不穏な着信
放課後。
俺と朱音は勉強の息抜きに、様々なショップが店を構えているショッピングモールにやって来ていた。
外の空気が肌寒くなってしまったため、隣を歩いている朱音はショート丈のダッフルコートとふわふわのマフラーなどで完全防寒。
「中は暖かいね」
マフラーに顔を埋めていた朱音だったけれども、建物の中は暖房が効いているようで手袋を外す。
「暖房のお蔭だな」
「うん。マフラーも要らないかも」
朱音はマフラーと手袋を鞄の中にしまった。
「匠君、どこか見たいお店ある?」
「いや、特に。朱音は?」
「本屋さんに行きたいの。あと、豊島さん達に聞いたんだけど、ここって大きなクリスマスツリーが飾られているんだって。見てもいい?」
「勿論。じゃあ、行こうか」
「うん」
朱音が微笑んで頷けば、俺の顔も緩んでいく。
学祭で朱音が俺の事を無自覚ながら好きだと判明したため、俺は次のイベントであるクリスマスに進展を! と考えていた。
だが、朱音は受験生。イブもクリスマスも塾。
塾が終わってからイルミネーションなどを見に行くには、朱音に負担がかかってしまう。
そのため、クリスマスは朱音を誘って五王家でまったりクリスマスパーティーをすることに。
塾が終わるのが遅いため、朱音はお泊りでクリスマスパーティー。
二人きりで過ごしたかったが、来年に持ち越しとなる。
来年こそは朱音と両想いになり、二人でラブラブなクリスマスを過ごす予定だ。
朱音と話をしながら目当てのクリスマスツリーの元へとやって来た。
「予想外にツリー大きいな」
ツリーが設置されている広場に聳え立っているツリーは、想像していたよりも遥かにデカい。
広場は吹き抜けになっているんだけど、二階部分を余裕で越えている。
ツリーにはLEDのライトなどが飾りつけされているため、とても華やか。
ツリーの前には、メリークリスマスと書かれたパネルの下でサンタとトナカイの人形に挟まれて写真を撮影するスペースもあった。
結構写真を撮影する人が多く、小さな子供連れから高校生など色々な人達が並んでいる。
「ん?」
俺は広場の片隅にある「ご自由にお使い下さい」という紙が貼られているテーブルが気になった。
テーブルの上には、サンタ帽子や星、ハートなどに切り抜かれた厚紙が窺える。
厚紙には、赤と緑のボーダーの棒が付けられていた。
「なんだ、これ?」
「フォトプロップスだよ。ほら、あんな風にして使うの」
朱音が視線で指したのは、今ツリー前で撮影している人達。
サンタの袋を模った真っ白い紙にXmasと書かれているものや、サンタの髭などのフォトプロップスを持ちながら撮影している。
「あー、なるほど。写真を撮る小道具なのか」
「うん」
「俺達も撮ろう!」
「うん。フォトプロップス使う?」
「使おう。ハートを」
即答だった。
「ハート? クリスマスっぽいのもあるよ?」
「ハートが良い。ほら、ツリーの前だからクリスマスだってわかるしさ」
「サンタとトナカイの人形もあるもんね。じゃあ、ハートを二つ」
朱音は手を伸ばして取ると、俺へと差し出してくれた。
「朱音、もう一つ選んでもいいよ。俺が撮影するから」
スマホのインカメラ使って撮影するため俺は二つ持てないけど、朱音は二つ持つことが出来る。
「どうしよう……匠君はどれが良い?」
LOVEと書かれた文字を持って欲しいが、朱音に選んだことを不審に思われるだろうか。
それとも気づかずにスルーされるだろうか。
――無自覚ながら朱音は俺のことを好きでいてくれている。だから、ここは大きくアプローチを!
と判断した俺は、腕を伸ばしてLOVEと書かれたフォトプロップスを取ろうとした瞬間。
「あー君。これにしよう!」という声と共にさっと手が視界に入り、狙っていたフォトプロップスが消えてしまう。
……あれ?
手が伸びてきた方へと顔を上げれば、高校生の男女の姿があった。
彼女の手には、俺が狙っていたLOVEが。
「あとはサンタの帽子と髭にしようよ。あっ、トナカイの角も」
「いや、無理だろ。誰が写真撮るんだ?」
「次並んでいる人にお願いして撮って貰おうよー」
彼女が甘えるように彼氏に身を寄せれば、彼氏は顔を緩ませた。
わかる。すっごくわかる。彼氏の気持ちが。
俺も朱音に甘えられたら顔が緩む自信があるし。
「じゃあ、後ろの人にお願いしようか」
「うん。もう少しでクリスマスって早いよね。すごく楽しみ。あー君と付き合って初めてのクリスマスだもん。クリスマスね、うち親がいないからゆっくり過ごせるよ!」
「そ、それは……」
彼氏の方が少し頬を染め出した。
「サンタはちゃんと美弥へのプレゼント用意しているから」
「サンタさんのプレゼントってペアリング?」
「よくわかったな」
「あー君のことなら全部わかるもん」
俺は二人が楽しそうにしゃべりながら仲良く列へと向かって行くのを視線で追っていた。
――すっごく羨ましいんだけど!
