春ノ宮佐弥香
クラスの模擬店の幽霊役が終わり、私は更衣室で制服に着替えてまたクラスへと戻ってきた。
匠君と教室前で待ち合わせをしているからだ。
お化け屋敷の装飾が施された教室前に受付があるんだけど、匠君と彼の連れである少女がクラスメイトと話をしているのが目に入る。
匠君と少女は美男美女同士でお似合いだなぁと思うと同時に、胸が締め付けられた。
――なんだろう。この感情。なんか痛い。
じっと二人を見ていると、突然匠君がこちらへと顔を向けてきたので私は体を大きく動かしてしまう。
見すぎてしまったのかもしれない。
匠君は「朱音!」と私の名を呼びながら顔を輝かせると、私の方へと足を進めた。
彼の傍にいた少女は、私へと視線を向けると穏やかに微笑み一礼する。
お辞儀をしただけなのに、仕草がすごく整っていて綺麗。
美智さんも些細な仕草が綺麗だけど、彼女も似ていた。
もしかしたら、匠君と一緒にいるから家柄が良いのかもしれない。
「朱音、もしかしてさっき休憩中だった? 俺、お化け屋敷に行ったんだけど朱音が見つからなくて」
「ちょっとあって……」
「そっか。タイミング悪かったのかも」
「ごめんね……」
残念そうに肩を落としている匠君を見て、私は申し訳なくなってしまう。
私がもやもやしてしまって出られなかったせいだったから。
「いや、朱音は悪くないよ。なんの幽霊役をしたんだ? 写真撮っていたら見せて欲しい」
「うん。後で見せるね」
「ありがとう!」
匠君が嬉しそうに笑った。
「匠お兄様。そろそろ、私のことをご紹介して下さい。私も朱音お姉様とお話したいわ」
「佐弥香」
匠君が口にした名前に私は聞き覚えがあった。
春ノ宮家で唯一お会いしていない匠君の従妹だったため、彼女の顔を改めて見る。
「そうだったな。朱音、俺の従妹・春ノ宮佐弥香。ごめん、なんか勝手に押し掛けたらしくて、校門で待ち伏せされていた」
「初めまして! ご挨拶が遅れて申し訳ありません。春ノ宮佐弥香と申します。美智と同じ高二ですわ。本当は友人も一緒に回る予定でしたが、バイトが終わらなかったようでして……」
佐弥香さんが微笑みながら、自己紹介をしてくれたので私も挨拶をした。
「初めまして。露木朱音と申します。匠君と美智さんにはとてもお世話になっています。あの……よろしかったら、お友達がくるまで学祭を案――」
私の台詞は何の前触れもなく覆い被ったシャウト声にかき消されてしまう。
穏やかな時間にいきなり激しい音楽が奏でられ、匠君が固まってしまった。
「マナーモードにしてなかったのか?」
「だって、こんなに賑やかな場所では気づかないですもの。朱音お姉様、申し訳ありません。友人からの電話です。出てもよろしいでしょうか?」
「勿論です」
「では、失礼します」
佐弥香さんはスマホを操作して耳に当てると唇を開く。
その表情はどこか嬉しそうだった。
「もしもし、今どちらに? 私は3ーCにいるわ……場所がわからないって、昇降口に案内図がおいてあったんだけど貰わなかったの? ……わかった。聞いてみる」
佐弥香さんは砕けた話し方でしゃべっているため、彼女と距離が近く親しい人との電話だと推測できる。
もしかして、クラスメイトかな? と頭に過ぎった。
「朱音お姉様。2ーEってどちらにあるかご存じですか? メイド喫茶のようなのですが……」
「2ーEは別の棟です。うちの学校は学科ごとに別れていて、2-Eは情報科なんですよ。お友達、そこにいるなら案内致します」
「ありがとうございます! ……和泉君、そこで待っていて。メイドに浮気しないでよ。メイド服が好きなら私が着るから」
スマホ越しに「な、何を言って……っ!」という絶叫に近い声が届き、匠君が憐れんだ瞳でスマホを見詰めた。
「メイド喫茶にいるからメイド服好き認定。ちょっとかわいそうだろ。しかも、なんで佐弥香がメイド服を着るんだよ」
「匠お兄様だって朱音お姉様のメイド服みたいでしょう?」
「朱音のメイド服はすごく見たい! 去年の和風カフェの時もすごく給仕服が可愛かった。スカート丈はちょっと短かったけど」
「メイド服……匠君、メイド服が好きなの?」
匠君の家は和風だからメイドさんがいないけど六条院の生徒なら居そうだなぁと思いながら匠君へ訊ねれば、彼はすぐさま首を左右に振る。
そして慌てた様子で私の方へ腕を伸ばして「違うんだ、朱音」と両肩を掴んだ。
「誤解しないでくれ。俺はメイド服が好きなんじゃなくて、朱音がメイド服を着ているのが好きなんだよ。だから、朱音が白衣を着たりしても俺は好きだ」
「フェチ範囲が広がりましたわね」
「メイド服の話をしたせいだろ!」
「朱音お姉様、2-Eまで案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい」
私は頷くと、二人を促すように足を進めた。
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佐弥香さんの友達が待っている2年生のクラスへとやってきた。
