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佐弥香の調査能力

 佐緒里さんと別れた後。離れていく彼女の背を見送っていると、突然「大丈夫!?」という声と共に見知った女の子が私の元に現れた。

 お隣の小春こはるちゃんだ。


 私がいる公園は住宅地にあり、誰でも立ち入ることが可能。

 放課後になるとよく小学生が遊んでいるため、小学校二年生の小春ちゃんが遊んでいても不思議ではない。

 現に彼女はピンク色のボールを持っていた。


 ただ、竜崎さんとの事を目撃されていた事に対して、ちょっと驚いてしまったけれども……


 ついさっき現れた小春ちゃんに手を引かれ、木々が生い茂る所に誘導されれば、そこには春ノ宮家のお祖父さんの姿が。

 お祖父さんは老舗の菓子店の名前が書かれた紙袋を持ち、顔に大量の汗を流していた。

 まるで木の陰に体半分を隠すようにして匠君のお祖父さんが居たのが気になった。


「どうして匠君のお祖父さんが……?」

 私の問いに対して答えてくれたのは、小春ちゃんだった。


「おじいちゃんと一緒にここに隠れて、朱音お姉ちゃんとあの人のことを見ていたの! 全部聞いていたんだよ」

 小春ちゃんの言葉を聞き、私は匠君のお祖父さんにも聞かれていた事を知ることに。


「お、お嬢ちゃん……っ!」

 裏返った声を上げて匠君のお祖父さんが両手で顔を覆った。


「ご、誤解なんだ、朱音さん! 弁明をさせてくれ。実は朱音さんの家にいく途中だったんだ。運動のために駅で車を降ろして貰い、徒歩で朱音さんの家に向かう途中に偶然公園を通りかかって姿を見かけてな。竜崎家の娘と一緒だったから、その……心配で……彼女は匠の元恋人だったから」

「小春はね、おじいちゃんが朱音お姉ちゃん達を見ていたから声をかけたの。それで、朱音お姉ちゃんが心配だったからもっと近づいたんだ。遠くてお話が聞こえなかったから。隠れて聞いていたんだよー」

「申し訳ない。盗み聞きするつもりじゃなかったんだ」

 お祖父さんが深々と頭を下げたので、私は首を左右に振る。

 すると、「小春ちゃんー」という声が聞こえ、私達は弾かれたように顔を向ければ、そこには小春ちゃんのお友達が。

 どうらや友達と遊んでいたらしい。


「あっ、ボールを取りに行っていたんだっけ」

 小春ちゃんは、「ごめん、今行くねー」と大声を上げて手を左右に振った。


「朱音お姉ちゃん、ちゃんとあのイケメンの彼氏に言った方が良いよ」

 彼女はそう言うと、「じゃあ、またねー!」と友達の方へ駆けて行く。


 私のお隣さんはしっかりとしている子だ。

 いつも会うと元気に声を掛けてくれる。


 小春ちゃんがお友達の方へと到着したのを見届ければ、お祖父さんに声を掛けられた。


「朱音さん」

 私は視線を小春ちゃんからお祖父さんへと向けた。


「朱音さん。さっきのお嬢ちゃんの言う通りだ。匠に言うべきだと思う」

「それは……」

 六条院を訪れた時に匠君の反応を見ているため、私は彼に心配をかけたくないから黙っているべきだと思った。

 そのため、口ごもってしまう。


「匠君には伝えるつもりはないです。匠君は優しいから気にしてしまうので」

「しかし……」

「匠君、最近元気なかったんです。凹んでいたというか……だから、負担をかけたくはなくて……」

「朱音さんの気持ちはわかるが、匠にも伝えるべきだと思う。匠も当事者だ」

「でも……」

「匠はそんなに弱くはない。それに、人伝いにこの事を匠が聞かされれば、そっちの方が傷ついてしまうかもしれん。匠は朱音さんに頼られたいだろうし。言いにくいなら、わしから匠に話そうか?」

