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たじたじの春ノ宮祖父と朱音のお隣さん

 ――誰?


 見知らぬ七泉生に「露木朱音さん」と自分の名前を呼ばれたため、私は首を傾げてしまう。

 七泉生の知り合いは匠君の従妹・佐弥香さん達しかいないので、私はどうして彼女が私のことを知っていたのか疑問に思った。


「初めまして。私、竜崎佐緒里と申します」

 優雅に微笑みながら自己紹介をしてくれた彼女に対して、私は自分も自己紹介をするべきかな? と思った。

 でも、相手が私の事を知っていたので会釈で返すことに。


 竜崎佐緒里さんって、確か……


 私は彼女の名前に覚えがあった。

 前に匠君と水族館に行った時に健斗さんと遭遇。その時に、健斗さんが匠君の元カノの話をしていたから。

 それに、このあいだ六条院で匠君の口から佐緒里という名前を聞いていたし。


 ――あの時、匠君は佐緒里さんに会いたくない雰囲気だったよね? 落ち込んでいたのは佐緒里さんが原因?


 ふとそんなことを思い、私はちょっとだけ警戒して身構えてしまう。

 それと同時に、匠君が傷ついたり、落ち込んだりするような事が起こりそうなら守らなきゃ! とも過ぎる。


「突然来てしまってびっくりしたわよね? ごめんなさい。露木さんとお話がしたくて。電話番号を聞こうと思っても匠は絶対に教えてくれないと思うから、直接あなたの家に向かおうと思ったの。それで、貴女の家を訪問する途中にすれ違ったから」

「お話ですか……?」

「えぇ。匠と貴方のことで話があるの。そこの公園で構わないから時間を頂けるかしら?」

「はい」

 私が頷くと、彼女は公園へと足を進めたので、私は慌てて彼女の後を追いかけた。


 園内にはブランコや滑り台などのありふれた遊具があり、小学生くらいの子供達が遊んでいる。住宅地にあるためか、ここはいつも賑やかだ。

 私達は木々が生い茂る前にあるベンチに座った。

 この場所からは公園内が一望できる。


「本当にごめんなさい。露木さんと直接お話をしたくて、住所なども調べさせて貰ったの。私にとってはとても大事なことだったから……」

 住所を調べるってどうやって? など、色々疑問に思ってしまう。

 勝手に調べられるのは怖かったけど、竜崎さんが本当に申し訳なさそうな顔をしていたので私は何も言えず、彼女の話に耳を傾けた。





(春ノ宮家祖父視点)


 ――な、なんだこの状況はっ!?


 公園内を囲むように植林されている木々の物陰から、わしは朱音さん達を眺めていた。


 何故、こんなことをしているかというと、朋佳から届いた一通のメールが原因。所用で外出をしていたわしがどら焼きを購入して自宅に戻る途中、朋佳から添付画像メールが一通届く。

 画像には、店名が違う菓子店の箱が五つ。


『お客様が持って来て下さった一箱以外、お祖母様、お母様、私、景が購入してきました。全部どら焼きで合計150個です。見事に全員被りました。お祖父様は購入するのは控えて下さいね。お祖父様の大好物だから購入しそうなので。お父様にもどら焼きはうちにあるので不要とメール致しました』


