入試
私が志望する大学内には、数多くの受験生の姿があった。
今日が入試の日だったため、試験が終わった生徒達で門まで込み合っている。
――センター試験が終わってからは、あっという間だった気がする。
私はほっと長い息を吐くと、校舎から外へと出た。
結果はまだわからないけど、やるべきことはやったので後は合格発表を待つしかない。
滑り止めは受けずにこの学校一本だ。
三者面談では担任の先生から志望校のレベルを上げて別の大学も進められたけど、両親の希望する国立で自宅から通える距離の大学がここだった。
建物から門までは私以外の受験生達で混んでいて、川のように人々の姿が。
色々な制服に身を包んでいて、見たことがない制服も窺える。
友達同士で「終わったからどっか寄って行く?」と笑顔で話している子や家族に迎えに来て貰うためか電話をしている子など様々だ。
私も流れに乗るために足を踏み出せば、肩から下げていた自分の鞄が視界を掠める。
鞄の取っ手には、受験で有名な神社のお守りが付けられていた。
これは匠君から貰ったもので、わざわざお参りに行って来てくれたそう。
匠君だけじゃない。
美智さんをはじめとした五王家の人達や春ノ宮家の人達からもお守りを頂いている。
鞄にはつけきれないので、匠君に貰ったのだけ付けて後は学習机に掛けてあった。
「……匠君に試験が終わったよって連絡しようかな」
私は建物から出ていく人達の邪魔にならないように端に寄ると、鞄からスマホを取り出した。
その時だった。
私の体に何か硬いものがぶつかり、バランスを崩しかけてしまったのは。
「あっ」
衝撃がそんなに高くなかったので、多少の体のぐらつきはあったが態勢を立て直すことができた。
「悪い!」
謝罪の声に顔を上げれば、灰色のセーラー服と学ランを着た二人組の姿が。
学ランの少年の方は、耳に少しだけかかるくらいの長さの漆黒の髪をした人で精悍な顔立ちをしている。
セーラー服の少女の方はショートボブが印象的で顔立ちも可愛らしい。
二人とも背が高く、並ぶと美男美女でとても絵になる。
学ランを着ている人の鞄が肩からズレているため、どうやら私に鞄がぶつかったみたいだ。
鞄にはお守りと共にちょっと前に流行したゆるキャラのキーホルダーが付けられている。
お守りとゆるキャラは少女の鞄にも付けられていた。
「斎賀! ちゃんと前を見てなきゃ駄目じゃん」
少女が仁王立ちになりながら少年に言いうと、今度は私の方へと顔を向けてくる。
眉を下げると私に軽く頭を下げた。
「ほんとごめんね!」
「いえ、気にしないで下さい。私の方こそ、すみません。鞄に気を取られてしまっていたので……」
邪魔にならないように端に避けたけれども、人が多い場所という事を考慮するべきだったのだ。
匠君への連絡は急ぎではないので、門を潜って少し離れた場所での連絡にした方が良いだろう。
「本当にごめんね。ここの大学に受かっていたら、お詫びに何か奢るからその時は声を掛けてね。斎賀に」
「はぁ? なんで俺が」
「ぶつかったのは斎賀でしょ?」
「……」
少年は明らかに不機嫌そうな顔をすると、何も言わずに足を動かして昇降口を出て行ってしまう。
すると、少女が慌てて「斎賀」と名を呼ぶが反応がない。
「もー、置いていくなんて酷いじゃん! お互い合格していると良いね。じゃあ、バイバイ」
少女は笑顔で私に手を振ると、少年の後を追うために駆け出す。
足が速いようで、あっという間に彼に追いつき、少年の背を軽く叩くと笑顔で話しかける。
――彼氏と彼女かな?