 私は黙っているつもりだったけど、お祖父さんの話を聞き、揺れ始めている。

 私が逆の立場ならきっと言って欲しいと思ったから。


「匠君には、私から話をしたいです。その……今日は無理かもしれませんが……ですから、匠君には内緒にして貰えますか?」

「わかった。匠には黙っていよう」

「ありがとうございます」

 ほっと安堵の息が漏れる。


「そう言えば、匠君のお祖父さんはどうして私のところに……?」

「おお、そうだった」

 お祖父さんは、手にしていた紙袋へと視線を落とす。


「朱音さんはどら焼きは好きかい? 聞かずに持って来てしまったのだが」

「はい、好きです」

「そうか、良かった。実は来客から貰ったり、家族が購入して来たりして、どら焼きがうちに180個あるんだ。わしもちょうど買ってしまってな」

「180……」

 日常ではあまり聞かないどら焼きの数だ。


「朱音さんにおすそ分けに向かう途中だったんだよ。さすがに食べきれないからね。どうか受け取って貰えると助かる」

 お祖父さんが私に向かって紙袋を渡してくれたので、私は「ありがとうございます」とお礼を言って受け取る。


「あの……良かったらお茶でも飲んで行って下さい。うち、近くなんです」

「すまない。気を使わせてしまって」

 私はお祖父さんに向かって首を左右に振ると微笑んだ。





 +

 +

 +



(匠視点)


 佐弥香から連絡があり、俺は待ち合わせに指定されたカフェにやって来ていた。

 先に佐弥香が店で待っていてくれたため、店員に案内して貰い個室へ。

 通された部屋には、佐弥香と相羽君の姿が。


 抹茶などを扱う和風カフェのためか、椅子もテーブルの家具類も和で統一。

 椿柄のマットが敷かれた黒いテーブルの上には、苺のパフェとアイスコーヒーが乗っている。

 椅子は背もたれにクッションが置かれ、座席部分は畳風になっていた。


 相羽君は俺の姿を視界に入れると、立ち上がって会釈をした。

 彼の隣に座っている佐弥香は、「匠、お兄様」と言いながら満面の笑みを浮かべている。


「悪いな、二人とも。時間を作って貰って」

 俺はそう言うと席につく。


「何か飲み物でもいかがですか?」

 佐弥香の言葉に続くように相羽君がメニュー表を差し出してくれたので、俺はお礼を言って受け取る。

 俺も相羽君のようにアイスコーヒーにしようと思ったが、一応メニューへと目を通す。

 すると、朱音が好きそうなメニューを発見。


 ふんわりとしたパンケーキなのだが、あんこや抹茶アイスなどの和風テイストのパンケーキ。

 この店は雰囲気もよいから朱音と二人で来たい。


 ……ということで、俺はパンケーキとアイスコーヒーをオーダーすることに。


 テーブル席には端末が置いてあり、相羽君が注文をしてくれた。

 相羽君、すごく気が利いて良い人だ。


「竜崎さんの件ですが、調べた結果、たいしたことはわかりませんでしたわ。ただ、数日前から彼女の様子がおかしかったようです。何か思い悩んでいるような雰囲気だったそうですわ」

「悩んでいる?」

「えぇ。お付き合いしている方との仲がこじれたのかしら? と、思い調べてみましたが特に問題もなく。むしろ、とても良好。私と和泉君くらいラブラブでした」

「おい! 真面目な話に俺達の事をさくっと入れるなよ」

「ふふっ、ラブラブは否定しないのね」

「そ、それは……」

「和泉君赤くなっているー。大好き」

 佐弥香が和泉君の腕にしがみ付けば、彼はもっと赤くなった。


 目の前でいちゃつかれ、俺も朱音に会いたくなった。この後、こっそり会いに行こうか。


「だったら、家の可能性とかか? 竜崎家のことを父さんに聞こうと思っているんだが、多忙でなかなかつかまらないんだ」

「叔父さまがお忙しいのは存じ上げていますので予想はつきました。ですので、代わりに私がお父様経由で調べておきましたわ。竜崎家、昨年起こした新規事業がよろしくないようです……と言っても、一気に傾くというような状況ではありませんけれども。おそらくそれが原因でしょうね」

