美智と朋佳
朱音が無自覚ながら俺の事を好いてくれている。
こんな好機を逃すことなんてしない。
このタイミングを掴んで離さず、もっと距離を近づけようと目論むのは片思い中の男ならば当然だろう。
だが、そんな俺に待っていたのは、五王美智VS春ノ宮朋佳という人気投票の発表。
自他認めるタイミングの良さを持っているが、まさか妹と従姉の人気投票で邪魔されるとは思ってもいなかった。
「……というより、そもそも人気投票って何っ!? 俺の聞き間違い?」
俺がステージを見詰めながら叫べば、
「匠君。美智さんと朋佳さん、人気投票するの?」
という朱音の声が聞こえた。
「やっぱり俺の聞き間違いじゃなかったのかっ!」
軽くパニックになりかけた俺は、すぐさまスマホを取り出すと美智へと連絡。
居場所を聞きつけ、朱音と共に美智と朋佳姉さんがいる控室へと向かうことに。
教えて貰った控室は、まさかの校長室。
校長室ともあってか、壁には榊西の校章や賞状などが飾られて堅い印象を受ける。
奥の窓際に執務机があり、その前にコの字型になっているソファやテーブルが配置。
テーブルの上には白レースのクロスが掛けられ、お菓子やペットボトルの飲料水が置かれていた。
朋佳姉さんと美智が隣同士に並び、棗と豪が反対側のソファに。
「美智。一体、どうなっているんだよ?」
優雅に紅茶を飲んでいる美智へと声をかければ、彼女は口を開く。
「ちょうど帰宅しようと校舎から出た時に、実行委員の方に声をかけられたんです。今年からミスコンとシニアコンをするそうなのですが、参加者が少ないため盛り上がっていないから協力して欲しいと。私と朋佳お姉様で話題性をつくり人を集め、ミスコンとシニアコンに流したいとお願いされたんですわ」
「私達も最初は断ったのよ? でも、どうしてもって拝まれてしまったの」
「いくら人助けだからって……棗達も止めろよ」
棗の方へと顔を向ければ、彼女と豪は立ち上がって朱音を席へと促している。
さり気なく朱音の背に手を当て、エスコートしている棗はやっぱり王子っぽい。
「別にいいと思うけどなぁ。本人達がやるって言っているんだし」
「なんとなく棗ならそう言うと思った。あのな、うちは五王と春ノ宮を背負っているんだ。家だけじゃなく会社もある。父さん達にも許可を……」
まぁ、うちの場合は「いいじゃん! なんなら僕も出たい」って言いそうだけれども。
「まさか、私達が両親の許可を取ってないとでも?」
「許可を貰っているのっ!?」
「当然よ。そんな勝手なことを出来るわけがないじゃないの」
朋佳姉さんは、頬に手を当てると大げさに息を吐き出す。
「うちの父さんなら許可しそうだけど、伯父さんはよく許しましたね」
「宣伝になるからじゃないかしら? 新規事業もあるみたいだし。別に悪いことをしているわけでも、評価を下げる行いでもないわ。SNS投票があるから、さっそく宣伝していたわよ。今回の件で、うちの広報担当は美智派ということがわかったわ」
「美智派?」
「会社のSNSアカウントを見てみなさい」
俺はスマホを取り出しアプリを起動させると、伯父さんが代表を務める会社のアカウントを探す。
宣伝のため、企業が公式SNSアカウントを持つことは珍しくもない。
五王や春ノ宮の関連企業もアカウントを所有している。
『我が社の代表取締役の娘・朋佳様とあの五王家がバトル!? 学祭の人気投票でSNS投票をやっていますので、清き一票を朋佳様にお願いします。ちなみに僕は美……あっ、誰か来た!』
という文字を読んで、俺はつい「ノリがいいな」と呟いてしまう。
ちなみに五王の広報も似たようなノリだった。
