が大学で親しい友人は、カレンさん、世里奈さん、滝口君の三人だ。
「うまそうじゃん、滝口。生姜焼き定食?」
カレンさんが訪ねれば、滝口君は軽くトレイを挙げる仕草をする。
滝口君が手に持っているトレイには生姜焼き定食がのっており、生姜のぴりっとした香りと醤油の香ばしい香りが合わさって食欲を誘う匂いがする。
生姜焼き定食もおいしそうだ。
今日の夕食、生姜焼きにしようかなぁ。
「女子三人と男子一人ってオオカミの中に放り込まれた子羊だね」
「いや、滝口は女子枠で」
「僕、男子!」
むすっとしたまま、滝口君は私の隣へと腰を下ろす。
「冗談はここまで。ねー、それよりみんなに聞いて欲しい事があるんだ」
「もしかして、『初恋の君』が見つかったの?」
初恋の君とは、滝口君が探している女性だ。
滝口君がこの大学に進学した理由が、初恋の女の子・『瀬尾まりあ』さんという女性を探しているから。
私達よりも二つ上の人みたい。
滝口君は知人から彼女がこの大学に進学したと聞き、再会するために上京し進学して探している。
「見つかっていない……上級生だけじゃなくて一年生にも聞いたけど、知らないって。いるはずなのに」
「というか、うちの大学にいるのは確実なの?」
「確かだと思う。僕が聞いた相手が本人に会って聞いたって言っていたから」
「その会ったって人が連絡先聞いておけば、こんな面倒なことにはならなかったのにねー」
「ほんとそう思うよ。たいして親しくないから連絡先聞いてないって……僕がまりあちゃんと別れたのが小学生の頃だから、大分変わっているよね。僕の事、覚えてくれているかな? あー、彼氏いそう」
滝口君が肩を大きく落とせば、ふと私達の頭上から声が降ってきた。
「あの、すみません。ここって席あいていますか?」
透き通るような女性の声だ。
ゆっくりと顔を上げれば、そこには一組の男性と女性が。
美男美女なんだけれども、私はその二人を見て首をかしげてしまう。
あれ? どっかで見たことがあるような……?
どこだろうと思っていると、相手の方が答えを教えてくれた。
「あれ? もしかして、受験の時に昇降口で斎賀がぶつかった子!」
女性の方が私を指さしたので、私はもやもやとしていたのが解決しすっきり。
どうやら、受験の時に昇降口で会ったゆるキャラのキーホルダーをつけていた二人だったみたい。
「受かったんだね、おめでとう」
「ありがとうございます。お二人もおめでとうございます」
「ありがとう。ここで会ったのも縁だから、約束通りおごるよ。斎賀が」
「なんで俺が」
「ぶつかったのはあんたでしょ?」
女性がそういえば、男性の方が不機嫌そうな表情を浮かべた。
「朱音、英文科の噂の二人と知り合い?」
「「噂?」」
世里奈さんの台詞に対して、斎賀さん達が首をかしげる。
「本人も知らないのかー。すっごい美男美女でお似合いのカップルが英文科にいるって噂になっているの」
美男美女かぁ。確かに!
お似合いだなぁって思う。
「はぁ? 俺と若狭は付き合ってねーし」
そう斎賀さんがいえば、若狭さんの表情が少し曇った気がする。
「それより、ここあいているわけ? あいてなかったら他行くし。冷めた料理って不味いんだよ」
「あいています」
私がそう言えば、彼は滝口君の隣へと座る。
若狭さんは彼とは対面するように、カレンさんの隣へ。
「初めましてだよね。私、英文科の若狭有栖。そしてこっちが同じ英文科の斎賀誠みんなは?」
「僕達は全員同じ国文科だよ。一応、自己紹介しておくと、そこのパンクロック系が灰沢カレン、その隣の清楚派っぽいけど元ヤンな宮崎世里奈。僕の隣が露木朱音さん。そして、僕が滝口春。露木さんと灰沢が実家通いで僕と宮崎が一人暮らし。若狭さん達は地元?」
「ううん、違うわ。私達もアパートを借りているの。私と斎賀は同じアパートで隣同士なんだ。どうせ朝昼晩一緒に食べるんだから、一緒に暮らしても同じだって言ったんだけど。ほら、家賃浮くし」
「仲良いんですね」
「保育園からの腐れ縁だ」
「えぇ、そうなの。斎賀のことならなんでも知っているわ。斎賀も私のことを知っていると思うし」
若狭さんが嬉しそうに微笑んだ。
「幼なじみかぁ……いいなぁ。早く僕もまりあに会いたいなぁ」
「まりあさんって?」
滝口君がため息交じりに言えば、若狭さんが首を傾げる。
「実はさ、幼なじみを探しているんだ。瀬尾まりあって言うんだけど知らない? この大学に通っているらしいんだけど」
「ごめんなさい、知らないわ。あっ、でも友達にも聞いてみるね。私達のバイト先でも聞いてみる。大学の近くだからもしかしたら知っている人がいるかもしれないし」
「ありがとう!」
「見つかるといいね」
「うん」
滝口君の初恋の人、見つかると良いなぁ。
うちの大学に通っていても人が多いから……
学生課に聞いても個人情報って言われて教えてもらえなかったらしいし。
そんな事を考えていると、ふと視線に気づく。
視線を向ければ、滝口君を挟んで斎賀さんが私を見ていた。
「えっと……何か?」
「いや、別に」
斎賀さんは特に気にする素振りもなく、首を左右に振ると食事を初めてしまう。
なんだか、すごく気になるんだけれども。
もやもやする。