 えぇー……画像を見た時、わしは困惑の声を上げた。

 なぜなら、わしの手には購入したばかりのどら焼きがあったからだ。


 菓子を購入する時は、使用人の分も購入する事があるため、数が多くなってしまったのだろう。わしが買ったどら焼き入れたら、180個。

 しかも、全員どら焼きだ。どら焼きに罪はないが、これ以上屋敷のどら焼きを増やすのには忍びない。


 五王家に持って行くか? とも考えたが、朋佳がもうすでにおすそ分けの連絡をしているような気がして止めた。


 では、誰に? と考えた時、朱音さんの事がふと浮かぶ。


 ちょうど朱音さんの家の付近を通っていたため、近くの駅で車を降り、運動のために徒歩で露木さんの家へ。

 公園脇を通れば、視界の端にベンチに座る少女達の姿が目に入った。


 気に留めずに足を進めようとしたが、少女が朱音さんと竜崎家の娘だったため、反射的に今の様に公園内に入り、木々の後ろに隠れてしまったのだ。


 孫達の恋愛解禁後に妻から知らされたが、匠は以前竜崎家の娘と付き合っていた事があるらしい。

 その事実を知っているため、二人の姿を見て鼓動が一気に跳ね上がり、体から血の気が一気に引いてしまった。


 ――匠! 一大事だぞ!?


 露木さん達とは距離があるため、二人が何を話しているのかは聞こえないが、楽しくおしゃべりという雰囲気ではない。

 匠の元恋人と現恋人(匠の心の中では)が二人でいるのを見て、このまま立ち去るのも心配だ。

 元彼女がよりを戻したいから匠と離れろと言っていたら……?


「何を話しているのだろうか。ここからでは聞こえない」

 そう小さな呟きを零せば、「ねぇ!」と、背にかん高い声を掛けられてしまう。


 心臓がひゅんとジェットコースターにでも乗っているかのような感覚に陥りながら、反射的に振り返れば、小学生低学年くらいの女の子が立っていた。

 漆黒の髪を二つに結い、手にはボールを持っている。


 まずい。不審者に見られてしまったか!?

 慌てて弁明をするために、唇を動かす。


「わ、わしは別に不審者ではないぞ。孫の彼女と孫の元彼女が一緒にいたから心配で見守っていただけだ。ここからでは聞こえないから、決して盗み聞きはしてない!」

「元カノと今カノ!? それって修羅場?」

「え」

 気のせいだろうか。修羅場という台詞が聞こえたのは。


「修羅場見たいー。あなたみたいな女には不釣合いよ! とか言っているのかなぁ?」

「お嬢ちゃんは一体どこでそういう言葉を……?」

「ママが見ているドラマ。おもしろいよ」

「お母さんっ!」

「あれー? 朱音お姉ちゃんじゃん」

 女の子はわしがさっきまで見ていた方向を見て指をさす。


「朱音ちゃんを知っているのかい?」

「うん、お隣ー。お姉ちゃんにお菓子作り教えて貰ったこともあるの。朱音お姉ちゃん、すごくお菓子作るのが上手なんだよ。隣は……七泉生ね」

「七泉を知っているのかい?」

 小学生が高校の制服を見ただけでどこの高校かわかるのが不思議だったため、わしはつい尋ねてしまう。


「わかるわよ。馬鹿にしないでよねっ! 私、お金持ちの学校はチェックしているんだから! 将来玉の輿にのるの」

「玉の輿……」

「ママが言っていたの。そんなに玩具が欲しかったら、お金持ちと結婚するといいわよーって。玉の輿に乗ったらいっぱい買って貰えるからって」

「お母さんっ!」

「もしかして、朱音お姉ちゃんの家に来る六条院生の彼氏の元カノなのかな」

「匠の事も知っているのかい?」

「うん。話したことはないけど、ママと買い物の帰りとか見かけるよ。朱音お姉ちゃんを迎えに来たり、送ってきたりしているから」

 女の子はじっと朱音ちゃんの方を見詰めると、大きく頷く。

 かと思えば、わしの手を両手で掴んだ。


「朱音お姉ちゃん、優しいから心配だよ! 不釣合いだから別れろって言われたら別れちゃうかも」

「そう! それなんだよ、問題は」

「行こう、おじいちゃん。ここからじゃ聞こえないもん」

「え?」

 ぐいっと手を女の子に引っ張られ、わしはそのまま連れていかれることになった。

 子供の力ってこんなにも強かったのか。


 段々と近づいてくる朱音さんとの距離に鼓動が飛び跳ねる。バレてしまわないかとひやひやだ。

 やがて女の子は話し声が聞こえる所で足を止めた。

 木々の蔭から、覗くと朱音さん達の後ろ姿が見える。


 ――無理やり連れて来られたが、さすがにまずいのでは? ここは大人として止めた方が良いだろう。


 と思い口を開こうとすれば、竜崎家の娘が発した言葉に固まってしまう羽目に。


「私が以前、匠と付き合っていたことはご存じかしら?」

 なんでそんな事をわざわざ言うんだ!?