廊下に探し人はいなかったようで、佐弥香さんはメイド喫茶が営まれているクラスを覗けば「あっ、いたわ」と呟く。
彼女の視線は、窓際の席に一人で座っている学ラン姿の男子校生へ注がれている。
あの制服は近くにある男子校だ。
耳が隠れるくらいまでの髪は金と茶の中間に染められ毛先が少し濃い色で染められている。
学ランも少しルーズに着こなされていた。
彼はちょうどメイドさんに給仕して貰っていたらしくて、少し照れながらお礼を言っているところだった。
そんな彼を見て佐弥香さんが頬を膨らませ出す。
「私にはあんなに愛嬌を振りまくことがないのにーっ! やっぱりメイド服なのっ!?」
「注文した珈琲を貰ってきてくれたからお礼言っただけだろ」
「お兄様は和泉君とは初対面じゃないですか。彼のことを理解出来るとは思いません」
「そうだけどさ。というか、佐弥香の彼氏なのか?」
「告白はしましたが返事を貰っていません。諦めた方がいいのかもしれませんが諦めきれないんですわ」
佐弥香さんが肩を落としながら言った。
「急には決断できないだろ。少し待ってやれ」
「告白したのは、半年前です」
「それは……」
匠君が口ごもっていると、後方から「あのー」という声が届いたので私達が振り返ると、メイド服を纏った女子の姿があった。
手にはメニュー表を抱え、私達を見ている。
「よろしかったら中へどうぞ。おいしい紅茶とお菓子がありますので」
「あっ、すみません」
入り口で固まっていたら邪魔になってしまうため、私達は入室することに。
「和泉君!」
佐弥香さんが名を呼ぶと、彼は紙コップへとのばした手を止めて顔を向けた。
私達を視界に入れるやいなや立ち上がると会釈をしたので、私も頭を下げる。
「やっぱりメイド服が好きなんでしょう!?」
佐弥香さんがそう言いながら彼の腕にしがみつけば、「違うし」とそっけない返事が。
返事を聞き、佐弥香さんは眉を下げると更にぎゅっとしがみ付く。
「だって、メイドには愛嬌を振りまいていたもん。私にはいつもドライなのに」
「別にドライじゃないだろ。っつうか、腕をはなせよ」
「嫌?」
「嫌とかじゃない。その……む、胸が当たっているんだよ!」
和泉さんは顔を真っ赤にさせながら、腕を動かしている。
「黙っていればいいのに。でも、そういう古風なところも好き」
「こんな人のいるところで言うな。いいから、座れ」
佐弥香さんの手をつかむと、彼は席へと促す。
「俺達も座ろうか」
「うん」
私と匠君は反対側の席に座れば、メイドさんが注文を聞きに来てくれたので注文をした。
ケーキなどもあったんだけど、私達はまだ昼食を摂っていなかったため今回は飲み物だけ。
「お兄様、朱音お姉様。ご紹介致しますわ。相羽和泉君です。和泉君、私がお兄様のことを普段から話しているから知っていると思うけど、こちらが私の従兄で五王匠お兄様。そして、匠お兄様の露木朱音お姉様」
「初めまして、露木朱音です」
「五王匠だ。従妹が迷惑をかけているな。何かあったらすぐに言ってくれ」
「いえ、迷惑では……相羽和泉です。すぐそこの榊東高校の二年です」
相羽さんが挨拶をしてくれたんだけど、なぜか私から視線を外さなかった。
そのため、もしかして知り合いだったかな? と頭に過ぎってしまったため、私は首を傾げてしまう。
瞳同士を交わらせている私と相羽さんを匠君が慌てた様子で交互に見ている。
「あの……?」
「すみません……露木先輩は、普通の家なんですよね?」
もしかして、匠君の友達だから家柄が良いと思われたのだろうか。
「私は普通の家です。学校も榊西ですし」
「俺もです」
彼は自嘲気味に笑った。
――どうかしたのかな?
相羽さんの様子がおかしかったので口を開こうとすれば、タイミング良く「おまたせ致しました!」とメイドさんが飲み物を運んで来てくれたため、音を発することは出来なかった。
飲み物を飲みながら軽くおしゃべりをした後、私達はまだだった昼食を摂る事に。
飲食が出来るようにと空き教室を飲食スペースにしているため、私達はメイド喫茶からそちらに向かった。
室内には机と机をくっつけた席が複数あり、ちらほら埋まっている。
昼時間を過ぎていたため、座る席には困らないようだ。
私達は空いている席へと座った。
「席空いていて良かったですね。お昼、何か食べたいものある……? うちの学校は陸上部の焼きそばが有名ですよ」
「あー、去年食べたなぁ。あれうまかった」
「噂では聞いていました。榊西の焼きそば良いっすね。俺も食いたいです」
「龍馬お兄様達が食べていた焼きそばかしら? 屋台の焼きそば初めだわ」
「では、焼きそばを買って来ますね」
私が立ち上がれば、匠君も続いて立ち上がった。
だが、匠君と同時に相羽さんも一緒に立ち上がる。
「俺も――」
「俺が露木さんと一緒に行きます」
「「え」」
相羽さんの発言に対して匠君と佐弥香さんが一斉に彼へと顔を向ける。
二人共、すごくびっくりしているようで数回瞬きをしていた。