俺だって朱音にいつでも指輪を購入できる準備は出来ていて、ちゃんとサイズだって把握している。
ペアリング俺も朱音と一緒につけたい。
「匠君?」
「え?」
あまりにも二人をじっと見すぎてしまっていたせいか、不審そうな朱音の声と共にコートの袖が引っ張られる。
そのため、俺は弾かれたように朱音へと顔を向けた。
「ごめん!」
「ううん。もしかして、知り合いだったの?」
「全然。ただ、羨ましいなぁって思ったんだ」
「羨ましい……?」
「なっ、なんでもない。俺達も並ぼうか」
「うん」
俺だって朱音とクリスマスを一緒に過ごせるから充分幸せじゃないか。
しかも、泊りだから時間も長いし。
……まぁ、家族も一緒だが。
俺と朱音は列へと並びしゃべりながら順番を待っていると、あと二・三組で自分達の順番になった。
そのため、そろそろスマホの準備をと思ってスマホを制服のポケットから取り出せば、着信ランプがついているのに気づく。
誰だろうとディスプレイを見て、相手を把握し目を大きく見開いた。
――なぜ?
相手は以前付き合っていたころがある竜崎佐緒里だったからだ。
彼女とは別れてからは連絡を取り合っていない。
俺には朱音がいるし、あちらにも付き合っている彼氏がいるから。
交流が全く無いわけではなく、パーティーなどで会えば少し会話はする。
そのため、電話が来ても不思議ではない。
間違い電話だろうか?
緊急ならメッセージが遅れられてもいいはずだが送られていないし、着信も一度だけのようだ。
もし何かあったらもう一度かけてくるだろう。
俺はそう判断することに。
今は朱音との時間が貴重だし優先するべきだから――
+
+
+
(たまたま匠と遭遇して声かけられたミケ視点)
――朱音の話だから長くなるか?
匠の部屋の前を通りかかれば、帰宅した匠と遭遇してしまった。
顔がゆるゆるに緩められた匠を見て、朱音と会っていたんだとすぐに察することは出来る。
おかえりと一度鳴いてそのまますれ違おうとすれば、「ミケ、見てくれ」と屈み込んだ匠にスマホを差し出されてしまうことに。
朱音と匠がツリーを背景に二人で映し出されているのを見て、新しい待ち受けはこれだなぁと思った。
匠の待ち受けはいつも朱音がいる。
「さっきモールで撮影して来たんだ。ハートなんだぞ! 今日も朱音が可愛かった。特に朱音が寒くてマフラーに顔を埋めた時。ミケにも見せたかった。あの瞬間」
「……み、みゃ~(そ、そうか)」
シロ、早く来て交代してくれ! と思った。
今、リビングのこたつでまったりしているから、しばらく来ないだろうが。
しかし、シロは何気にすごいな。匠の惚気を毎日聞いているなんて。
「朱音が俺のことを無自覚ながら好きだと知ってから、もっとアプローチを! と思うんだが、どう動いて良いかわからないんだよな。どう思う? ミケ」
「にゃんっ!?(なんだって!?)」
今、さらっと衝撃発言しなかったか。
朱音が無自覚ながら匠の事を好きだって!? そんな事、初耳だ。
それは現実の話なのか? それともお前の妄想内でか? と前足で匠の足を叩けば、「ミケもわかってくれるか」と全く見当違いの返事をし出す。
わたしが聞きたいのは、朱音が匠のことを好きかもしれないと思った根拠だ。
はっきりとした発言や行動があったのか?
朱音の事に関するとやや暴走している匠が言うと信憑性が……
なんせ、婚姻届を書いて持っている上に、ブライダル雑誌を定期購読しているのだから。
「あれから佐緒里から電話がないが、やっぱり間違い電話だったみたいだな」
「にゃ!?」
おい、待て! 今元カノの名前が出たよな!?
なんで電話が来ているんだよ……明らかに不穏な着信だろ……
竜崎佐緒里は匠と一年くらい付き合っていたが、美智とはあまり仲が良くなかったのを覚えている。
口論をするわけではないのだが、なんというか二人が場にいると空気が張りつめてしまう。
凛とした美智と華やかな竜崎佐緒里とは対照的だからだろうか。
「あら? お兄様とミケ。珍しい組み合わせね」
「みゃーっ(美智)」
匠の口から出た台詞が衝撃的だったため、ワタシは美智の気配にまったく気づかなかった。
すぐに体を半回転させ声のした方へと駆け出せば、大好きな美智の姿が。
学校帰りに棗と買い物に行っていたようで、鞄の他に紙袋を持っている。
美智は鞄と荷物を後方にいた国枝へと頼むと、屈みこんで私を抱っこしてくれた。
「にゃ、にゃー。にゃにゃー、にゃー、ふみゃっ!(美智、大変なんだ。朱音が無自覚ながら匠のことを好きらしい。しかも、あの竜崎のご令嬢から電話あったって!)」
身振り手振りで伝えようとするが、なんせ猫語。
伝わらない。
「おかえり」
「お兄様もお帰りなさいませ。ミケに何かありましたか? ミケが何やら興奮気味なのですが」
「いや、特に。さっき撮影した朱音と俺のツーショットを見せたからだろうか。朱音がすっごく可愛いんだ。美智も見るか?」
「えぇ、勿論。朱音さんは見たいです」
頷いた美智へと、匠は嬉々としてスマホを差し出した。