――お祖父様達も許可しているのだろうか? 堅い二人だから許可しそうにないけどなぁ。
ふと頭に浮かべば、「美智!」「朋佳!」という叫び声と共に、何の前触れもなく扉が開かれた。
声の主は、大きく肩で息をしている春ノ宮と五王の祖父だ。
「に、にっ、人気投票ってどういうことなんだっ!?」
「私は聞いていないぞ!」
どうやら祖父達も俺と同じような状況らしい。
「ご安心を。春ノ宮の名にかけて絶対に勝ちますわ」
「私も負け戦はいたしません。五王を代表して参加するからには勝利致します」
「いや私達は別に勝てと言っているわけでは……」
祖父達は勝ち負けにこだわらないが、どうやら美智達は違うようだ。
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もうすぐ人気投票の開幕だということもあり、俺達は場所取りをするために会場にいた。
周辺は俺の想像以上に美智と朋佳姉さんの人気投票を見に来ている人々で埋まっているし、もう地上には場所がないため教室の窓を開けて見ている人達の姿もある。
「お祖父様達、もう諦めて下さい」
春ノ宮と五王の祖父達は肩を大きく落としてスマホを握り締めているため、朱音が心配そうに見つめている。
祖父達は最後の希望とばかりに学校の理事長へと電話をしたのだが、止められるどころか逆に応援されてしまったのだ。
「なぜどちらも許可を……」
「本当にいいのか……」
「仕方がないですよ。六条院、七泉、十倉はライバル校同士ですから」
美智と朋佳姉さんの人気投票ということは、五王家VS春ノ宮家で終わらない。
終わるわけがない。
すなわち六条院VS七泉ということになるとわかりきってきたことだ。
「お祖父様達、現実を受け入れて下さい。そろそろ来ますから」
「来るって何が?」
祖父達が俺へと顔を向けた時だった。
ざわめきが周囲を包み込んだのは。
「あぁ、来たようだな。思ったよりも早い」
俺が声のした方向へと体を向ければ、腕に腕章を付けた六条院の制服軍団と十代後半から二十代前半の女性達が火花を散らして対峙していた
「あの腕章……たしか、美智さんと棗さんの……?」
彼らが付けている腕章を見ながら朱音が首を傾げると、答えが合っているか確認のため俺へと視線を向ける。
「そう、美智達の親衛隊。そして、対峙しているのが七泉の人達。朋佳姉さんの親衛隊」
「忘れていた。朋佳に親衛隊がいたのを……」
「忘れていた。美智に親衛隊がいたのを……」
祖父達は顔を覆いながら、孫に存在していた騎士のようにいつも守護してくれている存在を思い出す。
六条院の女王と呼ばれる美智だけではなく、朋佳姉さんも七泉の大学で人気がある。
美智と朋佳姉さんの戦いは、その親衛隊も巻き込むことになるのは当然。
「七泉と六条院の生徒まで来てしまった……」
「こんなに大事になって、もう収拾がつかないぞ」
「いえ、逆ですよ。収拾がつくんです。榊西の実行委員だけではこの場をやりきるのは難しい。こんなに人が集まっていますから。ですから、各自の親衛隊が協力をしてくれるので統制が効きます。人を捌くのにも慣れていますしね」
「そっか。確かにそうだよね。六条院祭の時もちゃんと警備などしてくれていたし。匠君って冷静に周りを見て頼りになるね」
「本当っ!? 本当にそう思う!?」
朱音に言われるとすごく嬉しくて顔が緩んでいく。
もう今日はこれだけで……って、待て! ここで満足しては駄目だ。
朱音が俺のことを無自覚だけれども、好きでいてくれている。
ぜひ、自覚して貰わなければならない。
――そういえば、今ってチャンスなんじゃないのか?
