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匠くんのお蔭

衣替えの季節を過ぎ、やっと半袖のセーラー服が身に馴染んだ頃。

私の学校生活は良い方向に変化していた。

それはクラスでの過ごし方。お弁当を一緒に食べる友達が出来たり、クラスメイトからも声を掛けてもらえるようになったのだ。

どうやら匠君達と過ごしているうちに、彼らの傍が心地よく、私の顔つきも変わり話しかけやすい雰囲気になったらしい。

自分でも気づかない間に、世界が変わっていったのは匠君達のお蔭だ。

それを彼に伝えたら、「嬉しいけど、男もいるんだろう?」とちょっと複雑な表情をしていたのが少しだけ気になる。共学だから、男子学生もいるよ? とは伝えたのだけれども……


――本当に匠君や美智さん。それからいつも優しく迎えてくれる五王家の人達に感謝だわ。


そんな事を思いながら、さっき終わった現国の教科書を片付けていると、「露木さん」と声を掛けられた。そのためそちらの方へと顔を向けると、私の席の右手に女子生徒の姿があった。

彼女は高めにポニーテールを結っていて、活発そうな雰囲気を纏っている。


「豊島さん。どうしたの?」

私は小首を傾げて、彼女へと尋ねた。豊島さんは、一緒にお弁当を食べたりしている一人。

彼女もそうだが、クラスの人達は私を『露木朱音』として認識してくれている。

『露木琴音の姉』としてではなく――


幼稚園から中学まで琴音と一緒だったけれども、今は違う高校。

だから同中の子は学校でも少数だし、このクラスに関しては同中の子はいない。

それなのに私は比べられる事に慣れ、ここでもそうだとずっと勝手に思っていた。

でも、それは違った。クラスの人達は私をちゃんと朱音として見てくれていたのだ。

これに気付けたのも、匠くん達のお蔭。


「うん。お昼の事でちょっとねー。あっ、橋本。朝野の所にいくなら、椅子貸して~」

「いいけど、露木さんの事困らすなよ。お前、ずっとしゃべりっぱなしだから」

「私だって話を聞くっつうの!!」

そう言いつつ豊島さんは笑うと、私の右隣の席の橋本君の椅子を引きそこへ腰を落とした。


「あのさ、お昼外で食べない?」

「うん。今日は天気いいもんね。私は大丈夫だよ」

「ほんと? 良かったー。奈央達も外で良いって。なら、中庭で食べようね。あ、でも雅美は遅れてくるって。購買でパン買うから」

「永井さんが? 珍しいね。いつもお弁当なのに」

「雅美のお母さん、出張中なんだってさ。だから、朝と夜は家族で当番制のローテーションのせいで、お弁当まで手が回らないんだって。そう言えば露木さんもいつもお弁当だよね?」

「うん。でも、時々作るのが面倒になった時は、通学中コンビニに寄ってから来るよ」

「えっ!? もしかして、自分で作っていたの!?」

「うん」

うちは基本的に全員お弁当が不要だ。

お父さんもお母さんも会社でお弁当を取ったり、外で食べたりするから。

琴音は六条院の学食があるし。

だから、自分で。朝、お母さん忙しいし……

必要ならお弁当代渡すと言われているけれども、作った方が安上がりかなって。

琴音のピアノ関係で結構お金かかっていると思うし……

そのため、私は自分のお弁当は自分で作っている。朝、お母さんのお手伝いをしながら。


「凄いね~」

「全然凄くないよ。野上さんも自分で作っているって言っていたよ?」

「あー、野上さんは料理好きだからねー。それにお弁当に自分の好きな物だけつめるから楽しいって。しかし、野上さんも露木さんもどっちも凄い。私、手伝いさえしないし。お母さんに手伝えって怒られるけどさ」

そう言って豊島さんは苦笑いを浮かべた。






けれども、私が変わった面は良い所ばかりではない。

それは――


「お姉ちゃん。最近変だよ?」

「……琴音」

お風呂上りに自室で匠くんのお父さんに頂いたウサギと冒険の絵本を読んでいると、琴音がやってきた。

気温が高いため部屋の扉を開けっ放しにしていたのだが、その扉に凭れかかりこちらを見ている。

上下ふわふわの素材のドッド柄のルームウエアを纏い、上がパーカー下はショートパンツ。それらからは、すらりとした手足が伸びている。

お風呂上りなのか頬が桃色で、少し湿り気を帯びた肩下までの髪を、今日は軽く纏めて嘴クリップで止めていた。

どの角度から見ても可愛らしい。そう同性でも思えてしまうぐらいに完璧だ。

匠くんの妹――美智さんも可愛いが、あちらは凛としたお姫様。

琴音は着ているルームウェアみたいに、ふわふわで甘めなお姫様。


「休日の度に出かけるし、服も気を使い始めたもん。今までTシャツとかだったのに。なんか雰囲気変わっちゃったよ~」

「そうかな?」

「そうだよ。前の方が断然いい! ねぇ、戻って」

「そう言われても……」

確かに匠くんと逢うようになってから、服装とかにも気をつけている。

それは時々匠くんのご家族に夕食を招かれる事もあるので、ちゃんとご迷惑にならないように。

初対面ではTシャツにデニムというラフ過ぎる恰好で訪れてしまったので、それを後悔しているからだ。

着物は無理でも、それなりにはしたい。


「あっ、もしかして彼氏でも出来たわけぇ? ま、お姉ちゃんに限ってそんな事は無いとおもうけどさ」

「……違うよ。友達が出来たの」

「え? 嘘」

琴音は大きな目を更に開くと、私の傍へと駆けるようにやってきてしゃがみ込む。

そして前のめりになりながら、ゆっくりと唇を開く。


「お姉ちゃんに友達なんていたのっ!?」

「最近出来たの。その人と、平日や休日は図書館で本を読んだり勉強したりしているよ」

「はぁ!? 図書館。うわっ。暗っ。お姉ちゃんに友達いたのは驚きだけど、同じ穴の貉なんだね。ありえない。毎週休日に図書館なんて! もっと違う所に遊びに行けばいいのに~。あっ、でもお姉ちゃんっぽい。じめっとしてそうで。はしゃぐとかしないもん。だからお姉ちゃんなんかの友達やっているんだね」