 匠がいたら卒倒しそうな台詞を聞き、頭が痛くなる。


「はい、知っています」

 知っているのか、朱音さん!? という言葉が喉元まで出てきた。


「そう。なら、話が早いわ。私、匠とよりを戻したいと思っているの。この間、匠に伝えたんだけど、彼の反応が鈍いから貴女に頼みに来たのよ」

「どうして私に……?」

「露木さんから匠を説得して欲しいの。貴方に匠と別れろというつもりはないわ。むしろ、匠と付き合っても構わない。ただ、表向きは私と付き合っていることにして欲しいのよ。表の煩わしい人付き合いなどは私がやるわ」

 朱音さんの困惑した横顔が見える。

 当然だ。内容が重い。しかも、付き合ってもいないのに、そんな話をされても困るだろう。


 リサーチ不足だ。竜崎家の娘。


「将来、五王の家に入るなら、色々な事が起こるわ。パーティーへの参加は絶対だろうし、話したくない連中との付き合いもある。他国の言葉も勉強しなければならない。影でこそこそ言われることなんて日常茶飯事よ。私のように小さな頃からそういう環境に置かれていたなら慣れているけれども、貴女は慣れていないでしょう? 辛い思いをするわ。そういう表の部分は私が引き受ける。露木さんは華やかな場所苦手でしょう? だから、貴女にとってもメリットはあると思うの」

 確かに竜崎家の娘のいう通りだ。

 面倒なしがらみなども増えるだろう。五王と結婚となるとやっかみなどもあるだろうし。朱音さんの負担になってしまうかもしれない。


「すみません。竜崎さんが私に求めているものも答えもわからないです。匠君とよりを戻したいのは、匠君の事が好きだからですか……?」

「私が匠を?」

 朱音さんの問いに竜崎家の娘は目を大きく見開いた。


「……昔は好きだったわ。でも、今は私に大切な人がいるの。その人の事を守りたい」

 竜崎家の娘はぎゅっと膝の上に添えていた手を握り締める。


「さっき言ったでしょう? 影でこそこそ言われるのが日常だって。私は自分が言われるなら耐えられるの。でも、私の大切な者がいわれるのは耐えられない。それに、竜崎家を守らなきゃ」

 彼女は眉を下げながら弱々しく笑った。


「ワケありっぽいわね」

 ぽつりとわしと一緒に様子を窺っていた女の子が呟いた。

 この子は随分と大人びているなぁと思ったが、うちの朋佳も小さな頃はこんな感じだった事を思い出す。


「今すぐ答えろとは言わないわ。私の電話番号を教えるから、ゆっくり考えて後で答えを聞かせてくれるかしら?」

 竜崎家の娘がスマホを出せば、朱音さんが鞄からスマホを取り出して操作をし始める。

 交換が終わると、竜崎家の娘が「塾があるのに時間を取ってくれてありがとう」と言って立ち去って行く。

 朱音さんは困惑気味に彼女の背を見詰めていた。


 匠に言った方が良いだろうなぁと頭に過ぎった瞬間、「朱音お姉ちゃん、大丈夫っ!?」と、女の子が木々の影から飛び出してしまう。

 予想外の展開に「ちょっと待って!」と慌てて手を伸ばせば、足音と共にこちらに陰が差した。

 女の子と手を繋いだ少女のシルエット。それを目にした瞬間、わしは穴に入りたくなった。


「匠君のお祖父さん……?」

「あ、朱音さん……」

 ゆっくりと顔を上げれば、首を傾げた朱音さんの姿があった。







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