少女の方の雰囲気が好きな人に対しての見せる表情をしているような気がした。
そのため、私はなんとなくそう思ってしまう。
お揃いのお守りとゆるキャラのキーホルダーを付けていたし。
「大学の外で連絡しよう」
私はそう呟くと、建物から外へと出た。
今度こそ邪魔にならないようにと人の通りが無い所に立つと、鞄からスマホを取り出す。
試験中はスマホの電源を切っておいたので、電源を入れて立ち上がるのをしばし待つ。
やがてスマホが起動すると、メッセージが届いていることに気づく。
誰からだろう? と思えば、匠君からだった。
『試験おつかれ。朱音、帰りは電車で帰る? 俺、偶然朱音の志望校の近くにいるんだ。もし電車なら迎えに行くから一緒に帰ろう』
と、書かれている。
――匠君、近くにいるんだ。会いたいなぁ。
私と匠君は、ここ一ヶ月半くらい会っていない。
匠君が「朱音の勉強の邪魔になると悪いから、受験終わるまで電話我慢するよ」と気をつかってくれていたため、電話もしていないので声も聞いていない。
メッセージのやり取りはあったけれども……
そのため、匠君と会えるのも話をするのも久しぶり。
家まで送って貰う事を迷ったけど、匠君に会いたかったので彼に連絡をすることにした。
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返事をするために匠君に連絡すれば、久しぶりに会うので家に送って貰う前に少しお茶をしていくことに。
そのため、私達は合流するとカフェへ。
私達がいるカフェは地下にある。
天井から吊るされた暖色の明かりや観葉植物などにより、地下ということを忘れてしまいそう。
店内は落ち着いたクリーム色の壁や木目が綺麗な机など自然的な雰囲気。
珈琲や紅茶缶が置かれている棚前にあるカウンターには、コーヒーのサイフォンが置かれ珈琲の良い香りが漂ってくる。
私と匠君は店内の端にある席にいた。
丸いテーブルに一人掛け用のソファが二脚の二人用の席だ。
「久しぶりだね」
テーブル越しに座っている匠君に言えば、彼は嬉しそうに微笑むと唇を開く。
「本当に久しぶりだよな。朱音と会えてすごく嬉しいよ。ずっと会いたかったからさ」
「私もだよ。そういえば、最後に会った時に教習所通っているって言っていたよね?」
私はふと匠君が以前に言っていた事を思い出して尋ねた。
匠君なら五王の運転手さんがいるから免許要らなそうだけれども、免許を取得するみたい。
車で色々な所に行きたいそうだ。
「もうすぐ卒検なんだ」
「卒検終わったら免許取れるの?」
「いや、免許センターでの試験が終われば取れるよ。でも、免許取っても車の運転はまだ出来ないかな。高校卒業してからではないと運転は駄目って校則で決まっているんだ」
「そっか」
「朱音は免許とらないんだよな?」
「うん」
私は公共機関を利用するつもりなので、特に免許を必要としていない。
就職する時に必要ならば取ればいいかなと思っている。
「あのさ……俺が免許とったら、色々な所に遊びに行かないか? 勿論、安全運転前提で」
「うん。行こうね」
私は微笑むと頷いた。
「しかし、早いよな。俺と朱音が出会って二年が経つなんて。もうすぐ高校も卒業だしさ」
「早いよね。そういえば、六条院って卒業パーティーあるんだよね?」
「ある。六条院の敷地内に六条院会館っていう擬洋風の建物があって、そこで卒業生と卒業生の家族達で立食パーティーが開催されるんだ。たしか、ダンスも踊るはずだな」
「そういうの六条院っぽいよね。うちは卒業式だけだよ」
卒業式が終わったら、クラスメイト達全員でカラオケに行く予定となっている。
もうすぐクラスのみんなとお別れっていうのは寂しい。
匠君達と知り合ってから、私は良い方向に変わったって思う。
きっと匠君達と出会う前の私ならば、卒業式が寂しいなんて思わなかっただろう。
クラスに馴染めないまま中学の頃のように義務的に卒業を迎えるだけだったはずだ。