それには胃がむかむかとした。

私の事はいい。いつも通りだから。でも、匠くんを悪く言っているみたいで嫌だ。

全く知らないのに、どうして勝手な事ばかり言うのだろうか。

いつも通りの琴音。それは今までスルーすることが出来ていたのに、今日は感情が揺れ動いてしまう。

だから、つい口から出てしまったのは否めない。


「匠くんの事、馬鹿にしないで」

我に返り口元を手で覆った時には遅かった。

「えっ!? 男なのっ!?」

そう琴音に突っ込まれてしまったのだ。


「……あぁ、でもどうせお姉ちゃんと一緒で根暗で野暮ったいんでしょ。うわ~、眼鏡かけてチェック柄の服着てそう。今度の日曜も逢うの? 私もお姉ちゃんに一緒に着いて行こうかなぁ~」

笑うように告げた琴音の言葉に、私は背筋が寒くなった。

きっと匠君と顔を合わせたら、取られてしまう。


絵本や玩具は諦めがつくけれども、匠君は嫌だ……


「あ、でも駄目だ。今度の休日は健斗先輩と一緒に遊ぶんだった。そろそろクマをおねだりする頃合いかな~?」

「クマ……?」

「知らないの? 最近流行っているのに。ま、しょうがないか。お姉ちゃん疎いから。それに、六条院と違ってお姉ちゃんの学校ではまだ持っている人居ないでしょ。まだ国内販売してないから」

クマって何だろうと思っていると、何処からか音楽が流れて来た。

どうやら隣の琴音の部屋かららしい。


「あっ、電話だ。誰だろう? 秋良あきらくんかな? それとも健斗先輩?」

唄うようにそう残して、琴音は私の部屋から退出。

それを見て、私は深い嘆息を零す。


もやもやとしたまま沈んでいく心。そのため、私はこれ以上読む気になれず。

少し温かい飲み物でも飲んで落ち着こうと、絵本を閉じた時だった。室内に電子音が鳴り響いたのは。


「……え?」

それは学習机に置いているスマホ。

オレンジ色のランプが一定の間隔をあけながら点滅し、音楽を奏でている。


――もしかして、匠君かな?


電話をくれるのは、匠くんと美智さんが多い。

匠君に関しては毎日電話をくれる。電話代が心配だったけれども、そういうプランに入っているから心配しなくていいよって言われた。クラスの子達とは、主にコミュニケーションアプリを使用。

両親も帰宅しているため、電話はかけてこないはず。だから、これは匠くんだと判断。


立ち上がってスマホを手に取れば、ディスプレイには想像した通りの人の名が。

それを見て、私は心が緩んだ。ガチガチに張っていた糸がふにやっとなったかのように。


不思議だ。さっきまで、琴音の言葉で嫌な気分になっていたのに――


「もしもし匠くん……?」

電話を取れば、『朱音?』という耳に馴染んだ声が耳朶に触れ、私は自然と顔が綻んでくる。


『今、大丈夫か?』

「うん」

『何してた?』

「絵本読んでいたの。匠君のお父さんが描いた本を」

私は話しをしながら、さっきまで座っていた所へとまた向かう。

そして絵本の傍でしゃがみ込むと、そのままそれをそっと撫でる。

この本が私と匠くんを結んでくれた。お婆ちゃんとの思い出だけでなく、新しい思い出も作ってくれた大切な存在。


『また読んでいたのか? 朱音は本当にあれが好きなんだな』

「うん。大好き」

『え』

「え?」

どうしたのだろうか? 匠君が電話口で黙ってしまった。

そのため、私は小首を傾げる。

私、何か言ってはいけない事を言ってしまったのだろうか? でも、絵本の話をしていただけだし……


「もしもし? 匠くん?」

『……ごめん。なんでもない。本当になんでもないんだっ! 絵本だってわかっていたけど! とにかく問題ないから。大丈夫だから!』

「うん。わかった」

よくわからないけれども、何故か匠君の声音が焦っているように感じる。


『あのさ、来週の土曜って時間あるか? 友達から水族館のチケット貰ったんだ。それで、もしよかったらどうかなって』

「うん。大丈夫。でも、美智さんの都合はどう?」

『美智は今回不参加。なんかお茶会みたいな集まりがあるんだ。それにチケットは二枚だけ。だから、その……二人で行かないか?』

「チケット二枚なら、匠くんと美智さんが一緒に行った方が……なんだか申し訳ないし…日付まだあるんだよね……?」

『は? 俺が美智と!? 違う、朱音っ! このチケットは……っ!』

「うん?」

『と、とにかく今回美智は置いておいてくれ。それで、その…水族館の件どうだろうか?』

「私は大丈夫だよ。でも、本当にいいの?」

『美智にはショップで適当に土産買うから問題ないさ。それに俺は朱音と水族館に行きたいんだ』

「私と……?」

『あぁ』

朱音と水族館に行きたい。その言葉が何だかくすぐったくて、ちょっとだけ笑みが零れた。







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