「いや、待て。なんで俺? 俺じゃなくて事業なら父さんだろ」

「それは、こちらをご覧になって下さい。調査報告書です」

 佐弥香は鞄からA4サイズが楽々入る封筒を取り出すと、俺へと差し出してきた。

 封筒を受け取って中身を見れば、佐緒里の彼氏・宮坂君と佐緒里のデート写真や彼の家について書かれた書類が。


 ――俺の従妹は探偵か?


 予想もしていない佐弥香の調査能力にちょっと驚く。


「お相手のお名前は宮坂鋼みやさかはがねさん」

「顔と名前はわかるが詳しくは知らなかった」

 俺が書類を眺めながら呟けば、佐弥香が口を開く。


「竜崎家は由緒ある家柄であり、日本や世界中に名を馳せている大企業。一方の宮坂さんの方は地元では名を馳せている企業という所ですわね。きっとこれが原因でしょう」

「俺からしてみれば、どっちも社長令嬢と社長子息ですげぇと思うけどなぁ。一体、何が問題なんだ?」

 相羽君はそう言うと、アイスコーヒーに口を付ける。


「竜崎家の事業に陰りが見えているけれども、それを宮坂さんの家が救うことはできません。逆ならなんとかなりそうですが。では元カレの五王家なら?」

 佐弥香の話を聞き、俺は頭を抱えたくなってしまう。

 俺に頼られても経営はノータッチ。

 従って、俺ではどうしようも出来ない。


「竜崎さんの周りの大人達が、新規事業の失敗を受け、不安から彼女の周りで何かネガティブな事を言っているかもしれません。例えば、お兄様と付き合っていたらとか……五王家という後ろ盾がある分、安心感が違いますわ。それが婚約や婚姻によればより強くなる。竜崎さんは怖いのかもしれませんわ。宮坂さんが竜崎家のお嬢様に相応しくない相手だと周りから言われ、別れさせられることを。勿論、家のことも心配だというのは前提ですが」

「可能性はあるな。だが、肝心の当事者である宮坂くんはどう思うんだ? 俺なら言ってくれよと思うぞ」

「俺もそう思います。佐弥香が同じ状況になって、俺が宮坂さんという方の立場なら言って欲しい。仮でも佐弥香が他の人と……というのは……」

 眉を下げている相羽君がトーンを落として言えば、佐弥香が目元を潤ませ「和泉君っ!」と勢いよく抱き付く。


 そんな二人を見て、俺もまた朱音に会いたくなる。

 腕時計で時間を確認すれば、家にいる頃だった。

 まだ塾までには時間があるので、今家に向かえば会えるはず。


 ――やっぱり、近くを偶然通りかかったと言って立ち寄ってみるか?


「お兄様。お兄様も朱音さんに伝えた方がよろしいかと」

「朱音に?」

「えぇ。竜崎さんは、お兄様を説得するより朱音さんを説得した方が良いと判断するかも」

「佐緒里は朱音の連絡先を知らないはずだから大丈夫だろう」

「調べれば良いことですわ。現に私も宮坂さんのことを簡単に調べられましたし」

「マジか! 俺と朱音、今すごく良好なんだよ。冗談じゃない。仲を壊されでもしたら全てが水の泡だ。せっかく朱音と両想いになったのに!」

「まぁ! お兄様、とうとう朱音さんとお付き合いを?」

「まだ付き合っていない。無自覚ながら朱音が俺の事を好きになってくれたようなんだ」

「それ、妄想こじらせたのではなく?」

「なんで皆、妄想にするんだよ!? って、今はそれどころじゃない。朱音だ。朱音」

 俺はスマホを手に取ると朱音へと電話を掛ける。

 だが、コール音は鳴るが彼女が電話に出ることはなかった。







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