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匠、小春ちゃんと遭遇

 天を星々が輝いている頃。

 五王家のリビングではドラマを見ながら、まったり家族団らんの時間を過ごしていた。

 テーブルを囲んで祖父、父、母、美智がテレビのディスプレイを眺めつつ、どら焼きを食べている。

 ミケとシロはみんなが手にしているどら焼きをじっと見ているというありふれた五王家の日常。


 どら焼きは夕刻に朋佳姉さんがおすそ分けに来てくれたもので、春ノ宮家で大量にどら焼きが集まってしまったらしい。

 うちは美智がどら焼きが好物なので嬉しいおすそ分けだったが、量が多すぎた。

 そのため、使用人の人達にも分けて残りを家族で食べることに。


 皆が美味しそうにどら焼きを食べているが、俺は全く手を付けることなく、ただスマホを眺めていた。

 和風カフェで朱音に電話をしたが、あの時朱音は電話に出ず。

 しかも、折り返しが全く無い。


 ――忙しくて気づいていなかったのだろうか?


 佐弥香が危惧した通り、もしかして朱音の所に佐緒里が行ったのかもしれない。

 そんな事ばかり頭に過ぎる。


 やはり、朱音の塾が終了する頃を見計らって様子見を見に行くべきか?

 ちょっとその辺まで用事があったと理由をつけて。


「お兄様。さっきからスマホばかり見ていますけれども、どら焼きを食べないんですか?」

 俺は顔を上げて隣にいる美智へと視線を向ける。

 すると、美智が訝しげに俺を見ていた。

 手に本日二個目となるどら焼きを持って。


「食べるけどさ……」

 俺はテーブルの上に乗っているどら焼きが入っている籠へと手を伸ばす。


「朱音ちゃんの事で何かあったのかい?」

 父の質問に対して俺は口を開く。


「なんで朱音だって思ったの?」

「えー、だってスマホを眺めて溜息ついているからさ。朱音ちゃんに会いたいのかなって」

「すっげぇ会いたい。今すぐ会いに行きたい」

 言葉にしたら余計に会いたくなった。

 いつも会いたいけれども、今日は心配事があるから余計に会いたい。


「匠」

 真剣な母の声に、俺は弾かれたように顔を向ける。

 すると、母が唇を開く。


「ギリギリからアウトになっては駄目よ」

「佐弥香も美智もそうですが、皆、俺のことをどんな風に思っているんですか?」

 俺は朱音の迷惑になるような事はしないし、ちゃんと朱音のことを大切にする。

 大切だからこそ、踏み込む加減がわからないのだ――


 朱音の元に佐緒里が訪れたとしても、朱音は俺に黙っている可能性が高い。

 俺のことを心配して。

 だから、俺が気づかなければならないのだ。

 朱音の声のトーンなどからいつもと違うことに。


「早く朱音と一緒に暮らしたい。そうすれば、家で会える。心配事があっても家で話し合えるし。先に言っておくけど、最初は二人でマンションとかで暮らすから」

「「えぇー……」」

 美智と母の残念そうな声が重なって聞こえる。


 五王家は朱音のことが大好きだから、争奪戦になることはわかりきっていた。

 朱音も五王家で暮らすのを了承してくれそうだし。

 そうなったら、俺と朱音のいちゃいちゃ新婚生活が……!


「いいんじゃない? 僕と秋香は五王家での新婚生活だったけど、お父さんは暫くお母さんが独身の頃に住んでいたアパートで新婚生活営んでいたし」

「ぐほっ」

 突然の流れ弾に祖父がお茶を吹き出し始めてしまう。


「え? お祖父様達アパートで暮らしていたんですか?」

「そうだよー。今はもう建物なくなって周辺の空き地も買収されてマンションが建っているけどね。六畳一間での新婚生活。元々、恋人時代に合鍵貰っていて半同棲状態だったから生活に馴染んでいたしね。だから、お父さんは料理が出来るんだよ。二人で台所に立って夕食作りとかしていたから」