美智と朋佳姉さんの人気投票にみんなが集中している。
ということは、人も少なくなっているということだ。
朱音と二人きりで静かに話をしても邪魔者は現れないはず。
「朱音。もし良かったら、今から俺と二人で抜……」
『お待たせいたしました! それではこれより春ノ宮朋佳様と五王美智様の人気投票を開催いたします。お二人の人気投票の後は、榊西初のミスコンとシニアコンがありますので、どうかこのまま観覧していって下さいね』
「……本当にタイミング良いよな。俺」
実行委員の人が壇上に昇りながらマイク越しに話を始めたため、俺はがくりと肩を落とす。
従姉や妹の戦いを見ずに去ろうとした罰だろうか。
『では、お二人をお呼び致しましょう。朋佳様、美智様どうぞー!』
ステージ端にいる司会役の人が右手を掲げれば、美智と朋佳姉さんがステージの上に現れた。
すると、「美智様!」「朋佳様!」という声があちらこちらから聞こえてきたため、俺は目を大きく見開いてしまう。
美智の歓声が榊西で上がるのはなんとなくわかる。去年も学祭を訪れたから認知されているだろうから。
でも――
「なんで朋佳姉さんの歓声も?」
「朋佳さん、うちの学校に来たことがあるの。前に六条院祭に誘いに来てくれたんだ」
「あー、それで」
朱音に教えて貰って納得。
『今回の勝負は急遽決定してお二人に協力して貰ったため、SNS投票のみとさせて頂きました。集計結果は私の手中にあります。結果発表の前に、お二人にお話をお伺いしたいと思います。では、朋佳様から』
司会者が朋佳姉さんへとマイクを向ければ、朋佳姉さんは微笑んで軽く手を振る。すると、周りの男子生徒から野太い声が。
「結果はまだわかりませんが、投票して下さった方ありがとう。この場にいる方で私に投票してくれた方いるかしら? いたら教えて欲しいわ」
朋佳姉さんの問いかけに、手を上げている男子生徒達は地面が割れそうなくらいのボリュームで「朋佳様が優勝!」というコールを上げている。
『朋佳様大人気です。でも、美智様も負けてないですよね?』
「勿論ですわ」
美智は司会者からマイクを受け取ると、一歩前に出た。
「朋佳お姉様のことは尊敬していますが、勝負となると話は別です。私のことを応援して下さった皆様、ありがとうございます。ご期待に応えられる結果を願っていますわ」
美智の挨拶に男女混じった「勝つのは美智様!」コールが湧く。
どうやら美智は六条院と同じように男女人気が一緒くらいらしい。
「では、さっそく結果発表を致しましょう。春ノ宮朋佳様、五王美智様のどちらが勝利したのか? その対決結果は……」
司会者は手にしている封筒を開けると、中から紙を取り出して唇を開く。
「結果は、同数でした!」
司会者の知らせに美智と朋佳姉さんは顔を見合わせてしまったし、周りも「え」という声を漏らす。
一方の俺と祖父達は安堵の息を零していた。
波風立たないのはこの結果が最良だったからだ。
――良かった。どちらも同じ点数で。
「やはり皆さん甲乙がつけられなかったようですね。流石は春ノ宮家と五王家です! ……あっ、ちょうとすみません」
司会者は法被姿の実行委員よりプリントを貰うと、文字を追っていく。
「ミスコン参加者は事前受付でしたが、シニアコンは当日受付です。シニアコンの参加希望の方は右手にある受付で募集していますですので、是非応募して下さい」
「「シニアコン?」」
美智と朋佳姉さんが呟くと、さっとこちらに顔を向ける。
視線の先は俺と朱音の左隣りに立っている二人へと注がれていた。
「「えっ!?」」
祖父達は美智達が見詰めている意味に気づいたらしく、一歩後ずさりをしてしまう。
「「お祖父様、仇はシニアコンで!」」
美智と朋佳姉さんの叫び声に対して、祖父達は脱兎の如く逃げ出したのは言うまでもない。
祖父達が全力疾走している姿を見て、二人共足が速いなぁと思った。