 父の口から語られる祖父の新婚話に、祖父が両手で顔を覆っている。

 お祖父様は耳まで真っ赤だ。


「初耳ですわ。お祖父様とお祖母様が半同棲状態だったなんて。アパートで暮らしていた事も存じ上げませんでした」

「なんて羨ましい。俺も朱音と一緒に料理を作りたいなぁ。包丁持ったことがないけど」

「お母さんが具合悪い時とか、おかゆやうどん作ってくれていたそうだよ。それがすごく優しい味がして美味しかったって」

「あら、素敵!」

「……もうやめて」

 祖父のギブアップの声が弱々しくリビングに浸透した。





 +

 +

 +


 俺と朱音はいつも決まった時間に電話をする。

 朱音と会えない時は、その時間もとても大切で俺の癒しだ。

 そろそろ朱音との時間になるため、俺はリビングからゆっくり落ち着いて電話ができるように自室へ。


 一緒に着いてきたシロは、畳の上にあぐらをかいている俺の傍で休んでいる。


「なんか、緊張するな……」

 朱音への電話は毎日しているが、今日に限ってやたら緊張する。

 きっと朱音に佐緒里の事を尋ねるからだろう。


 スマホを操作して朱音に電話をかければ、数コールで「もしもし、匠君?」という控えめな朱音の声が耳朶に届く。

 めっちゃ可愛い。朱音に名前を呼ばれるのが一番好きだ。


「朱音、おつかれ。いま、電話平気か?」

「うん。大丈夫だよ」

「何していたんだ?」

「お風呂入って、どら焼きを食べていたの」

 どら焼き……なんて偶然。俺もついさっき食べていたばかりだ。

 二人でどら焼きを食べたとは、運命的だ! やっぱり、俺と朱音は運命の赤い音で繋がっているのだろう。


 若干興奮気味になりながら、「お、俺も!」と言おうとすれば、

「匠君の家には朋佳さんからおすそ分けが来たの?」

 という朱音の台詞が聞こえてきたため、俺は固まってしまう。


「……ん? 『には』?」

「うん。夕方近くに、春ノ宮家のお祖父さんがどら焼きが大量にあるからお裾分けに来てくれたの。ごめんね、電話気づかなくて。匠君のお祖父さんとうちでお茶をしていたの。塾に到着して気づいたんだけど……」

「ちょっと待って。お祖父様、朱音の家に行ったのっ!?」

 全然聞いていない。俺に連絡来ていないんですが、春ノ宮家のお祖父様。

 俺だって朱音とお茶したかった。

 誘ってくれたら、喜んで着いて行ったのに!


 ――お祖父様と一緒だったということは、佐緒里が朱音に会いに行ったということはないかもな。何かあったら、お祖父様から俺に連絡くるだろうし。


 だが、一応念のために尋ねてみようと思って口を開きかければ、「あのね、匠君」という朱音の声が聞こえた。


「今度の土曜日空いている? その……大事な話があるの。よかったら、うちに来てくれないかな」

「だ、大事な話……?」

「うん。両親は仕事で留守だし琴音は遊びに行くから、うちに私しかいないの。だから、ゆっくり話が出来るんだ」

 大事な話を俺と朱音の二人だけでって……それって、告白フラグじゃんっ!?

 いや、だが朱音が自覚してくれそうな出来事なんてなかったので、違うかもしれない。

 そう頭ではわかっているのに、過剰に期待してしまう自分がいる。


「わかった。ちょっと待っていて」

 俺はテーブルへ手を伸ばして、置いてあった手帳を手に取る。

 午前中と夜からは予定が入っているため、午後なら問題なさそうだ。


「朱音、午前中と夕方には予定が入っているんだ。でも、午後なら大丈夫そうだから、一時半か二時くらいには朱音の家に行けるよ」

「本当? よかった。お菓子作って待っているね」

「気にしないでくれ。受験勉強で大変だろ?」

「ううん。息抜きにもなるし。それに、匠君は美味しそうに食べてくれるから作るのが楽しいの」

 朱音の言葉を聞き、俺は告白フラグへの期待を手放すことは出来なかった。




 +

 +

 +


 朱音との約束の日。

 俺は午前中の用事を済ませ、五王の屋敷に戻ってスーツから私服に着替えをした。

 部屋に設置してある姿見の前にて。俺は、いつもより気合いが入った格好をして全身をチェックしている。


「なぁ、シロ。この恰好どう思う?」

 足元でじっと俺の事を見ているシロに対して声をかければ、「わふっ!」と嬉しそうに鳴いてしっぽをぶんぶんと振った。


「そうか、大丈夫か」

 俺はしゃがみ込んでシロのふわふわの毛を撫でる。


 ――そろそろ行くか。


 俺は自分の部屋を出ると、リビングへと向かう。

 祖父達に朱音の家に行って来ると伝えるために。


 リビングの前の扉へと到着すれば、賑やかな声が扉越しに届く。

 声の主には聞き覚えがあった。春ノ宮家の祖父だろう。

 扉を開ければ、テーブルをコの字に囲むように祖父達が座っている。

 お茶とお菓子をお供に話が弾んでいるようだ。


「お祖父様、来ていらっしゃったのですね」

 俺は正座をすると祖父に挨拶をする。

 すると、なぜかお祖父様は視線を泳がせた。


「あー、その……久しぶりだな、匠」

「……?」

 祖父が珍しく口ごもったので、俺は首を傾げる。


 なぜ祖父がそんな反応をするのか疑問に思ったが、そろそろ出発しないと間に合わない。

 朱音の家に向かう前に菓子店に立ち寄って手土産を購入したいからだ。


「これから朱音の家に行って来ます」

「いってら――」

「えっ、 朱音さんの家に行くのか!?」

 母達の声を遮るかのように、春ノ宮家の祖父の大声が響き渡った。

 突然の豹変に対して、俺達は全員びっくり。何度も目を瞬きして、祖父を見詰めだす。


「お祖父様、今日は本当にどうされたんですか? 様子がおかしいですよ」

「そ、それは……すまない匠。わしからは言えぬ」

「えっ、もしかして俺に関すること!?」

「ほら、朱音さんのところに行くんだろ。時間に遅れてはならないから、もう行きなさい」

 祖父が立ち上がると、俺の元へ来てぐいぐいと体を押した。

 あからさまな反応に、嫌な予感がする。

 だが、祖父の言うとおりそろそろ出発しなければ間に合わなくなってしまう。


「後で話を伺いますから、お祖父様」

 俺はそう言うと立ち上がった。



 +

 +

 +



 もやもやとしたまま、俺は約束の時間の五分前に朱音の家到着。

 ちゃんと手土産も購入している。

 いつもとおり、朱音の家の前で車を止めて貰って降りれば、「あっ! イケメン六条院生っ!」という子供特有の高いトーンの声音が届く。


 そのため、俺は声のした方向へと顔を向ける。

 すると、そこには小学生低学年くらいの女の子の姿が。

 お母さんと思われる女性に手を繋がれているのだが、あいている手で俺を指さしていた。


 ――誰だろう? しかし、六条院生だってよくわかったな。制服着てないのに。


 お母さんはびっくりした顔をして隣の女の子を見ている。

 かと思えば、ばっと弾かれたように俺の方へと顔を向けた。


「す、すみませんっ……!」

 お母さんは俺に向かって謝罪の言葉を焦りながら言うと、「人に指をさしては駄目でしょ」と怒りながら女の子が指を差している手をそっと下げる。

 女の子は怯むことなく、お母さんの手を離すと俺の元へ来て仁王立ちになった。


「ちょっとー。この間、修羅場だったんだからねー」

「修羅場……」

 低学年くらいの子から修羅場という言葉を聞き、最初は聞き間違いでもしたのかなと思った。

 俺は低学年の頃、修羅場という言葉を知っていただろうか?

 それとも最近の子は大人びているのだろうか?


「ちょっと、聞いているの? もー」

 女の子は声に棘を含めると頬を膨らませてしまったため、俺は「ごめん」と謝った。


「朱音お姉ちゃん、大変だったのよ。お兄ちゃんの元カノが来てさ」

「佐緒里が!?」

「そうよ。私とおじいちゃんの二人で朱音お姉ちゃんの事を守っていたんだからね。木の影に隠れて」

「お祖父ちゃんって、まさか!」

 俺の脳裏に浮かんだのは、春ノ宮の祖父だった。


 納得した。祖父の様子が変だったのは、佐緒里が襲来したのを知っていたからだろう。

 もしかしたら、朱音に口止めされたのかもしれない。


「ちょっと待ちなさい、小春。貴女、人の話を盗み聞きしていたの?」

 初耳だったのか、お母さんはかがみ込むと小春ちゃんと視線を合わせだす。

 小春ちゃんが頷けば、お母さんが頭を抱えた。


「すみません……本当に……」

「いいえ」

 俺は首を左右に振ると、少し屈み込んで「教えてくれてありがとう」と言いながら小春ちゃんの頭を撫でる。


「別にいいわよ。朱音お姉ちゃんのためだからねっ! あっ、そうだ。お兄ちゃん、六条院生でしょう?」

「そうだよ」

「今度お金持ち紹介して。私ね、お金持ちと結婚したいの。ママがお金持ちと結婚すれば、おもちゃをいっぱい買ってもらえるって。ねぇ、ママ」

「あぁ、まさかあの時の事がこんなことになるなんて。自分でお金持ちになってから買えばいいって言えばよかった……――」

 お母さんは小春ちゃんの問いに対して、両手で顔を覆う。

 指の隙間から窺える頬が真っ赤だ。


 きっと玩具をねだられた時にでも、断る理由として言ったのだろう。

 俺もレオンが玩具を見ると欲しくなり、毎回ねだられるから気持ち的にはわかる。

 叔母から甘やかせないように言われているため、玩具を断るのも大変だ。

 大暴れするし。


「結婚相手は紹介出来ないけど、お友達候補は紹介出来るよ。俺のいとこ、君より少し下くらいなんだ。海外に住んでいる双子の兄妹なんだよ。日本に友達少ないから、良かったら仲良くして。今度連れてくるからさ」

「本当っ!?」

「勿論」

 俺は微笑ながらそう言った。




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